高橋弘希のおすすめ本4選!『指の骨』から3連続で芥川賞候補の元バンドマン

更新:2021.12.7

デビュー作から3作品が連続で芥川賞候補になるなど、圧倒的な実力で他の追随を許さない作家、高橋弘希。まるで現実にその様子を見ているかのようなリアリティのある描写と、重いテーマを淡々とした語り口で綴る作風が魅力です。この記事では、そんな彼のおすすめの作品をご紹介していきます。

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高橋弘希とは

 

1979年生まれ、青森県十和田市出身の作家です。文教大学の文学部に入学し執筆活動をしましたが、当時は残念ながらデビューには至らず、卒業後は予備校講師として働くかたわら、ロックバンドの活動をします。

2014年に、『指の骨』が「新潮新人賞」を受賞。また同作は「芥川賞」と「三島由紀夫賞」にノミネートされ、華々しいデビューを飾りました。

彼の作品の魅力は、なんといっても臨場感あふれる圧倒的な描写力。まるで自分もその場にいて、実際に体験をしているかのような感覚を味わうことができます。

高橋弘希のデビュー作であり代表作『指の骨』

 

「新潮新人賞」を満場一致で受賞した高橋弘希のデビュー作。芥川賞の候補となり、彼の名を一躍世に広めました。

物語の舞台は、太平洋戦争中の激戦地となった南方戦線。野戦病院に運ばれたひとりの兵士が直面した出来事を描いています。

なんとか傷が癒えたと思ったのも束の間、敵軍が迫り来て、必死の思いで病院を後にする主人公。食料も医療品も底をつき、仲間が次々と屍となるなか、ついに軍医が自殺。絶体絶命の危機にさらされていくのです。

著者
高橋 弘希
出版日
2017-07-28

 

高橋が本作を執筆したのは、30代前半の時。もちろん戦争を直接体験しているわけではないですが、緻密でリアルな描写が評価を集めました。

「敵であるはずの米軍機も、頭上を素通りするだけで、我々は誰と戦うでもなく、一人、また一人と倒れ、朽ちていく。これは戦争なのだ、呟きながら歩いた。これも戦争なのだ。しかしいくら呟いてみても、その言葉は私に沁みてこなかった」(『指の骨』より引用)

テーマは戦争ですが、激しい戦いのシーンはほとんどありません。主人公の兵士は野戦病院から逃れ、ただ歩くのです。敵から襲われているわけではないのに仲間が死に、彼らの肉を食うしかない極限の状態で、主人公は何を思うのでしょうか。

手りゅう弾を失くして自決することもできない彼が背負う荷物の中には、同僚の親指の骨が入っています。虚しさとやるせなさを淡々と描きつつ、読者の心に強く迫ってくる一冊です。

芥川賞候補にもなった静かな恋愛小説『朝顔の日』

 

デビュー作で新人賞を受賞した場合、その次作品で作者の本当の力量がわかるといいますが、本作はデビュー作につづいて芥川賞候補となり注目を集めました。

昭和16年、日中戦争さなかの青森県を舞台に、結核を患っている妻と彼女を看病する夫を描いた恋愛小説です。夫は虫垂炎を患ったことで戦地に赴くことはなく、やがて言葉を発せなくなる妻との静かで濃密な日々を過ごしていきます。

著者
高橋 弘希
出版日
2015-07-31

 

デビュー作では戦地が舞台でしたが、本作ではとある病室。主人公の夫は1度は入隊したものの、病気のために除隊されています。

毎日病室へ通いますが、妻の病状は悪化し、やがて医師からは声を出すことを禁じられてしまいました。会話ができなくなった2人は、筆談をはじめます……。

敵国との戦いのなかで命を落とす人もいれば、結核などの病で命を落とす人もいる。当たり前であるはずのこのことが、まるで初めて接する事実であるかのように読者の胸に響いてきます。

静謐な筆致から死が忍び寄る気配を感じ、切なさに震える作品です。

高橋弘希が描く父と母の物語『スイミングスクール』

 

中編小説である表題作の「スイミングスクール」と、芥川賞候補となった短編の「短冊流し」の2作が収録されている作品です。

「スイミングスクール」は、愛犬が死んでしまった翌日、突然スイミングスクールに行きたいと言い出した娘とその母親の物語。母親は自分も幼いころに通っていたことを思い出し、自身と母親の関係と、自身と娘との関係について考えます。

「短冊流し」は、不倫をしてしまったことがきっかけでシングルファーザーとなった父親と、長女の話。ある日娘が高熱を出し、病院に緊急搬送されますが、なかなか意識を取り戻しません。

著者
高橋 弘希
出版日
2017-01-31

 

母親目線の物語と父親目線の物語がひとつになった作品。どちらも一人称で書かれているのですが、まるで他人事のように感じるほど突き放した筆致に、危うい日常が見てとれます。

高橋弘希の作品は、どれも想像力だけでここまでの臨場感を出せるのか不思議に感じるほどの筆力がありますが、なかでも死の気配を描かせるとピカイチ。本作でも、何気ない日常のなかに死の影が漂い、読者をどことなく不安にさせるのです。

両作ともはっきりとした結末が描かれているわけではないですが、空白に味わいを見つけ、あらためて家族のかたちを考えさせられるでしょう。

高橋弘希が描く生と死『日曜日の人々』

 

舞台となっているのは、いわゆるゼロ年代にメディアで盛んに取り上げられた、自傷する若者たちのサークルです。

大学生の主人公のもとに、自殺した従妹から送られてきた日記のような紙の束。これをきっかけに主人公は、彼女が生前足を運んでいたという「REM(レム)」というグループを訪ね、死に対して憧れと怯えを抱えながら自傷行為をくり返すメンバーたちと出会います。

「野間文芸新人賞」を受賞し、「三島由紀夫賞」の候補にもなった作品です。

著者
高橋 弘希
出版日
2017-08-24

 

死に魅入られて自傷行為をくり返すメンバーたち。拒食や過食、鬱、不眠……主人公は、それぞれの事情を抱えるメンバーと週に1度顔を合わせて語りあうのですが、物語がすすむにつれて、ひとり、またひとりとひそかに消えていきます。

結局、誰かと関わりあうことでは、死を止めることはできないのでしょうか。読者に問いかけます。

高橋弘希の特徴でもある淡々とした描写が、本作では「REM」のメンバーや主人公が抱える苦しみに薄布をかぶせるような効果をもち、生と死の境界を薄くしていくのです。やがては主人公も、「REM」の人々と同じような感覚を抱くようになっていきます。

「気をつけたほうがいい。近親者が自殺すると、遺された者の自死率は何倍にも跳ね上がるというから」(『日曜日の人々』より引用)

自傷することで自身の存在を確認する彼ら。死とともに生を見つめる物語です。

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