手紙のやり取りだけでストーリーが展開されていく「書簡体小説」。一人称で物語が進み、その叙述に強い直接性をもたせながらもすべてが語られるわけではなく、時にはどんでん返しを楽しむことができます。この記事では、手紙ならではの魅力が詰まったおすすめの作品をご紹介します。
書簡、つまり手紙などの文書のやり取りだけで構成された物語を「書簡体小説」といいます。18世紀のフランスで流行しました。
架空の読み手に宛てた独白、2人の人物の間でやり取りが続く往復書簡、手紙ではなくメモや公文書を利用するものなど、その形式はさまざまです。
書簡体小説の特徴は、第三者による具体的な説明がほとんどなく、手紙の内容だけで間接的にストーリーが展開していくこと。読者は、誰かの告白をこっそり覗き見ているような、本来は見ることのないものを見てしまっているような気分になるでしょう。書き手との距離が近づいて、感情移入しやすくなる効果があります。
手紙のやり取りを通じて、学生時代の事件にまつわる真相が明らかになっていく連作短編集です。
「十年後の卒業文集」は、高校時代の友人同士が結婚したことをきっかけに手紙のやり取りが始まり、かつての部員が怪我を負った事件の真相が明らかになる物語。
「二十年後の宿題」は、定年退職をした小学校の教師が、消息のわからない6人の卒業生の行方について、かつての教え子に調査を依頼する物語。
「十五年後の補習」は、遠距離中の恋人との手紙のやり取りのなかで、お互いの隠された秘密が露見する物語です。
- 著者
- 湊 かなえ
- 出版日
- 2012-08-02
2010年に刊行された湊かなえの作品です。
手紙というのは、真実を述べることも、嘘をつくこともできる通信手段。一体何が真実なのかという緊張感が読者を惹き込み続けます。
作者の湊かなえは「イヤミスの女王」と呼ばれていますが、本作では最後に謎が明らかになり、読後感はすべて爽やか。ただ驚きのどんでん返しがある物語もあるので、油断は禁物です。
主人公は、大学院生の守田一郎。教授の差し金で、京都から人里離れた石川県の実験所に飛ばされてしまいました。
将来は恋文を代筆するベンチャー企業を立ち上げたいと考えている守田は、寂しい気持ちを紛らわせようと、文筆修行と称して友人や先輩、妹などへ膨大な量の手紙を書いて送るのです。しかし、本当に気持ちを届けたい相手へは、いつまでたっても書くことができないでいました。
- 著者
- 森見 登美彦
- 出版日
- 2011-04-06
2009年に刊行された森見登美彦の作品です。書簡体小説の多くは、複数の人物によるやり取りが描かれますが、本書に書かれているのは守田一郎が送っているものばかり。それなのに、守田以外の人物のキャラクターもよくわかるテクニックはさすがでしょう。
また「恋文の技術」なんてものを身に着けたいと考えるだけあり、守田の書く文章は非常にくだらないもの。森見特有の豊富な語彙も楽しめます。思いもよらない顛末に、お腹がよじれるほど笑えるはずです。
自分を裏切った愛人が15歳の少女と婚約したことを知ったメルトイユ侯爵夫人。復讐をしようと、以前から知りあいだったヴァルモン子爵に少女を誘惑させようと画策しました。
ヴァルモン子爵は別の女性を狙っていたため、1度は依頼を断るものの、少女の母親が自分のことを非難していることを知ると、復讐のために計画に乗り出します。
- 著者
- ピエール・ショデルロ・ド ラクロ
- 出版日
- 2004-05-01
1782年に刊行された、フランスの作家コデルロス・ド・ラクロの作品です。名作と呼ばれ、世界各国で映画やテレビドラマなど映像化されました。
メルトイユ侯爵夫人とヴァルモン子爵の2人が仕掛ける恋の駆け引きが、手紙のやり取りだけで生々しく描かれた書簡体小説です。手紙を書くことの意味や、手紙という物が担う役割についても考えさせられます。
またなんといっても、メルトイユ侯爵夫人とヴァルモン子爵の悪徳っぷりが見どころ。あらゆる手法で誘惑をするその知性に感心さえしてしまいます。しかもヴァルモン子爵は、自身が狙っていた女性も、依頼された少女のことも手中に収めることに成功し、最後はメルトイユ侯爵夫人を狙うのです。ドロドロとした恋愛と背徳の世界をお楽しみください。
出生届や死亡届などの公文書、友人に充てた手紙、筆談に使ったメモなど、さまざまな「手紙」だけで物語が展開していく書簡体小説です。
12編はそれぞれ独立した短編ですが、エピローグですべての物語の登場人物が集合するのも見どころでしょう。
- 著者
- 井上 ひさし
- 出版日
- 2009-01-25
1978年に刊行された井上ひさしの作品です。井上は劇作家や放送作家としても活躍した人物で、戯曲や小説などさまざまなジャンルで賞を受賞しました。言語に関する知識が豊富で、言葉選びの達人といわれています。
孤児として生まれた女性の生い立ちが届け出で表現される「赤い手」や、妄想でつくり出した人物に手紙を出すことで成長していく女優を描いた「シンデレラの死」など、人生のほの暗い部分や悲哀を描いた物語が中心。書簡体小説なので、登場人物たちの直接の交流があるわけではないのに、生々しさを感じられるのが魅力でしょう。
英語塾を経営しているママ子、彼女の友人でデザイナーのトビ夫、かつてママ子の英語塾に通っていたOLのミツ子、トビ夫の店に出入りする劇団員のタケル、ミツ子の従兄で怠け者の丸トラ一という5人の登場人物のあいだで交わされる手紙で構成された、書簡体小説です。
ラブレターにはじまり、年賀状や脅迫状、借金の申し込みなどその内容はさまざま。タイトルに「レター教室」とあるとおり、それぞれの手紙が手本として使える文例になっているのが特徴でしょう。
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 1991-12-04
1968年に刊行された三島由紀夫の作品です。執筆当時はインターネットや携帯電話が普及していない時代。そんな時代に手紙が担っていた役割や、時間の感覚に思いを馳せるのもよいでしょう。
5人のなかで三角関係の恋愛が展開されたり、嫉妬や裏切りによる事件が起きたりしますが、基本的にはドタバタのコメディ劇が展開されます。娯楽性の強い作品なので、三島由紀夫に興味はあるけどとっきつづらいと感じている人にもおすすめです。