傑作ハードボイルド小説おすすめ5選!【海外作家編】

更新:2021.12.14

「ハードボイルド」と言うと、酒、悪女、銃、マフィアなど漠然としたイメージはあるけれど、実は良くわからない……なんて方もいらっしゃるかもしれません。 今回は、そんなハードボイルドの世界で活躍する探偵たちの素敵な物語をご紹介していきます。

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或る男の孤独の物語

アメリカの作家ローレンス・ブロックが1986年に発表した作品です。

主人公は、元NY市警の警察官という経歴を持つ男、マット・スカダー。

彼は警察官だった頃に、強盗を追いかけている途中に街中で発砲し、逸れた銃弾が偶然居合わせた七歳の少女に被弾してしまい、結果的にその少女を死なせてしまうという悲劇を起こしてしまいました。

以来、その罪と後悔を背負って生きています。その件の後、妻と離婚し、ふたりの息子たちとも離れ離れになったスカダーは、NYの安ホテルでひとり孤独に暮らしているのです。

彼は正式なライセンスを持っていないので、正確には私立探偵という肩書ではありませんが、普段は別の探偵社からの下請けで調査の仕事をして生計を立てています。

また、行きつけの酒場で知り合った知人や人伝にスカダーの噂を聞いた者たちが、直接彼に相談や依頼を持ってくることもあり、彼はそれを必要経費と僅かな報酬で、「個人的に」手伝っているのです。

そんなスカダーには自分で決めたルールがあります。

それは、「得た収入の十分の一を寄付する」というルールです。

教会の寄付箱へ納めに行く時、殺めてしまった少女への追悼に、蝋燭を一本灯します。彼は心の優しい男なのです。

心に深い傷を負い、家族とも別れ、孤独に生きているスカダーの心の拠り所はお酒でした。

ブロックが描くスカダーが主人公の物語は複数あり、便宜上「マット・スカダーシリーズ」などと呼ばれていますが、同時に「アル中探偵」なんてちょっと不名誉な通り名で呼ばれていたりもします。

シリーズ中で、アルコール依存症の症状が悪化し、生死の境をさまようまでになったスカダーは、己の心の弱さを認めて断酒を決意するのですが、今回ご紹介するシリーズ6作目『聖なる酒場の挽歌』は、そんなスカダーがまだお酒を飲んでいた頃のお話です。

 

著者
ローレンス ブロック
出版日


十年前に起こった、三つの事件。スカダーの一人称で語られる物語は、冒頭からノスタルジックに進んでいきます。

1975年の夏。スカダーの行きつけのバー「アームストロングの店」でよく顔を合わせるセールスマンのトミー・ティアリーという男の妻が殺され、ティアリーが容疑者として浮上します。

しかし、彼はその時刻、愛人の元にいて身に覚えがないと身の潔白を訴えていました。

そしてもう一つ、同時期に「キティの店」という酒場から脱税用の裏帳簿が盗まれるという事件が起きます。

スカダーはこの店の関係者のスキップという男から、その帳簿を取り返す手伝いをして欲しいと頼まれたのです。

二人の男を救うため、調査を開始したスカダーは、複雑に絡み合う人間の悪意の渦の中へと足を踏み入れていきます。

過去に過ちを犯した身でありながらも、殺人を憎み、法で裁けない悪へと孤独に立ち向かっていくスカダーの生き様、そしてその活躍から目が離せなくなる魅力的な作品です。

先程も少しご紹介しましたが、作中でスカダーは頻繁にお酒を飲みます。酒場にはそれぞれの事情を抱えた人々が、癒しを求め、救いを求め、または純粋に楽しむために、お酒を飲みにやって来ます。スカダーもそのひとりです。酒場で交わされる会話のひとつひとつが、実にしゃれていてローレンス・ブロックのセンスが光ります。

法で裁けない悪に、孤独を背負い立ち向かっていくスカダー。己の信じた正義を貫いて戦う彼の姿に恰好良さとほんの少しの哀愁を感じさせてくれる、そんな作品です。

シリーズものの作品ですが、この一冊から読み始めても十分に楽しめます。お酒が好きな方はより楽しめるのではないでしょうか。

ご興味を持たれた方は、ぜひお手に取ってみてはいかがでしょうか。

これぞハードボイルドアクションの真髄

アメリカの作家ダシール・ハメットが1929年に発表した作品です。

主人公は、コンティネンタル探偵社のサンフランシスコ支局員のコンティネンタル・オプ。この名前は本名ではなく、作中で本名が明かされることもありません。

物語は主人公オプの一人称で進んでいきますが、本名を明かさないミステリアスな主人公なので、その語り口が非常に淡々としていて、その事が物語のダークな部分を引き立てていく絶妙なスパイスとなっています。

鉱山会社の社長の息子で、新聞社発行人ドナルド・ウィルソンからの依頼を受けて鉱山の町「パースンヴィル」にやって来たオプ。

町には、ドナルドの父エリヒューが過去に労働者たちのストライキを抑止するために雇ったマフィアたちがそのまま居着いており、その治安の悪さから「ポイズンヴィル」という俗称で呼ばれていました。

その状況を改善しようとオプを呼び寄せたドナルドは、オプが町に着いたその日に射殺されてしまいます。

 

著者
ダシール・ハメット
出版日
1959-06-20


冒頭から起こった暴力的な殺人事件に、タイトル通り血生臭さが漂い始めます。

殺されたドナルドは、新聞で町の浄化キャンペーンをしていました。息子の死はマフィアの仕業に違いないと思ったエリヒューは、町のマフィアを一掃して欲しいとオプに依頼します。

オプもそれを承諾し、捜査を開始するのですが、ドナルドを殺した犯人はマフィアとは無関係の銀行員だったのです。

それを知ったエリヒューは、オプへの依頼を取り下げようとしますが、オプはそれを断わります。

作中に出てくる「ポイズンヴィルは穫り入れの時期を待って熟れきっている。わたし好みの仕事だし、よろこんでやるつもりさ」という台詞にも、オプの強い正義感が滲み出ています。俗称に違わぬ街の惨状を知ったオプは、それを見過ごすことができなったのです。

突然やって来たよそ者に居心地の良い住処で好き勝手されれば、マフィアたちも黙ってはいません。

腹の探り合い、騙し合い、裏切りに次ぐ裏切り、果ては野蛮な殺し合いの始まりです。

派手なアクションシーンも見どころですが、極限の緊張状態の中でオプが繰り出す綱渡りの様な駆け引きや、言葉の魔術も必見です。

一見、行き当たりばったりと言うか、口から出まかせを言っているように思えるシーンにも、オプにはちゃんと思惑があり、最終的にそれがちゃんと一本の線に繋がっていく過程は非常にスリリングで読み応えがあります。

数々の危険な状況を巧みに乗り越えながら毒を持って毒を制するオプの信念と活躍は、圧巻です。

また、この物語を語る上で忘れてはいけない登場人物の中に、ダイナ・ブランドという娼婦がいます。

彼女は狡猾でお金の大好きな女性で、味方に付いたと思ったらあっさりと裏切り、かと思えばお金をチラつかせると、これまたあっさり味方に戻ってきたりと、実に奔放なキャラクターです。

そんなコウモリのような彼女の存在によって、物語の明暗はころころと変わっていきます。全編にわたって、とにかくこの女性の動向から目が離せません。

オプがこの厄介な女性とどのように対峙していくのか……そんな所も、この物語の見どころのひとつです。

黒沢明監督の映画『用心棒』の下案になったとも言われるこの作品、ひとつの街を舞台に繰り広げられるミステリアスで正義感の強い探偵の活躍をぜひお手にとって堪能してみてはいかがでしょうか。

男女差別に負けない戦う女性のバイブル

アメリカの女流作家サラ・パレツキーが1982年に発表した作品です。

主人公は元弁護士の女性V.I.ウォーショースキー。愛称はヴィク、もしくはヴィッキー。本人は男性に多い愛称のヴィクと呼ばれることを好みます。彼女は男性社会の中で対等に渡り歩く事を望む女性です。

ヴィクは「料金は1日125ドルと必要経費。報告書は作成しますが調査方法の指図はお受けしません」という文言を掲げてシカゴで探偵活動をしています。

彼女は困っている人を見ると放っておけない性格で、気性の激しい直情型な所があり、男勝りで強い女性のようにも見えますが、身なりに気を使っていたり、プライベートで男性との交流を楽しんでいたりと、女性らしい一面も併せ持っています。

男性至上主義の社会の中で悪に怯まず敢然と立ち向かっていくヴィクの姿に、共感を覚える女性読者も多いのではないでしょうか。

そんなヴィクの物言いは時に皮肉でユーモアがあり、そして爽快です。

「男女差別を皮肉ったパレツキーの一撃」と評されたりもしているこの作品は、女性作家が描く女性の主人公だからこそ、人間味溢れた素敵なキャラクターとしてヴィクの魅力が確立しているのです。

 

著者
サラ・パレツキー
出版日
2010-08-10


『サマータイム・ブルース』は、後に続くヴィクが主人公のシリーズの一作目になります。

物語はとある銀行の専務と名乗るジョン・セイヤーという男性が、行方不明の息子のガールフレンドを探してほしいとヴィクの元を訪れた所から始まります。

早速捜査を始めたヴィクでしたが、セイヤーから受けた依頼が元で、暗黒街のボスから脅迫されたり、暴力を受けたりと、過酷な目に何度も遭遇します。

彼女は美しい顔が痣だらけになっても、心折れずに悪と戦います。ボロボロになって、弱音を吐く事もありますが、それでも悪には負けません。

美人なのに皮肉屋で、正義とウイスキーを好む女探偵の物語。ハードボイルドは男の世界、と思っている方にぜひお勧めしたい一冊です。

ハードボイルドという言葉を世に広めた金字塔

前出のアメリカの作家ダシール・ハメットが、1929~30年にかけて発表した作品です。

三度映画化されており、この作品によって「ハードボイルド」というジャンルが確立されたと言われています。

この作品は三人称で書かれているのですが、心理描写や説明を省いた非常に独特な文体で構成されており、その事が、癖の強い登場人物たちの魅力をより引き立たせるアクセントになっているのです。

主人公はサンフランシスコの私立探偵サム・スペード。

物語は、スペードの元に、家出した妹を連れ戻してほしいというミス・ワンダリーからの依頼が舞い込む所から始まります。

捜査を始めたスペードは相棒のマイルズ・アーチャーにフロイド・サースビーという男を尾行させますが、その日の夜にアーチャーとサースビーは遺体となって発見されました。

その事で、アーチャーの妻アフィと親密な関係にあったスペードに嫌疑がかかってしまいます。

 

著者
ダシール ハメット
出版日
2012-09-07


物語が進むにつれて謎がどんどん深まっていきます。

そんな中、是非注目して欲しい登場人物が居ます。それはスペードの秘書である、エフィ・ペリンという女性です。彼女は有能な秘書であり、とても真面目です。スペードの指示を忠実に守り、時には彼の奔放な女性関係に苦言を呈したりもします。

物語の最初から最後まで一貫して彼女のスタンスは変わりません。曲者揃いの登場人物の中にあって、「普通」である彼女の存在はとても魅力的に光っているのです。

ハードボイルド初心者から熟練の読者まで、楽しませてくれること間違いなしの一冊です。読んだことのある方も、未読の方も、お手に取ってみてはいかがでしょうか。

ハードボイルド小説といえばこのシリーズ

アメリカの作家レイモンド・チャンドラーが1939年に発表した作品です。

主人公は、地方検事の元で捜査員をしていた経験のある私立探偵フィリップ・マーロウ。

作中で捜査員を辞したきっかけを尋ねられたマーロウはこう答えます。

「命令不服従については私には多少の実績があります」

この事からもわかるように、マーロウは権力に屈さないハードボイルド作品の主人公としてのある種の資質を備えた人物です。

くわえて彼はとてもタフな男で、どんな危機的で極限の状態に追い込まれてもへらず口を叩くのをやめません。

『大いなる眠り』は、そんな不屈の男マーロウを主人公にしたシリーズの一作目になります。

物語は、マーロウが依頼人である資産家のガイ・スターンウッド将軍に会いに行くところから始まります。

スターンウッド将軍には娘がふたりおり、長女はヴィヴィアン、次女はカーメンと言います。今回の依頼は、次女のカーメンについてです。

彼女は違法ギャンブルで1000ドルもの借金を作り、アーサー・ガイガーという男にゆすられていました。

マーロウは1日25ドルの調査費用でガイガーを調査し、ゆすり問題の解決を約束します。

ガイガーの身辺調査を始めたマーロウは、彼の隠れ家を見つけ出します。そしてその隠れ家に、カーメンが入っていくところを見てしまうのです。

その後、部屋の中で何かが光り、「歓び混じりの衝撃の音調、酩酊した声音、紛れもない痴呆の倍音」を聴き隠れ家に入ると、ガイガーが射殺されており、麻薬でハイになっている全裸のカーメンを見つけます。

マーロウは、カーメンをその場から連れ出し、殺人事件との関係をなくそうと画策しますが、翌日ヴィヴィアンがマーロウの元を訪れ、彼女の元に脅迫状と裸のマーロウの写真が送られてきたと告げます。

 

著者
レイモンド チャンドラー
出版日
2014-07-24


物語が進むにつれて、謎が解けるどころかどんどん深まっていきます。

ヴィヴィアンとカーメンの姉妹はほぼ全ての事件に重要に絡んでくるキーパーソンです。

作中マーロウは姉妹から口説かれる描写があり、それをきっぱりと断っています。絶対不服従の探偵はこんなところでも意志を曲げないのです。

読み進めていくとわかるのですが、この作品は謎解きに重きを置いていません。あくまで、主人公マーロウの活躍を描く物語です。

マーロウは時に不器用で恰好悪く、理性に逆らい、己の行動を理解できない事すらあります。タフで恰好良いだけではない探偵。故に、マーロウは魅力的で、恰好悪い事すらも許容される、愛される男として描かれています。チャンドラーの丁寧な人物描写が、読む者の心を引きつけて離さないのです。

この物語を最後まで読むと、タイトルの『大いなる眠り』に込められた本当の意味に気付かされます。読了後の胸を満たす余韻まで、全てを楽しめる名作です。

ハードボイルドの名作5作品を紹介してまいりました。主人公の探偵たちの魅力が少しでもお伝えすることが出来ていれば幸いです。気になる作品がございましたら、是非お手に取ってみてください。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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