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佐藤千亜妃インタビュー・前編『リリカルな世界観』の原点/特集!あの人の本棚

佐藤千亜妃インタビュー・前編『リリカルな世界観』の原点/特集!あの人の本棚

さまざまなプロフェッショナルの考え方・つくられ方を、その人の読書遍歴や本に対する考え方などから紐解いていくインタビュー。今回はメジャー1stアルバム『猫とアレルギー』をリリースした、きのこ帝国のヴォーカル・佐藤千亜妃さんに登場して頂きました。(この記事は2015年に公開したものです)

Photograph by Taku Katayama (以下、同)

言葉は「作り出す」というより「捕まえる」という作業に似ている

―― 特に思い入れがあるという、いしいしんじさんのエッセイ『ごはん日記』。web連載を書籍化したもので、港町・三崎での生活を綴った作品です。

佐藤千亜妃(以下、佐藤) いしいしんじさんは『ぶらんこ乗り』という本から入ったんですけど、これは「好きすぎて語りたくない」というくらい好きなので語りません(笑)。同じいしいさんの本で、今回セレクトした『ごはん日記』は、私の人生にかなり大きな影響を与えてくれた一冊。この本を読むまで、実はご飯を食べるということに全然興味が無かったんですよ。別に一日一食で良かったし、ひどい時はコーラを500ml飲んだだけ、という日もあったくらい。もう本当に関心が無くて。

著者
いしい しんじ
出版日
著者
いしい しんじ
出版日
2004-07-28

―― めちゃくちゃ体に悪そうだ(笑)。炭酸でとりあえずお腹を膨らましておけばいいや、みたいな?

佐藤 そうですね……。お腹いっぱいになるしいいや、みたいな。大学時代はそんな生活ばかりしていたので、もちろん体はボロボロになってしまっていたんですけど、そんな時にふと、新刊で出ていたこの本を見つけたんです。いしいさんが引っ越した三崎半島での日々を綴った、エッセイというか日記なんですけど、ひとつひとつの話が短くて続きものでもないし、空いている時間に読めるので気楽にパラパラと読んでいたら、なんか「ごはん、美味しそうだな……」と思い始めている自分がいて。

―― メモのように簡潔に書かれているから読みやすいし、文体にリズムがあるので読んでいて飽きない。さすが作家さんの日記だなと思わせられます。

佐藤 そう、それで食べることに興味を持ち始めて、たまにやる程度だった自炊をなるべく毎日するようにしたり、美味しいお店のために遠くまで出かけたりと、だんだん今までは無頓着だった「食」が自分の生活の中心になっていったんです。本当に、健康になるためのきっかけをくれた本だなとしみじみ。この本が無かったら……(笑)。

―― きのこ帝国の佐藤さんは無かったかもしれませんね(笑)。さて、続いてですが、川上弘美さんの『ニシノユキヒコの恋と冒険』。2014年には映像化もされた有名な作品です。

佐藤 川上弘美さんは凄い作家さんです。出版されている作品はほとんど読んでいます。胸に刺さったポイントは、主人公のニシノ君が空き地で、子供を亡くして心を病んでいるお姉ちゃんの「母乳を吸う」場面。しばらくして、そのお姉ちゃんは自殺してしまいます。何だかよく分からない、言葉では拾い上げられない切なさを内包していて、「どういう人なんだ、ニシノユキヒコは」という疑問が掻き立てられる。そこにストーリーを運んでいける、川上さんの文章展開の美しさと感受性の強さがこの作品には如実に表れています。文章の持つカーブの描き方というか、言葉選び、センスが良い意味でとても女性的。かつ、エンターテイメントとしてのバランス感覚も優れている。

著者
川上 弘美
出版日
2003-11-26

―― 川上さんの文章は難しい表現もなく、どこか優しくて温もりのある空気感が印象的です。主人公のニシノ君は、はっきり言うと女ったらしのダメなやつなんだけど、読んでいて不快感が無い。

佐藤 女性にだらしないけど、憎めないやつなんですよね。そういう意味では不思議な本で、あまりこの手の本とは出会ったことがないかな。起承転結の「結」も無いんですよね、この本には。あと、ニシノ君は自分のお姉ちゃんが一番の弱みだったのかなと。ストーリーが、どこか物悲しさを秘めている理由がそこにあるんじゃないかと勝手に思っていて。こんな風に、妄想が膨らむばかりです(笑)。

―― 佐藤さん自身は作詞家として、感性や想いを詩としてアウトプットする時に、言葉選びやバランス感覚などはどう意識しているのでしょうか。

佐藤 言葉って「作り出す」というよりかは「捕まえる」作業に似ています。だから、逃してしまうと一生戻ってこない表現というのも、もちろんあります。ちゃんと捕まえられれば楽曲にフィットする表現や、その時の自分の心情に合っている表現が出来上がるということになるんですけど。やっぱり感覚としては捕まえるが一番的確かな。言葉を捕まえてからどういう風にアウトプットするかは、それまでに読んできたもの、聴いてきたものの果たす役割がすごく大きい。川上さん、それから江國香織さんはアウトプットする上で、とても影響を受けている作家さんです。

著者
江國 香織
出版日
1999-09-29

―― 江國さんの『流しのしたの骨』。数多くある江國作品でこの本を選んだきっかけは?

佐藤 これは江國さんに初めて出会った本なので。小説って、とにかくストーリーが強かったり、一本の軸に向かって話が収束していくという作品の方が一般的には評価が高いじゃないですか。でも江國さんに関しては、そんなものは必要ないんです。ただ、この美しい文章の羅列をずっと読んでいたい。この人はおそらく右脳を働かせて書く天才肌のタイプで、感じるままにつらつらと自分の感覚をただ言葉として吐き出すことで作品が生まれるという人だと思うんです。江國さん苦手っていう人もたまにいますけど、突出している才能があるからこそ、好き嫌いが分かれる作家さんなのかなとは思います。

―― きのこ帝国の曲には、右脳的に感性や衝動をぶつけたもの、左脳的に組み立てて作られたものの両方があると思います。客観的に見ると、作る時に棲み分けの難しさや葛藤みたいなものがある気もしますが。

佐藤 曲を作るときにはまず、直感というか感覚のままにメモを残しておくんですけど、それをメロディーに乗せる時、論理的に構成するといった段階を経ています。感覚的なものから始まるのは絶対で、理知的なことからスタートする詩っていうのは、最終的に面白くなくなることが多いんです。Aメロで特に左脳を使い、曲のなかで一番スポットが当たるサビでは、逆に全く整えなくていいと思っているので、そこでは感情のままに、という作り方が多いです。なので、葛藤とかはなくて、うまく共存しているのかなと。むしろ曲作りに関しては、産みの苦しみというよりも、産んだ後で、「受け入れてもらえなかったらどうしよう……」という苦しみの方が強いかな。

―― 産んだけれど、受け入れてもらえないない苦しみ。

佐藤 そう。その善し悪しは自分ではなく他人が決めることなので、ものを作ることは、かなり難易度の高いことだとは思っています。どのジャンルにしてもそうだと思いますが、素晴らしいものを作っている人がいても、世の中のマジョリティに受け入れられなければ「良い」と判断されないわけじゃないですか。そういうのを見ていると、産みの苦しみはもちろんあるけど、作り手にとってはその後に計り知れない苦しみがあるなと。

―― 時には、マジョリティの方に重きを置かなければならない場合もあると思いますが。

佐藤 でもやっぱり、一万人に伝えようと思って書く曲と、たった一人に向けて書く曲の持つ力って全然違うと思っていて。大勢を意識して曲を書くと、薄まってしまうんではないかなという危惧があるんです。

―― 曲が薄まってしまう。確かに。

佐藤 自分的には、メジャーデビューして活動の拠点は変わったけれど、以前よりもずっと、自分のエゴを押し出して、誰に伝えたいかということを明確にして曲を作るようになりました。どれだけ深く伝わるかが、一番大事なので。

(終わり)

Styling by Yuka Moriyama(S-14)
ニット¥69,000 WHOWHAT(OVERRIVER / 03-6434-9494) 、パンツ¥25,800 manon(MK SQUARE / 06-6534-1177)、シューズ¥33,000 INTENTIONALLY BLANK(grapevine by k3 aoyama / 03-5772-8099)
※価格はいずれも税抜き。その他スタイリスト私物

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