すべては児童文学からはじまった――佐藤千亜妃の原点

繊細だけれど凛としていて、温かいけれど憂いを帯びている。憎しみや愛や後悔は、きのこ帝国のヴォーカルで作詞作曲も手がける佐藤千亜妃によって時に愛らしく、時に頬を殴られるような作品になる。どのジャンルにも固定されないオンリーワンの疾走感。そんな作品群を生み出す彼女を、作り上げてきた本とは。

―― 今日は読書遍歴をお聞きして、きのこ帝国が持つ独特な世界観を知ることができればなと。

佐藤千亜妃(以下、佐藤) 音楽遍歴じゃなくて読書遍歴。良いですね、新鮮です(笑)。

―― まず『クレヨン王国 月のたまご』。個人的には小学生の頃、日曜の朝に見ていたアニメ『夢のクレヨン王国』のイメージが強いんですけど、同世代の佐藤さんとしてはどんな思い入れがありますか?

佐藤 クレヨン王国、実はアニメは興味がわかず、観てないんですよ……(苦笑)。原作はたくさんのシリーズがありますが、今回セレクトした『クレヨン王国 月のたまご』は、1作目が発売された1986年から約20年という歳月を費やして書かれた大作。完結編が出たあたり(2005年)はもう小学生でもなかったんですが、すぐに買って読みました。

著者
福永 令三
出版日
1986-01-10

―― 今改めて読むとキャラクターひとりひとりの個性が際立っていて、物語も重厚です。

佐藤 この作品って、さまざまな出会いが描かれているじゃないですか。でもPART1だけを読むと結局は「別れ」にスポットが当てられた悲しい物語。その終わり方が美しくて悲しくて、自分的には「やられた」と。なんか、ちょっとずつ不穏な空気は作中で流れていたんですが……。キャラクターでいうと、主人公のまゆみが作中で何度かポエムを挟んでくるんですけど、それが当時の自分にはすごく斬新でした。

―― まゆみの心情を詩として表しているんでしょうけど、美しい詩だなと思いました。感性が揺さぶられるような。

佐藤 それがもう本当に大好きすぎて(笑)。まだ詩っていうものをあまり知らない小学生が、こんな感じなんだなと初めて知るわけじゃないですか。それはもう衝撃的で。そのあと、詩が好きになって色々読んだりしたんですけど、「詩」というものを初めて認識したのがこの作品でした。

Photograph by Taku Katayama (以下、同)

―― そこから色んな詩を読み漁ったとか。

佐藤 読書家だった兄の部屋に勝手に入って、本棚に並んでいる本を読んでいたんですけど、そこに室生犀星やエドガー・アラン・ポー、リルケとか色々な作家の詩集があったんです。その中で、室生犀星に夢中になって読みふけり、のめり込みました。大学の卒論もそれにしようと思ったくらい。

―― セレクトが渋い(笑)。海外の詩人はどうですか?

佐藤 ヘルマン・ヘッセの詩が特に。中学の図書館にヘッセの全集があったんですけど、その全集の巻末に、申し訳程度に彼の詩が2編だけ載っていて、それに心を奪われました。「無常」という詩に<母のまなざしは僕の星><母の戯れる指は記すのだ、はかない風に僕たちの名を>という表現があって、もう素晴らしすぎて。訳も最高です。

―― 最近では現代詩が人気ですよね。若い世代にもファンが多い気がします。

佐藤 高校・大学にかけてはちょうどネットが流行り始めた時期で、匿名で投稿された詩を評論する「文学極道」というサイトがあったんですけど、それが現代詩みたいなものを知る契機になりました。入り浸って、夜な夜な色んな人の詩を読んでいましたね。自分が良いなと思っていたのは「中村かほり」という詩人。好きで読み漁っていたんですけど、急に書かれなくなってしまって残念でした。まだサイトで見られるので、ぜひ。あとは最果タヒさんです。この方も文学極道で知りました。本を手に取って読んだ時、ものすごく純度の高い詩だなと思って感動しました。タヒさんの人物像を知ると、ちょっと意外でしたけどね。

―― 本人の印象と作品がかけ離れている例はよくありますよね。作詞もされている佐藤さんの目から見て、このアンバランスさについてどう思いますか?

佐藤 たぶんですけど。作家さんの中にすごく純度の高い、「曲げたくない何か」があって、その部分を守るために、世の中から屈折していくんじゃないですかね。とても真っすぐであるがゆえに、カーブを描いて曲がるのではなくて、ポキっと折れ曲がってしまう。それを他人が見ると、ちょっと奇抜だなと思ってしまうんじゃないかなと。だから自分は、詩に出ている姿が本当の姿なんじゃないかなと思って読んでいます。

―― なるほど、そう読み込めるんですね。続いては、今年は誕生70周年ということもあり、改めて注目を集めている「ムーミン」です。

佐藤 学校の図書館で本を見つけた時に、まず表紙の絵が綺麗だな、というビジュアルの印象から入りました。試しに一冊読んでみたら、アニメでやっている世界観とはかけ離れていたので、「楽しくないじゃん、ムーミン一家! 」とびっくり(笑)。作者のトーベ・ヤンソンはフィンランド出身ですが、これはフィンランドの方ならではの、冬の閉塞感を下地にして描かれていて、その中でそれぞれのキャラクターが色々な思いを巡らせながら暮らしているというのが当時の自分の心に響きました。

―― ムーミンには9つの物語がありますが、佐藤さんが心惹かれたものはどれでしょう。

佐藤 全部それぞれの魅力があって面白いんですけど、「ムーミン谷の十一月」が一番好きでしたね。

著者
["トーベ・ヤンソン", "鈴木 徹郎"]
出版日

―― ムーミンの全作品を通してですけど何度読んでもいいなと思える本で、最近では大人も読んでいるように、とにかく心に染みる。

佐藤 大人になって読んでみると不思議と胸にグッとくるものがあります。

―― 児童文学の魅力のひとつは、子供の頃にぼんやりとしか分からなかったものが、大人になって読んでみると新しい発見や着想を与えてくれる、という部分だと思います。例えば悩んでいる時には思いもよらないアイデアになったりもする。佐藤さんが曲や詩を作る際にも、ひとつのきっかけとなるのではないでしょうか。

佐藤 そうですね、核になっている部分ではあると思います。

後編に続く)

佐藤千亜妃インタビュー・後編 逃すと一生捕まえられない表現がある/特集!あの人の本棚

佐藤千亜妃インタビュー・後編 逃すと一生捕まえられない表現がある/特集!あの人の本棚

さまざまなプロフェッショナルの考え方・つくられ方を、その人の読書遍歴や本に対する考え方などから紐解いていくインタビュー。前回に引き続き、きのこ帝国のヴォーカル・佐藤千亜妃さんのインタビューをお届けします。(この記事は2015年に公開したものです)

Styling by Yuka Moriyama(S-14)
ニット¥69,000 WHOWHAT(OVERRIVER / 03-6434-9494) 、パンツ¥25,800 manon(MK SQUARE / 06-6534-1177)、シューズ¥33,000 INTENTIONALLY BLANK(grapevine by k3 aoyama / 03-5772-8099)
※価格はいずれも税抜き。その他スタイリスト私物

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る