文庫化された本屋大賞ノミネート小説おすすめ20選!

更新:2021.12.18

書店員が選ぶ文芸賞・本屋大賞は多くの人に親しまれる賞です。そんな賞にノミネートされた本なら読んでみたいけど、ハードカバーは場所を取ると思ったことはありませんか?今回は、本屋大賞に選ばれた作品の中でも文庫化されているものをご紹介します。

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美しい数式と人の心に救われる『博士の愛した数式』

家政婦として働く「私」は、ある日、60代の男性が1人で暮らす家で働くことになります。元数学者で数学をこよなく愛する彼、通称・博士は、かつて巻き込まれた交通事故の後遺症で、80分しか記憶が持たないという症状を抱えていました。

ご飯作りや買い物、掃除など、家政婦としての仕事をこなしながら、私は少しずつ博士と交流するようになっていきます。そんな時、ひょんなことから私に10歳の息子がいることを知った博士は、息子をここへ連れてくるように言って……。

著者
小川 洋子
出版日
2005-11-26

2004年に読売文学賞、そして第1回本屋大賞を受賞した作品です。新しい記憶が80分しか持たない博士と、家政婦である私、そして10歳の息子を中心に、人と人との触れ合いを静かに丁寧に描いた温かい物語です。

タイトルにある通り、物語において数式はとても重要な位置にありますが、だからといって数式がわからなければ物語もわからないということはなく、むしろ数式の持つ美しさに気づかされることもあるでしょう。

展開がスローペースなので、テンポの早い物語に慣れた方には少しのんびり感を覚えるかもしれませんが、ゆったりと進むことで登場人物の心理をじっくりと味わわせてくれ、温かみを感じさせてくれます。読めばきっと、自分の大切な人と改めて言葉を交わしたくなるでしょう。

人生を凝縮させた激動の一週間『クライマーズ・ハイ』

1985年8月12日、北関東新聞社で分野に囚われず記事を書く遊軍記者として働く悠木和雅のもとに、ジャンボジェットが群馬県上野村の山中に墜落したとの一報がはいります。乗客乗員合わせて520名が死亡するという大惨事に、北関東新聞社にも衝撃が走りました。

事故関連の記事を担当する日航全権デスクに任命された悠木がそのあまりにも大きく壮絶な事故の状況に打ちのめされていく中、悠木と同じ社内の登山サークルに所属している安西耿一郎が倒れたとの知らせが入り……。

著者
横山 秀夫
出版日

2003年に週刊文春ミステリーベストテン第1位、2004年に第1回本屋大賞第2位にランクインしました。1985年、御巣鷹山に墜落、乗員乗客合わせて520名もの死者を出した日本航空123便墜落事故を題材にしており、作者自身の12年間の記者としての勤務が十二分に活かされた物語になっています。

作者は記者時代、実際に日本航空123便墜落事故時の新聞社を経験しているそうで、そのためか事故発生からの激動の1週間の描写はとてもリアルで、読んでいると緊迫感がひしひしと伝わってきます。新聞社内で自分達の立場やプライドを守ろうとする人間の露骨な感情も描かれており、思わず一気読みしてしまうくらい物語に引き込まれてしまうでしょう。

緊迫した事故現場と新聞社が描かれる一方で、安西を巡るヒューマンドラマも描かれています。いずれも人間の内面部分を丹念に見つめた話で、それを表現する確かな文章力に支えられた秀作です。

歩きながら語られる少年少女の想い『夜のピクニック』

高校3年生の甲田貴子(こうだたかこ)が通う高校には、24時間かけ、仮眠や食事を取りながら80kmもの道を歩き通す伝統行事「北高鍛錬歩行祭」、通称「歩行祭」があります。

貴子は高校最後のこの歩行祭で、クラスメイトの西脇融(にしわきとおる)に話しかけたいと思っていました。実は、融の亡くなった父親の浮気相手の女性は貴子の母親だったのです。つまり、貴子と融は同じ父親を持つ異母兄妹で、高校3年生になった時、クラスメイトとなっていたのでした。

お互いに全てを知っている2人は、それぞれの思いを抱えていましたが、そんな不自然な2人の態度に、周りは2人が付き合っているのではないかと囁くようになり……。

著者
恩田 陸
出版日
2006-09-07

第2回本屋大賞を受賞した作品で、他にも第26回吉川英治文学新人賞なども受賞しています。作中のメイン舞台となる「歩行祭」は、作者の母校の70kmの道のりを歩く「歩く会」という行事がモデルになっているということで、作者の体験から生まれる描写はリアルです。

物語はひたすら歩く「歩行祭」の中で繰り広げられていくので、登場人物達はただ歩いているだけです。しかし、決してストーリーが単調にならないのは、その中で語られる高校生の少年少女の未完成な気持ちの機微や、話の展開などが秀逸なためでしょう。全体的に読みやすい文章で語られているので、つい一気読みしてしまうはずです。

高校生が主人公なので、若い世代には特に読みやすいかもしれませんが、学園ものというよりも、夜を徹して歩くというちょっとした非日常の中で語られる物語なので、どんな世代にも読みやすいでしょう。恩田作品の最初の1冊目としてもいいかもしれません。

時代に翻弄されるのは人だけではない『ベルカ、吠えないのか?』

20世紀は、いくつも戦争が起きては終息し、そしてまた起きるという戦争の世紀でした。戦争は人が起こすものですが、その中で、「軍用犬」として生きた犬達がこの物語の主人公です。

物語は、太平洋戦争において日本軍とアメリカ軍が激戦を繰り広げたアリューシャン列島から始まります。アッツ島において全滅した日本軍は、軍用犬を島に置き去りにして退却することを余儀なくされます。その後、置き去りにされた軍用犬はアメリカに連れて行かれることになり、そこで子犬を生み、犬達の物語が始まっていくのです。

著者
古川 日出男
出版日
2008-05-09

第3回本屋大賞で第8位にランクインした作品です。この作品の特徴はもちろん、犬が主人公であること。犬の運命や一生を追いかけながらそれぞれの時代を丹念に描いていく展開は、新鮮であまり読んだことがないような感覚に捉われるでしょう。

斬新な手法であるがゆえに、もしかしたら読みにくさを感じる人もいるかもしれませんが、最後まで読んだ時の何ともいえない感情はぜひ味わっていただきたいです。純文学とエンターテイメントのハイブリッドとも言われており、ジャンルに囚われない上質な物語と言えるでしょう。

時代に翻弄された犬達の一生を、ぜひ手に取って確認してみてください。

読んだら風になれる爽快感『一瞬の風になれ』

高校に入学した神谷新二は、それまでサッカーユース日本代表候補にもなった兄・健一に憧れ、幼い頃からサッカーに打ち込み、いずれは兄と同じサッカー強豪校で一緒にサッカーをすることを夢見ていました。しかし、兄との間にある高い壁に打ちのめされた新二はサッカーをやめてしまい、高校もサッカー強豪校ではない公立校へと進学します。

サッカーをやるつもりは一切ない新二でしたが、クラスメイトの根岸康行に誘われたことがきっかけで、幼馴染で親友でもある一ノ瀬連と共に陸上部へ入ることになり……。

著者
佐藤 多佳子
出版日
2009-07-15

2007年に第4回本屋大賞、同時に吉川英治文学新人賞も受賞した作品で、コミカライズやドラマ化もされた人気作です。全部で3巻あり、それぞれ第一部は「イチニツイテ」、第二部は「ヨウイ」、第三部は「ドン」と副題が付けられています。

中高生の課題図書になることも多いくらい読みやすく、普段あまり読書に馴染みのない人でもすらすらと読み進めることができるでしょう。また、陸上部がメインの舞台になりますが、陸上のことがわからなくても特に問題なく、むしろ風を切って走る様子などはとても爽快感があります。

小学生には少し早いかもしれませんが、中高生のいる家であれば、親子で読み回すこともできるくらい楽しく、なおかつ読みやすい小説です。親子の話題の1つとして、ぜひご家族で楽しんでみてください。

森見ファンタジーの真骨頂『夜は短し歩けよ乙女』

大学生の「私」、通称・先輩は、同じサークルに所属している後輩の「黒髪の乙女」に片想いをしていました。しかし、どこまでも奥手な先輩は正面切って告白することもできず、せめて少しでも近付きたいと、「黒髪の乙女」の行く先々に現れ、何とか彼女の視界の中へ入ろうと外堀から埋める作戦に出ています。

ある日、お祝い会に参加していた先輩は、解散後に乙女が1人で歩いて行くのを見つけ、後をつけることにします。しかし、その先で見たのは、乙女が見知らぬ男2人組と一緒に歩いている光景で……。

著者
森見 登美彦
出版日
2008-12-25

2006年に出版されて以来、第20回山本周五郎賞受賞、第137回直木賞ノミネート、そして2007年に第4回本屋大賞で第2位にランクインしたベストセラー小説です。黒髪の乙女に片想いしている先輩は、乙女を追いかけていくうちに不思議な出来事に巻き込まれていきます。ファンタジー要素もたくさん詰め込まれた、幻想的な恋愛ファンタジー小説になっています。

森見登美彦作品は、その独特な文体が特徴です。この作品も他の例に漏れず森見ワールドに溢れているので、森見ファンにとってはもちろん嬉しいところですが、初めて読む方にとっては少し戸惑うこともあるかもしれません。しかし、一度ハマってしまうと抜け出せなくなるような文体を楽しめた方は、一気に物語に引き込まれてしまうでしょう。

京都を舞台にした情緒溢れる世界観を、先輩と黒髪の乙女のそれぞれの視点から描いており、その違いを読み取るのも面白いかもしれません。森見登美彦作品の最初の1冊としても良い作品ですので、個性的な物語を読みたい方はぜひチェックしてみてください。

きっと箱根駅伝が見たくなる『風が強く吹いている』

蔵原走(くらはらかける)、通称・カケルは、高校2年生で5000m13分50 秒というタイムを持つ天才ランナーとして名を馳せていましたが、問題を起こして陸上部を辞めることになってしまいました。

その後、寛政大学に進学するも、陸上部には所属せず1人で走っていましたが、ある日、空腹のあまりパンを万引きしたところ、同じ寛政大学の4年、清瀬灰二、通称・ハイジに捕まってしまいます。

そのままハイジの住む陸上競技部の寮「竹青荘」で暮らすことになったカケルは、ハイジに巻き込まれながら箱根駅伝を目指すことになるのですが……!?

著者
三浦 しをん
出版日
2009-06-27

2007年にコミカライズやラジオドラマ化され、同年に第4回本屋大賞で第3位にランクインしました。他にも2009年には舞台化、映画化もされており、幅広い世代に人気のある作品です。

弱小チームが箱根駅伝を目指す青春スポーツな物語で、登場人物の心の機微や陸上競技についてのリアリティが、物語をより面白くしてくれています。

キャラクター達も1人1人がとても個性的です。クイズ番組マニアの坂口洋平、通称・キング、2年浪人で2年留年のヘビースモーカー平田彰宏、通称・ニコチャン、双子の兄の城太郎、通称・ジョータ、弟の城次郎、通称・ジョージなど、個性豊かでどこかしらに欠点のあるキャラクター達が一致団結して箱根駅伝を目指す姿は、爽やかな読後感を与えてくれるでしょう。

しびれる逃亡劇の行方は!? 『ゴールデンスランバー』

国民の選挙によって首相が選ばれる首相公選制が存在する日本。主人公の青柳雅春(あおやぎまさはる)は、数年前に偶然にも暴漢に襲われていたアイドル・凛香を助けたことから一躍有名人になった男でした。

ある日、大学時代の友人である森田森吾(もりたしんご)に呼び出された青柳は、森田から、謎の忠告を受けます。時を同じくして、仙台で行われていた金田首相の凱旋パレードで、金田が暗殺されるという事件が起きました。

青柳の前に現れた警官は、青柳に向かって拳銃を向けてきます。なんと青柳は、首相殺しの容疑者にされていたのです。その場は森田に助けられ逃げ出すものの、森田の車に仕掛けられた爆弾が爆発して……!?

著者
伊坂 幸太郎
出版日
2010-11-26

2007年に発表された後、2008年に第5回本屋大賞、第21回山本周五郎賞を受賞、2009年には「このミステリーがすごい!」で第1位を獲得しました。映画化や舞台化もされており、非常に人気の高い作品です。

物語は五部構成になっています。第一部と第二部は事件の当事者ではない者達からの視点で描かれており、限られた情報しか手に入らない状況は、まるで本当の事件報道を聞いているような気になってきます。第三部は、事件から20年後、第四部では犯人の視点で物語が進み、第五部は事件から3ヵ月後が描かれます。

時系列が素直ではありませんが、それでもわからなくなるほど混乱することはありません。「このミステリーがすごい!」で第1位を受賞したことからもわかるように、ミステリー小説として、最後までハラハラドキドキをとぎらせることなく読むことができます。数多くの人気作を書いている伊坂幸太郎ですが、最初の1冊としてはもちろん、他作品を読んだことがある方にもぜひチェックして頂きたい1冊です。

スポーツとミステリーの上質なコラボ『サクリファイス』

自転車競技のプロチーム・オッジに所属する白石誓(しらいしちかう)は、高校時代は陸上の中距離でインターハイ1位を獲得するほどの実力を持っていながら、周りからの期待に応えることに苦痛を感じ、たまたまテレビで見た自転車ロードレースに転向したという過去を持っています。

そんな誓のチーム内での役割は、チームのエースである石尾豪(いしおごう)を勝たせるためのアシスト。33歳の豪は日本を代表するベテランの選手ですが、その裏では、自分のエースの座を守るために新人を事故に見せかけ潰したという噂がありました。

そんな黒い噂がちらつく中、ある日とうとう恐れていたことが起きてしまい……。

著者
近藤 史恵
出版日
2010-01-28

第10回大藪春彦賞、第61回日本推理作家協会賞長編及び連作短編編集部門ノミネート、そして第5回本屋大賞では第2位に選ばれました。

自転車ロードレースを題材とした物語で、一見するとスポーツ小説、青春小説のようにも思えますが、中身はレース事故の謎を追いかける上質なミステリーになっています。とはいえ、自転車レースの描写は疾走感と迫力に溢れていて、スポーツ小説としても充分満足できるでしょう。

それほどメジャーではない自転車ロードレースを題材にしているため、それだけでも新鮮な気持ちで読むことができます。ロードレースについて詳しくなくてもそれほど違和感なく読むことができるのは、次々に展開していく物語が読ませるものになっているからでしょう。スポーツとミステリーが好きな方にぜひ読んでもらいたい作品です。

女の母性、愛『八日目の蝉』

「私はこの子を知っている。そしてこの子も私を知っている」

生活感を感じさせるあたたかな室内、どこか神々しく光を浴びたベビーベッドに赤ん坊が泣いています。希和子が赤ん坊を抱き上げると、その子は涙でまつ毛を濡らしながら彼女に笑いかけます。すでにこの0章だけで全てを物語っているくらい、このシーンはあたたかく、生きる力と母性が溢れています。

著者
角田 光代
出版日

 

第5回本屋大賞で6位にランクインした作品。1章は不倫相手の子供を誘拐した希和子の目線で描かれます。不倫、誘拐、逃亡と重いテーマなのに全体に愛する喜びが漂っていて、どこか優しい。親としての愛が尽きることなく溢れているように感じられます。とはいえ常識や人の目は当たり前につきまとい、その愛にだけ浸っていられない。

そして2章はその事件ゆえに変わってしまった家族、周囲の目、どこか固く不器用な、希和子に誘拐された子供の薫を描きます。人生を勝手に変えられてしまったことへの怒りと得体の知れない行動をとった女への嫌悪感。しかし、薫自身も不倫相手の子をみごもり…。

強く、優しく生きようとする母としての性、許されないことをした女の性、揺れ動く心情を描ききっています。すべての様子が生々しい「女らしさ」を感じさせる名作です。

 

女三代に渡る大河ミステリー『赤朽葉家の伝説』

時代は戦後、舞台は鳥取県にある架空の村・紅緑村です。紅緑村には、代々製鉄業を営んでいる「赤朽葉家」という名家がありました。そこに輿入れした赤朽葉万葉(あかくちば まんよう)には、赤ん坊の頃、「辺境の人」に捨てられ、村の夫婦に育てられたという過去がありました。

万葉には、不思議な力がありました。万葉は何歳になっても文字が読めないままでしたが、その代わりに、人の死期や事故を予言するという力があったのです。そんな万葉を祖母に持った女の語りから、物語は始まり……。

著者
桜庭 一樹
出版日
2010-09-18

2006年、書き下ろし作品として発表されて以来、第60回日本推理作家協会賞、第28回吉川英治文学新人賞、2007年には直木賞にノミネート、そして2008年の第5回本屋大賞で7位を受賞するなど、数々の賞を総なめにしてきた小説です。

物語は3部で構成されており、戦後の日本を背景に赤朽葉家の三代の女達の生涯が描かれていきます。壮大なスケールの大河小説と読むこともできる一方で、幻想的なファンタジー、ミステリーなども散りばめられており、女三代という長い流れを感じさせずに物語へと引き込まれていきます。

上記のように、多ジャンルを詰め込んだような雰囲気があるので、謎解きをメインにしたミステリー小説として読むと、少し戸惑うこともあるかもしれません。文章は圧倒的で、読み進めれば読み進めるほど、ページをめくる手が止まらなくなること間違いなしです。

出会ったのはしゃべる鹿『鹿男あをによし』

大学の研究室に籍を置いていた「おれ」は、ひょんなことから研究室での居場所を失い、勧められるままに奈良の奈良女学館高等学校で物理の教師をやることになります。しかし、赴任先の高校でも女子高生達とうまくコミュニケーションが取れず四苦八苦する日々です。

それでも何とか日々を過ごしていたおれですが、ある日、奈良公園を訪れた際、おれはいきなり何かに話しかけられます。話しかけてきたのは、鹿。あまりにも想像を超えた出来事におれは混乱しますが、そんなおれに鹿は、60年に1度行われる「鎮めの儀式」で使う「目」を運ぶ役に選ばれたと告げるのですが……!?

著者
万城目 学
出版日

2007年に第137回直木賞、2008年に第5回本屋大賞にノミネートされ、後にドラマ化もされた人気作です。

「神経衰弱」と評され人とのコミュニケーションが苦手な主人公が、いきなりファンタジーな世界に巻き込まれ、しかも日本の滅亡を防ぐというとんでもない役割まで担わされてしまうというストーリーは王道と言っていいものですが、そこに万城目学特有の文章が加わることで、壮大かつコミカルで楽しい物語になっています。

良い意味で先を読める感覚もあり、安心して最後まで読むことができるのも良いですね。奈良を舞台に神話や古代史の知識や要素も盛り込まれており、ファンタジーな世界観に深みを持たせています。考えるよりも一気に、最後までただ楽しく本を読みたい時に読んでもらいたい1冊です。

圧倒的な想像力で語られる世界『新世界より』

12歳の渡辺早季(わたなべさき)は、「呪力」を目覚めさせたことで、呪力の訓練を行う「全人学級」へと入学することになります。「呪力」とは、超能力のようなものであり、21世紀から1000年経った日本では、人々が普通にその力を持って暮らしていたのです。

ある日、早季は全人学級の同級生である青沼瞬(あおぬましゅん)や、朝比奈覚(あさひなさとる)、秋月真理亜(あきづきまりあ)らと一緒にキャンプへ出かけます。しかし、そこで本来知ってはいけない知識を知ってしまい……。

著者
貴志 祐介
出版日
2011-01-14

2008年に第29回日本SF大賞、2009年に第6回本屋大賞で第6位を受賞しました。アニメ化や漫画化もされており、特に若い世代からの人気が高い作品です。SF大賞も受賞しているSF小説ですが、ダークファンタジーやミステリーの要素も多く、文庫版で上・中・下とある長編ですが、最後まで飽きることがありません。

限界のない想像力で独特な世界観を作り上げており、貴志祐介の魅力を十二分に堪能することができるでしょう。SFやファンタジーにありがちな導入部分での説明が、こういったジャンルに馴染みのない人にとっては少しハードルが高いかもしれませんが、それを乗り越えると、物語の引力が一気に動き出してのめり込むことができます。

緻密に作り上げられた設定や構成に支えられた物語は、何度読み返しても新たな面白さを発見することができるでしょう。読み応えがあるので、思い切り読書に浸りたい時に読むといいかもしれませんね。

重々しく胸にのしかかる『出星前夜』

時は寛永14年。島原半島にある有家村(ありえむら)は、天候不順による不作に苦しんでいました。ほとんど収穫のない状況で、かろうじてとれた米は全て年貢米に消え、自分達の食べる分はほとんどありません。おまけに、子供達の間には「傷寒」という病気が流行していました。

そんな絶望的な状況の中でも村人達が耐えられていたのは、かつてこの村を納めていた大名がキリシタンだったこともあり、抗わず耐えろ、というキリストの教えに支えられていたためでした。

しかし、耐えるだけでは病は治りません。そこで、庄屋の鬼塚監物甚右衛門は、名医と評判の外崎恵舟へ助けを求めに行くことになるのですが……。

著者
飯嶋 和一
出版日
2013-02-06

第35回大佛次郎賞を受賞、2009年に第6回本屋大賞で第7位を獲得した作品です。日本史の中でも最大規模と言われる島原の乱が、どのようにして起き終結していったのか、そして一揆の支えとなったキリスト教がどんなものであったか、重厚な歴史小説として描かれています。

丹念に描きこまれた重税や病にひたすら耐える農民達の様子は、読んでいると気持ちが重くなってくるかもしれません。しかし、だからこそ後に起きる一揆への繋がりや、戦いのエピソードへの繋がりにリアリティが生まれていきます。

宗教の利用や迫害、支配層と被支配層の争いなど、現代とどこか重なる部分があり、人が繰り返している歴史を感じさせられる辺りは、読みながら苦しくなることもあるくらいですが、だからこそ最後まで読みたくなり、読み終わった時には重々しい満足感が生まれる作品です。

世の中思ったように生きよう『横道世之介』

1987年。大学進学のために長崎から上京してきた横道世之介(よこみちよのすけ)は、家賃4万のアパートや大学で、ヨガインストラクターの小暮京子や、一浪した倉持一平、糊で強引に二重を作っている阿久津唯など、個性豊かな人々と出会います。

その後、成りゆきで一平や唯と一緒にサンバサークルに入った世之助ですが、サンバカーニバルでは熱中症で倒れたり、流れで付き合い始めた一平と唯の間に子供が出来たりと、彼の周りでは次々に慌ただしい出来事が起こって……。

著者
吉田 修一
出版日
2012-11-09

2008年から2009年まで毎日新聞で連載された新聞小説で、2010年には柴田錬三郎賞を受賞、そして第7回本屋大賞で第3位にランクインしました。

1987年というバブルも末の日本を舞台に、田舎もので正直もので、でもどこか頼りなくマヌケな世之助が、周りに振り回されたり好かれたりしながら過ごす日々は、平凡ながらどこか輝いていて、まさに青春小説といった作品です。

派手な展開よりも日々の時間を大切に描いており、作品世界の時代を体験したことがある世代は懐かしさを、反対に知らない世代は新鮮さを覚えることもあるでしょう。何よりどこか憎めない主人公の物語は、最後まで気楽な気持ちで楽しく読むことができます。世之助がどのように成長していくのか、ぜひ手に取って確認してみてください。

人気教師の本性は生粋のサイコキラー!?『悪の教典』

老朽化した日本家屋で静かに暮らす蓮実聖司は、東京都町田市にある私立高校の英語教師。ハスミンという愛称で親しまれる彼は、有能な教師として一目置かれる人気者でした。しかし彼には、「都合の悪い人間は抹殺する」という恐ろしい裏の顔が。学園は次第に彼の闇に侵され始め……。

著者
貴志 祐介
出版日
2012-08-03

第8回本屋大賞7位にランクイン。物語の舞台となる町田高校の教員は皆、学校裏サイトや集団カンニング、モンスターペアレントなど、数々の問題に頭を抱えていました。そんな教員を鼓舞し打開策を提案するのは、人気教師「ハスミン」こと蓮実聖司でした。

しかしその打開策は、緻密で冷酷な「殺戮計画」の数々によって実現していたのです。邪魔だと判断した者には容赦なく、社会的抹殺や命を奪うという手段を選びます。

激しやすく脆い年頃の高校生をいとも簡単に操り、自身を慕う生徒でさえ「利用する」蓮実。そして学園内にはびこる諸悪の陰に見え隠れするのは、それを取り巻く人間の心の闇と薄汚れた現実。蓮実はそれを見逃さず、「悪の制裁」を躊躇うことなく下していくのです。

『悪の教典』は上下巻2冊で構成されており、上巻では蓮実自身と周りの人間模様、そして蓮実の過去がちらほらと登場しています。「この蓮実という男、まともな奴じゃないな」漠然とそんな思いを抱かせるような、不気味さが物語全体に漂っています。さらに下巻へと読み進めると、漠然と抱いていた思いが確信に変わります。衝撃のストーリー展開から目が離せません。

蓮実の異常な精神は読めば読むほどに露見していきますが、この物語の見所は、教育現場の暗黒面への鋭い問題定義が含まれているという点です。単に「人の命が簡単に奪われていくだけの物語ではない」という所に、貴志祐介の静かでありながら迫力のある文体が生きてくるのです。「悪の教典」は厳密に言うとホラーではありませんが、えも言われぬ恐怖と絶望の描写は、ホラーに勝るとも劣りません。

上巻で登場する諸問題は、一見すると何の関連性も無いように思えますが、物語が進むにつれて恐怖の伏線を描き始めます。教育現場の闇と、人の心に棲みつく悪と懐疑心。そこに君臨する蓮実聖司というサイコキラーを、最後に待ち受けるものとは一体……。

信念と情熱が起こす奇跡を描いた百田尚樹の本屋大賞受賞作!『海賊とよばれた男』

石油元売会社「出光興産」の創業者・出光佐三(いでみつ・さぞう)をモデルとし、1953年(昭和28年)にイランから石油を輸入した「日章丸事件」を題材とした小説です。

第二次世界大戦では、東京をはじめとした主要都市は徹底的に破壊されて、海外資産のすべてを失った上、莫大な賠償金が課せられようとしていました。

著者
百田 尚樹
出版日
2014-07-15

第10回本屋大賞1位に輝いた作品。日本の明日はどうなるのだろうかと全員が途方に暮れている時、店員を集めて檄を飛ばしたのが、後に「海賊」とよばれた国岡商会の国岡鐡造でした。彼等を前に鐡造は吠えます。

「日本には3000年の歴史がある。戦争に負けたからと言って、大国民の誇りを失ってはならない。すべてを失おうとも、日本人がいるかぎり、この国は必ずや再び立ち上がる日が来る」

そして鐡造は「愚痴」を口にすることも禁じました。言葉は自己暗示にもつながるからです。

彼と彼の部下達が、世界中が関わる事を避けたイランに、秘密裏にタンカーを乗り入れるという奇跡を起こした裏には、社員を徹底的に信じた鐡造の、人間としてのスケールの大きさがありました。人の心がひとつになった時、奇跡は起こるという事を証明した一冊です。

不老不死が可能となった人類の行く末は。『百年法』

ヒト不老化技術により、半永久的な生命を授かる事ができるようになった日本。しかし、それと同時に生存制限法、「百年法」という法律も制定され、100年生きた者は、強制的に安楽死する事が条件となりました。

百年間生きた者が最初の安楽死を施行されようとしている西暦2048年、この法律に対し世論が動きだします。安楽死を受け入れる者、強制される死から逃れるため身を隠す者、不老不死を拒み本来の人間としての営みを守る者、それぞれの価値観が交錯する中、人類の選択する未来とは。

著者
山田 宗樹
出版日
2015-03-25

 

第10回本屋大賞9位にランクインした作品。人間にとって100年というと途方もなく長い時間であり、その生活の中でリアルな死が受け入れ難くなっていくような気がします。そんな状況で強制的に施行される安楽死は、普通の死よりも過酷かもしれません。上下巻に分かれている程長い作品で、その内容は人間の根源的な欲求を表現しており、また政治的な事も絡んでくるので、話の筋を読み解くのに骨を折るかもしれませんが、その分読み応えがあります。

長い休みがある時に挑戦してみるのもおすすめな、読み応えたっぷりの作品です。

 

これぞ本当の青春小説『島はぼくらと』

瀬戸内海にある人口3000人程度の小さな島「冴島」。島には中学校までしかないので、島に暮らす子供達は、高校生になるとフェリーに乗って本土の高校へと毎日通うことになります。

そんな生活を送っているのが、衣花、朱里、新、源樹の幼馴染4人組です。高校2年生の彼らは、それぞれの思いを抱えながら島で生活をしています。そんな「冴島」は、島おこしの一環として、シングルマザーを積極的に受け入れている島でもありました。ある日、「冴島」のそんな取り組みがテレビで紹介されることになり……。

著者
辻村 深月
出版日
2016-07-15

2014年、第11回本屋大賞で3位を受賞した青春小説です。舞台となる「冴島」は架空の島ですが、島の活き活きとした描写は本当にどこかにありそうな気持ちにさせられます。主人公は島の幼馴染の衣花、朱里、新、源樹の4人ですが、彼ら以外の島の人々も多数登場し、いろいろな視点から物語は紡がれていきます。

高校生達の微妙な感情や心の機微が非常に丁寧に書かれており、これを書いた作者は、本当は高校生なのではないだろうかとさえ思ってしまうほどリアルに感じられます。また、それだけではなく、島という隔離された空間特有の伝統や習慣、問題なども描かれており、読めば読むほど深くいろいろなものが見えてくる小説になっています。

高校時代という人生の中でも大切な年代に出来た繋がりを、改めて実感させてくれる、本当の意味での青春小説です。

この教官に睨まれたら終わり『教場』

 

警察学校初任科第98期短期課程に入校した生徒たちを待ち受けていたのは白髪の教官・風間公親でした……。

「教場」とは、警察学校における「クラス」のことだそうです。

半年間の過酷な訓練、授業、厳し過ぎる規律の中、不要な人材をはじきだすためにあるのが警察学校だという設定のもと、繰り広げられる長岡弘樹の連作短編集になっています。

警察学校に在籍する癖のある生徒たちが次々に事件を起こし、それを異色の教官がおさめていくという展開になっています。

著者
長岡 弘樹
出版日

第11回本屋大賞6位にランクインした作品。実際の警察学校についてはわかりませんが、常にぴんと張り詰めた緊張感のようなものがあり、白髪で焦点の定まらない目をしていると描写されるちょっと不気味な教官がクールに立ち回っていく姿には独特の魅力があります。

推理小説であり、警察学校を舞台にした学園小説とも受け取れる長岡弘樹の作品。おすすめです。

いかがでしたか? 本屋大賞は本の専門家である書店員が、読んでもらいたい! おもしろい! と思う小説を選ぶ賞です。作家や批評家よりも読者に近い書店員が選ぶからこそ、面白い本との出会いが生まれているのかもしれません。何か本を読んでみようと思うけど何を読もうか迷った時は、本屋大賞にノミネートされたものから選んでみるのもいいですね。

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