私事ではありますが、今年の3月2日にメジャーデビューさせて頂きまして、特にその月は移動とホテル宿泊を繰り返す、(ありがたいことに)非常に過密なスケジュールで活動しておりました。
空いた時間に小説を読むのが僕の密かな楽しみだったのですが、それがあまりにも小刻みとなると折角の伏線を忘れてしまったり、果ては「誰、この登場人物?」と何度も前のページから読み返す始末。皆様にもこういう経験、あるんじゃないでしょうか。小説は一気読み派の僕は閉口してしまいました。
そんな時にピッタリだったのが短編小説集。空き時間が小刻みでも集中して一つのお話を読むことができ、何よりストーリーが必然でシンプルかつ洗練されたものになるため、多量の情景描写に目を奪われ伏線を見逃す心配もありません。
「何かとお忙しい現代社会を生きる皆様に、改めて短編集の良さを伝えたい!!」。この連載のお話を頂いたときに強く、そう思ったわけであります。ベッドに入って眠るまでのイントロダクションに。通勤通学中に、何なら自宅のトイレにも一冊。そんな素敵な短編集を4冊、さらに僕の経験も踏まえて読者の年齢層別にお勧めさせて頂きたいと思います。
おーい でてこーい
ショートショートと呼ばれる短編形式の第一人者である星新一氏の作品群から、人気投票で選ばれた上位5作品+編集者が厳選した作品群を収録した傑作選。ショートショートという言葉が示す通り、爽やかで読みやすい短編小説でありながら、どこか回路のショートしたようなチグハグな世界観が星新一さんの面白さですよね。
特にこの一冊は傑作選の名を冠するだけあって、どの話もその持ち味がふんだんに織り込まれており、星新一を知らないという人にも、もちろん知っているぞ!という人にもお勧めできる一冊なのです。僕は他にもたくさん星さんの本を持っていますが、この本が一番好きだな。「ファン待望の星新一ベストアルバム」みたいで。
僕がこの本に出会ったのは小学生高学年の頃で、当時はエキセントリックなロボットや未来都市といったサイエンスフィクションに魅了されたものです。しかし大人になって読み返すにつれ、星新一さんの作品の根底にある社会風刺(環境汚染、労働問題、戦争、etc.……)に気付かされ、色々な角度から一つの作品を読めるようになってきました。
自分の老いと共に人生を歩いてくれるような感覚があり、僕はこの本はぜひ、小学生・中学生といった少年少女たちの本棚に入っておいて欲しい、と思うのです。もちろん大人の皆さんも今から手に取り、共に歩んで頂ければと思います。これからの人生、今が一番若いのですから。
キノの旅
「世界は美しくなんかない」がキャッチコピー。ライトノベルの金字塔『キノの旅』です。
旅人キノが相棒のエルメス(バイクのような乗り物。喋る)と一緒に、世界に点在する国々を観光(?)していく、連作短編小説。「一つの国には三日間滞在」が旅のルールであり、主に、各国での三日間でキノの身に起こる出来事を一話として描く、独特な空気感の作品。
文化、人口、法律、環境、技術力はその国によってまったく多種多様であり、どこか偏った国民たちと、「客観性」の象徴である旅人キノとの間には価値観の相違からトラブルが多発します。時にそれは口論であり、時に腰に携えた拳銃での殺し合いにも発展します。
彼らのその可笑しくも悲しい異文化交流は単なるフィクションとしてではなく、現代社会をサヴァイヴする我々の価値観の偏りを痛烈に批判しています。言語や習慣で繋がっているように見える我々も、踏み込んでみれば一人一人が独特な価値観、すなわち城壁を持つ「国」でしかないのだと。
ファンタジーな世界観特有の爽快さや痛快さがあり、質の高いエンターテイメント作品でありながら、生と死、社会風刺や人種差別といったテーマを根底に感じる、とても読み応えのある作品だと思います。
中学生の僕が抱いていたライトノベルというジャンルに対する偏見を一掃し、虜にしてしまった作品でもあり、大人はもちろん、特に中高生の多感な皆様にお勧めしたい、青春の象徴となり得る一冊です。