BURNOUT SYNDROMES熊谷の「本当にあった怖い話」

寝言に返事をすると良くないことが起こるそうです。

あれは小学生の修学旅行。ある霊山の旅館にクラスで一泊した夜の話です。消灯された部屋で僕とお喋りしていたA君が、寝落ちしてしまったので、僕はすぐに彼を起こしました。すると彼は寝ぼけ眼で今見た夢の話を5分間程話してくれました。今の一瞬で見たとは思えぬ長さの夢に驚きました。

好奇心を刺激された僕は、再び彼が寝たのを見計らって彼の体を揺すり「どう? 夢、見た?」と話しかけました。すると彼は目をゆっくり開いて、僕の目をじっと見つめ【見たよ】と言いました。

それは決してA君のものではない、太く低い、老人のようにしゃがれた声でした。凍りつく僕を尻目にA君は普段の声に戻り「また寝てた……何?」と笑いました。

あの時【見たよ】と寝言を言ったのは、A君の身体を借りた「山の何か」だったのでしょうか。以来、僕は寝ている人には絶対、話しかけないようにしています。

ふっ(蝋燭を吹き消す音)

一九八四年

著者
ジョージ・オーウェル
出版日
2009-07-18
Big Brother is watching you
(ビッグ・ブラザーが貴方を見ている)

時は1984年。世界人口の1/3を占める超大国「オセアニア」では徹底した管理社会が敷かれていた。偉大な指導者「ビッグ・ブラザー」への信仰は義務。情報の捏造は常識。隠蔽工作専門のエージェント・スミスはふと社会の歪みに気づいてしまい「いずれ思考警察に処刑されるだろう」と絶望しながらも、この管理社会にヒビを入れる火種として、未来人類に向け重罪と知りながら「日記」を付け始める。

ユートピア(理想郷)と真反対の社会を描く「ディストピア文学」の金字塔。ややこしいですがこの作品は1948年に執筆されたものなので、未来に対する警告として書かれた作品なのです。

町中に貼られる『ビッグ・ブラザー』の顔のポスター。仮想敵国の映像へ一斉に罵声を浴びせる「二分間憎悪」。テレビとスクリーンを組み合わせた相互監視装置「テレスクリーン」。サイバーパンクな雰囲気とキャッチーな造語に、巨悪に挑む主人公という王道が組み合わさった、唯一無二の世界観を持つ作品。先を読ませぬ展開に手に汗握ります。

後世でも多くの作品がこの世界観の影響を受けています。たとえば村上春樹著『1Q84』。伊坂幸太郎著『ゴールデンスランバー』。アニメ『PSYCO-PASS』もそう。「ビッグ・ブラザー」による支配の恐怖は世代を超えて今なお人々を惹きつけているのです。

ヒメアノ〜ル

著者
古谷 実
出版日
2008-11-06
“わからないもの”ほど 怖いものはない

判で押したように繰り返される何もない日々と孤独に不安を感じていたビルの清掃員・岡田は、ひょんなことからコーヒーショップ店員・阿部ユカとの恋に落ちる。さらにはバイトの先輩の冴えない独身男性・安藤の恋愛相談に乗ってあげたりと、彼の日常はにわかに色づき始める。しかしその恋愛劇の裏でユカは快楽殺人鬼・森田正一に標的にされてしまい、つけまわされるようになり、岡田達の平和な日常は徐々に侵食されていく。

作者は『行け!稲中卓球部』の古谷実先生。「稲中」のおバカなギャグで一躍人気作家となった古谷先生ですが、中期からは作風をガラリと変更して、サイコホラー路線を追求するようになります。「ヒメアノ〜ル」はその中の一作。

ここで描かれる「日常の中に『サイコパス』が混入する恐怖」は単なるフィクションと言い切れないリアルな恐怖があります。猟奇殺人事件のニュースがなくならないように、「理解も説得も出来ない加害者」に人生を破壊される可能性が誰しもにあります。もしそれが自分のコミュニティで発生したら……と思うとぞっとしませんか?

この作品はそういうお話です。

しかしダーク路線でも、基本はギャグ漫画。ここがスゴイ。ギャグの切れ味は「稲中」の頃から衰えるどころかむしろ切鋭くなっています。爆笑と恐怖。2つの波状攻撃を一度味わってしまえば古谷ワールドの虜に。巻数も6巻と集めやすくオススメです。

彼岸島

著者
松本 光司
出版日
2003-04-04
どういうわけか その…あんたの血の匂いが
とても おいしそうなんだ

作家志望の青年・宮本明。彼の人生は謎の女・怜と出逢い、そして一体の吸血鬼に襲われたその夏、一変した。敵か味方かも謎な怜の背後には、数年前に行方不明になった兄の影がちらつく。兄の足跡を追い、明は吸血鬼に占領された島に乗り込むことを決意する。その島の名は――「彼岸島」。

高い画力と緩急の鋭いテンポ。不気味な怪物の造形で本能的な恐怖に訴えかける吸血鬼サバイバルホラー。……であることを前提に、この作品にはもう一つ特筆すべき側面があります。それは「丸太漫画」としての楽しみ方。

物語が進むにつれ「みんな! 丸太は持ったな!」だの「明! この丸太に捕まるんじゃ!」だの、なぜか「丸太」が万能武器としてフィーチャーされ始めます。皆が丸太を片手で振り回し、吸血鬼を圧殺し始めた頃から、ホラー漫画なのかシュールギャグ漫画なのかが曖昧になってきます。もちろんよい意味で。

その昔、この「丸太>>>>>>>日本刀>>その他の武器」という斬新な図式が漫画好きに大ウケ、前述した「丸太漫画」の愛称でネットを中心に一世を風靡した程です。詳しくは【彼岸島 丸太】で検索。

とはいえ吸血鬼やその進化系である「邪鬼」には最後まで恐怖心を掻き立てられます。初見は正統派ホラーとして楽しめ、二度目はシュールギャグとしての見地で楽しめる。そんなお得な作品なのです。


『彼岸島』については<漫画『彼岸島』のホラーでギャグな魅力まとめ!【〜最新14巻ネタバレ注意】>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。

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