千早茜は、2008年に小説すばる新人賞を受賞してデビューした先進気鋭の女流作家。2009年に泉鏡花文学賞、2013年に島清恋愛文学賞を受賞するなど、その実力は高く評価されています。そんな彼女の感性が光る6作をご紹介します!
千早茜は、2008年『魚神(いおがみ)』で小説すばる新人賞を受賞して作家デビュー。2009年同作で泉鏡花文学賞、2013年『あとかた』で島清恋愛文学賞を受賞するなど、処女作から高い評価を得る女流作家です。
1979年、国語教師の母親と獣医の父との間に誕生。北海道で生まれ、父親の仕事の都合で小学5年生までの4年半をアフリカ南部のザンビアで過ごします。千早茜が物書きに興味を持ったのもちょうどその頃のことで、祖父母から送られてくる月5冊の本では物足りず「日本には本が少ないんだ、だったら私が書こう」と思ったそうです。
日本に帰国後は、学校に馴染めないこともあり読書漬けの生活に。学校に行かず図書館に通うような時期もありました。中高では没後の文豪作品を中心に読み漁り、高校時代には犯罪心理学にも関心を抱きます。医療の現場で重要な役割を持つ検査技師に興味を持ったことで進路を考えますが、大学で文系に進むことを決めました。
立命館大学の文学部に進むと西洋美術史や芸術表象論を学びます。小説を書くようになったのは、映画部の友人に頼まれストーリーを担当したことがきっかけ。卒業後は京都でカフェや医療事務、美術館スタッフなど、あらゆる仕事を転々としていました。
そんな彼女の特殊な人生経験と幅広い知識、独特の感性が実を結び、初めて書いた長編作『魚神』が選考委員を唸らせ小説すばる新人賞を受賞。同作はのちに泉鏡花文学賞も受賞します。
千早茜の作品には、芸術を学んだからこそ表現できる美的感覚と、犯罪心理学に強い関心を抱いたからこそ描けるできる心の不安定さが融合されているという特徴があります。また、なるべくカタカナ用語や固有名詞を使わないといった彼女ならではのこだわりから、いつ読んでも古く感じさせない普遍性も魅力です。
小学校最後の年を過ごした島で、葉は真以に出会った。からかいから救ってくれたことを機に真以に心を寄せる葉だったが、ある日真以は島に逃げ込んだ脱獄犯の男と一緒に島から逃げ出し、姿を消してしまう。裏切られたと感じた葉は母に連れられ東京へ戻るが、大人になって会社で日々受けるハラスメントに身も心も限界を迎える中、ある陶芸工房のHPで再び真以を見つける。たまらず会いに行った葉は、真以があの事件で深く傷ついていることを知り――。女であることに縛られ傷つきながら、女になりゆく体を抱えた2人の少女。大人になった彼女たちが選んだ道とは。
(カドカワストア公式サイトより)
- 著者
- 千早 茜
- 出版日
大人になって再会する女性2人の関係が主題の小説ではありますが、「友情」や「同志」のように一言で型にはめることのできる関係よりももっと複雑で繊細な関係性が描かれます。『透明な夜の香り』や『男ともだち』でも見せた、千早茜ならではの人と人の関係性のグラデーションに、読者は「自分だったら」をあてはめながら読むことができます。
島で生活した子ども時代を描いた「海」と、その20年後、東京で暮らす大人編の「陸(おか)」の二部に分かれています。子ども時代には男尊女卑の価値観の残る文化に苦しみ、大人になっては上司のパワハラに苦しみ……その閉塞感との戦い(あるいは、戦わなくてもいいという心持ち)は、リアルでヒリヒリしてしまうでしょう。
タイトルの「ひきなみ」とは、船が通った軌跡に残る白い波のこと。作者・千早茜は「海の上に船がつける道があると思えば閉ざされていないともいえる」と捉えています。閉ざされていて先がないと思えるほどの絶望にも、生きづらさを感じている日々にも、つながっているその先があるのだと感じることができる物語です。
ここからは、千早茜のおすすめ作品を6作ランキング形式で紹介していきます。
神名はもうすぐ30歳になるフリーの女性イラストレーターです。自費出版した絵本で外国の賞を取るなど着々とキャリアを積んでいますが未だ知名度は低く、雑誌の星占いのイラストを描くなど不本意な仕事をして収入を得ています。
同棲している恋人の彰人は普通のサラリーマンのため徹夜で仕事をして朝に寝ている神名とは生活のリズムが合わず、同じ家に暮らしているのに顔すら見ない日もあるのですが、彰人は神名を批判したり束縛したりすることはありません。そんな彰人に感謝しつつも神名には真司という愛人がいます。妻子ある医者の真司はプライドが高く気分屋なところがありますが、優しい彰人よりも我儘な自分に似ている真司の方が神名にとって刺激的で、仕事の合間に真司からの誘いに応じて肉体関係を持っていました。
ある朝突然、ハセオという大学時代の友人から連絡が来ます。ハセオは神名にとって甘えられる存在であり気の合う相手でしたが恋愛関係になったことはなく、複数の男性と気軽に肉体関係を持ってきた神名にとって稀な存在でした。学生時代は毎日のように一緒にいたのになぜか大学卒業を機に音信不通だったハセオは、医療関係の会社に勤めていて多忙だと言う割には頻繁に神名を誘い出します。学生時代とまったく変わらないハセオの接し方に神名は彼を「男ともだち」と位置付けるのですが、ハセオの存在はそれまでの神名の生活や精神にしだいに影響を及ぼし始めるのでした。
- 著者
- 千早 茜
- 出版日
- 2017-03-10
ハセオに魅かれていく神名は、男女の関係になった途端それまでの居心地のよい関係が失われてしまうのではないかと怖れます。そんななか、些細な言い合いが発端で神名を殴ってしまった彰人は神名から去り、心のバランスが崩れ始めた神名は今まで以上に真司との関係を求めるようになり、真司に誘われて行った医療関係のイベントで2人はハセオと鉢合わせるのでした。
本作は神名の目線のみで描かれ、他の登場人物の心情を知ることはできません。そして神名の目はもっぱら自分に向かっているので、優しく見守ってくれていると思っていた彰人が実はずっと前から神名を見ないようにしていたことに気付かず、心通じ合うと思っていたハセオの過去を何も知らされていない事にも気付かずにいたのです。
物語の最後に神名は仕事にもハセオとの関係についても決断を下します。自分は何を求めているのか、人は何を求めて自分と関わってくるのか、勇気を持って自分自身を見つめ直し相手の事も見つめなければ、本当に大切なものを見落とし失っていくのです。
野良猫のようにフラリと現れる女と体を重ねる無関心男、いつも男に軽く扱われ失恋を重ねるOL、妻に不倫されるもうまく向き合えない中年男、一夜をともにした男との間に子供ができてしまった短大生、問題を起こしてクラスや家庭で浮いてしまった少年、心に闇を抱えつつも笑顔を絶やさない家庭教師、焦燥を抱く女医と彼女の心に光を差す老患者との出会い。
千早茜の『からまる』は、そんな不安定に揺れる7人の男女を描いた短編集。つながりを持つ各話の登場人物達が複雑に絡まりあって、やがて固い結び目をほどく道筋を見つけていく群像劇です。
- 著者
- 千早 茜
- 出版日
- 2014-01-25
各話で主役が変わりそれぞれの日常が語られるのですが、その主役は前の話では脇役として登場する人物。今どきの軽い子、という印象だった女性が内心では悩みを抱えていたり、何を考えているかわからないと言われる少年が起こした事件の真実が後の話でわかったりと、短編としても、全話通しても楽しめる一作になっています。
また、カタツムリ、クラゲ、イソメ、むかで、金魚、ヒドラ、ナマコ、と各話にキーワードとなる生物が登場しますが、何類かと尋ねられても答えに困るような生物が多い点もポイント。物語に深みを持たせるよいアクセントになっています。
デビュー作にして、小説すばる新人賞・泉鏡花文学賞を受賞した千早茜の代表作です。
舞台はかつて政府によって造られた一大遊郭があったとされる孤島。「この島の人間は皆、夢を見ない。」の一文から始まることでわかるように、自由とは程遠い、閉鎖的で独自の文化を持つ島です。
祠に住む夢を喰らう獏や、遊女と雷魚の伝説が語り継がれる不思議なこの地で、美しい捨て子の姉弟、白亜とスケキヨは2人で一つ、互いを補うようにしながら育ちます。
- 著者
- 千早 茜
- 出版日
- 2012-01-20
2人が年頃になると、スケキヨはその美貌に目をつけられ悪評高い裏華街へ、伝説の遊女と同じ名前を持つ白亜も遊郭へ売られていきます。それぞれの世界でしたたかに生き抜く2人。お互いの気配を感じても目をそらし、それでも相手を求める気持ちを手放せない2人が近づいてしまった時、物語は急展開を迎えていきます。
強く聡明な2人でも、閉鎖的な世界の中でしか生きられないという悲劇。そんな2人に巻き込まれる人々。次にどんなことが起こるのか、読み手の想像が追いつかないのは、スケキヨという存在が謎に包まれているからでしょう。
彼が白亜と離れてからどんな生活を送ってきたのか、何を考えているのか、何のために行動しているのか。わからないからこそ想像力を掻き立てられ、グイグイと読み進めてしまいます。悲しくもおどろおどろしく、なのに惹かれてしまう、耽美な雰囲気を堪能できる一作です。
『あとかた』は、婚約者がいながらも掴みどころのない男性と体を繋げてしまう「ほむら」、上司の自殺を機に自分の家庭を見つめなおす「てがた」、子どもを預けて愛人のもとへ向かう「ゆびわ」、傷ついた体をSNSに上げて痛みを求める少女「やけど」、相手の傷から目をそらしながら友達の境界線に立つ「うろこ」、恋人と会えない寂しさを心に押し殺し続ける「ねいろ」、6話からなる恋愛短編集。
各話で主人公が変わりながらもゆるやかに登場人物が関連している千早茜らしさが詰まった作品で、島清恋愛文学賞を受賞し、直木賞候補にもあがった秀作です。
- 著者
- 千早 茜
- 出版日
- 2016-01-28
「たとえ明日、世界が終わるとしても魚も人もきっと恋をするもの。惹かれた相手と一秒でも長く一緒にいたいと願うはずだよ。それは何かを遺したいからなんかじゃなくて、生き物として当たり前の想いだから。」
(「ねいろ」から引用)
恋愛に悩む登場人物の背中を押す一言に勇気づけられるなどセリフの妙が詰まっており、誰にもいえない、言葉にしづらい、そんな形のない心の揺らぎと罪悪感を持つ恋愛感情と登場人物達の不器用さを巧みに表現した一冊です。恋愛がテーマなので、千早茜の初心者でも手を取りやすい作品です。
商店街にある昔ながらの西洋菓子店プティ・フールと、その店を手伝う孫娘を軸にして語り手が変わる、話が連なった短編集。各タイトルにはスイーツの名前が立てられ、登場人物達の揺れ動く心と寄り添うケーキのストーリーが展開します。
魅惑的な同級生に心揺さぶられた思い出に囚われるパティシエの亜樹、亜樹に惹かれる後輩パティシエの澄孝、夫の不倫で崩れかける心のバランスをシュークリームで保つ美佐江、澄孝に片想いするネイリストのミナ、亜樹との未来に不安を抱き始める婚約者の祐介。
店にはいろんな人が訪れますが、シェフは変わらず美味しいケーキを作り続けるだけ。そのケーキ達が、登場人物達の心の毒をあぶり出し、そして癒していきます。
- 著者
- 千早 茜
- 出版日
- 2016-02-12
幼い頃からケーキ職人に憧れ続けてきた亜樹が作る西洋菓子は、お酒がきつかったり、馴染みのないフルーツを使ったりと独創的。そんなクセの強さは、自分を曲げない亜樹本人を表しているかのようです。このように登場人物それぞれのキャラクターが立っているのも、この作品の魅力。そのまま映像化できてしまいそうです。
「美しいのは一瞬。瞬きをする間に消えてしまうくらいの、ほんの短い、まるで白昼夢を見ていたような時間。だからこそ、その輝きは価値を増す。菓子作りはひとときの夢を見せる仕事だと思う。」
(『西洋菓子店プティ・フール』から引用)
甘美で美しいひと時が『西洋菓子店プティ・フール』には詰まっています。読了後は甘いものが欲しくなるので、書店の近くにケーキ屋さんがあったら、ぜひ一緒に買って帰るのをオススメします。
「桜ってのはずるい花じゃないですか。あっという間に消えてしまうくせに人を惹きつける」
(「花荒れ」から引用)
そんな一文が心に残る『桜の首飾り』は、桜をテーマにした7編の短編集です。
千早茜は、幼少期を過ごしたザンビアで満開に咲く紫色の花を見て、泣きたくなるほどの感動を体験したといいます。新学期になると通学路を埋め尽くすように散るその紫の花と、日本の桜に同じ荘厳さを感じたことが、このショートストーリーを描くためのイマジネーションに繋がっているようです。
- 著者
- 千早 茜
- 出版日
- 2015-01-31
管狐を持っているという初老の男性と美術館に勤める女性との不思議な交流を描いた「春の狐憑き」、過去の女を忘れられない男が裸足の女と桜の下での出会う「白い破片」、成長を恐れる少女が花屋の女性に背中を押してもらう「初花」、死別した前妻を持つ夫が自分を前妻のように変えさせようとしていることに気づく「エクリシール」、4人の男性に貢がせていた女性を調べる捜査官と初老の男性の甘党話「花荒れ」、大学の資料館で働く青年が青い桜吹雪の刺青を探す女性と出会う「背中」、亡くなった祖母の家の庭に幽霊を見るようになったイラストレーターとカメラマンの話「樺の秘色」、『桜の首飾り』はそんな7編がまとめられています。
愛着がある者、苦い思い出がある者、切ない想いを重ねている者………。桜に対する感情は、登場人物によって変わりますが、どの話でも桜はただ美しくそこに咲き、そして散っていきます。桜が咲く場所にはドラマがある。自分にとっての桜の思い出を呼び起こしたくなる、そんな一冊です。
いかがでしたか?千早茜は、幻想的な架空の世界の物語から、登場人物が身近に感じるものまで幅広いジャンルを手掛けています。豊富な知識量と巧みな描写は、彼女の経歴に基づくものが多く説得力があります。一作でも読んでしまえば、もう一作読んでみたい!と思ってしまう中毒性も持っているので、ぜひ気になる一冊を手に取ってみてください。