貫一がお宮を蹴飛ばしているシーンで有名な本作。映画にもなり、有名なセリフがあることでも知られています。しかし作品の内容に関しては、詳しい内容などは意外と知られていないかもしれません。さらには現代語訳と原文があり、どちらを読んでいいかわからないという方も多いのではないでしょうか。 そこで今回の記事では、本作のあらすじや登場人物を紹介。はじめての方でも読みやすいように解説します!
本作は連載当時から人気を博し、現代でも多くのファンに読まれています。何度も映画化やテレビドラマ化されたことでも有名。
あのユニコーンの『大迷惑』という曲には、「カンイチとオミヤ」が歌詞として使われています。さらに、北島三郎の曲には『金色夜叉』という作品があるのです。その他にも、さまざまなところで使われています。
また、熱海のサンビーチにある、貫一がお宮を蹴るシーンの像は、有名な観光名所の1つです。
そんな本作は、どんなあらすじなのでしょうか。
- 著者
- 尾崎 紅葉
- 出版日
- 1969-11-12
15歳で両親と死に別れた間貫一は、鴫沢家に引き取られて学問に励んでいました。高等中学への進学が決まり、将来は鴫沢家の娘である宮と結婚して、家を継ぐつもりでいたのです。
未来が約束されたと思われていましたが、かるた会で大富豪の富山唯継が、宮を見初めます。彼は富山銀行の跡取り息子で、当時は最高級品だったダイヤモンドを持っていました。宮はお金に目がくらみ、富山家に嫁ぐことにしてしまいました。
その後、熱海の海岸で3人は出会います。いったいどうなるのでしょうか。
尾崎紅葉は、明治期を代表する小説家です。本作は代表作として知られ、後世に大きな影響を与えました。泉鏡花などは、彼の弟子として知られています。
そんな彼ですが、本作の連載中に死亡。死因は胃がんであったといわれています。37歳の若さでした。
「紅葉」はペンネームで、本名は徳太郎。ペンネームだと性別がわかりづらいですが、男性です。美文家として知られ、言文一致の文章で内面描写をすることに成功するなど、日本文学史において大きな功績を残しました。
ここでは主要な登場人物について紹介いたします。
15歳で両親と死に別れて、鴫沢家に引き取られた青年。高等中学に進学し、将来が約束されています。ゆくゆくは鴫沢家の娘であるお宮と結婚するつもりでいました。しかし彼女に裏切られたあとは人間を信じられなくなり、高利貸しの手先として生計を立てます。
鴫沢家の娘で、貫一の元許嫁。大富豪の富山に見初められ、心変わりします。その後は子どもが死ぬなど、さんざんな目に遭うことに。彼女が貫一に蹴飛ばされているシーンは、本作でもっとも有名な場面で、銅像にもなっています。
大富豪の息子で、美しい女性を好むことで有名な人物。かるた会で宮を見初めて、嫁にしようとします。彼の名前は「富をただ継ぐだけ(親の財産をゆずりうけるだけで、能力や才能はない人物)」という洒落になっています。
本作の魅力は、雅文と呼ばれるうつくしい文体です。しかし、現代語訳でなければ読みづらいという声も……。知名度が高くても読んだ人が少ない理由は、ここにあります。
このセクションでは、そんな本作の現代語と原文を比較してみましょう。
- 著者
- 山田 有策
- 出版日
- 2010-09-25
例として本作の書き出しの部分を、原文と現代語訳で比較してみましょう。
未だ宵ながら松立てる門は一様に鎖籠めて(さしこめて)
まだ宵のうちであるのに正月の門松が並ぶ門は、どれもこれもしっかり施錠されていた。
この1文だけ見ても、原文の読みづらさがわかるかと思います。文章の敷居の高さ加えて、物語も長いので、さらに読むのが難しそうと思う人が多いでしょう。
このような理由から、本作は知名度の割には読んだことがある人が少なくなっています。「つ」「ぬ」「けり」などが地の文には多くありますが、「〜た」に置きかえれば問題はありません。
古文の助動詞の知識があれば読みやすくなる部分もありますが、基本的にはそのまま読み進めて問題はないでしょう。文脈で意味は推量できます。
少しでも読みやすくするように、現代語訳にして解説を加えた書籍も出版されています。本作に興味がある方は、こちらから読んでみてもよいでしょう。
本作は名セリフでも有名です。心にしみるものを、ご紹介します。
ああ、宮さんこうして二人が一処にいるのも今夜限だ。
(中略)いいか、宮さん、一月の十七日だ。
来年の今月今夜になったらば、
僕の涙で必ず月は曇らして見せるから
(『金色夜叉』より引用)
もっとも有名なセリフで、貫一がお宮を蹴るシーンでのものです。「涙で月を曇らせる」など、大げさな表現をしていますが、振られた男が嘆いているだけなのですね。
このセリフは原文と現代語では大きな違いはなく、裏切られた男の心情をよく表しています。それが、そのまま本作のテーマになっているのです。
このセリフは映画で短くなったものが有名になり、本作を象徴する言葉になりました。言葉の意味よりも語呂のよさが独り歩きして、漫画やコント番組でパロディ化されるほど。
本作は原文が読みづらいといわれていますが、言文一致体なので会話文は読みやすいです。
富山家に嫁いだ宮ですが、夫に愛情を感じることができず、さらに妊娠した子供は死んでしまい、決して幸せとはいえない状況にありました。そんななか、彼女は貫一と再開するのです。それは偶然の出会いでした。しかし、すれ違うだけ……。
本作の最後は、宮から貫一にあてた手紙の内容で締め括られます。彼にあてた彼女の思いとは、いったいどんなものだったのでしょうか。ぜひご自身の目でお確かめください。
- 著者
- 尾崎 紅葉
- 出版日
- 1969-11-12
本作は許嫁に裏切られた男が、高利貸しになって復讐をするという物語です。あらすじだけ聞くとよくある話ですが、なぜ100年以上も読み継がれているのでしょうか。
尾崎紅葉が本作の連載中に亡くなったので未完に終わっていますが、作品から読み取れるテーマを考察してみましょう。結末が描かれていなくても、テーマは伝わります。
宮は貫一を裏切って、金銭的な豊かさを手に入れました。しかし、徐々に精神的には苦しむことになっていきます。一方貫一は高利貸しの手先になって、人から嫌われるような仕事をしています。2人とも心に傷を負ってしまったのです。
本作は、精神的な豊かさはお金では手に入らない、という普遍的なテーマを描いています。ですので、時代を超えて、今なお愛されているのではないでしょうか。
「恋人に裏切られたくらいで……」と思うかもしれませんが、明治時代の許嫁の関係は、現代とは比較にならないほど強かったといわれています。そう考えると、貫一が宮に裏切られておかしくなってしまうのもうなずけます。
本作は物語の面白さはもちろんですが、恋愛観や社会の風潮を知ることができるという点でも、貴重な作品なのです。