5分でわかる『ドグラ・マグラ』読んだら気が狂う?【あらすじと解説】

更新:2022.3.24

記憶を失った主人公が、自分の過去を求めるうちに、怪奇な世界へ迷い込む物語『ドグラ・マグラ』。探偵小説でありながら、輪廻転生に科学的原理を与えようとするなど、想像の極限に挑んだ幻想小説ともとらえられます。 戦前発表の作品ですがメタフィクションの要素もあり、時代を超えて独特な魅力が評価されている名作です。米倉斉加年の官能的でスタイリッシュな表紙を見たことがある人も多いでしょう。 この記事では本作の見所、謎を徹底考察!作品のテーマから、「スチャラカチャカポコ」という擬音、脳髄論や胎児の夢などの独特の設定まで解説します。

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『ドグラ・マグラ』ってどんな話?まずはあらすじ、登場人物を解説!ヤンデレ妹との物語?ミステリー小説?

冒頭、「ブウウーーーン」という独特な時計の音で目を覚ました主人公の「私」。精神病棟の中にいるのですが、自分の過去をすっかり忘れているばかりでなく、名前も思い出せません。出だしから何やら不穏な空気が流れます。

ストーリー序盤に出てくるこの印象的な時計は、モデルとなった柱時計が、2014年に夢野久作の遺品から発見されて話題となりました。

そして私は、九州大学の法医学者である若林教授から、ある殺人事件に関わっていると教えられます。主人公の記憶が有力な手掛かりになると回復を期待されますが、なかなか記憶は戻りません。やがて私の前に、死んだはずの天才医学者・正木教授が現われて……。

正木教授は「研究のため」という名目で頭がおかしくなりそうなことを繰り返したり、私を「お兄様」と呼んで慕う妹は終始泣いていたりと、主人公にとって苦難の1日が幕をあけます……。

著者
夢野 久作
出版日

難解で頭がおかしくなる、読んだら狂うなどの評価もされることから、読むのをためらってしまう方は多いかもしれません。

しかし「ヤンデレな妹との物語」とする読み方や、「不可思議なミステリー小説」「中二病っぽい」などという感想もあり、そう聞くと何だかとっつきやすい気がするのではないでしょうか?多様な読み方を可能にするのが、この作品の魅力、自在さの証でもあります。

ちなみに、なにより気になるのは独特なタイトルの意味ですが、なんと明かされていません。こちらも読者の想像を掻き立てますよね。

さて、まずは本作の生みの親、夢野久作についてご紹介しましょう。

 

作者・夢野久作って?

著者
夢野 久作
出版日
2016-10-28

本名は杉山泰道。1889年、福岡市に生まれました。大学を中退し、禅僧として出家しましたが後に還俗。1922年、童話を発表し、1926年から本格的な作家生活に入ります。その後10年間意欲的に創作しますが、1936年、脳溢血で急死しました。

その怪奇で幻想的な作風は、もはや探偵小説の枠から逸脱しているといっても過言ではありません。日本探偵小説三大奇書の1つ『ドグラ・マグラ』は10年間かけて何度も書き直されたもので、まさに命をかけて書かれた作品です。

また、本作のほかに『死後の恋』『人の顔』などの代表作があります。『死後の恋』では、ある宝石を軸に、猟奇的ながら美しい世界観を描き、『人の顔』では二重の意味でホラーなエピソードで読者をアッと驚かせます。

また、夢野久作という名義以外でもいくつかのペンネームで活動しています。特に香倶土三鳥(かぐつち みどり)名義のものは童話ということもあり、彼の世界観が怖くて手を出しづらいという方にはおすすめです。

 

『ドグラ・マグラ』に関する考察:大きなテーマは、自我の確立。伏線からたどる、主人公の正体とは?

探偵小説として発表された作品で、殺人事件を推理、解決することがテーマの1つなのですが、主人公の「私」は一体何者なのかということが、本人にとって切実な問題であり、読者の大きな興味となります。

若林教授から、「私」は正木教授の新学説をもとにした画時代的な治療法「解放治療」の実験材料だと聞かされます。記憶を呼び戻そうと、若林教授は「私」を様々に刺激しますが、一向に記憶は戻らず、「私」を「お兄様」と読んですがりつこうとした隣室の美少女も誰だかわかりません。

正木教授の部屋で遺稿を読むと、自分の母親と婚約者の従兄弟を殺した呉一郎(くれ いちろう)という青年の顛末が載っていました。それによると、一郎は自分の意図で2人を殺したのではなく、正木教授が「心理遺伝」と呼ぶ現象を利用した何者かに操られて殺人を犯したというのです。

どうやら、この一郎が「私」らしいと思い始めた時、若林教授からは死んだと聞かされていた正木教授が私の前に現われます。正木教授に促されて窓から解放治療場を眺めると、なんとそこには「私」そっくりの一郎がいるではありませんか。正木教授はそれを離魂病などと言い、「私」は益々混乱の度合を深めるのでした。

 

『ドグラ・マグラ』に関する考察:スチャラカチャカポコ?「キチガイ地獄外道祭文」は、精神病と世間との構図を描いた?

正木教授の卒業論文は、本作を読み解くカギの一つといえます。

卒業論文は「胎児の夢」というタイトルで、その破天荒な形式と内容のため、全教授が学術的価値を否定しましたが、ただひとり斎藤助教授だけが絶賛して譲りませんでした。正木はとうとう第1位の成績で卒業したものの、式の当日、彼は行方をくらましました。

その後、正木は欧米で学位を取り、こっそり帰国して放浪していました。そんな時に彼が歌いながら配布していたのが「キチガイ地獄外道祭文」です。

祭文というのは、語ったり歌ったりして祈る一種のお祈りの形式で、陽気な節や拍子をつけたものが多いのが特徴です。

「キチガイ地獄外道祭文」も、スチャラカチャカポコという木魚のリズムとともに七五調でユーモラスに歌われますが、その内容は、精神病者虐待の事実と、治療のデタラメさを暴露するものでした。描かれているのは大正時代ですが、精神病患者への偏見と迫害は、ある程度現代にも当てはまります。

もっとも、読者がここから読み取るべきは、精神病を取り巻く現状への警鐘ではなく、正木教授の攻撃的な正義感や奔放さ、独自性に注目すべきでしょう。

 

『ドグラ・マグラ』に関する考察:脳髄論、胎児の夢は何を意味する?モヨ子との関係を含め考察してみた

「脳髄論」と「胎児の夢」は、正木教授の書いた論文の題名です。もちろん、小説内の架空の理論ですが、あながちまったくのデタラメともいえません。

脳髄論
 

「脳髄論」の根本にある考え方は「脳髄は物を考える処に非ず」(『ドグラ・マグラ』より引用)というものです。ではどこで考えるかというと、全身の全ての細胞が考えていて、感じていて、感情を持っている、というのです。

これは21世紀の現代の科学に照らしても、完全な的外れとはいえません。脳や神経は、外界から受けた刺激を筋肉の動きに変換する装置である、という考え方もあります。

このように、一見リアリティがある前提から、現実を超えた幻想的で奇怪な理論が展開されるのが恐ろしくも楽しいのは、次の「胎児の夢」でも同様です。

 

胎児の夢

論文「胎児の夢」は、母親のお腹の中で、胎児が夢を見ているのではないかという仮説もしくは理論を指します。「原初生物が人間に至るまでの進化の過程をやり直すように夢を見ているのではないか」という仮説です。

これも、作者の思い付きではなく、古い生物学の反復説「個体発生は系統発生を繰り返す」の応用といえます。今では科学理論としては否定されています(というよりあまり役に立たない)が、胎児の発生過程では、確かに原初生物が人間へと進化を遂げているような印象を持ちます。

胎児が成長する過程では、単細胞の受精卵が魚のような形へ変わり、トカゲや獣のような姿を経て、やがて人の形を成すことがわかるでしょう。

「胎児の夢」ではそれをさらに発展させて、精神や心理の記憶までもが夢の中で繰り返される、とします。そこから輪廻転生にも通じる「心理遺伝」の理論が展開されるのです。

 

胎児を宿す者

「胎児の夢」の理論からは、母親の胎内で展開される"発生"に対する畏敬の念が感じられます。そして、それに呼応するように、この作品に登場する3人のヒロイン「千世子」「八代子」「モヨ子」も母性を持ち合わせています。

千世子と八代子が現実的な母親であるのに対して、モヨ子は処女性と母性を両立しており、出番は少ないにもかかわらず神秘的で強烈な印象を残します。

 

『ドグラ・マグラ』に関する考察:ストーリー構造は、メタフィクション?それまでの解釈を乱す展開!

さて、物語は、「私の自分捜し」「殺人事件の真犯人捜し」「正木教授の奇怪な精神医学理論」の三本を柱にして進んでいくのですが、そのいずれもが解決していないうちに、後半になってさらに奇怪な様相を見せ始めるのです。

実は、若林教授と正木教授は学生時代からのライバルで、ほとんど憎み合っているといってもよい関係性だったことが明らかになります。若かった2人は、それぞれに心理遺伝の理論を実証するために、ある特殊な血筋の女性を誘惑しようとした過去があります。

その女性こそ、呉一郎の母親・千世子であり、一郎の父親は若林と正木のいずれかなのでした。2人は学術においても、人情においても宿敵同士だったのです。

物語は正しい答え、ただ一つの現実に辿り着くことを拒むように決着から逸れていき、曖昧さを増していきます。メタフィクションという言葉が一般化するのは、1983年の高橋康也の言説以降と言われていますが、1935年に刊行された本作は、すでにメタフィクション的です。

実は、それを象徴するアイテムが作品の序盤でちらりと姿を見せています。それは、正木教授の部屋にあった精神病の入院患者が書いた小説で、題名は『ドグラ・マグラ』。『ドグラ・マグラ』の中の『ドグラ・マグラ』という入れ子構造は、現代のメタフィクションを先取りしています。

 

『ドグラ・マグラ』に関する考察:はしがき(草稿)の役割とは

前述したようにこの作品は、十年の歳月をかけて何度も書き直され、何種類もの草稿、つまり下書きがあり、その中には活字にはならなかった「はしがき」もありました。

はしがきでは、「病院に閉じ込められている私が、この作品を外の世界に向けて書く」といった作品の成立経緯が説明され、本文の解説もありました。読者を誘う導入として考えていたようですが、残念ながら破棄されたようです。

内容を限定する物をあえて取り除くことで、より多様な解釈を可能にしたり、どこにも辿り着かない迷宮のような作風にしたりといった狙いがあったのかもしれません。

 

『ドグラ・マグラ』に関する考察:世界観が伝わる名言をご紹介!精神に異常をきたす言葉たち?

著者
夢野 久作
出版日

最後に、この奇妙な世界観を感じられる名言の一節をいくつかご紹介いたします。

「一種の脳髄の地獄……もしくは心理的な迷宮遊び」
(『ドグラ・マグラ』より引用)

これは、若林教授が私に「ドグラ・マグラ」という言葉の意味を説明した言葉。元々はバテレン(キリスト教の司祭)の呪術を表す方言でしたが、ここではそんな意味なのだそうです。

「何が胎児をそうさせたか」
(『ドグラ・マグラ』より引用)

論文「胎児の夢」において、胎児はなぜ夢を見るのかという疑問を語るところ。結局答えは出ません。

「細胞の記憶力」
(『ドグラ・マグラ』より引用)

やはり「胎児の夢」で、たった1つの受精卵から、1人前の人間が出来上がる能力をこう呼んで賞讃しました。DNAが発見される何十年も前にそれを予言したかのようです。

一般に探偵小説や推理小説では、結末や犯人が分かることにカタルシスがあるものですが、『ドグラ・マグラ』は分からなくなることに快感がある不思議な作品といえます。悪夢的な迷宮に入り込み、どこまでが現実でどこまでが幻なのか曖昧になっていく感覚は、本作が「日本三大奇書」と評される所以でしょう。

 

最後に漫画『ドグラ・マグラ』もご紹介!入門書としておすすめ!

「意味不明」「異常」「頭がおかしくなる」などの恐ろしい感想が多く、ここまでの考察でも難解な印象を受けて読むのをためらっている人も多いかもしれません。そんな方におすすめなのが、漫画版の『ドグラ・マグラ』です。

ここでは「まんがで読破」シリーズのものをご紹介させていただきます。

著者
["夢野 久作", "バラエティ・アートワークス"]
出版日
2008-10-01

物語の大筋は変わりませんが、なんといっても本作の魅力は読みやすくアレンジされていること。おどろおどろしい雰囲気は抑えられ、読み手を混乱させる時系列の経過も整然としており、「スチャラカチャカポコ」部分などの大幅なカットにより、とても読みやすくなっています。独特のねっとりした空気感もなく、サスペンスとしての面白さを前面に出したアレンジが好印象です。

しかし、漫画版では削ぎ落された数々の要素こそ『ドグラ・マグラ』の魅力ともいえるので、そこはぜひ原作を読んでほしいところでもあります。

興味があるけど少し怖い、という方に入門書としておすすめしたいのが漫画版『ドグラ・マグラ』です。

まずは漫画版を読み、物足りなさを感じたのであれば、あらためて原作の小説を読んでみるのもいいかもしれませんね。

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