奇想天外なファンタジーは、ただ面白いだけではありません。愛や勇気、生きる知恵など、深遠なメッセージもつめこまれているんです。風変わりな子供の主人公が奮闘する姿は大人をも魅了し、様々な気づきに溢れています。今回はそんな児童書から5冊を厳選しました。
ある日、廃墟にぼろぼろの身なりをしたモモという女の子が住み着きます。街の人々は一人ぼっちの少女を心配しますが、一人で暮らしたいという考えを尊重し、皆で面倒をみることにしました。
街の人々の温かい愛情に守られたモモ。しかし街の人たちもまた、モモに大いに助けられるのです。身なりは貧しいけれど、優しく豊かな心を持つモモが、人々を癒し、皆から時間を奪った“時間どろぼう”を追いかけます。
- 著者
- ミヒャエル・エンデ
- 出版日
- 2005-06-16
大きな都会の外れにある廃墟に住みついたモモは、小さくて、瘦せっぽっち。ボロボロでダブダブの古い服を着ています。何歳なのか見当もつかず、身寄りもない少女……。しかし、街の人たちに助けられて、寝床と食事には困らないようになるのでした。
一見可哀そうに見えるモモですが、実は彼女には特別な才能があることがわかってきます。それは“人の話をちゃんと聞ける”という力。
モモに話を聞いてもらうと、人々は元気になったり、我に返ったりします。いつしかそれが噂になって、モモのところには毎日たくさんの人が訪ねて来るようになるのです。
このエピソードは、人に意見をしたり、一方的に指導したりすることよりも、相手の話にきちんと耳を傾けることが力になるのだと教えてくれます。
また道路掃除夫のベッポからは“どんなふうに仕事に取り組んでいけばいいのか”が語られます。本作品はファンタジーであると同時に、人生の教訓を教えてくれる書とも言えそうです。
そして物語は、人の心のすき間に入り込む時間泥棒の話へと展開していきます。忙しさに追われる街の人たちが、時間泥棒である灰色の男に騙されて、自分の時間を切り売りするように渡してしまうのです。そして次第に、モモのところへ訪ねて来る人が減ってしまうでした。
時間どろぼうに、時間を倹約して貯蓄することをすすめられる人々。無駄な時間とは一体なんなのか?また、大切にしたい時間とはどんな時間なのか?忙しい現代人なら誰もがはっとし、深く考えさせられてしまうお話です。
人は時間の中で生きていますが、時間を一体どんなふうに捉え、どう考えることが良いのでしょうか。そんなヒントを道路掃除夫のベッポや、時間どろぼうたちが与えてくれるのかもしれません。
山村の鍛冶屋の家に育ったゲドは、生後間もなく母を亡くし、父や年の離れた兄弟にかまわれることなく雑草のように育ちました。ある時村のまじない師から、類まれなる魔法の才能を見出され、魔法学院へと入学します。
ゲドは優秀な成績を修め、頭角をあらわしていきます。しかし同級生との果し合いで、禁断の魔法を使ってしまい、この世に「影」を呼び込んでしまうのでした。ゲドは影に追われて怯えるも、立ち向かっていく決意をします。
- 著者
- アーシュラ・K. ル=グウィン
- 出版日
- 2009-01-16
ゲドがまだ幼い頃に生まれつき魔法の力があると気づき、大魔法使いオジオンからまことの名前「ゲド」を授かります。オジオンの弟子となって学び始めるゲドですが、魔法の「ま」の字もないような地道な毎日にしびれを切らすのでした。
この物語は魔法のすごさや面白さで魅せるだけではなく、生きることとは、何事も起こらないような地道な毎日を生き抜くことなんだ、と教えてくれます。師匠となったオジオンは、魔法を教えてほしいと詰め寄るゲドにこう言います。
「魔法が使いたいのだな」「だが、そなたは井戸の水を汲みすぎた。待つのだ。生きるということは、じっと辛抱することだ。辛抱に辛抱を重ねて人ははじめてものに通じることができる」(『影との戦い ゲド戦記1』より引用)
師匠オジオンの遠回りとも取れる教えに苛立ちを募らせ、やがてゲドは師のもとを離れて魔法学院へ入ります。そしてある日、同級生に自分の力を誇示しようと禁断の魔法を使ってしまうのです。
その結果「影」に追われる身となったゲド。若さゆえの傲慢さ、無謀さ、驕りなどによって、自らを地獄へと落としてしまうのです。そして成す術なく、怖れ、怯えて逃げ回ることしかできなくなってしまいます。
しかし、師匠との再会で「影」から逃げるのを止めて、逆に立ち向かって追いかける決意をします。この頃には虚栄心も捨て、ゲドは自分の中の恐れと対峙する準備ができていたのでしょう。物語の中で「影」は黄泉の国からやって来ますが、本質的にはゲド自身が持つ焦りや不安、怖れ、猜疑心、コンプレックス、などが「影」という言葉で表されているようです。
こうした心の深い闇の部分とも取れる「影」は、最終的には自分自身でしか解決することができないということをこの本は語っています。
何度となく瀕死の状態に陥り、大切な人も失うゲドの人生はまさに命がけ。そして、長い苦悩の道を歩み、やがて行き着くのは、誰もが望む場所なのかもしれません。まさにファンタジーの名著と言われる一冊です。
主人公は、木登りが大好きで、笑ったり、怒ったりする、ごく普通の少年です。しかし彼には、幼いころの記憶がありませんでした。
海岸に打ち上げられていた少年。同じように近くに倒れていた女性ブランウェンが、少年の名前はエムリスだということと、自分が母親だと教えてくれます。
しかし、違和感と謎ばかりで信じられないエムリス。そのまま5年の年月が過ぎ、エムリスは自分には魔法の力があることに気づきます。そして本当の自分を探す旅へと出発。愛と友情、そして残酷な運命の中で秘密が解き明かされていくのです。
- 著者
- T・A・バロン
- 出版日
- 2004-12-03
自分を知るために旅立ったエムリスは、やがて魔法の島フィンカイラに辿り着きます。そこでリアという不思議な少女と出会うのでした。いつしか二人の間には友情が芽生えます。
ある日エムリスは、楽園のようなフィンカイラ島に危険が迫っていることを知ります。リアに頼まれて、すべての破壊の源である死衣城を目指すのですが、ここでエムリスの過去が明らかになっていくのです……。
この物語は、家族の問題や友情のありがたさ、生きる中での試練や誘惑、そして、自分探しというテーマが盛り込まれた読み応えのあるファンタジーとなっています。ドキドキと楽しみながら、生きるということを考えさせてくれるでしょう。
なにより独特の世界観が楽しく、子供が知らず知らずのうちに学んでいけるファンタジーの入門書と言ってもいいかもしれません。
好奇心が強く、ダークなものに惹かれる、やんちゃな少年ダレン・シャンが主人公。ずる賢くて褒められた子ではありませんが、家族や友達を愛する優しい心の持ち主でもあります。
ある日友達が、異形の人を集めた見世物小屋のチラシを持って来てくるところから物語は展開していきます。無鉄砲な少年が決して踏み込んではいけない世界に足を踏み入れ、日常は一変。友達は死の危険にさらされ、ダレン・シャンは吸血鬼になることを決断します。
- 著者
- ダレン・シャン
- 出版日
- 2006-07-15
吸血鬼になったダレン・シャンは人間の世界に戻ろうと試みますが、自分の中に新たに宿ってしまった吸血鬼の本能が邪魔をします。そして拒み続けていた人間の血を飲んでしまう時がくるのです……。
吸血鬼の世界は非常に奇妙で、刺激的な展開をしていきます。ダレン・シャンの醜くて残酷な様子に戸惑いを感じながらも、次へ次へと読み進めずにはいられません。スリル満点ですので、怖い話が苦手な方は覚悟して読んでいただきたいです。
しかしその怖さを超えて読者を惹きつける、独特の世界観とテンポの良さは秀逸。そして、この無鉄砲で、怖がりで、見栄っ張りで、嘘つきで、心優しいダレン・シャンの話を読むことで、本当の悪とは何かを考えさせられるのです。
軽い気持ちでしたことが、時に取り返しのつかないことになるのだという恐ろしさも大いに感じさせられるでしょう。そして、何が本当に正しい判断なのかということも、通常の常識を超えて深く考える機会となります。
時空の裂け目に入り込み、現在と過去を行き来する少女ペネロピー。身体が弱い彼女は、兄弟と一緒に田舎の親戚にあずけられることになります。そこは古くからのお屋敷が受け継がれている家でした。
ある時、ペネロピ―が見覚えのない扉を開けるとそこに広がっていたのは……。
第一次世界大戦の時代と中世の時代を行き来する、一人の少女の成長が描かれたファンタジーです。物語には、当時の英国で実際にあった事件も織り交ぜられていて、よりリアルな世界が広がります。
- 著者
- アリソン アトリー
- 出版日
- 2000-11-17
舞台はまだガス灯を使っていた時代のロンドン。体調を崩したペネロピーは療養のため、田舎の叔父と叔母の家に数カ月滞在することになります。細やかな暮らしの描写が美しく、由緒正しい英国とはこんな感じだろうかと想像させながら、物語へと引き込む文章がとても魅力的です。
ペネロピーたちを歓迎してくれる村の人々や、大切に可愛がってくれるバーナバスおじさんと、ティッシーおばさんの温かい人柄が、当時の英国の田舎暮らしの豊かさを伝えます。
この物語は、過去と現在の繋がりを垣間見せることで、命の繋がりや、物を大切に扱い残すことが、より豊かな“今”をつくっているのだと気付かせてくれるのです。
ペネロピーは時の境界線を超えて過去と現在を行き来しますが、それを自分の意志ですることはできません。そして、過去を変えることもできないのです。運命を知りつつもどうにもできず、大切な物がどこにあるのかを知ってはいても動かすことはできません。
こうしたどうにもならないことや、どうにもできない切なさを経験し、受け入れながら、ペネロピーは少しずつ大人になっていきます。
物語は、ハーブの香りや、火がはじける音、川が流れる音、ふんわりと膨らんだベッドの感触など、五感で感じるイキイキとした描写が多く、細部にまで美しい音色が行き渡っているかのような一冊です。こうした文章の流れの中で、時を超えるときだけ音が消えてしまう――この表現が日常から一気に非日常へとワープさせ、不思議な世界を堪能させてくれるでしょう。
ファンタジックな児童文学には、思いもよらぬストーリー展開や、哲学的な内容など、単に楽しいだけでは終わらない名著が多くあります。
今回は海外ものから5冊を厳選してのご紹介でしたが、いかがでしょうか。異国の読み物には、その国々の個性や文化が散りばめられているものもありますから、子供にとっても、見聞を広げる良い機会となるかもしれません。大人も子供も楽しめる、奥深いファンタジーをお楽しみください。