世界の名作ほど、かえって知らない事実に満ちているもの。悲劇的な結末で有名な、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』が四大悲劇に加えられないのはなぜなのでしょう。実は本作には、まだあなたの知らないであろう一面があるのです! この記事では、原作で押さえておきたいポイントに加え、本作をベースにしたスパイク・リーの映画情報もご紹介します。
『ロミオとジュリエット』の舞台は中世イタリアのヴェローナ。この地を代表する2つの名家、モンタギュー家とキャピュレット家は、長年対立関係にありました。
モンタギュー家のロミオが、キャピュレット家で開かれた仮面舞踏会にもぐり込み、ひとり娘のジュリエットと恋に落ちたことから物語はスタート。その出会いは、両家と町を巻き込んだ悲劇的な事件へと発展していきます。
日本では、明治時代の文豪・坪内逍遥など、そうそうたる文学者・翻訳家たちが翻訳を手掛けてきました。今回の記事では、河合祥一郎訳『新訳 ロミオとジュリエット』(以下、「新訳」)をもとに、ご紹介します。
河合はシェイクスピア研究を専門とする英文学者。坪内逍遥とも親戚関係にあるそうです。
「新訳」は、東山紀之、瀬戸朝香主演の舞台のための上演台本をもとにしたもの。古典はちょっと苦手かもという人にも現代の話し言葉に近く、読みやすくなっています。
このあとはまず、誰もが名前は聞いたことがあるであろう本作の作者についてご紹介します。
ウィリアム・シェイクスピア(1564~1616年)は、ルネサンス期のイギリス演劇を代表する偉大な劇作家であり、詩人です。名前だけなら聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。
本作のほか、四大悲劇『ハムレット』『マクベス』『オセロー』『リア王』など、数々の名作を世に残しました。生涯に37本(研究者によっては40本)の戯曲を著し、彼の手によってすべての物語のパターンは出尽くしたと言われることさえあります。
ト書き(セリフの合間に入る、舞台上の演出を説明するもの)がほとんどないのがシェイクスピア戯曲の特徴のひとつ。当時の劇場には照明装置がなく、技術的な制約も多いため、状況をセリフで説明しなくてはなりませんでした。
セリフの量はそれだけ膨大になりますが、観客を飽きさせない工夫が見られます。たとえば「新訳」の冒頭は次のような具合です。
「花の都のヴェローナに/
肩を並べる名門二つ。/
古き恨みが今またはじけ、/
町を巻き込み血染めの喧嘩。」
(『新訳 ロミオとジュリエット』より引用)
調子の良さで、物語の世界に一気に飛び込めますよね。原文のリズムをいかに日本語で表現するかが、翻訳家の腕の見せどころでもあります。
このあとは、本作の意外な事実をご紹介。有名すぎる名作に、新たな発見があるかもしれませんよ。
その結末ゆえに悲劇の印象が多い本作。しかし恋に落ちる前半部分は笑いも多く用意され、ロマンチックコメディのようです。
友人たちと敵方の仮面舞踏会に乗り込むロミオ。一方のジュリエットは若さ弾ける13歳。ふたりが舞踏会で初めて出会う様子は、恋の楽しさに溢れています。
悲しい結末でありながらも本作が四大悲劇に加えられないのは、前半部分の喜劇的要素がそれだけ効いているためでしょう。冒頭から陰鬱な展開が続く他の悲劇に比べ、喜劇と悲劇の落差が本作の真骨頂なのです。
恋に翻弄される若き主人公たちが活躍するだけに、甘めの名言もいっぱいです。そのなかでも、本作一の名言といえば、これでしょう。
「ああ、ロミオ、ロミオ、
どうしてあなたはロミオなの」
(『新訳 ロミオとジュリエット』より引用)
仮面舞踏会でロミオとキスを交わしたジュリエットですが、彼が敵方のひとり息子だと知ります。そして、舞踏会のあと、バルコニーでの独白。家の名を捨ててほしいという嘆きは、ロミオの胸に深く刺さります。
続いては、こんな名言です。
「もう行ってしまうの? まだ夜は明けていないわ。/
あなたのおびえた耳に響いたのは、/
あれはナイチンゲール。ひばりじゃない」
(『新訳 ロミオとジュリエット』より引用)
ジュリエットのこのセリフも有名ですね。朝を告げるひばりに対し、夜鳴きウグイス、ナイチンゲールとも呼ばれるサヨナキドリを引き合いに出しています。
夫婦となって初めての夜をジュリエットの寝室で過ごしたロミオが、朝の訪れを敏感に感じる場面。自分がいるのは敵方の屋敷。誰かに見つかれば待っているのは死です。そんなロミオにジュリエットが甘くささやくのです。
通い婚が一般的だった平安時代、別れの朝の余韻を「後朝(きぬぎぬ)の別れ」と表しましたが、そのシェイクスピア版。まだまだ一緒にいたい2人の、切なくも甘い名場面です。
- 著者
- シェイクスピア
- 出版日
- 2005-06-25
実は、本作はわずか6日、つまり1週間にも満たない間の物語です。その後ロミオとジュリエットが仮面舞踏会で初めて出会い、キスを交わすのは、1日目の夜。
そして本編が約170ページある「新訳」で、このキスのシーンが登場するのは37ページ目。最初にキスを交わすまで結構なページが費やされ、読者がじらされるのです。とはいえ、スピーディーな展開でもあります。
舞踏会の後、初めてロミオに会ったジュリエットは、「こうして掌(たなごころ)を合わせ、心を合わせるのが聖なる巡礼の口づけです」とロミオに示します。手を合わせることで心を通わせようと言うのです。
それに対してロミオは、「手がすることを唇にも」と言って、口づけをせがみます。そして聖なる巡礼であれば、祈りの験(しるし)ならよいだろう、ということにして、彼女にキスをするのです。
言葉遊びで2人が戯れあう、可愛らしい場面。構図としては、巡礼(ロミオ)の罪は、聖者(ジュリエット)によって清められました。
しかし今度はジュリエットが、「私の唇には、あなたから受けた罪があるのね」と返すのです。それを聞いたロミオは、「その罪を返してください」と彼女にもう一度キスをするのでした。
初めての出会いから、手をとりキスするまで、わずか数十秒。若者らしい激情とスピード感は、可愛らしいながらも、「おいおい」とツッコミを入れたくなってしまいますね。
ロミオの早業に驚かされますが、一方で、先ほどいったようにここに至るまで30ページ以上費やされています。読者としてはやっと2人の恋が進展した!と喜ぶ場面でもあります。
純愛のイメージの強い本作ですが、実は笑いの要素も多く、下ネタも多数。下ネタ担当のひとりは、ジュリエットの乳母です。
たとえば、ジュリエットの姿が見つからなかったとき、彼女の母への言い訳は、こんな風。
「十二のときのあたしの処女に誓って、お呼びしたんですがね」
(『新訳 ロミオとジュリエット』より引用)
何でそこに誓う?誰も聞いていません……。
このほかにも、11年前にケガをしたジュリエットの様子を思い出した乳母は、「おでこに、ひよこのおちんちんくらいの瘤(こぶ)ができましてね」などとも。なぜ例えがそれなのでしょうか……。
このほかにも、ロミオの友人、マキューシオも下ネタ担当といえそうです。
「ビンビンお化けをおっ立てて/
女がそいつをくわえ込み、/
萎えさせりゃみものだぜ。」
(『新訳 ロミオとジュリエット』より引用)
まるでお色気コメディのようですね……。
しかし彼はその後、両家の争いに巻き込まれ命を落としてしまいます。笑いと死。その落差がより本作をドラマチックにしているます。
『ロミオとジュリエット』をもとにした派生作品は多数ありますが、実は本作もアーサー・ブルックの長詩『ロミウスとジュリエットの悲劇物語』(1562年)を参考にして書き上げられたといわれています。
ブルックの作品では、物語は9か月間の出来事として描かれ、ここに登場するジュリエットは16歳です。
さらに源流をたどると、最終的には西ヨーロッパの昔話や、古代ギリシアの伝統的な物語にいきつきます。そのうちのひとつが、マリオットとジアノッツアという2人が主人公になった民話。
この民話が16世紀にルイジ・ダ・ポルト作「ロメオとジュリエッタ」、イタリアの詩人マッテオ・バンデルロの詩と移り変わり、それを仏訳したものをさらにブルックが英訳、翻案したといわれています。
本作が、相対する2つの団体と、それに弄ばれる恋人たち、という普遍的な題材であるがゆえに、今まで多くの作家が時代に合わせて表現方法を変えてきました。
それぞれ、国も言葉も形式も登場人物の名前も違うもの。大筋は同じながら、その時代に即して形を変えてきたというのはなんとも興味深いですね。
物語は終盤にかけて、ロミオとジュリエット、そしてモンタギュー家とキャピュレット家の仲を取り持とうと修道僧が一計を案じます。しかし実を結ばず、若い2人が命を落とす結末は有名ですよね。
本作で描かれる2人の恋は、暴力や不和があふれた世界と対極をなす平和や調和の象徴なのではないでしょうか。
ただし、数百年の時を経た現代に読むことで、争い事のむなしさだけでなく、いろいろなメッセージを受け取ることができます。
たとえば、仮死の毒からは、命をもて遊ぶ真似は不幸を呼ぶだけであるとか、主人公以外にも命を落とすなかで、彼らの命だけが尊いのかなど……。
さまざまな捉え方が許されるのも、傑作ならではでしょう。読者それぞれ異なるメッセージを受け取ることでしょう。
悲劇だけでなく、笑えて楽しい部分もある本作。何となく知ってる、だけではもったいない名作ですので、ぜひご自身でお読みになってみてください。
- 著者
- シェイクスピア
- 出版日
- 2005-06-25
あらためて、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』は、名前だけであれば多くの人が知っているであろう、名作ですよね。その影響力は大きく、『ウエスト・サイド物語』のように、本作から着想を得て有名になった作品も多数あります。
そのひとつが、ロン・ウィンベリーのコミック、『プリンス・オブ・キャッツ』。日本ではまだ書籍化されていない作品です。
そんな同作が、スパイク・リーが監督を務め、映画化されるそう。『ロミオとジュリエット』をベースに1980年代のヒップポップの世界を描くというのですから、予想がつかず、ワクワクしますね。
先ほど現代に生きる私たちならではの学びがあるのではとお伝えしましたが、映画版では時代も近く、さらに物語を身近に感じられ、考えるところがあるかもしれません。