作家のみならず、映画や音楽といった様々なジャンルにおいて、後世に多大なる影響を与えたエドガー・アラン・ポー。彼の作品における多様性は、その後のアメリカ文学そのものを形成したと言っても過言ではありません。そんなポーのおすすめの短編5作品をご紹介します。
1809年、アメリカ・ボストンで三兄弟の次男として生を受けたポーは、幼くして父の蒸発と母の死を経験します。天涯孤独の身となった三兄弟はバラバラに引き裂かれ、ポーはジョン・アラン家に引き取られました。手続き上は正式な養子として受け入れられてはいないものの、しっかりとした教育の機会を与えられたポーは勉学に励みました。
その後、貧しいながらも編集の仕事などを転々としながら、詩や短編を発表しましたが、アメリカでの評価はよくなく、アルコールや麻薬に頼る日々を送ります。1849年10月7日に謎の死を遂げるまで、数多くの作品を執筆しましたが、生前彼がアメリカ文学界において日の目を見ることはありませんでした。
ようやくアメリカにおける再評価の機運が高まったのは、死後約1世紀を経てからでした。それに伴い、1954年にアメリカ探偵作家クラブ(MWA)によって設立されたエドガー賞(ポーの名前にちなんだもの)は、毎年ミステリ作家たちの目標として掲げられています。
シャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロといえば、コナン・ドイルやアガサ・クリスティの作品に登場するおなじみの名探偵ですが、彼らの元を辿っていくと行き着くのがこの作品『モルグ街の殺人』です。主人公である素人探偵C・オーギュスト・デュパンこそが、後の名探偵たちの原型なのです。
舞台はパリ。図書館で本を探していた語り手(名前はない)が、偶然同じ本を探していたデュパンと知り合います。デュパンの高い観察力や分析能力に惚れ込んだ語り手は、やがて共に暮らすようになりました。
ある日、猟奇的な殺人事件がモルグ街で発生したことを新聞で知ったデュパンは、興味を惹かれ現場へと出かけていきます。現場で発見されたのは、惨殺された母親と娘。部屋の中は荒らされていたにも関わらず、金品には手を付けられておらず、部屋は密室の状態という摩訶不思議な事件でした。途方に暮れる警察を尻目に、独自に捜査を開始するデュパン。果たして事件の真相とは…?!
- 著者
- エドガー・アラン・ポー
- 出版日
- 2002-08-20
天才的な推理能力を持つ探偵とそのパートナーの男(ホームズでいうワトソン君にあたる)、一見不可能と思える事件とそれを扱う無能な警察など、今日まで続く探偵小説の典型的なスタイルがここに見出せます。
ただ、こういったお決まりのパターンが展開される物語は、その後の流れが予想できてしまったりして、現代では受け入れられ難いものと見なされる可能性は多いにあります。しかし、様々に(良かれ悪かれ)工夫の凝らされた小説が星の数ほど溢れている今日においては、むしろ新鮮に映るのではないでしょうか。そう考えると俄然興味が沸いてきませんか?それに、最後に披露されるデュパンの推理は、この現代においてもなお驚きをもって迎えられること間違いなしです。
探偵小説好きならこの作品は避けて通れません。さあ、ホームズやポアロの大先輩、探偵デュパンの活躍ぶりをのぞいてみましょう。
この『黒猫』という短編は、ある男によって書かれた手記の形式をとっています。男がいうには、明日自分は死ぬので今日の内に世の中の人々に伝えたいということがある、ということでした。そのことは、誰かに信じてもらえるとは思わないし、信じてもらおうとも思っていない、自分ですら信じられない話なのだとか。一体男に何があったのでしょうか?
- 著者
- エドガー・アラン ポー
- 出版日
男は、幼い頃から大人しく優しい心を持って育ち、とりわけ動物を愛していました。結婚した妻もまた好みが同じで、色々な動物たちを飼って仲良く暮らしていましたが、その中でも彼らが特に溺愛したのは一匹の黒猫でした。しかし、その幸せも長くは続きません。男がお酒に溺れるようになってしまったことで性格がガラリと変わり、気難しく、怒りっぽくなり、妻にもあたるようになっていました。やがて黒猫の存在を疎ましいとさえ思うようになってしまうのです。ある晩、ひどく泥酔した男は、黒猫の片眼をペンナイフでえぐりとってしまいます。
さらに、男は黒猫の首を縄でくくり、庭の木に吊るしてしまうほどまでにその行動はエスカレートするのですが、その晩、突然の不審火で自宅が火事に見舞われる事態に襲われます。ほぼ全てが焼け落ちた中、何故か一か所だけ焼け残った壁面がありました。そこに彫り込んだように浮かび上がっていたのは、首に縄がかかったあの黒猫の姿だったのです。
さて、もちろんこれでこの物語が終わり迎えるというわけではありません。むしろここから物語が始まるといって良いでしょう。男が手記によって訴えたいのは、このあと起こった出来事についてです。その出来事を踏まえ、この手記全体を読者がどう捉えるかによってこの作品の位置付けは大きく移り変わります。単にホラー小説として見る方もいるでしょう。いや、これはSFだと仰る方もいるでしょう。いやいや、因果応報の物語だというのも一つの見方です。
ここで重要なポイントになるのは、この手記が誰の手によって描かれているのか、ということです。一体、誰が体験した物語なのでしょうか?火事の後に浮かび上がった痕跡に黒猫の姿を垣間見たのは、一体誰なのでしょうか?
男は冒頭でこう言っています。自分よりももっと賢く、もっと論理的で、もっとずっと冷静な人なら、自分に起こった出来事をあたかも平凡なことであるかのように説明できるかもしれない、と。それは、あなたかもしれません。
『黄金虫』は海賊の隠された財宝のありか探す冒険小説です。暗号を用いた謎解きをテーマに繰り広げられるこの作品は、『モルグ街の殺人』のように現実の犯罪が発生しないという点を除けば、この『黄金虫』も一種の推理小説のジャンルに属するものといって良いかもしれません。
- 著者
- ポオ
- 出版日
- 2006-04-14
サウスカロライナ州のチャールストン近くにあるサリヴァン島が、この物語の舞台。ある日、新種の黄金虫を発見したウィリアム・ルグランのもとを語り手(名前はない)が訪れることで、物語は動き出します。自分が捕まえた黄金虫は、中尉に貸してしまって今は見せられないが、スケッチならあるというルグラン。ところが、語り手にそのスケッチを見せている間にルグランの様子がみるみるうちに変わっていきます。その後ずっとルグランはむっつりと黙り込ん様子だったので、仕方なく語り手は帰ることにしました。実はその時、ルグランだけがそこに秘められた暗号に気付いていたのです。こうして、」宝探しの旅がスタートします。
かつてポー自身がこの島に駐屯していたことがあることや、暗号に入れ込んでいたことから、島の状況や風景、また暗号の解読が非常に具体的に描かれており、そのことがこの作品に臨場感を与えています。
この作品に触れた人は、ルグランの半ば狂気じみた熱中っぷりに侵され、いつの間にか自らもその中に引き込まれ、やがてこの謎解きに夢中になってしまうことでしょう。これもひとえに、人の持つ好奇心というツボをポーが巧みに刺激しているからに他なりません。さあ、ポーからの挑戦状を受け取るのはあなたです。ルグランの手を借りて、挑んでみてはいかがでしょうか?
みなさんが思い描く幽霊屋敷のイメージは、もしかしたらここから来ているのかもしれません。それほど『アッシャー家の崩壊』は後世に絶大なる影響をもたらしました。小説はもちろん、映画、音楽、漫画といった様々な媒体でこの物語が引用され、オマージュが捧げられてきたのです。
始まりは、語り手(名前はない)の下に突然届いた一通の手紙でした。差出人はロデリック・アッシャー。語り手の少年時代の友人です。その内容は、自分は神経の病を患っており、最も親しいただ一人の友人である語り手に会うことで、その病気を少しでも軽くしたい、というものでした。最後に会ってからずいぶんと長い年月を経ていたにも関わらず、せがむような調子に込められた思いを感じ取った語り手は、アッシャー邸に数週間滞在することにします。
屋敷に到着した語り手でしたが、あまりにも荒涼とした不気味な雰囲気を醸し出す屋敷の姿に心が沈むのを感じました。また、久しぶりに会ったロデリックの変わり果てた姿にも、憐みと怖れにも似た感情を抱いてしまいます。そして、ロデリックが病の原因について語りました。それは、この屋敷自身と瀕死の妹にあると、それが原因なのだということでした。ほどなくして迎えた妹の死。そのことが語り手にもたらした凍りつくような恐怖とは一体…?!
- 著者
- ポー
- 出版日
- 2016-05-12
深い霧が立ち込めた場所に現れる、妖しげな光を放つアッシャー邸。冒頭、この屋敷を見た語り手の頭の中を様々な思いが駆け巡ります。そこから読者は容易にその屋敷の姿がイメージ出来、きっと語り手と同じ思いに駆られるはずです。この屋敷は、まるで生きているようだ、ということを。
何が現実で、何が虚構なのか、ポーはきっとあなたを混乱させるでしょう。この現実と虚構が入り混じるアッシャー邸があなたを誘い込み、語り手が味わったものと全く同じ恐怖を体験するに違いありません。
『黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集〈1〉ゴシック編』のなかに収録されている話です。
主人公である語り手の名は、ウィリアム・ウィルソン。しかし、これは仮の名だそうです。本名を書くと今自分の目の前にあるページが汚れるのだと、それほど自分の名前は侮蔑や嫌悪の対象であるのだと、彼は述べています。
話は、彼が10歳から15歳までの年月を過ごした寄宿学校時代のことに端を発します。そこで出会ったのは、全く同じ日に入学した、全く同じ姓名と、全く同じ生年月日(1813年1月19日生)と、全く同じような顔立ちや体型を持った少年でした。(ここからは、語り手を「私」、同姓同名の少年を「彼」と呼ぶこととします。)
上級生や友達の間では、あの二人は血がつながっているだとか、兄弟だとか、そういう噂が広まっていく中、「彼」は「私」の服装や歩き方、さらには態度や話し方や声質までも「私」の真似をするようになります。もうほとんど瓜二つの双子といってよい存在にまでなった「彼」に対し、「私」の感情は憎悪にまで発展していきました。
そして、憎悪と共に彼を支配したのは、恐怖でした。その恐怖という感情はやがて「私」を逃げ出させます。別の学校に移ることにしたのです。しかし、どこに行っても「彼」は「私」の後を追ってきました。そして、その度に逃げ回る「私」。「彼」は一体何者なのでしょうか?
- 著者
- エドガー・アラン ポー
- 出版日
- 2009-03-28
この作品の特徴は、良い意味でポーらしさがない、ということに尽きます。これまで紹介してきたポーの作品群が、詩的な雰囲気を重視した幻想的な空間を演出していたのに対し、この作品は非常に論理的な構成によって組み立てられているのです。そのことが逆にこの作品の、ひいては主人公ウィリアム・ウィルスンの持つ心理的要素を強調していると言えます。
また、巧妙で緻密に計算し尽くされた文章は、読者を巧みにコントロールし、ポーの思い通りに導かれることになります。その巧みさの一例として、すでにこの時点でこう思っている方がいらっしゃるのではないでしょうか。果たして「彼」は存在するのか、ということを。しかし、ポーにぬかりはありません。「彼」の存在は、上級生たちや友達の間で噂になっているのです。「彼」の存在を認めている人たちがいるのです。
さて、この続きは本編をご覧ください。もうすでに、あなたはポーの術中にはまっているのかもしれません。思考の外側で展開されていたはずの物語が、一体どのような結末を迎えることになるのでしょうか?そして、その時読者の胸を深く深く貫き通すものに、あなたは一体何を思うのでしょうか?
以上5冊を紹介致しました。ほとんどが短編なので、普段長い推理小説を読むことが苦手な人でも、とっつきやすいはずです。短くても面白い、ポーの手腕をとくと楽しんでください。