孤独な処刑人と将軍の息子が竜に挑む和風ファンタジー 星野真『竜送りのイサギ』ネタバレ解説

更新:2026.10.12

サンデーうぇぶりで連載開始以降、その完成度の高さから注目を集めている星野真『竜送りのイサギ』。 本作は竜が崇められている和風ファンタジー世界を舞台に、罪人の流刑地である離島出身の少年と、彼に殺された将軍の息子がバディを組んで旅をする、波乱万丈な冒険活劇に仕上がっています。 今回はそんな『竜送りのイサギ』のあらすじや魅力を、ネタバレ込みでご紹介していきます。

都内在住の小説漫画好きwebライター。特にホラー・ミステリー・ハードボイルド・ヒューマンドラマを愛する。 好きな作家は浅田次郎・恩田陸・東山彰良・いしいしんじその他。 YouTubeチャンネルのシナリオや読書メディアで執筆中。お仕事のご依頼ございましたらTwitterのDMからどうぞ。
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『竜送りのイサギ』の簡単ならあらすじと登場人物紹介(ネタバレあり)

 

物語の始まりはヒムカの国の流刑地、陵獄島。

主人公の櫛灘イサギはそこで唯一の首打人を務める少年。罪人に痛みを与えずとどめをさす斬首の技術こそ優れているものの、生まれてから一度も島を出たことがなく、常に怨嗟に晒され続ける日々に倦み疲れ、虚しさを抱えながら生きてきました。

斬った相手の記憶を垣間見る特殊能力・サトリも、イサギの鬱屈に拍車を掛けています。

ある日のこと、ヒムカの国の元将軍・タツナミが陵獄島に流されてきました。

豪放磊落な気性のタツナミは天涯孤独のイサギと瞬く間に打ち解け、本物の父と子めいた絆を育んでいきますが、その先に待ち構えていたのはイサギ自身の手で恩人を処刑せざるを得ない、慟哭の未来でした。

斬首の際にタツナミが竜を斬った記憶を幻視したイサギは、名将として称えられた彼が竜殺しの大罪を犯した理由を知るべく、目的を同じくするタツナミの息子・チエナミと手を組んで陵獄島を後にするのですが……。

登場人物紹介

  • 櫛灘 イサギ(くしなだ イサギ)本作の主人公にして陵獄島の首打役。斬首した相手の記憶を垣間見る「サトリ」の能力を有する。罪人を哀れむ優しい心の持ち主だが、それ故己の務めに悩む弱さを抱え、首をかきむしる自傷癖を発症していた。元将軍タツナミの処刑に立ち会い、彼が罪に問われた竜殺しの真相を知るべくチエナミと旅に出る。物心付いてから島を出たことがない為に世間知らずで、外の世界で見聞きするものに素直に驚く。
  • 須佐 チエナミ(すさ チエナミ)須佐家の三男でタツナミの実の息子。タツナミを処刑したイサギに竜の殺し方を聞かんと島を訪れ、彼を外の世界へ連れ出す。父譲りの剣の腕を持ち、弱冠9歳で免許皆伝を果たす。
  • 須佐 タツナミ(すさ タツナミ)チエナミの父。第一話で死亡。竜殺しの大罪人として流刑後にイサギと知り合い、日々の交流や剣術の稽古を通し、人間らしい感情を教えていく。イサギにとっては人生に意味を与えてくれた恩人。「百年後に全ての竜が堕ちる」と暗示する不吉な予言を遺し、世界の命運をイサギ達に託す。
  • 八雲 ツバキ(やくも ツバキ)竜の刀の鞘として選ばれた少女。罪人の末裔として生まれ、父ともども忌避されてきた。父の死後はイサギ・チエナミと旅を共にし、路銀を管理する帳簿係として奮闘する。

キーワード

  • ヒムカの国 イサギたちが暮らす国。日本列島に似た形をしており、江戸~幕末の生活様式を踏襲している。古来より天候と風を司る竜を崇拝し、竜殺しを最大の禁忌としてきた。
  • 陵獄島 罪人の流刑地として機能する絶海の孤島。イサギは罪人の落とし子としてこの島で生まれ育ち、首切役を襲名した。
  • 竜 ヒムカの国における信仰対象。その強大な威容の前では人類など塵に等しい。
  • 竜の刀 タツナミが神たる竜・艮真朱剣尊を屠った際にその尾から出現した古代剣。タツナミと旧知の大商人・十文字マヒナの手によって日本刀へと打ち直され、紆余曲折を経てイサギの所有物となる。
  • 竜の鞘 自ら依り代となり竜の刀を収納する存在のこと。本作では八雲ツバキがこれにあたる。
  • サトリ 一定の次元に到った剣の達人のみが目覚めるとされる異能。剣で斬った瞬間に、その相手の記憶を読み取ることができる。
著者
星野 真
出版日
2024-01-12

親殺しの因縁で結ばれた少年と青年の遥かなる旅路

『竜送りのイサギ』は2023年9月からサンデーうぇぶりで連載開始した和風ファンタジー作品。作者は週刊少年サンデー本誌で『ノケモノたちの夜』を連載していた星野真で、こちらは2022年にアニメ化されています。

著者
星野 真
出版日
2019-11-18

本作の見所は和風ファンタジー世界を舞台にした骨太なバディ物であること。主人公イサギとその相棒・チエナミの出会いからして一筋縄ではいきません。

何せイサギはチエナミの父の仇なのです。

作品の印象を決定付ける一話まるごとイサギとタツナミのドラマに全振りしたのも秀逸な構成。

この一話は導入として非常に完成度が高く、天涯孤独のイサギと竜殺しの英雄・タツナミ師弟の絆、首切役の使命を全うせんとするイサギの葛藤とそれを受け入れたタツナミの死に様に、否が応でも心を揺さぶられます。

イサギが激しい葛藤を乗り越えてタツナミの首を落とし、それによって「竜殺しの記憶」を垣間見るシーンは、見開きの奥行を上手く使った圧巻の描写力と相俟って、読者を作品世界に引きずり込みました。

が、これは序章でしかありません。

一話ラストにおけるタツナミの衝撃の退場を受け、満を持して登場するチエナミこそ、本作においてイサギとダブル主人公を張る最強バディの片割れ。

注目してほしいのはイサギとチエナミの複雑な関係。

イサギとタツナミは疑似父子、対するチエナミとタツナミは実の父子。どちらも師たる父に鍛えられ、竜殺しの真相を追い求めているものの、積み重ねてきた歳月と立場は明確に異なります。

さらにややこしいのがチエナミにとってのイサギが旅の相棒にとどまらず、父の仇を兼ねている現実。

故に序盤のイサギはチエナミに罪の意識を抱き、既に故人であるタツナミと彼の間に介在する本物の親子の絆に、後ろめたさと紙一重の憧憬を募らせていました。チエナミもまた疎遠な父と自分の間にはなかった感情の交流をイサギに見て、達観を覚えています。

そんな二人の関係が旅の途上で徐々に変化し、性格や価値観の違いに起因する衝突を繰り返しながら、理解を深め合っていくさまが見所。

実際は三男坊のチエナミが行く先々でイサギに兄貴風を吹かすさまや、チエナミのからかいにいちいち食ってかかるイサギの反応が微笑ましい一方、阿吽の呼吸で刺客を返り討ちにするシーンは、タツナミの遺志を受け継ぎ、「竜送り」の使命を果たさんとする二人の覚悟を感じさせます。

著者
星野 真
出版日
2024-05-10

島国を脅かす竜の謎 イサギを翻弄する激動の運命

『竜送りのイサギ』の見所は魅力的なキャラクターに尽きません。竜を神として崇めるヒムカの国の成り立ち、異形の巨躯に様々な権能を秘めし竜の正体もまた、本作の強烈なフックとなっています。

前提として、ヒムカの国は江戸~幕末の日本をモデルにした架空の島国。

実際の日本と異なるのは竜と呼ばれる幻想生物が実在し、人々の生活や風俗、宗教観に深く関わっていること。

主人公イサギの苗字・櫛灘(クシナダ)がクシナダヒメに由来する意図を踏まえるに、日本神話をベースにしていることは間違いありません。

クシナダヒメとはヤマタノオロチに生贄として食べられた7人姉妹の最後の生き残りにして、ヤマタノオロチを討ち取った英雄・スサノオノミコトに嫁いだとされている女性です。

イサギの相棒となるチエナミの苗字・須佐は、スサノオノミコトのオマージュ。ヒロインであるツバキの苗字・八雲は、日本神話においてスサノオノミコトが詠んだ和歌に由来しています。

主要キャラが日本神話の竜殺しにちなむ姓を冠していること自体、イサギの生い立ちが竜と関わっている示唆であり、物語の核心と結び付いた重大な伏線とは考えられないでしょうか?

ストーリー進行に伴って世界の秘密の一端が明かされ、イサギたちは竜殺しの真相に近付いていきます。

そこに竜を利用して権威を高めようと企む各陣営の思惑や陰謀、政治的駆け引きや水面下での暗闘がドラスティックに絡んで、エンタメの王道を行く、バトルあり裏切りありの冒険活劇を盛り上げているのでした。

著者
星野 真
出版日
2024-09-11

『竜送りのイサギ』を読んだ人におすすめの本

星野真『竜送りのイサギ』を読んだ人には、同じくサンデーうぇぶりで連載されていた舟本絵理歌『双影双書』をおすすめします。

本作は傲岸不遜な皇子の影武者として宮廷に身請けされた遊郭育ちの少年・宵が、次代の皇帝の座を巡る陰謀劇に巻き込まれていく中華ファンタジー。

影武者と皇子が運命共同体の主従となり、知恵と力を合わせて骨肉相食む争いに勝機を見出すストーリーには、バディ物の魅力が凝縮されています。

著者
舟本 絵理歌
出版日
2023-01-18

続いて紹介するのは鶴淵けんじ『峠鬼』。

本作は飛鳥時代の日本を舞台に、里の風習で生贄に選ばれた少女・妙が、高名な行者・役小角の弟子となって神々を巡る旅へ出る古代倭国ファンタジー。

日本神話をSFファンタジーの視点から再解釈した物語は斬新な発見が多く、時空さえも超越して暴れ回る神々の活躍から目が離せません。

著者
鶴淵 けんじ
出版日
2019-08-10
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