母と家を亡くし、復讐を誓った主人公が目指すのは「女帝」。本作は水商売の世界を主な舞台に、友情、戦い、恋愛、親子愛など、たくさんの人間模様を描いた物語です。この記事では、全24巻の魅力、見どころをご紹介したいと思います。
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金と権力を振りかざして弱者を従わせようとする人間たちに復讐を誓い、「女帝」を目指して走り続ける女性の姿を描いた漫画『女帝』。夜の世界の華々しさと厳しさ、そこに溢れる人間模様を描きった人気作です。
2000年には映画、2007年にはドラマとさまざまな媒体で発表された本作の魅力とはいったいなんなのか。この記事では全24巻までの見どころと、最終回の見どころについてご紹介いたします。ネタバレを含みますのでご注意ください。
高校生の立花彩香(たちばなあやか)は、小さなスナックを経営する母と二人で慎ましやかな生活を送っています。しかし、成績優秀な彼女を妬む同級生による嫌がらせや、土地開発のために店を潰そうとする組織に苛まれていました。
そんななか母は病気で倒れ、そのまま帰らぬ人に。必死で守って来た店も結局は権力者の前に敗れ、無理やり潰されてしまいます。
金と権力で弱者を従わせようとする人間たちのせいで人生を翻弄された彩香は、水商売の世界で「女帝」となり、いつの日か必ず彼らを跪かせてやると心に決めます。こうして、孤独な少女の華麗なる復讐劇ははじまったのです。
杉野謙一(すぎのけんいち)と彩香は中学生の時から一緒の同級生。成績優秀者な二人はそれぞれ生徒会の会長と副会長を務めています。文武両道の優等生でありながら、ハメを外す姿も見せる彩香の二面性に惹かれていた杉野の好意は非常にわかりやすく、また彩香も少なからず彼に惹かれて、二人は友達以上恋人未満の間柄でした。
しかし、同じく生徒会役員の北條梨奈(ほうじょうりな)は二人の関係が不服でなりません。どんなに張り合おうと、勉強でも運動でも勝てない彩香が、自分の好きな相手であり許嫁でもある杉野のことまで奪ってしまうことは許せなかったのです。
そんな北條に、名家である実家の権力を使って退学に追いこまれそうになり、さらに母親が倒れたことで稼ぎ手を失ってしまった彩香は、自分が学校をやめて母の店を継ぎ、生活を支えていこうと決意しました。
これを知った杉野は美術室にいる彩香を訪ね、止めようとします。あと半年で卒業という時に退学してしまうなんてもったいない、彩香の頭脳なら難関大学に挑戦するべきだ、など真っ当な意見で説得を試みますが、本音は「水商売など始めたら自分以外の男にも抱かれるようになってしまう」という偏見でした。
しかし彩香の意思が硬く説得の余地がないとわかると、せめて処女を奪おうと彩香を襲います。さらに、その現場を先生に見つかり……。
水商売で生計を立てる母子家庭であることを散々バカにされてきた彩香を庇い、優しく誠実に支えてきた杉野。家柄を自慢せず、親の言いなりの人生など送らないという信念を感じさせる少年でしたが、蓋を開ければ権力に縋り付く北條たちと変わらない人間でした……。彼の本性は彩香を襲っている姿を先生に見つかってしまった直後に明かされます。
しかし、彩香のことを好きな気持ちは本心だったようで、この一件の後学校を去ることとなった彩香から言い放たれた言葉に大粒の涙を流しました。若気の至りではあるものの、彼の行動は結果として彩香が「女帝」を志すきっかけとなります。
杉野とは、彩香がホステスとして高みへと上り詰めた末に再び出会うこととなります。その時彩香と杉野は、どんな顔をするのでしょうか。
高校を退学したあとの彩香は単身大阪に渡り、プロのホステスを目指してスナックのアルバイトを始めます。選んだ店はスナック「麻理子」。亡くした母と同じ名前の店です。体の関係を求めてきたり、愛人になるよう誘ってきたりする欲まみれの客に辟易したこともありましたが、心優しいママの支えもあってなんとかバイトを続けていました。
そんなある日、昼間のカフェにいた彩香に話しかけてきた一人の男がいました。伊達直人(だてなおと)名乗る男は自称板前で、彩香が働いている店を聞くと頻繁に通うようになります。他の客と比べて品があり、性的関係を求めてこない直人に彩香は徐々に惹かれていきますが、彼の正体は軟派系ヤクザでした。
容姿のよい彩香を、ゆくゆくは風俗店などに売り飛ばして金にしようと考えている直人を、彩香はどんどん好きになっていってしまいます。ママの忠告もまともに聞かず、直人に誘われるままデートにも出かけてしまいました。
そして迎えたデートの夜、ついに直人は彩香に手を出そうとします。直人にとって、抱けさえすれば女は自分の手に落ちたも同然なのです。すべてを知ったうえで、彩香が出した答えとは……。
杉野との一件以来、男を憎みつつも怖がっていた彩香が初めて自分から恋した相手、それが直人です。まめで誠実な外面に騙されていると気づいた時には、もう自分では止められないほど直人に恋していました。
そんな彩香は、直人を好きだからこそ必死に拒みます。恋に溺れて自分の夢を捨てるような女にはなりたくないという決意が、土壇場で直人への恋心に勝ったからです。彩香の燃えるような信念の宿った目と、「女帝になる」いう言葉を聞いた直人は驚きます。そして、彩香に胸を打たれた直人は彼女を襲うのをやめ、過去を語りながらこう言ったのでした。
「お前の肉体(カラダ)は抱かんけど 心は抱いてやる! ずっとお前のこと 見守ってやる…‼」(『女帝』1巻から引用)
女帝を目指して険しい道を進む彩香にとって、今後直人は掛け替えのない戦友となります。何度も彩香を助けることとなる直人は、作中にたくさんの名言を残していますので、ぜひ注目してみてください。
スナック「麻里子」を出た彩香は、直人の助けもあり繁華街「ミナミ」でも5本の指に入る人気クラブ「エレガンス」のホステスになります。突然飛び込んだ女の戦いの場で、さっそくナンバー1ホストの麗子に目をつけられた彩香は、逆に麗子を自分からライバル視することでモチベーションを高めていきます。
ミナミには「ミナミの帝王」と呼ばれる大物人物がいました。多くの事業で成功した実業家の美濃村達吉(みのむらたつきち)です。年老いており、さらに容姿が醜いことから「ミナミの妖怪」とも呼ばれる彼は、壮絶な生い立ちと苦労からあまり他人と親しくせず、贔屓の店やホステスを持たない主義でもありました。
入りたてで客もついておらず、エレガンスで最底辺のホステスである彩香は美濃村に目をつけ、美濃村を自分の客にすることで女帝への道を一気に駆け上がろうとします。しかし彩香は単に金のために美濃村に狙ったのではなく、「ミナミを知り尽くした男に、自分を一流のホステスへと育て上げてもらおう」と思ったのでした。
そんな彼女は、ついに処女の体を捧げる時がきたと覚悟を固めます。「気に入られるホステスになるために3回チャンスをくれ」といって美濃村に店通いさせた彩香は、ついに3日目、彼が待つホテルへと足を運んだのでした。
彩香は美濃村が他人に心を開かないのは、容姿のコンプレックスからくる被害者意識が心を頑なにしているからだと睨みました。クラブホステス1ヶ月目にして、驚くほどの洞察力を発揮する彩香の姿から、驚異的な成長速度が感じられます。
さらに彩香は、あの直人にすら捧げなかった処女を美濃村に捧げることを誓いました。これまで美濃村を自分の客にしようと体を張ったホステスたちはたくさんいましたが、結局それで贔屓にされたホステスはいません。しかし美濃村は、「女帝になるためならなんでもする」という彩香の決心を気に入り、その覚悟を買います。
「やらないといったら絶対にやらないが、やるといったら絶対にやる男」である美濃村。彼は彩香にとって感謝してもしきれない大恩人となります。水商売の世界を知り尽くした彼を師のように慕い、さらなる急成長を遂げる彩香をお見逃しなく。
彩香は母から、父は幼い頃に死んだと教えられていました。しかし、死ぬ間際の母親は、父親は生きている、すべての真実は手紙に書き残してある、と彩香に言い残して事切れます。手紙によれば、彩香の父親は「民力党」の代議士、尾上雄一郎(おがみゆういちろう)だったのです。
彩香の母は当時銀座でホステスをしており、その時に尾上と出会いました。惹かれ合い、愛し合うようになって彩香を身ごもりましたが、総理大臣になるのが夢の尾上にとって、一介のホステスでしかない自分との関係はマイナスにしかならない、と判断した母は尾上の前から姿を消して熊本へと帰り、彩香を一人で育てたのです。
尾上を捨てたのは自分の方、だから尾上を恨まないでほしい。手紙はそう締めくくられていましたが、彩香には納得できませんでした。愛していたはずなのに、母を孤独に死なせた男が許せなかったのです。彩香は杉野や北條と同じく、父のことも復讐の対象にしたのでした。
そして、ミナミを出て東京に渡り、かつて母が働いていた銀座のクラブ「佐和」でホステスをしていた彩香は、ついに尾上と出会います。
佐和で初めて対面した時、彩香は尾上を父親だと認識していましたが、尾上の方は彩香を娘だとは知らないようでした。彩香はなんとか自然に振る舞いましたが、内心は泣きたい気持ちでいっぱいです。佐和のホステスであることを誇りに思っているけれど、あそこにいればまた尾上が来る。自分はどうしたらよいのかと深く悩みます。
ある日、政党の親睦会に参加するコンパニオンに指名された彩香が会場に赴くと、そこには尾上もいました。さらに彩香は別の議員から尾上に抱かれるように言いつけられて戸惑います。しかし、彩香はこれを恰好の機会だと思ったのでした。自分を抱かせ、その後実の娘であることを打ち明ければ、尾上に対するこの上ない復讐になると思ったのです。
母には尾上を恨むなと言われたけれど、母思いの彩香にそんな我慢はできませんでした。実の父であり、因縁の相手である尾上を陥れようとする彩香の目は、これまで「女帝」を目指してきた時のものとは別の覚悟で漲っています。この父と娘の問題がどのような決着をつけるのか、緊張の展開となっています。
彩香が「佐和」のホステスになったのは、進藤英二(しんどうえいじ)のスカウトがあったからでした。この頃の佐和はホステスと黒服たちが一斉に店替え(別の店に移る)してしまい、店を開けない状態になっていたのです。そこで進藤は彩香を一流のホステスと見込み、店を再興させるために佐和に来てくれるよう頼み込んだのでした。
夢を持たないホステスや黒服が多い中、進藤は「一流の黒服」を目指す芯の通った男でした。また、かつて路頭に迷っていた自分を拾ってくれた佐和のママに、今こそ恩返しがしたいという実直な姿が彩香の胸を打ったのです。
彩香は長い時間をこの佐和で過ごすこととなります。その間、店の仲間として少しずつ互いを知り合い仲を深めていく様子は、まるで甘酢っぱい純愛物語を見ているかのよう。時間をかけて愛を育んだ二人が選んだ道とは……。
通常、クラブの客はホステスを目当てに店を訪れますが、佐和には黒服の進藤を目当てに訪れる客もいました。それほどまでに進藤は、相手を惹きつける男性です。彩香に惹かれつつあった心を佐和のママに読まれた際は、「彩香を好きになると苦労する」と釘を刺されましたが、それでも気持ちをとめることはできませんでした。
しかし、ホステスと黒服の恋愛は水商売の世界ではご法度。彩香は佐和の看板ホステスとなり、進藤もチーフとなったため、率先して店を引っ張っていかなくてはならない立場です。そんな二人がルールを侵してまで結ばれることは難しく……。
悩みながらも思い合う二人の姿は胸にキュンときます。ここまでの物語ではあまり感じられなかった淡い恋愛模様を、彩香と進藤の二人から楽しんでください。
人生を変えた高校時代から大阪、東京へと渡り、幾多の試練を乗り越えて、水商売の世界で誰もが認める女になった彩香。自分の店を持ち、子供にも恵まれ、出会って来たたくさんの人に支えられながら穏やかな日々を過ごしていました。
さらにホステスたちのために何かしたいと考えた彩香は、小料理店や旅館を立ち上げ、そこで現役を終えたホステスたちに仕事を与えることで社会貢献にもつとめていきます。総理大臣となった父、尾上も娘の新しい門出を応援し、彩香が老舗旅館を買い取る際には保証人を買って出たのでした。
そんな順風満帆に見えた彩香を、ある事件が襲います。
- 著者
- 倉科 遼
- 出版日
- 2002-04-16
彩香と尾上は熊本にある母の墓参りに来ていました。彩香は幼い娘も連れて来て尾上に抱かせます。そしてその光景を写真に収められてしまったのです。
事情を知っていれば、父と娘、娘の子供が一緒にいる、というだけの家族写真ですが、総理大臣となった尾上の退任を画策する人物が「尾上総理と、その愛人による隠し子」の写真としてメディアに公表し、尾上の地位を脅かそうとしたのです。
さらに尾上が彩香の保証人となったことに関しても、「総理からクラブママへの不正融資」として報道されてしまいます。テレビを見ながらこの状況を知った彩香はどうすることもできず、ただ父を保証人にさせてしまった自分の判断を悔やむのでした。
そして尾上は、ついに彩香が自分の実の娘であることを今の家族と、そして国民へと打ち明けます。尾上がかつて愛し合い、今でも忘れずにいる女性麻里子と、その間に生まれた彩香のことを包み隠さず語る場面は、作品きっての感動シーンとなっております。最終巻を飾るに相応しいエピソードを、どうぞお見逃しなく。
彩香が歩んだ反省は、まさに波乱万丈。これらの経験があったからこそ彼女は強く、美しく輝いているのだと思えます。気になる方はぜひ読んでみてください。