もとは純粋だった少年が金に裏切られ、金を求め、金に振り回される……。主人公の蒲郡風太郎が金の亡者となり、破滅に向かっていくおどろおどろしい様子を描いた『銭ゲバ』。人間の欲望の底知れなさ、切なさを感じさせる内容です。 この記事では、『銭ゲバ』のストーリーの見所、登場人物、上下巻の名言をご紹介します。
- 著者
- ジョージ秋山
- 出版日
『銭ゲバ』は1970年に映画化、2009年に松山ケンイチ主演でテレビドラマ化されたジョージ秋山の代表作です。主人公の蒲郡風太郎が金を求め、金に振り回され、破滅に向かっていく全体的にくらーい作品です。暴力描写、不快な表現が多くありますのでそういうのが苦手な方は注意してください。
しかしその内容からは金銭の価値や幸福についての価値観を考えさせられるものがあり、映像化されるのも納得の見応えある内容。その人気から『銭ゲバの娘プーコ』という続編も描かれ、原作の結末から一転し、まさかの展開を見せてくれます。
本作に見応えを感じたならば、ぜひ『銭ゲバの娘プーコ』もご覧ください。
ちなみに銭ゲバとは作品内で行き過ぎた拝金主義・金の亡者のことを指しています。今回はそんな本作の不幸っぷりを詳細にご紹介。ネタバレもありますので、ご注意ください。
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銭ゲバという言葉の由来や意味をご存知でしょうか?銭ゲバとは、お金に強い執着心を見せる人物や性格などを揶揄した言葉。もともと「ゲバ」とはドイツ語で暴力を意味するゲバルトに由来し、日本でこの言葉は学生運動が盛んな時に、左翼側の学生たちの間でよく使用されていました。
この背景を知ると銭ゲバの意味が金の亡者だけではなく、暴力的なまでの渇望やお金自体の暴力的な力を意味しているのではないかと想像でき、作品の解釈が広がりますね。
まさしくその名の通り、『銭ゲバ』の主人公はお金に「暴力」をふるわれ、お金の魔力のせいで「暴力」をふるうようになっていくのです。
主人公の風太郎は田舎に住む片親の貧乏な家の子。家庭環境と頭の回転の悪さから「親分」と呼ばれる悪ガキの集団にいいように使われていました。
しかし風太郎もただ使われるのではなく、親分からお金をもらうことで日銭を稼ぎ、体が弱く家で寝たきりになっている母親のために食べ物を買っていたのです。新聞配達のバイトもしながら、母ひとり子ひとりの苦しい家計を支えるために日々やりくりしていました。
ある日、母親の容体が急変。しかしどの医者も借金がたまっているので相手にしてくれません。風太郎は半年間無償で看てくれていた医者にもう一度泣いて頼み込みますが、無言で門前払いをくらいます。
肩を落として帰る風太郎ですが、家に着くと何とか母親は回復していました。その夜風太郎は久しぶりに母親の布団で寝ます。
「風太郎といっしょにねるのは何年ぶりかね」
「これから毎晩いっしょにねるよ」
しかし朝がくると母親は静かに息を引き取っていました。大声をあげて悲しむ風太郎。
「かあちゃんはお金持ちの家のひとだったら死ななかったズラ
銭がないから死んだズラ」
そしてこの母親の死をきっかけに、少しずつ彼の様子はおかしくなっていきます。
風太郎をいつも心配してくれていたのが隣の家の青年。親分たちと付き合うのをやめるよう忠告したり、風太郎の母親のための医者探しに奔走したりと、とてもよくしてくれていました。風太郎も彼をにいちゃんと慕い、いつも頼りにしていました。
ところが母が死んで少しずつおかしくなっていった風太郎が車から置き引きしている場面をにいちゃんが見てしまいます。雨の中風太郎を必死で追いかけるにいちゃん。
「そのお金をかえすんだ」
「いやズラ 銭がほしいズラ」
「ばかっ。そんなことして死んだ母ちゃんが悲しむぞ」
「でも銭があったら母ちゃんは死ななかったズラ」
取っ組み合いになり、そのはずみで舞い散るお金。にいちゃんがそれを拾おうとしている時、金のことで頭がいっぱいになった風太郎は衝動的に近くにあったスコップでにいちゃんを殺してしまいます。
「あっ!にいちゃん」
その場で腰を抜かす風太郎。そして彼は雨に濡れながら、泣きながらにいちゃんの死体を運んで埋めます。
「銭のためにやったズラ。銭のためににいちゃんを殺したズラ」
その後風太郎は駅で片道切符を買い、生まれ育った故郷に良心を捨てて去っていくのです。
町を出て盗みを繰り返す風太郎。ある日、社長と呼ばれる男が黒塗りの車に乗り込むのを見て何か企んでいる様子です。
しかし家に帰ると悪夢の日々。にいちゃんを殺した雨の日の記憶や医者に相手にされずに門前払いをくらった辛い記憶に悩まされます。そしてその記憶が辛ければ辛いほど、その原因を金だとして、どんどん金への執着を強めていくのです。
炎天下の日、何やら決意の面持ちで「今度は命がけズラ」とつぶやく風太郎。以前見かけた社長と呼ばれる男が乗っている車を待ち伏せし、わざとその前に飛び出します。
全治1ヶ月の怪我を負った風太郎は治るまでそのまま社長の家にしばらく置いてもらうことになりました。彼は計画通り、まんまと屋敷に乗り込むことに成功するのです。
しかし不審に思った車係の新星に風太郎の過去が知られてしまいます。一体何を企んでいるんだと詰め寄られて焦った風太郎は、またしても殺人を犯してしまうのです。
そして新星を彼の荷物と一緒に埋め、屋敷に入った強盗に仕立て上げます。彼がいなくなった後、空いた車係のポジションにすべりこむ風太郎。
「いつかかならず…
社長がすわってるところへおれがすわるズラ」
果たして銭ゲバとなってしまった風太郎は一体どこへ向かっていくのでしょうか?
そんな本作ですが、それぞれの登場人物の人間味あふれる様子も見どころ。これ以降は登場人物たちについて紹介していきます。
本作品の主人公です。長野県出身で語尾にズラをつけてしゃべるのが特徴的です。
長野県の方言の「ズラ」とは用法が異なり(間違った用法)、とにかく語尾に「ズラ」をつけてしゃべるのは、口癖みたいなものでしょう。左目に傷(あざ?)があり、チビで不細工という設定です。物語序盤ではやせていましたが、物語が進むにつれて太っていきました。
風太郎は貧しい家で少年期を過ごしました。風太郎の家庭は父と母と風太郎の3人家族です。
風太郎の父は一言でいえばクズ人間で、酒と女におぼれ妻と子をないがしろにするような人間。風太郎とその母を捨てて商売女と蒸発しました。
風太郎の母は病弱で家では床に伏していました。母の病気は高い注射を毎日1か月打ち続ければ治る病気ではありましたが、貧乏な蒲郡家では注射どころか診察代も払えず、しまいには医者に診てもらうこともできなくなってしまいました。母の病気は悪化し、医者にかかることができないまま亡くなってしまいます。
風太郎は、母は銭(ぜに)がないせいで死んだと思っており、その気持ちが彼のその後の暗い人生を形作っていくことになります。
母の死後、盗みを働いた風太郎は隣の家に住むお兄さんに咎められますがその時、はずみでお兄さんを殺してしまいます。銭のためにお兄さんを殺してしまった風太郎は悪の道を歩み始めるのです。
大企業大昭物産の社長です。作中では本名が明かされておりません。
風太郎に当たり屋の標的にされ、乗っていた車が風太郎をひいてしまったため風太郎を家に招き療養させます。その後、風太郎からの社長宅で働きたいという申し出をこころよく受け入れたのですが、それが彼の人生を大きく狂わせていきます。
甲斐甲斐しく働いているように装っている風太郎を見て、取り立ててやろうと考えるお人よしな性格です。
風太郎が(銭のために)次女の正美と懇意になり結婚をすることになったため、風太郎を副社長に就任させます。
風太郎と正美の結婚式の夜に、風太郎に自宅を放火され、焼け死んでしまいます。
大富豪の割には終始パッとしないビジュアルと言動でした。
若くて精悍な社長の運転手です。当たり屋のためにわざと飛び出してきた風太郎を誤って(?)ひいてしまいます。勘が鋭く、社長の家で療養している風太郎を見て「あいつどこかでみたことあるぞ。」と怪しんでいました。
その後、5年前の新聞に載っていた死体発見の記事とその日に失踪した風太郎の写真を結び付け、見事に風太郎が殺人犯であることを見抜きます。そして、「こんどは何をたくらんでるんだ」と風太郎を追い詰めますが、風太郎にドスでお腹を突かれてお亡くなりになってしまうのでした。
風太郎の工作で泥棒して失踪したように見せかけられ、死後は風太郎に運転手の座を奪われるなど、かなりの不幸っぷりです。
新星の遺体は本作品のキーアイテムになります。
社長の家で飼われている犬です。登場2ページで風太郎に殺されます。新星になついていたためか新星の遺体を掘り起こしてしまい、それを見つけた風太郎にスコップで首筋を殴打されお亡くなりになります。
この描写は短いながらも印象に残った読者が多いようで、本作の独特の恐ろしい雰囲気を増長しているような展開です。
社長の次女。生まれつき体が悪く、顔に大きなあざと片足が不自由です。社長の座を狙う風太郎に目をつけられ、優しくされたところでコロッと結婚してしまいます。
結婚後に正体を現した風太郎から暴力を振るわれたり暴言を吐かれたり辛い目にあう可哀そうな女性です。
風太郎に暴力を振るわれた翌日首を吊って自殺します。風太郎のクズっぷりはひどいと思いますが、なにもそんなに早く自殺しなくても。
死後も風太郎から同情されることがなく、作中でもかなりの不遇な人物です。
社長の長女。美人で風太郎の初恋の相手です。風太郎と正美が結婚したその夜、風太郎に自宅を放火され、死んだことになっていましたが実は生きており、風太郎に復讐しようとつけねらっていました。
放火された日に風太郎にレイプされ、その時にできた子供を連れて風太郎の前に現れます。
風太郎をじわじわと精神的に追い詰めようと考えていましたが、危機感を感じた風太郎に刺殺されてしまいます。
風太郎の身辺を捜査する部長刑事。元は長野県で刑事をしており、風太郎が隣のお兄さんを殺した事件の捜査にかかわっていました。風太郎の周りで起こっている不可解な事件を怪しんでおり、風太郎が犯人だとにらんで捜査を続けています。
風太郎に息子をひき逃げされ、とても払えない額の治療費がかかることを医者から告げられます。その際、風太郎が金をちらつかせて抱き込もうとしますが、豪快に払いのける正義漢です。
風太郎が上から圧力をかけ、北海道に左遷になることになりますが、それを期に刑事を辞め個人として風太郎をつけ狙うことを決意しますが、風太郎にひき殺されます。
ノンフィクション作家。風太郎の会社が起こしている公害を取材するために風太郎に迫ります。
第二の水俣病と呼ばれる渡良世奇病(風太郎の会社の工場排水が原因)を題材に「銭のキバ」を発表しました。
この作品は異様なブームを引き起こしましたが、風太郎からは相手にされませんでした。
遊之介自身は風太郎に相手にされなかったことで自分の作家としての無力さを知り、自分の正義感についても疑問を持ちはじめるのでした。
高校3年生の女の子。家は兄と母が小さな工場を経営していて、高校を卒業したら自分もそこで働く予定にしています。風太郎の自動車にひかれそうになったことで、風太郎と知り合いになりました。
彼女の純真さが風太郎の心をとらえ風太郎に「あの娘は天使ズラ。」と言わしめます。
風太郎と友達付き合いをしていた半年間は、純子の影響で風太郎も温和になっていたほどです。
ある日、「お金がほしいの!」といって風太郎の前で服を脱いだところ、風太郎の逆鱗に触れ岩で顔面を殴打され死亡します。
自堕落な生活を送っていたところ、風太郎から声をかけられ風太郎の身代わりとして警察に出頭します。身代わりになる見返りに金をもらえると誘われたのです。顔は風太郎に似せるために整形しました。
出所後は風太郎の運転手になります。整形したことを隠すために出所後は常にサングラスをかけることを強要されていました。
軽口をたたくことが多く、怒った風太郎から暴力を振るわれることもしばしばです。
死体の処理など汚れ仕事も請け負っていましたが、死体を埋めているところを心変わりした風太郎に銃で撃たれ殺されます。
風太郎が怪我で入院した病院で働いていた看護婦です。風太郎が病院の院長に金をつかませて若くてきれいな看護婦をつけるようにしたため、風太郎の担当となります。
風太郎に抱きつかれますが、注意してひきはがしました。風太郎から大金をつかまされ、迫られキスされ、抱かれそうになりますが、来客がきたため抱かれることはありませんでした。
その後、風太郎が退院したため関りがなくなりました。
風太郎と敵対する政治家。ヤクザを手配して風太郎を殺そうとしますが、風太郎は腹を刺されたものの死にはいたりませんでした。
大物政治家に気に入られようと賄賂を持っていきますが、すでに風太郎の手が回っており金では風太郎にかなわなかったため一度は拒否されます。
その後、莫大な資金を得てから大物政治家の元に再訪問し、取り入ることに成功します。
最終章で風太郎と知事の座を競い合いますが、雇った殺し屋が自白したために殺人容疑で逮捕され風太郎に敗れ去る結果になりました。
地獄峠のダム工事建設の準備を進めている大学財閥の社長。奥田鬼久丸に資金援助し暗躍する黒幕です。
風太郎を罠にはめ殺人の容疑者に仕立て上げました。作中で一番風太郎を追い詰めた人物です。
知事選挙戦では奥田を強力にバックアップしましたが、奥田が負けると手のひらを返して風太郎に取り入ろうとします。
最終章で大学のダム工事がどのようになったかは描かれていません。
金の亡者となった風太郎。作品の随所で、金に取り憑かれている発言が見られます。ここでは、特にその執着が如実に現れている名言を紹介していきます。
自ら車に突っ込んでいき、怪我をしたことで社長の屋敷で働けるようになった風太郎。いつかは社長の座を奪い、財産をくすねようとしていました。
社長の娘である正美は、顔にあざがあり、美人な姉とは似ても似つかない姿をしていました。そんな彼女と結婚することに決めた風太郎。
すべては金のため。社長の前では、彼女を愛しているという素ぶりを見せます。そんな彼を信用しきって、部長にさせてあげると言われるまで気に入られるようになるのです。
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風太郎の心の中にあったのは、こんな思いでした。
「おまえの座にすわりたいズラ。
そして……おまえの財産三百億がほしいズラ!」(『銭ゲバ』上巻より引用)
正美と結婚した直後から、態度は一変。妻に向かって「あっちに行ってろ」と言ってしまう冷たさです。
そんな彼の態度を変だと思い、「人間は心だって言ってくれたじゃない」と問いただす正美。そのとき、風太郎はこのように思ったのです。
「銭があればなんでも手にはいるズラ。
ひとの心も銭で動かしてみせるズラ。」(『銭ゲバ』上巻より引用)
幼少期に最愛の母親を病気で亡くしてしまってから、狂いはじめた風太郎の人生。金にとらわれた彼は、銭の力さえあれば人間の心をも支配できると考えていたのです。
金をめぐる風太郎の暴走は、誰が止めることができるのでしょうか。物語は下巻に続きます。
上巻の最後で、高校生の小畑純子と出会った風太郎。彼女の純粋無垢な心にふれ、温和な性格になっていきます。自分の黒い部分が浄化されるような思いがしたのでしょうか。
しかし、そんな穏やかな気持ちは長続きしませんでした。純子は貧しい家の育ちだったため、彼に「お金が欲しいの」と言ってしまいます。この一言が、風太郎を失望ののち激怒させ、彼女は殺されてしまうのです。
やっと空虚な心を満たしてくれるような子に出会ったと思えたのに、裏切られた悲しみは大きかったのでしょう。風太郎はますます金の世界へと猛進していきます。
社長の座につく夢をはたした彼は、次に政権入りを目指すようになるのです。
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- ジョージ秋山
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「人生は闘争さ。どうしようもない、現実だよ」
(『銭ゲバ』下巻より引用)
これは、権力を肯定する法学専攻の鮫島勝利の言葉。彼は、後に風太郎のもとで政治活動の補佐をするようになります。
いい人ではないと分かっていながら、風太郎に惹かれてしまう人もいました。それが、さおりという女性です。あるとき彼女は、なぜあなたに魅力を感じるのかしら、と聞いてみました。
すると、彼は自分がお金を持っているからだと言います。
「この世で一番の権力者は銭ズラ。(中略)銭が正義ズラ」
(『銭ゲバ』下巻より引用)
貧しかったために、最愛の母を救うことができなかった風太郎。その後の彼は、金だけを一番に考えて人生を送ってきました。
最終回は、最期まで切なく、後味の悪いもの。しかしそこに添えられた風太郎の言葉、作者の言葉には考えさせられるものがあります。銭ゲバの末路からは、もしかすると彼よりも自分は悪い存在なのかもしれないとも思うのです。
この結末にあなたはどのように感じるでしょうか?ぜひご自身でご覧ください。
- 著者
- ジョージ秋山
- 出版日
どんどん狂っていく風太郎の人間性ですが、その様子は反発心を掻き立てられるというよりも、見ていて痛々しく、同情心を煽られてしまいます。
「銭ゲバ」に変わってしまった少年の末路はどんなものなのでしょうか?ぜひ作品で見届けてください。
『銭ゲバ』の登場人物紹介、いかがだったでしょうか。ご覧の通り登場人物のほとんどが不幸者ですが、なぜか引き込まれて感情移入してしまうのが本作の不思議な魅力。作者ジョージ秋山の魂の叫びが聞こえてくるようです。まだ読んでいない方(暗い作品が大丈夫な方)にはぜひ読んでいただきたい作品です。