星が大好きで仕方がない椎名サクヤは、高校3年生の誕生日、名前以外は何もわからない不思議な少年・千広と出会いました。心に傷を抱えた少年少女たちの成長と片恋を描いた『星は歌う』。人との触れ合いで傷つき、癒され、恋をしていく少女たちの姿が魅力的な本作について、その見所を紹介していきます。 漫画アプリからは無料で読むこともできるので、ぜひそちらもご利用ください。
満天の星空が見られる地域で暮らす少女・椎名サクヤ。
誕生日の日にバイトを終えて帰ると、一緒に暮らす従兄・奏と、見知らぬ男性が誕生日会の準備をして待っていました。
その男性を奏の友人だと思ったサクヤですが、一方奏はサクヤの彼氏だと思って招き入れたようなのです。
- 著者
- 高屋 奈月
- 出版日
- 2008-01-18
なぜその人物が誕生日会に参加してくれたのか、なぜ持っていたプレゼントをくれたのか……そんな疑問以上に、不思議な引力のある彼に「再び会いたい」と願ったサクヤ。
その日から毎日彼の面影を探すのですが、ついに見つけた彼に言われた言葉は、「嫌い」の一言でした。
本作の作者・高屋奈月のおすすめ作品を紹介した<『フルーツバスケット』を含む高屋奈月のおすすめ漫画5作品!>もぜひご覧ください。
主人公・サクヤと、本作のメインキャラクターである千広、そして千広の想い人である桜。この3人が人と接することでできた傷、そして人と接することで癒される心を中心に、歪んだ愛情や素直になれない心情を描いた作品になります。
登場人物たちは、決して完璧なわけでも、善人なわけでもありません。人と接したとき、制御しきれない心が爆発してしまいそうになる。そんな複雑な感情を抱えながら、自分らしい人間でありたいともがいているのです。
そのため、すごく人間味があり、他人とわかり合えない孤独感が一心に伝わってきます。
気を緩めたら、すぐ負の感情に落ちてしまいそうになり、気を張り続けたら疲れてしまう。そんなことは現実世界でもありますよね。サクヤたちのように、他人に伝えたくてもうまく伝えられない感情というのは、誰にでもあるものではないでしょうか。
無神経だったり、図太そうに見えても、それはただ周りからそう見えているだけだったりすることもあります。そういった、本人の心はまったく異なっているという描写も丁寧に描いているのが魅力的です。
屈折した心を直さなければと思えば思うほど、より苦しくなってしまう。1人では自分の心を支えるのさえ難しい。人間の心の複雑さが、とてもよく感じられます。
拒絶を恐れて人に踏み込めない少女、世界を拒絶した少女、拒絶も受け入れも曖昧な少年、自分の思ったことだけを一方的にぶつける少年、思ってもいないことを口走ってしまう少女……。
他人に理解してもらうのは難しく、自分で抱え込むには重すぎる感情が、非常に素直に読み手の心に入ってくる作品です。
人との触れ合いで、幼少期から心をすり減らし続けてきたサクヤと千広。サクヤは、自分のことを常に思ってくれる友人、存在を受けて入れてくれる人々のおかげで心が救われていましたが、千広の心は深く傷つき、固く閉ざされたままでした。
しかし、同じように人に心を踏みつけられたことによる過去の傷を抱えるサクヤとの触れ合いで、しだいに千広は心を開いていくようになったのです。もちろん、そこには、かつて彼が救えなかった想い人・桜を重ねていたとは思いますが、それ以上に、明るくいようとするサクヤに救われることになったのです。
最初、人当たりのよい少年として登場した彼ですが、次にサクヤと会うときには「嫌い」と平然と言い放つような冷たく腹黒い人間に変わっており、そのギャップに驚かされることでしょう。しかし、それがあるからこそ、心開いてからの彼の素直さに感動を覚えるのです。
彼が心を開いたのは、サクヤの闇と、それがあってもなお輝く心に触れたから。彼にとって、欲しい言葉をくれる相手がサクヤだったのです。
誰しも言われたい言葉、言われたくない言葉というのはあるもの。それは感覚に近く、はっきりと自覚できないことでもありますが、だからこそ心に響くものがあったりするのでしょう。
同じ目線で進みながらも押し付けがましくない芯のあるサクヤの言葉たち。読者の心にもくすぶっているであろう傷を癒し、安心感を与えてくれます。
本作は主要登場人物たちの片想いが物語の中心となります。
まずは主人公のサクヤ。彼女の片想い相手は千広です。彼女が彼に惹かれた理由は明確ではありませんが、自分がずっと抱えていた苦しい気持ち、頑張りを認め、褒めてくれたのがきっかけでしょう。
何気ない会話のようで、彼女にとっては自分のあり方すべてを肯定してくれるような一言だったのではないでしょうか。それから「嫌い」と言われようと、冷たくあしらわれようと、千広には待ち人がいるとわかっても、一心に彼を想い続けてきたのです。
どんな結末を迎えても、今は精一杯彼に寄り添うことを決めた彼女は、本当にすごいですよね。自分が選ばれない未来を覚悟しながら、好きな人の傍にいるのは辛いことです。彼女の想いが報われるのかが、本作の大きな注目ポイントですね。
そして、もっとも気になるところは、千広の恋の行方ではないでしょうか。地元に、入院中の想い人を置いてきた千広。彼の心の闇もすべて、離れた彼女に起因するものでした。千広は転校してきてからも、サクヤに想い人を重ねて、手を差し伸べるようになります。
長いこと寄り添い続けてきた彼女と、自分の心を救ってくれたサクヤ。彼にとってはどちらも手放しがたいほど大切な存在となっていきます。そんな彼が最終的にどちらの手を取るのか、最後の最後まで目が離せません。
他のキャラクターたちもそれぞれ片想いをしていて、自分の好きな人は他の誰かを好きで……という状態が多く登場します。ぜひ、彼らの恋の行方にも注目したいですね。
人間の複雑な心、報われることがあるのかわからない片恋という、あまり明るくないものをテーマに話が進んでいきますが、そんなシリアスな展開のなかに、小休止のようなギャグが挟まれるのも面白いところ。
作者の特徴でもありますが、ギャグはわかりやすくギャグ顔になり、フォントも変わるので、ストーリー上の流れはもちろん、視覚でも楽しくなれるのが魅力的。特に、主人公がテンパって挙動不審を極めるあたりは、見ていて微笑ましくもなりますよ。
本作には、物事を歪んで見る性質の人間が多く登場するため、ついつい読者が「そうじゃないでしょ!」とツッコんでしまいたくなるようなことを言うのも特徴。そういった場面が暗い印象にならないように描かれているのが、非常に楽しいところです。
また、シリアスな展開がギャグで壊れることはないですが、何かいい雰囲気には、なぜかちょっとずつギャグが挟まれるのも読んでいて面白いポイント。少女漫画的ロマンチックな雰囲気のなか、突然それが壊れる感じなどは、場面のギャップを楽しむことができるでしょう。
狙ったようなギャグではなく、これまで積み重ねてきた会話のなかで成り立つようなギャグで、世界の雰囲気を壊していないのもよいところ。ギャグを挟んでもシリアスのシーンが軽くならないのが、読みごたえのある理由ではないでしょうか。
最終回では、高校を卒業し、それぞれ就職した未来での話が描かれています。
千広は高校3年の冬、想い人の桜が目覚めたことを受けて地元である東京に戻り、一方のサクヤは、地元で好きな星の仕事に就いていました。
2人が別れて何年目かの春。サクヤに会った後の、桜の回想が描かれているのが最終回です。
自殺未遂から入院、そして退院した桜が、社会に馴染み始めた様子が見られます。そこには東京に出たサクヤの友人や従兄も登場し、サクヤの知らないところで、桜との縁が強くなっている様子を知ることができるのです。その場面は、読んでいて思わずグッとくるポイントでしょう。
物語の肝となるサクヤ、千広、桜の恋模様の結末がわかるのも、この最終回。千広がどういう想いを抱え、桜の元に戻ったのかが判明するのですが、そこには以前の彼では考えられない意志の強さがあったのでした。
- 著者
- 高屋 奈月
- 出版日
- 2011-04-19
本作のなかでよく登場する「自分で覚悟して決める」という意味のセリフ。本作のテーマのひとつでもあるそんな考えを表すストーリーのなかで、終盤に向かうにつれてさらにそれぞれの恋心の強さが感じられます。
サクヤは千広のため、千広は桜のため、そして桜は千広のために、覚悟を決めた選択を貫くのです。そして、その覚悟を決めた行動は、誰かの幸せを支えることに繋がっていきます。自分ではない、大切な誰かの幸せのために動く3人の姿は、美しいものがありますよ。
また、きちんと世界に目を向ければ、優しい人、優しい出来事もたくさんあるということを感じさせてくれる終わりは、「優しく生きよう」と思う心を抱かせてくれますよ。
3人が迎える結末、そして恋の行方とは……。気になる方は、ぜひ本編でお楽しみください。
優しくしたいのに優しくできない、辛いのに辛いと言えない、そんな複雑な人間の心を描いた『星は歌う』。恋愛模様はもちろん、人の心が救われていく様子には、つい涙してしまうような感動を感じさせてくれます。人は人との触れ合いで成長すると、あらためて気づかせてくれますよ。