今回ご紹介するのは、若くしてこの世を去った天才童謡詩人金子みすゞを「より」楽しめる5冊です。混沌とした今の世の中にこそ求められるみすゞの優しさを、じっくりと味わってみませんか。
金子みすゞが産まれたのは1903年、明治の時代です。その後、大正、昭和と時代の変化を経験したみすゞは、26歳という若さでこの世を去っています。
生前から、その作品は高く評価され 「若き童謡詩人の中の巨星」 と言われるほどでした。1982年には512編もの自筆の遺稿集が発見され、1984年に世に出ると、瞬く間に再注目されることとなります。その後も、記念館が作られたり、教科書で扱われたり、歌や絵本になったりと、時代も世代も越えて愛され続けているみすゞ。
東北地方太平洋沖地震の頃に放送されていたACジャパンのCMでは、みすゞの作品 「こだまでしょうか」 が取り上げられました。CMは、放送当時から大きな反響を呼び、私たちの心に染み入ったのです。以下「こだまでしょうか」からの引用となります。
「遊ぼう」 っていうと
「遊ぼう」 っていう。
「馬鹿」 っていうと
「馬鹿」 っていう。
「もう遊ばない」 っていうと
「遊ばない」 っていう。
そうして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」 っていうと
「ごめんね」 っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。
(「こだまでしょうか」より引用)
この詩を見聞きしたとき、何を思ったでしょうか。震災という絶望的な事実を突きつけられていた私たちの心を救ったのは、明治から昭和を駆け抜けた1人の童謡詩人、金子みすゞであったのかもしれません。
2011年に発売された『金子みすゞ名詩集』はその名の通り「名詩」が詰まった1冊です。動物や植物など、生きとし生けるものに焦点を合わせた作品が多くあるみすゞの珠玉の作品集は、どのページを開いても、気づきの言葉が散りばめられています。
- 著者
- 金子みすゞ
- 出版日
- 2011-06-17
はじめにご紹介した「こだまでしょうか」はもちろん、「私と小鳥と鈴と」「大漁」……と、みすゞの代表作が目白押しです。この1冊だけで十分にみすゞの魅力に触れることができます。今回はその中から、「木」というタイトルの作品をご紹介します。
小鳥は
小枝のてっぺんに、
子供は
木かげの鞦韆(ぶらんこ)に、
小っちゃな葉っぱは
芽のなかに。
あの木は、
あの木は、
うれしかろ。
(『金子みすゞ名詞集』より引用)
なんとも優しく瑞々しい詩です。やや古めかしさを感じる言葉遣いすら気にならないくらい、今に息づく詩ではないでしょうか。
このような作品が93も読めるのですから、手元に置いておきたくなります。筆者は就寝前に適当なページを開いて読むという習慣をつけ始めましたが、最近、いい夢見ています。
親子で楽しめる『ほしとたんぽぽ』は絵本です。優しさと哀愁が感じられるタッチの絵が、みすゞの紡いだ言葉の力を大きくしているように思えます。この絵本の中には、子どもには難しいかなと思われる詩も取り上げられていますが、それがかえって親子のコミュニケーションを深めてくれように感じられます。
- 著者
- 金子 みすゞ
- 出版日
- 1985-10-25
すでにご紹介している「こだまでしょうか」「木」も取り上げられているのですが、全てひらがなで書かれているので、少し印象が変わるかもしれません。厳選された15の詩は、どれもメッセージ性が強く、絵本が子どものためだという概念を破壊する威力すら持っています。
大人が読んでも心に刺さる、子どもに読み聞かせたい本作。子どもへの愛情が詰まった1冊です。
子ども視点で描かれた15の詩が取り上げられた『おひさん、あめさん』は、まるで本当に子どもが書いているんじゃないかと疑ってしまうくらい、子どもの心情を捉えているような1冊です。
- 著者
- 出版日
- 2002-07-25
子どもの身近なものが題材になっています。たとえば「けがした ゆび」「はだし」「ちゃわんと おはし」など本当に身近なものばかり。みすゞの愛情を感じると同時に、観察力や着眼点に驚かされます。
この絵本も絵が優しく、詩の世界を膨らませてくれています。優しく元気で、色鮮やかな絵は、子どもはもちろん、大人も楽しめると思います。
子どもの知的好奇心をくすぐってくれそうな本作。お子さんのいらっしゃる方は、ぜひ一度手に取ってみてはいかがでしょうか。
みすゞ作品は、深くて広い詩の世界観や、大人から子どもまで、その心情を丁寧に切り取る作風から、しばしば宇宙に例えられます。金子みすゞ再発見の第一人者である、矢崎節夫はそれを「みすゞコスモス」と表現しています。
そんなみすゞの美しく優しい宇宙観をワールドワイドに広めようと翻訳されたのが本作『金子みすゞ童謡集 Something Nice サムシングナイス』です。みすゞの世界観をそのまま写したかのような、わかりやすく優しい英文。子どもから英語に親しみのない大人まで、英語に触れるキッカケとしても重宝する1冊でしょう。
- 著者
- 金子 みすゞ
- 出版日
英語と日本語が見開きで照らし合わせて読める点にも、優しさを感じます。日本語で好きなフレーズが英訳ではどうなっているのか気になって、どんどん読み進めてしまうことでしょう。たとえば、みすゞの紡いだ言葉の中でも特に人気のフレーズ『鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい』は、ダッチャーのセンスと愛情で“Bell, songbird, and me. All different, all just right.(『金子みすゞ童謡集 something Nice』より引用)”と英訳されています。
小鳥を“song bird”と訳すあたりにみすゞを感じられ、ダッチャーの腕が光っているのも分かります。ちなみにタイトルにある“Something Nice”は、みすゞの詩「いいこと」の英訳だそうです。
他にも「星とたんぽぽ」「大漁」など普遍的なテーマで書かれた26作品を、英語で読むことができる本作は、センスのいい本棚には欠かせません。みすゞコスモスを意識しているのか、どことなく宇宙空間を連想させる表紙も素敵で、プレゼントとしても喜ばれそうな1冊です。
最後にご紹介する作品『なしのしん』も絵本です。優しさが溢れ、メッセージ性の強いみすゞ作品は絵本に適しているのでしょうね。この絵本はみすゞの詩の中でも、子どもの一番純粋な気持ちを、丁寧に細やかに書かれたものを選んでいるようです。「芯まで食べる子、けちんぼよ」というフレーズには、思わず微笑んでしまいます。
- 著者
- 出版日
- 2002-07-25
可愛らしい絵とも相まって、故郷を懐かしむような柔らかい気持ちと、穏やかな優しさを心の中に生み出してくれます。愛嬌のある絵とひらがなの組み合わせに、あなたもきっと和むことでしょう。普段漢字で見ている言葉をひらがなで読むと、何か新しいことに気づけるような気さえしてきます。
子どもへの読み聞かせはもちろん、ちょっと息抜きにとパラパラ眺めているだけでも癒される本作。ただ「ちょっと」のはずが、深い言葉を見つけてはじっと考え込んでしまったりしてしまうので多少の注意は必要かもしれません。
生きづらい世の中だと叫ばれる昨今だからこそ、みすゞ作品で描かれる優しさが大切なのだと感じざるを得ません。そんな優しさを、絵本を通して子どもに伝えられるという奇跡の1冊を、ぜひお手に取ってみてくださいね。
以上、金子みすゞをもっと楽しめる5作品でした。明治に産まれ、生きとし生ける全てのものに感謝と愛情を向け、親しみやすい柔らかい文章で丁寧に綴られた「みすゞコスモス」は、詩集として、絵本として、さらには英訳され、世界中から愛されています。時代を超えて息づく宇宙世界を、ぜひ堪能してくださいね。