ハーマン・メルヴィルは生前あまり評価されなかった作家です。しかし死後数十年になって再評価され有名になりました。現在にも通じる面白さがあるので、時代を先取りしていた作家といえるのではないでしょうか。
『白鯨』という名作を残したハーマン・メルヴィルは、その悲惨で波乱に満ちた小説のように、波乱万丈な人生を歩みました。1819年、ニューヨークの裕福な家庭に生まれたメルヴィル。父親が多額の借金を抱えて死亡すると、家庭の経済状況が悪化します。
1940年には、ハーマン・メルヴィルは捕鯨船アクシュネット号の船員として働くことになります。しかし過酷な環境から船を逃げ出してしまうのでした。その後、ヌク・ヒバ島で人食い人種と呼ばれている先住民タイピー族に助けられ、彼らと1カ月を共に過ごします。その経験をもとにハーマン・メルヴィルは処女作『タイピー』を発表し、小説家としての人生を歩むことになるのです。
しかし商業的に成功したのは最初の『タイピー』だけでした。その後もハーマン・メルヴィルは精力的に作品を発表しますが、いまでは名作と呼ばれる『白鯨』でさえも、大衆からは見向きもされませんでした。それどころか、『白鯨』に描かれた内容の凄惨さや難解さのせいで、メルヴィルは駄目になってしまったという声があがったほどです。その後、メルヴィルが自分の栄光を見ることはないまま、遺作『ビリー・バッド』を残して亡くなります。
メルヴィルの死後から30年ほど経ったころ、彼の作家としての才能が再評価される動きが起こります。『メルヴィル著作集』が発表されると『白鯨』が映画化され、ハーマン・メルヴィル人気に火が付くことになったのです。
1851年に発表された『白鯨』は言わずと知れたハーマン・メルヴィルの代表作であり、世界の十大小説の一つと称される最高傑作です。これまでに何度も映像化されています。
メルヴィルが書き上げた『白鯨』は悲運の沈没を遂げた捕鯨船唯一の生き残りであるイシュメールによって、捕鯨船に何が起きたのかが語られています。物語の語り手でもあるイシュメールは海に夢を求めて港町にやってきました。そこで彼を雇ってくれたのはエイハブ船長率いる捕鯨船ピークォド号であり、その船の任務は海の男たちを怯えさせる伝説の白い鯨、モビィ・ディック退治でした。意気揚々と海に出るイシュメールでしたが、顔に深い傷を負い、片足を失った船長とモビィ・ディックの間に狂気渦巻く因縁があることを知ることになります。
- 著者
- ハーマン メルヴィル
- 出版日
- 1952-02-04
本書は巨大な白い鯨を退治する冒険でありながら、復讐に囚われた男の狂気も同時に描く内容となっています。逃げ場のない海洋という舞台で繰り広げられる冒険は当然面白いですし、徐々にエイハブ船長の狂気が明るみに出て船員たちと対立する縮図はエンターテイメント性に富んでいます。1世紀以上前に書かれたメルヴィルの作品ですが、いまでも面白いと思わせるパワフルさがあります。
中編小説『幽霊船』はメルヴィル唯一の推理小説ということで有名になりました。
物語はアメリカ人のデラーノ船長がチリ沖で無残な姿になって漂流している幽霊船のようなサン・ドミニーク号を発見するところから始まります。デラーノ船長が乗りこんで見ると、そこには気が狂ってしまったスペイン貴族出身のベニート・セレーノ船長と黒人奴隷たちが乗っていました。デラーノ船長は水を分け与えたりしながら、献身的に乗員たちに接します。ですが、徐々にこのサン・ドミニーク号で起きた惨劇が明るみに出ることになるのでした。
- 著者
- ハーマン・メルヴィル
- 出版日
- 1979-12-17
メルヴィルのこの作品には多くの特徴的な人物が出てきます。ベニート・セレーノ船長は何らかの理由により、心が壊れています。黒人の奴隷たちの中には献身的なデラーノ船長に対して横暴な態度で接する者も多いです。首に鉄輪を嵌められた巨人アトゥファルなど、ビジュアル的にも不気味な要素たっぷりで楽しませてくれます。
漂流していたボロボロの船に一体何があったのか謎を解き明かすミステリーになっているところも面白いです。
『書記バートルビー』はある正体不明の男にまつわる、不条理かつ難解な作品です。日本メルヴィル学会会長の牧野有通によって翻訳されました。「コメディとして解釈して訳した」と牧野が言うように、バートルビーという男の奇行をおかしく描いています。
物語の語り手である弁護士が新たに雇ったバートルビーという謎の男に関する記述という話です。そのバートルビーという男は非常に大人しく、与えられた書写の仕事を黙々とこなします。はじめは好意を持っていた主人公ですが、書写以外の仕事はすべて拒み始めるバートルビー。ついには書写の仕事ですら拒むようになり……。
- 著者
- メルヴィル
- 出版日
- 2015-09-09
何を頼んでも「それは好ましくありません」と拒み続けるバートルビーが奇妙に映しだされています。正体も思惑も最後までわからないバートルビーについて何度も考えてしまうのが不思議で、バートルビーとは一体何だったのかという読後感が残るハーマン・メルヴィルの作品です。
メルヴィルが生前最後に残した『ビリー・バッド』は哲学的で難解であるとされ、いまなお人気の作品です。陰謀に巻き込まれて自分の死を受け入れる無垢な青年を描いた作品です。
十八世紀末のできごと。英国軍艦ペリポテント号に強制徴用された若者ビリー・バッドは澄んだ瞳をした好青年での組員たちのみんなから好かれていました。そんなビリーの人気を嫉妬した下士官クラガートはビリーを陥れようと、ビリーが反乱を企てているという虚偽の報告をします。やがて艦長室へと呼ばれたビリーを過酷な運命が待ち受けているのでした。
- 著者
- メルヴィル
- 出版日
- 1976-01-16
聖人のように描かれるビリー・バッドの周りに起こるできごとは難解で、宗教めいてもいます。哲学めいたできごとの連続に作者であるメルヴィルの意図を読み取るのが楽しい作品です。
捕鯨船に乗って海洋航海した経験のあるメルヴィルは、自身の経験を活かして巨大な白鯨との戦いで読者を楽しませてくれました。その豊富な経験以外にも、高い文学性で時には不思議な話を、時にはミステリアスな話を提供してくれる多才な作家です。