詩人を目指したヘルマン・ヘッセは詩のような文体で内面世界を描くノーベル賞作家です。自らが感じた精神的苦痛を糧に、心から染み出るような悲しみなどを表現してきました。そんなヘッセの詩的で繊細さにあふれた作品を紹介します。
ヘルマン・ヘッセは苦悩や変化などの心の動きを巧みに文章で表現して、ノーベル文学賞を受賞しました。水彩画にも精通しており、詩集にはヘッセ自身が書いた絵がよく添えられています。戦争はやめるべきだという平和主義的面もあったため、ナチスからは好ましくないとヘッセの小説は販売禁止対象になったこともありました。
ヘルマン・ヘッセは1877年にドイツ南部のカルフで生まれます。幼少期は、難関だったヴュルテンベルク州立学校の試験に合格するほどの頭脳の持ち主でした。その頭脳から両親や教師たちから期待されていましたが、その期待となりたい自分が違うことに気がつき悩みはじめます。その結果、すぐに学校から脱走してしまいました。その後も幼少期から悪魔祓いを受けたり、自殺を図って未遂に終わったりと不安定な精神状態にも陥っています。
成長して、ヘッセが作家として活動していた時期でもその同じような苦悩を経験しています。第一次世界大戦の影響で、大人になったあとでも鬱のような状態を経験するのです。その経験は、現代社会への批判や人間が精神に抱えている問題などを扱う作風に影響するのでした。
1905年に発表された作品です。ヘッセ自身の幼少期の経験を基に書かれた自伝的小説です。学校での悩みからによる鬱と挫折を経験したヘッセが、自らの苦悩から見た社会の問題を物悲しく書き記しています。
- 著者
- ヘルマン ヘッセ
- 出版日
- 1951-12-04
天才的頭脳の少年ハンスは猛勉強の末に神学校に入学します。遊ぶこともしないで勉強に打ち込んでいたハンスでしたが、個性を持つ友人たちとの交流で少しずつ自分の在り方に疑問を持ち始めるのでした。やがて疑問が悩みに変わり、心を蝕んで精神を病んでしまいます。成績の下がってしまったハンスに対して教師たちの態度は急変。見限られたと感じたハンスは勉強を止め学校を去って行くのでした。
作者であるヘルマン・ヘッセ自身も難関の神学校に入学しており、そこで詩人になりたい自分に悩まされて退学しています。本作のハンスも自分の在り方に悩み、故郷へ戻っていきますが、誰も脱落者を助けようとは思いません。勉強という学生の本文以外を育もうとすることを嫌い、個性の違う子供たちに同じ教育だけを強いる社会に対するヘッセ自身の疑問と苦悩が書かれた作品です。
第一次世界大戦という暗い時代に、自身という内面世界の変化を描いています。精神的に病んでいた頃にユングの弟子たちの手助けによって回復していったヘッセが、その体験を基にして書いており、自身の作風を変える転換点にもなりました。
- 著者
- ヘッセ
- 出版日
- 1951-12-04
10歳のシンクレールは見栄を張ってついたウソがきっかけで、ガキ大将のクローマーたちのイジメの対象になります。そこへ引っ越してきたのが年上のデミアンでした。
ある日、嫉妬でアベルを殺したカインを罪人と教える授業が行われました。そこでデミアンが語った一言がシンクレールに影響を与えます。デミナンはカインが罪人ではなく、そうすることができる力を持った選ばれし者だからだ、とクンクレールに言ってのけたのです。その時、シンクレールの中で善悪の境界線が音を立てて崩れたのでした。
本書で描かれているデミアンという少年は謎めいています。それでいてシンクレールには彼の言うことが間違ってはいないのだと思えて仕方ありません。神学校で学ぶ勧善懲悪が正しいのか。悪でいることが正しいときもあるというデミアンが正しいのか。シンクレールの心は揺れ動きます。そんな心の動きと成長を、詩的で象徴的な文章で紡がれているのが本作です。キリスト教が教える善悪に対する疑問も描かれています。
詩のように美しい文体で知られるヘルマン・ヘッセですが、1910年に発表された本作はその文体で、ある男の孤独を表現しています。本作は悲しみと美しさが織り交ざった至極の文学です。
主人公のクーンは青春時代の事故の影響で、下半身不全になってしまいます。その日を境に人との交流を断ち、クーンは音楽だけに没頭するように。そうやって魂を決めた彼の歌は、ある有名オペラ歌手のムオトの目に留まります。
- 著者
- ヘッセ
- 出版日
- 1950-12-06
静かに友情を育むふたりですが、彼らの目の前にゲルトルートという女性が現れたことですべてが崩れることになります。ゲルトルートはに友人のムオトを奪われたクーンは、ただただふたりの関係を見守るだけに徹するのでした。
本作は主人公クーンの孤独が内面的に書かれています。事故から自由を奪われ、裏切りによって友人を女に盗られてしまうなど、運命はことごとくクーンを孤独にしようとします。クーンもその孤独を受け入れ、なかば諦め気味で自ら孤独の中にいようとするのです。そんな物静かで寂しいクーンの精神が詩的な文章で歌のように紡がれる美しい文学作品となっています。
自らの罪のせいで辛い思い出を持つ少年の日をテーマにしています。中学生の教科書に載っていることが多く、人々の思い出に眠っている作品です。
主人公の僕は蝶々の蒐集に没頭していました。鼻持ちならない先生の息子エーミールも同じ趣味を持っており、破損した翅をゼラチンで復元するなど高い標本技術の持ち主です。
- 著者
- ヘルマン ヘッセ
- 出版日
- 2016-02-02
ある日、僕はコムラサキという珍しい蝶を手に入れたため、エーミールに自慢します。エーミールはコムラサキが珍しいことは認めたものの僕の標本技術の欠点を並べ立てて僕を非難しました。そこで僕はもうエーミールには自分の標本を見せないと誓うのでした。
しばらくしてエーミールが珍しいクジャクヤママユを手に入れたという噂を僕は聞きます。ずっと欲しいと思っていた蝶を見たいと思い、僕はエーミールの部屋を尋ねました。
エーミールが留守だと知ると、僕は蝶を盗み、ポケットに入れて持ち去ります。しかし途中で罪悪感を覚えて蝶を返しにいきますが、翅が破損していることに気がつきます。正直に謝った僕でしたが、エーミールは、君はそういうやつだったんだな、と静かな軽蔑をたたえるだけでした。
本書には少年時代に誰でも抱いたであろう「僕」の気持ちがひしひしと伝わってくる作品です。友達に対する嫉妬や、罪悪感、軽蔑などは子供の頃だけでなく、大人になっても誰しもが経験するもの。ヘッセの物悲しくもシンプルな文体で、怖くも切ないと思ってしまう作品です。
精神的苦痛を経験したことにより、内面世界に着目するようになったヘルマン・ヘッセ。『シッダールタ』は釈迦の半生を参考にしながら仏教的内面世界を表現した作品です。1922年に発表された原作は半世紀後の1972年に映画化されています。
- 著者
- ヘッセ
- 出版日
- 1959-05-04
のちに釈迦として知られることになるシッダールタは親から友人から、なに不自由ない愛を受けて育ちました。しかし裕福さでは本当の幸福を得られないと悟ったシッダールタは沙門の道で修行の日々を送ることを決意します。
そこで仏陀に師事しますが、自我を捨てるにはひたすらに欲にまみえる必要があると考えるようになりました。そこでシッダールタは衆生のなかで商売にギャンブルに愛に、ありったけの欲をぶつけるのです。
本書は仏教的観点でシッダールタの精神世界の成長を描いた作品。欲を捨てようとしたシッダールタが、自ら欲にまみれた世俗へと投じる様子が興味深いものとなっています。遊女カマーラとの出会いなど、美しい文体で書かれているのも魅力的です。
詩人でもあるヘルマン・ヘッセは独自の観点で心の動きや苦しみを表現する作家です。そしてその心の目を通して見る社会の疑問や不審点などを浮き彫りにしてくれます。読めば心の成長に必要な苦悩や葛藤を学ぶことができるでしょう。