コーマック・マッカーシーは独特な文体と表現に挑戦する、純文学系の作家。それでいて、暴力や犯罪などスリルあふれるエンターテイメント性に富んだ作品を残しています。文学的にも娯楽的にも成功している希有な作家のおすすめ作品をご紹介します。
コーマック・マッカーシーはトマス・ピンチョン、ドン・デリーロ、フィリップ・ロスと並んで、現代アメリカ文学を代表する作家です。暴力やアメリカの実情を映しだしながら、エンターテイメント性の高いストーリーで多くのベストセラーを発表しています。
1933年にロード・アイランド州で弁護士の子供として生まれたコーマック・マッカーシーは、テネシー大学を中退すると空軍に4年間従軍しました。除隊後は定職にはつかずに小説を書き続け、売れない作家時代を過ごしています。1992年に発表した『すべての美しい馬』がベストセラーになると、それが転機となりました。
彼のベストセラーの多くが映画化されており、『悪の法則』など映画脚本も手掛けています。
マッカーシーの文体は非常に特徴的です。そのひとつが読点をあまり使わないこと。読点のない短い文が並ぶことによって、疾走しているような感じで読むことができます。
もうひとつは会話文に鉤括弧を使わないことです。会話文は改行されて独立した段落になっているので、それとわかるようになっています。読めばその独特な世界観の虜になるでしょう。
コーマック・マッカーシーにとって作家人生の転機となった『すべての美しい馬』。家を飛び出したひとりの青年の青春が描かれています。2000年にはビリー・ボブ・ソーントンによる監督、マット・デイモンによる主演で映画化されました。
16歳のジョン・グレイディの生まれ育った牧場が人手に渡ることを知り絶望します。そこでグレイディは親友のレイシー・ロリンズを連れ立って愛馬に乗って国境を越えてメキシコに向かうことにしました。道中、ふたりは荒れた大地で馬と共に自由に生きる生活を夢見ます。しかし彼らを待ち受けていたのは暴力に渦巻く過酷な運命でした。
- 著者
- コーマック マッカーシー
- 出版日
道中でブレヴィンスという少年と出会うことで物語は大きく変化します。彼の暴力的な言動が原因で、グレイディたちは犯罪に巻き込まれてしまうのです。その過程が非常にエンターテイメントに富んだ展開。読む手が止まらなくなるほど起伏が楽しめるストーリーです。他にも牧場で知り合った少女との恋愛など、アメリカらしい色鮮やかな青春が描かれています。
読点のほとんどない独特な文体にも関わらず、すらすらと読むことができます。それは短い文章で構成されていることと、余分な描写がないから。これによりアメリカやメキシコの風景と、人物の描写が美しく書かれています。文学としてもエンターテイメントとしても一読の価値がある作品です。
終末世界での父子の壮絶な旅を描いた『ザ・ロード』でマッカーシーはピューリッツァー賞を受賞しています。本作品は2009年には映画化もされています。
物語の舞台はある災いが起きて動植物が滅亡した終末世界です。太陽の光りも届かない絶望世界で名前のない父と子は南に向かって旅を続けています。しかしそこは生きるために人が人を食う世界。父と子も略奪者たちによって様々な危機を迎えつつも、旅をつづけながら信仰を捨てずに懸命に生きるのでした。
- 著者
- コーマック・マッカーシー
- 出版日
- 2010-05-30
本書は主人公たちにとっても読者にとっても残酷な内容です。食料として生きた人間が閉じ込められているところを発見するシーンでは、父子は自分たちが助かるためにその人たちを見捨てます。息子は見捨てることに心を痛めるのです。
そんな彼が自分もいつか悪い人たちになってしまうのではないかと不安げに父に問う場面には胸を撃たれます。そういった人間としての葛藤が多く見られる本作品。不毛の地で問われる人間性を描いた力作となっています。
2005年に発表された『血と暴力の国』はコーエン兄弟によって映画化もされました。小説も映画も原題は『No Country for Old Men』ですが、映画には『ノーカントリー』の邦題が当てられています。
ルウェリン・モスはたまたま麻薬組織の銃撃戦の場に居合わせ、取引に使われるはずだった金をネコババしてしまいます。報復を恐れたモスは妻と逃亡しますが、組織に雇われた恐ろしい殺し屋アントン・シュガーが金を奪還するためすでに動きだしていました。
- 著者
- コーマック・マッカーシー
- 出版日
- 2007-08-28
一方、年老いた保安官エド・トム・ベルはモス夫妻の失踪とシュガーが夫妻を追う過程で引き起こした殺人事件の数々に不信を抱き動き始めたのでした。
本作は純文学作家として知られているコーマック・マッカーシーが書いた犯罪小説。暴力と殺人で満たされた非常にエンターテイメント性の高い作品になっています。そしてマッカーシーの独特で乾いた文体が物語の世界観とマッチしており、心地よく読み進められる作品です。
映画は原作を忠実に描いていますが、小説版には映画版ではなくなくカットされたシーンが多く含まれています。映画を観て気に入った人なら、読んで損はしない内容がもりだくさんです。
『ブラッド・メリディアン』は『すべての美しい馬』以前に発表された小説ですが、発売当時はあまり評価されませんでした。『すべての美しい馬』のヒットによりコーマック・マッカーシーの名が世に知られると、再評価されることになります。
- 著者
- コーマック・マッカーシー
- 出版日
- 2009-12-18
両親を亡くした少年は放浪しながら犯罪の計画を企てますが失敗し、捕まってしまいました。身長が2メートルもある判事の紹介により、グラントン大尉率いるインディアン討伐隊に参加することになった少年。待ち受けていたのはインディアンを虐殺する血と暴力の日々でした。
本作の主人公である少年に名前はありません。さらに本文は意図的に感情表現を排除し、目に映る情景だけをひたすら描写していきます。これにより読者はまるで主人公の少年になったような気分で、少年の目に映る光景を体験することができるのです。果たしてそこから見えるものとは?
『チャイルド・オブ・ゴッド』はひとりの猟奇殺人鬼を題材とした犯罪小説です。凶悪で有名な殺人鬼を多く排出しているアメリカの貧困層の現状を映しだす問題作となっています。
- 著者
- ["コーマック・マッカーシー", "Cormac McCarthy"]
- 出版日
- 2013-07-10
主人公は暴力的な行動が目立つレスター・バラードという男。両親を失い定職につかなかった彼は、税を滞納したことにより実家を差し押さえられてしまいます。山中に籠って盗みや狩りをして暮らしていたレスターは、やがて恐ろしい殺人に手を染めてしまうのでした。
本書は主人公レスターの内面が丁寧に描写されています。これによりレスターの内面に秘めた暴力性と異常さをまざまざと読み取ることができるのです。恐ろしくもあり、なぜか引き込まれてしまう魅力たっぷりの小説。多くの暴力シーンを書きながらも、殺人鬼の内面を表現しようとした意欲作です。
独特な文体で文学の形に挑戦する純文学というジャンルは一般受けしないのが常です。しかし、マッカーシーは娯楽性に富んだストーリーと描写で、文学的価値の高いエンターテイメントを提供してくれる作家。まさにアメリカ文学を代表する作家と言えます。