トーマス・マンはドイツ文学の伝統的な流れを汲んでおり、同文学を代表する作家。心の成長を描く教養文学や、芸術家を題材にした芸術家文学など多岐にわたる文学を残しました。気取らない文章で、親しみやすい。そんな作家のおすすめ作品を4冊ご紹介!
ドイツ文学の傑作を残したトーマス・マンは歴史や教養、芸術などを小説に盛りこんでいます。またドイツ文化にも精通していた作家です。ナチス批判をしたことで亡命に追い込まれながら、ドイツはナチスから脱却するべきだ、と自国の文化を守るために訴えかけました。
由緒正しい商家に生まれたトーマス・マンは父親の影響で、幼い頃から児童文学や小説に親しんできました。高校時代から詩を作りはじめており、フリードリヒ・フォン・シラーの詩やリヒャルト・ワーグナーの曲に影響を受けています。校内雑誌『春の嵐』を友人と制作しては、そこに自作の詩や散文を載せていました。
高等学校を中退した後は、火災保険会社で働きはじめます。しかし文学に対する情熱は冷めておらず、仕事のかたわらで小説を書き続けました。彼は『転落』という短編を完成させると一躍有名になります。そこで保険会社を退社し、大学で学びながら本格的な執筆に臨むのでした。
『魔の山』はトーマス・マンが1924年に発表した小説です。当時では不治の病とされていた結核患者を扱ったサナトリウム小説として知られています。ひとりの人間の心の変化や成長を描いた、いわゆる教養小説の傑作としても有名です。
- 著者
- トーマス・マン
- 出版日
- 1969-02-25
ハンス・カストルプはいとこのお見舞いのため、結核患者のための療養所であるサナトリウムにやって来ます。しかしそこで体調が悪くなってしまったハンスは自身もサナトリウムで療養することになりました。やがて容体が悪化し、長期滞在を余儀なくされます。その間にハンスは色々な国の人たちと交流し、色々な考え方を吸収していくのでした。
本書は結核という病気を通してハンスの心の成長を描く物語です。驚くほどゆっくりと進む施設での時間の中で、ハンスは物事や自分の境遇について深く考えるようになります。さらに人々との交流によりハンスは色々なことを知るのでした。
『ヴェニスに死す』はトーマス・マンが1912年に発表した小説。50歳を迎えた作家がヴェニスを訪れ、芸術のように美しい少年に魅了される話です。少年の美しさに触発されて創作活動にいそしむ様子が描かれていることから、芸術家小説と呼ばれています。
- 著者
- トオマス マン
- 出版日
- 2000-05-16
50歳の誕生日を迎えた小説家のアシェンバハはヴェニスに旅行します。これまでのアシェンバハは、自分のためではなく、周りの期待だけに応えて生きてきました。自らを律して大衆の望む作家としての生活を送っていたのです。
訪れたヴェニスの地でアシェンバハは14歳くらいの美しい少年を見かけます。その美しさに魅了されたアシェンバハは創作意欲を掻き立てられ、初めて自分から書きたいという欲望を燃えあがらせるのでした。
本書では初めて自分で書きたいと思うアシェンバハの意欲とヴェニスに住む少年に対する恋心とが、芸術を通して描かれています。少年の美しさを表現していこうという意欲の元、アシェンバハが創作する過程を楽しむことができます。
やがてヴェニスではコレラが流行り、市民は避難をはじめます。ですが、アシェンバハは少年の近くにいたいと最後までヴェニスに残りました。その様子はアシェンバハの表現者としての欲望が熱く伝わってきます。
1901年に発表された『ブッデンブローク家のびと』はトーマス・マンの経験を基に書かれています。伝統的な商家に生まれた彼ですが、16歳の時に父親を亡くしており、家業の解体を経験していました。本書もひとつの一族と商家が繁栄して没落していく様子が描かれています。
- 著者
- トーマス マン
- 出版日
- 1969-09-16
商家ブッデンブローク家の四代にわたる繁栄と没落が描かれた物語です。1代目当主のヨハン・ブッデンブロークはすでに2代目のヨハンに家業を継いでいました。父親に負けない手腕で家業を維持しますが、1848年に起きた革命の影響で大きな損失を被ります。3代目のトーマスも家業を衰退させまいと奮闘しますが、心労で倒れてしまいました。4代目のハノーは家族の事業に望みを捨て、音楽の道を目指すのでした。
本書での見どころは3代目のトーマスが事業を立て直そうと奮闘する場面です。彼は先代たちとは違い、精神的に弱い人物。本書では精神の奥底にまで潜り込むような描写はありませんが、等身大の感情を楽しむことができます。今日感度の高い主人公を通して読者は自分自身の心を揺らすことができます。その軽い読感から、文学性よりもエンターテイメント性が高い作品と言える1冊です。
トーマス・マンが1903年に発表した『トーニオ・クレーガー』は、作家としてどうあるべきかというマン自身の自問が込められています。
トーニオ・クレーガー少年は文学趣味を持っていました。それは堅実で事務的な気質の多いギムナジウム制度の教育においては異質な存在です。トーニオは学生時代に男女それぞれとの恋愛を体験しますが、趣味が合わずにどれも失敗に終わっています。
- 著者
- トーマス・マン
- 出版日
- 2011-01-06
やがて有名作家として成長したトーニオでしたが、芸術家として成功しているのに市民気質を捨てきれないことに悩んでいました。そんな彼に女流画家のリザヴェータは、あなたは芸術家というより市民よ、と一刀両断するのでした。
親しみやすい文章で商家の繁栄と没落を描くトーマス・マンは、自身も文学者としての自分の方向性に思い悩んでいました。芸術家と一般市民との間に隔たりがあった時代で、本作品には彼の市民に歩み寄りたいという作家としての思いが込められているのです。自分の心情に最も近い作品と自身が述べているように、トーマス・マンの作家としての思いを読むことができるので貴重な作品です。
トーマス・マンはドイツ文学、芸術、市民生活に愛着を持った作家です。そして親しみやすい文体で芸術と一般市民との距離を短くしてくれました。文学という芸術を娯楽として提供してくれる作家です。