長編も短編も手掛けているジェフリー・アーチャーは、ひとつの出来事を複数の登場人物の視点から描くことで物語に深みを作る手法を得意としています。今回はそんな奥深いサスペンス小説などを5作ご紹介!
ジェフリー・アーチャーは1940年にロンドンで生まれました。オックスフォード大学へ進学し、在学中にビートルズを呼んだチャリティ・コンサートを開いています。卒業後はアロー・エンタープライズ社を設立し、同じくチャリティ・コンサート開催を手掛けていました。
1967年より、大ロンドン議会議員を務め、その後の選挙も連続当選します。しかし、1973年に投資した企業が名前だけで実態のない幽霊会社であったために財産を失い、1974年の総選挙出馬を諦めざるを得ませんでした。
ところが、自身の体験をもとに1976年に発表した処女作『百万ドルをとり返せ!』が人気を博し、借金を完済することができました。その後は作家活動をしながらも政界に復帰し、1992年から2017年2月現在まで、貴族院議員に列されています。
再選に立候補する資金がないなら小説を書こうと考えたたり、偽証罪に問われて2001年から2003年まで過ごしていた獄中での出来事もその後の小説制作に役立てていたり……。政治家といいつつ考え方にユーモアがあり、波乱万丈な人生を送っている人物です。
『百万ドルをとり返せ!』は永井淳によって訳され、1977年に新潮文庫から出版されました。
アメリカの大富豪であるハーヴェイ・メトカーフは、さらなる富を求め詐欺に手を出していました。あるとき、幽霊会社について嘘の噂話を新人社員デイヴィット・ケスラーに流します。
ハーヴェイに騙され利用されているとは知らないデイヴィットは幽霊会社の株を買い、数学教授であるスティーヴン・ブラッドリーにこの情報を伝えます。その後も出かけた先々でこの話をし、医者のロビン・オークリー、画商のジャン=ピエール・ラマン、貴族ジェイムズ・ブリグズリーたちも株を買ってしまうのです。
そうしてハーヴェイは株を手放して大儲けをしますが、株価は下落。騙されたと気付いた数学教授スティーブン、医者ロビン、画商ジャン=ピエール、貴族ジェイムズは合流しハーヴェイからお金を取り返すことを決断します。それぞれ自分でプランをたててきて、2週間後に再び合流することになったのですが……。
- 著者
- ジェフリー アーチャー
- 出版日
- 1977-09-01
本作の英語タイトルは『Not a Penny More, Not a Penny Less』。「1ペニーも多くなく、1ペニーも少なくなく」というものです。つまり、過不足なくきっちり百万ドル取り返してやる、という気持ちが込められています。その意思のとおり、4人はそれぞれの得意分野を生かしたプランを練ってきます。詐欺に関しては素人の4人が、大物詐欺師をひっかけようというのですから、手に汗握る展開になりますね。
4人のなかで注目していただきたいのは、貴族であるジェイムズです。数学教授や医者は知的なプランを練ってきそうですし、画商は商人なわけですからお金に関して知識があるでしょう。しかし、貴族であるジェイムズはなかなかプランが思いつきません。彼がひねり出したプラン、そして実行する際に担う役割には注意して読んでいただきたいです。
結末は後味の良い、ユーモアある締め方となっています。ジェフリーの作品に触れる上で欠かせない処女作です。
『ケインとアベル』は永井淳によって訳され、1981年に新潮文庫から上下巻2冊で出版されました。
貧しい環境と戦争などによって祖国や肉親、幼馴染を失ったヴワデクは、シベリアを脱出後にアメリカへと向かいます。途中でアベルと改名し、ホテルの経営者リロイと出会ったことで彼の元で働き、みるみるうちに頭角を現すようになります。
時を同じくしてケイン・アンド・キャボット銀行の頭取の息子として育てられたウィリアムはハーバード大学を卒業後、銀行で勤務し始めます。
しかし1929年に世界恐慌が起こり株は大暴落します。アベルは資金回収について交渉しようと融資を受けていたケインのもとに電話をかけますが取り合ってもらえません。結局、リロイは自殺を図り、アベルはケインに生涯をかけて復讐することを誓うのでした。
- 著者
- ジェフリー アーチャー
- 出版日
- 1981-05-27
本作はふたりの主人公の人生が対比的に描かれており、どちらも幸せと言えるかは疑問が残ります。アベルは壮絶な青年期をおくり、その後の人生をケインへの復讐に染め上げるのです。一方ケインは恵まれた生活を送りながらも母親の再婚相手に疑問を抱きながら育ち、アベルに幾度も邪魔をされながら権力者を目指します。
両者が顔を合わせるシーンは実はほとんどありません。自分の居場所で「どうやって貶めるか」を考える姿は悪人そのもの。しかし、復讐に絡んでいない時はやはり普通の人なのです。どうしてこのような悲しい人生を送らざるを得なかったのか……。運命のいたずらとしか言いようがありません。
上下巻の2冊で構成されているため、ふたりの数奇な人生をじっくり楽しむことはできます。アベルの復讐は果たされるのか。ケインの銀行頭取になるという野望は果たされるのか。ラストに待ち受ける衝撃の事実をぜひ自分の目で確かめてみてください。
『ゴッホは欺く』は永井淳によって訳され、2007年に新潮文庫から上下巻2冊で出版されました。
美術コンサルタントのアンナの雇い主フェンストンは、貴族たちに高利で融資し、彼らがもつ美術品をつけ狙う卑劣な銀行家でした。イギリス貴族の女主人ヴィクトリアはゴッホの自画像を持っており、それを売却してフェンストンに返済しようとしたため、9・11テロ前夜に殺害されます。その死体は左耳を切断されていました。
アンナはフェンストンから絵画を守るため、ゴッホの自画像を持って逃走し、ヴィクトリアの妹アラベラと協力することに。アンナに迫る女殺し屋クランツ、一連の事件によってアンナを観察、追跡するFBI捜査官などが登場し、物語はゴッホの自画像の謎も絡んで深みを増していきます。アンナは名画を守り切ることができるのでしょうか。
- 著者
- ジェフリー アーチャー
- 出版日
- 2007-01-30
本作の時間軸は9・11同時多発テロ前後に設定されています。飛行機が衝突する直前、ノース・タワーでアンナとフェンストンは言い争いをしていました。そして飛行機が衝突してからの、アンナの冷静沈着な返答に対するフェンストンの横暴な言い返し方には、切迫した不条理にとまどう様子がリアルに感じられます。
その後「10分後に部屋から出ていけ」(『ゴッホは欺く』から引用)とフェンストンが発言するなど、11日当日の動きが細かく時間説明を入れて描かれています。テロが起こる瞬間が刻々と近づいている描写に、9・11を少しでも知っている読者は不安な気持ちになることでしょう。
そして、ただのサスペンスで終わらず、アンナとFBI捜査官ジャックによるロマンスストーリーも含まれています。サスペンスに恋愛は邪道だと考える人もいるでしょう。しかし、FBI捜査官ともあろうものが私情を挟んでしまうあたり、ジャックは人間味あふれるキャラクターとして描かれています。登場人物が魅力的であればあるほど、物語は面白くなるものです。この作品ではつい彼の人間味ある中途半端さのようなものに惹かれてしまいます。
また、目的地に向かうまでの街中の描写なども巧みに描かれ、頭の中には映画を見ているかのような情景が浮かんできます。アンナが行動力あるキャラクターなので物語のテンポもよく、スピード感もあります。逃げる女アンナと、追う女殺し屋クランツ。少し頼りないとも言えるジャックに対して、女性が強く描かれた作品です。
『誇りと復讐』は永井淳によって訳され、2009年に新潮文庫から上下巻2冊で出版されました。
自転車修理工のダニーは幼馴染で恋人のベスとの結婚が決まった矢先、ベニーの兄であるバーニーの殺人容疑をかけられます。真犯人は法廷弁護士のクレイグなのですが、そのとき一緒にいた人気俳優ダヴェンポート、土地管理コンサルタントのペイン、麻薬中毒者のモーティマーが協力してダニーに罪をかぶせたのでした。
投獄後ダニーは獄中で貴族の若者であるニックと巨漢のアルと知り合います。ニックと信頼関係を築くのですが、彼の存在、そしてある方法によってダニーは早めに出所します。そして4人への復讐劇は幕を開けたのです。
- 著者
- ジェフリー アーチャー
- 出版日
- 2009-05-28
ジェフリーの作品でよくみられる、負け組が強い者に逆転勝利を挑む展開が本作でも見られます。王道ストーリーがなぜここまで面白くなるかというと、やはり登場人物それぞれのサクセスストーリーをうまく組み込んでいるからでしょう。
ダニーについた弁護士アレックスの父親と、検察側の勅撰弁護士であるピアスンは長年のライバルでした。ダニーを無罪にしてやれなかった雪辱を、物語終盤で再度開かれる法廷で晴らそうとします。戦っているのはダニーだけではないのです。
ダニーは出所したあと、手に入れた財産で自分を陥れた4人に復讐を仕掛けます。圧倒的絶望から本人の努力により希望を手に掴む様子はすがすがしい気持ちで読むことが出来るもの。ダニーの復讐劇に終わりは訪れるのでしょうか。ダニーの苦労を読んできている分、2冊読み終わった後は目頭が熱くなることでしょう。
「クリフトン年代記」シリーズは戸田裕之によって訳され、2013年に第一部が新潮文庫から出版されました。
本作は第7部で完結であり、2017年2月現在、第5部まで日本語訳された文庫が出版されています。第1部『時のみぞ知る』、第2部『死もまた我等なり』、第3部」裁きの瞳は」、第4部『追風に帆をあげよ』、第5部『剣より強し』がそれぞれ上下巻2冊で出版されています。
1920年代、貧乏な少年ハリーは聡明な子であるとして、母親メイジーの努力もあり進学校に進むことになります。しかし周りの富裕層にいじめられたり、メイジーが働く店が放火で全焼したりと様々な困難が訪れます。
そういった危機をくぐりぬけ、ハリーは名家出身のジャイルズと親友になります。しかし、ハリーとジャイルズの関係には驚愕の事実があったのです。
- 著者
- ジェフリー アーチャー
- 出版日
- 2013-04-27
本作は貧しい家出身のハリーが複数の謎に絡まれ権力や金銭の争いに巻き込まれていく物語です。ハリーの為に必死で働き、なんとしても学校を退学させないように奮闘するメイジーや、ハリーのことを愛し、死んだと噂されても彼のために単身で行動を起こすベマなど、ハリーの周りの人間関係は恵まれているかのように思えます。
しかし、庶民と富裕層との確執はそうそう取り払えるものではありません。争いが争いを呼び、裏切る者や金銭目当てで行動する者、死に至る者なども出てきます。その中でいかにして生き残るか、ハリーの戦い方に注目です。
「クリフトン」シリーズの第1部『時のみぞ知る』では、ハリーと重要な関係にある海運会社の社長ヒューゴーと、メイジーとの駆け引きが秀逸。どうにかしてメイジーを陥れようとしているヒューゴーの地の文に書かれる本心や、取り繕ったようなセリフはまさに「嫌な奴」。どうにかメイジーに頑張ってほしいという気持ちでどんどん読み進めてしまいます。
先述のとおり、ジェフリーの作品は番狂わせを軸に置いているものが多いです。本作の主人公ハリーはこの欲望にまみれた世界でエマと幸せになれるのでしょうか。第6部と第7部の日本語版出版を期待して待ちましょう。
以上、ジェフリー・アーチャーのおすすめ5選の紹介でした。ジェフリーの体験談で肉付けされた小説も、そうでない小説も、一度読み始めたら展開にハラハラし没頭してしまうことでしょう。これを機に是非読んでみてください。