短編作家レイモンド・カーヴァーのおすすめ5選!春樹訳で読みたい!

更新:2021.12.17

レイモンド・カーヴァーの短篇はどれもクールでシンプルですが、日々の生活の細部を鋭く捉えた作品で、日本にも熱狂的ファンがたくさんいます。

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短篇の名手レイモンド・カーヴァーの魅力

レイモンド・カーヴァーは1938年アメリカオレゴン州生まれの小説家です。家は裕福でなく、父親はアルコール依存症の傾向がありました。大衆本や雑誌などを読むうち、作家を志すようになります。

高校卒業後結婚し、翌々年には二人目の子が生まれます。職を転々とし、夜は働きながらニューヨーク州立大学の創作科で学び、やっと大学で客員講師の職を得るに至りました。

1976年には、初めて大手の出版社から『頼むから静かにしてくれ』を刊行しますが、当初売れ行きも芳しくなく、家計は厳しいままでした。その頃アルコール障害で入退院を繰り返すことになり、妻と別居、詩人のテス・ギャラガーと知り合い交際を始めました。

1988年、テスと結婚しますが、レイモンド・カーヴァーは同年がんにより50歳で死去します。

若い頃は苦労したようで、仕事と子育てに追われ、自分の時間などほとんどない生活だったようです。そんな中で何とか書き綴ったのは、実際の日常に即した、誰にでも起こり得るようなリアリティでした。カーヴァーの一度目の結婚は破たんに至り、子供との関係にも悩みがありました。だからこそ書けたとも言える、家庭の中で起きる日常や、些細な事柄などをクローズアップする作品が豊富です。

初めて大手から出版する作品は、当時の編集者によって大幅に削除がなされ、タイトルまで変えられていました。完成稿を受け取った時、カーヴァーはかなりショックを受けたようです。その後編集者との信頼関係は崩れていきます。

しかし今では研究者らの手によって、オリジナルの原稿が読めるようになりました。春樹訳であれば巻末に解題がありますので、作品のより深い読み解きやカーヴァー自身についてよく知る助けとなります。カーヴァーを日本に広める先鞭を着けた村上春樹の功績は偉大です。

カーヴァーの作品は、これといって親切なオチなどない作品がほとんどです。妻のテスはそれを、カフカの『変身』の救いのなさのよう、とも言っています。その作風は短く、鋭く、重く、そしてシンプルです。カーヴァーは一篇読むだけで十分な余韻を残しますので、細切れの時間で読むのにはむしろ適しているでしょう。

シンプルなのに長い余韻

飾らない文体で急な展開こそあまりないのに、くせになるような味わいの短篇17篇が収められています。

 

著者
レイモンド カーヴァー
出版日


表題作「ビギナーズ」は、主人公の夫婦宅を、その友人夫婦が訪ねます。やがて、「本当の愛とは一体どういうものか」という話題に移ります。

その友人夫婦は、実は再婚どうしです。では前の結婚でそれぞれが感じていた愛は、果たして愛ではなかったと本当に言えるのか。妻の前夫は愛を得ようとして二度の自殺を図りましたが、そんな行為は愛ではないのだろうか。

そして、友人は離婚で負った深い心の傷について、そして友人の妻は自身の辛い堕胎経験について語ります。

一見すると、問題なく順風満帆なように見えるカップルでも、実際は、お互いの知らないそれぞれの思いを抱えているものです。あくまで日常のとある場面が粛々と進むだけなのですが、人間の健気さや愛おしさが描かれています。

夫婦の実際が何たるかについて、決して理想通りにはいかないけれど、それでもより良い道を探ろうとするような場面の描写が見事です。日々を懸命に生きる誰しもが物語の主人公であると主張しているように感じられます。

日常の一コマを切り取るその生々しさ

デビュー短篇集からⅠに13篇、Ⅱに9篇収録されています。38歳にして初めて大手出版社から出した本でした。しかしレイモンド・カーヴァーのスタイルは既に確立されています。

 

著者
レイモンド カーヴァー
出版日


冒頭の作品「でぶ」は非常にミニマリスト的です。給仕をしている主人公のレストランに、ある太った男がやってきて、食事をして、何気ない会話を交わし、店を出ます。

ただそれだけの話なのです。

しかしこのような何気ないことの積み重なりが、生きることそのものです。人生の大半は何気ないことで構成されています。そういうことを日々感じながら生きている人にとっては、胸の締め付けられるような感覚を覚えるはずです。

この主人公も、その何気ない接客をした日は、それまでとは違う「何か」を感じながら一日を終えます。こんなふうに「何か」を感じることは、大抵、日常の何気ないことを通してなのです。

私もいっぺん太ってみたいと言った主人公に対し、この客は「選べるものなら太らないでいたい」「しかし選ぶことはできんのです」と言います。読み込もうと思えば、このような台詞の断片から、人生の何たるかを書いているのでは、といった推察をすることも可能です。しかし、そういったことまでいちいち指し示さないことは、カーヴァー作品の最大の魅力と言えるでしょう。

成熟期の名作集

三冊めの短篇集で、12篇が収録されています。作者の健康状態も良く、創作意欲、スキル、個性が乗りに乗っていた時期の「大聖堂」、「ささやかだけど、役に立つこと」、「ぼくが電話をかけている場所」、「羽根」の4作を含む、珠玉の一冊です。

 

著者
レイモンド カーヴァー
出版日


表題作「大聖堂」では、主人公宅を、ある目の見えない黒人の客が家を訪ねてきます。当初偏見を持って迎えますが、彼と会話を交わし、食事をし、大麻を吸ううち、段々と楽しくなっていくのです。

二人でテレビを観ているとパリの大聖堂が映りますが、その様子を彼に説明できずにいると、この客が、二人で絵に描いてみようと提案します。彼と一緒にペンを持ち描いてみると、突如として胸の中に、味わったことのない劇的な感覚が訪れるのです。

日常の中にふと訪れる、言い表し難い感情を捉え、言外で表現するのはカーヴァー独自の魅力です。全てを説明してしまわず、詳細は読者に補完させるような書き方をします。『ビギナーズ』の時と比べて、より言葉が豊かになっていて、より味わいやすい作品です。

また、パンやコーヒー、ジャム、パイなど、食べ物の描写の豊かさは、忘れてはいけないカーヴァーの魅力の一つです。目の前で香ってきそうな情景が思い浮かび、それが感情に直接的に訴える効果を感じることができるでしょう。

カーヴァー最後の7篇

病におかされつつある中で書いた作品群です。最期が近付いたカーヴァー自身の宿命を重ね合わせるような作品でもあります。

 

著者
レイモンド カーヴァー
出版日


「象」の主人公は、朝から晩まで身を粉にして働いていますが、失業した弟夫婦や老いた母親に送金せねばなりません。別れた妻と、離れて暮らす娘一家、学生の息子にもです。生活を切り詰め、ますます働き、借金もしますが、家族たちは次々と援助をせがむのでした。

この主人公が結局どうなったのかは分かりません。現実においても、明確な答えや理由は見つからず、あれは一体何だったのだろう?と未解決のまま過ぎ去っていく出来事はたくさんあります。

こんなふうに、実はぎりぎりの状況で生きているという人は少なくありません。しかし、先のことを考えないように気を紛らわしたりして、みんな何とかその日をやり過ごして生きています。人間の脆さと強さをぎゅっと凝縮したような作品です。

短篇のほか、詩、エッセイを収録

詩もエッセイも、短篇と特に区別せず読むことができます。カーヴァーがどんな人物だったのか、一体どんな思いで小説を書いていたのかも垣間見ることができるでしょう。

 

著者
レイモンド カーヴァー
出版日


表題のエッセイ「ファイアズ(炎)」はやはり秀逸です。カーヴァー自身のことを書いています。

自身が「苦役」と呼ぶほどの、若い頃のお金も時間もないある日、カーヴァーは一家の数回分の洗濯物を持って、混雑したコインランドリーに出かけました。そこにいる先客と言い合いをしながら、洗濯機が空くのを待ちます。しかし子供を迎えに行く時間が迫り、イライラは募る一方です。

空きそうな台があり神経を集中させてそれを見張るのですが、洗濯物の持ち主が来て、更に延長して回してしまいます。その瞬間、ぎりぎりに張り詰めていた気持ちがはじけ、涙が出そうなほどショックを受けるのでした。真面目に生きていけば人生はいつか上向きになると信じていたのに、それが根拠のない幻想であると突如悟るのです。

誰の身にも起こりうる、残酷な瞬間ですね。絶望というのは、普段見ないように努めていても、日常のあちこちに潜んでいて、何か大事件が起こったときとは限らず、弱みを見せれば首をもたげるものです。その光景がまるで一本の映画のように、鬼気迫る映像としてありありと浮かんできます。

カーヴァーはどうしても「詩と短篇にしがみついて」いなければいられない状況だったのだろうと想像できます。

村上春樹の訳は読みやすいものばかりです。春樹作品が好きなかたにはもちろん、ちょっと長いし手が出しづらいという方にもカーヴァーはおすすめできます。読書経験が深くとも浅くとも関係ないと思いますので、ぜひ一度はその世界観に触れてみてください。

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