2016年マンガ大賞にノミネートされた『百万畳ラビリンス』。2015年に上下巻が発売されてから息の長い人気がある作品です。緻密なゲーム設定の世界観でSFミステリが展開されるストーリーを解説!
ゲーム会社クラインソフトのデバッカーとして働く礼香と庸子は会社の寮の同部屋に一緒に住んでいます。しかし目がさめるとそこは見慣れたボロアパートではあるものの、空間が自在に無くなったり生まれたりする終わりのない迷宮「百万畳ラビリンス」でした。彼女たち以外の誰とも会うことがないその巨大な空間で、ふたりは現実に戻ろうとするのですが……。
- 著者
- たかみち
- 出版日
- 2015-08-10
ふたりは迷宮を探検するうちに、ちゃぶ台に置かれた書き置きを見つけます。そこに書かれていたメールアドレスを見ると、クラインソフトのドメインでした。そうしてふたりは、この世界は彼女たちが働いているゲーム会社と関わりがあることを確信します。
やっと見つけたPCからそのメールアドレスへメッセージを送ってみると、返信をしてきた人物は多神大介と名乗りました。多神はクラインソフトの伝説のゲームディレクター。礼香がバイトを決めたきっかけとなった、バグを楽しむゲーム「ダンジョンテール」の製作者でした。
彼は「百万畳ラビリンス」が自身の代表作のモデルだと語ります。時間が無いと言う彼は、ひとまずこの世界を知るためにスマホとゲームコントローラーを手に入れることを指示し、チャットから離れます。
ふたりは多神の指示を受けてキーアイテムを探しながら、「百万畳ラビリンス」の秘密を明らかにしていきます。するとここで目を覚ます前の記憶も徐々に思い出してきて……。
- 著者
- たかみち
- 出版日
- 2015-08-10
多神の指示通りにスマホとゲームコントローラーを使い、ふたりは迷宮のような世界から「表世界」と呼ばれる現実に似た世界へと赴きます。そこで彼らの敵や、パラレルワールドのような世界の仕組みを理解し、彼女たちの「役割」を多神から知らされるのです。それは世界を救うためにふたりのどちらかが死ぬということ。その難題に礼香は新たな解を見つけ出します……。
『百万畳ラビリンス』は上下巻で簡潔に終わっていますが、長くその寂しさの余韻が残る作品です。それはこの作品が「遠い」物語だから。遠くの世界から寂しさに共感する読者に、現実をどう生きるかという疑問を投げかけてきます。
まずこの作品が特殊なのは、主人公と読者との間に心理的な距離がかなりあること。礼香は既成概念にとらわれない純真さから人と関わるのが苦手であり、常に孤独な環境に身を置かれてきました。しかしそのことをあまり気にせず、飄々として「百万畳ラビリンス」を駆け回ります。
「普通」から外れた主人公にしては珍しい、「孤独ではあるけれど理解を求めない」人物像。そして最終的に彼女の選ぶ道も、他者とは交わらない方向へと続いていきます。読者は寂しさに共感しつつも歩み寄りをしようとしない彼女に、どこか距離を感じるのではないでしょうか。
そしてこの物語の舞台である異世界も、もちろん現実から遠い世界。とても良い夢から目を覚ました時、余計に現実の辛さが重くのしかかってくることはないでしょうか?さっきまでいたあたたかな世界は完全に自分ひとりの中で完結した世界なのだと感じると、現実だと思ってはしゃいでいた分だけ現実が冷たく感じる。この物語もその設定が緻密でリアルな分、勇敢な少女が成功した物語と現実との世界がハッキリと対比されます。
しかし、その寂しさがただ辛くなるだけのものでは無いのは、これが救いがテーマの作品だから。礼香の孤独は、彼女にしか出来ない形で昇華されます。彼女が彼女であるがゆえに庸子を含む周囲との別れがあり、また、世界を救う新たな解決策が生まれるのです。
最後に自由を得た彼女の後ろ姿からその表情は見えませんが、充足感が伝わってきます。彼女は世界を救うためどんな道を選ぶのか。そしてその作品を読んだ時、勇敢な少女にあなたは何を思うでしょうか?その答えは「百万畳ラビリンス」の中で見つけてみてください。