フランス文学を学ぶ人なら、必ず出会うことになる作家・バルザック。社会を鋭く観察する洞察力、人間の心理を巧みに描く彼の作品は、世界中で読まれ続けています。フランス文学を代表する作家・バルザックのおすすめ作品を5冊紹介致します。
バルザック(1799-1850)の人生は、波乱に富んだものでした。
神秘思想に傾倒していた母からあまり愛情を得られなかったバルザックは、1807年~1813年の間、寄宿学校で孤独で苦しい少年時代を過ごします。その後、パリに移り、法律の勉強を始めたものの、彼を法律家にしたいと考えていた両親に反発して文学に傾倒していきました。
バルザックは成功を求め、出版業に手を出し、印刷会社を興します。しかし、失敗に終わり、手元に残ったのは膨大な借金でした。
借金を返済するために、バルザックは執筆に励みました。1829年以降は彼の初期作『ふくろう党』が受け入れられ、1931年の『あら皮』でついに大成功を収め、社交界デビュー。ヴィクトル・ユゴーなど、フランス文学会を代表する作家たちと交流するようになります。その後、1835年には『ゴリオ爺さん』を発表し、傑作を次々に世に送り出しました。
このときから、バルザックの生活スタイルは特異な、とても不健康なものとなります。夜中にろうそく一本の暗い書斎にこもり、コーヒーをがぶ飲みしてから、夜中に長時間執筆するということを、何週間にも渡って続けました。夕方6時に寝て深夜12時に起きるという生活でした。
そんな生活の中で、わずかばかりに空いた時間を使って、社交界に出たり、18年間も文通を続け、熱心な恋慕を抱いたハンスカ夫人に会いにいこうとしたりしていました。不健康な生活が祟ったのか、ハンスカ夫人と1850年3月にようやく結婚してからわずか5ヵ月後に、バルザックはこの世を去ったのです。
小説のような波乱万丈な人生を送ったからこそ、彼は多くの傑作を生み出せたのかもしれません。様々な経験をしているからこそ、それぞれ方向性の違った様々な物語を書けたのではないでしょうか。そんなバルザックのおすすめ作品を5作紹介します!
1819年のパリで、お粗末な下宿に住む3人の面々の人生を書いた、バルザックの代表作です。その下宿に住むのは、ゴリオとヴォートラン、ラスティニャックという男3人。
子煩悩すぎる年寄りゴリオは、大金持ちの家に娘を嫁がせた際に、持参金として財産を渡してしまったために困窮していました。出で立ちが謎めいていて、極めて怪しい人物のヴォートランは、立身出世を夢見る法学生ラスティニャックに、勉強よりも金持ちの女性を手なづけた方が金が手に入る、とうそぶきます。
ゴリオは娘たちのせいでますます困窮し、ラスティニャックは次第に金持ちの女性を出世に利用する欲を持ち始め……。
- 著者
- バルザック
- 出版日
- 1972-05-02
バルザックの作風としてよく言われるのは、写実主義。彼は、なるべく現実をその通りあるがままに、芸術作品に再現しようとする考え方をしていました。『ゴリオ爺さん』は、その写実主義が結実した作品として、高く評価され、彼の代表作とされてきました。
バルザックの写実的な観察は見事なものです。この作品からは、19世紀前半のフランスの社交界事情や、階級についてなどを学び取ることができます。観察の精度の高さゆえに、バルザックの作品は、よく19世紀フランスを対象とした社会学でもよく言及されてきました。
作品の魅力は写実性だけにとどまりません。心理描写も巧みです。この作品では特に、ラスティニャックの心の揺れが面白いのではないでしょうか。純粋な彼が周囲の人々と関わる中でどう変わっていくのか、注目してみてください。
家族に疎んじられてきた貴族の家庭の末っ子であるフェリックスは、ある日舞踏会で美しいモルソーフ伯爵夫人のアンリエットに出会います。彼女のことで頭がいっぱいになってしまったために、病気ではないかと心配され、治療をすることになりました。療養のために赴いた地が大変美しく、愛する彼女が住んでいるのはこんな土地だろう、とフェリックスは思いを馳せます。
奇遇にも、アンリエットはそこに住んでおり、ある日フェリックスは彼女に愛を告げますが……。
- 著者
- バルザック
- 出版日
- 1973-02-01
1836年に完成されたこの作品には、谷の風景描写が長く続いている箇所があります。夫人と青年との恋という魅力的な題材だけに、ストーリーが気になって読み飛ばしてしまいたくなるかもしれませんが、この描写こそじっくり味わってもらいたいところです。
風景描写は、単に写実的に風景を描いているだけではありません。そこにはフェリックスの恋心が重ねられています。「谷間の百合」にたとえられる夫人への熱い恋心を読み取ってみてください。美しい風景と同時に、恋心をも描写してしまうバルザックの技法には、本当に感嘆させられます。
恋愛小説としても、とても美しい作品です。フランス文学には、恋愛をテーマにした作品は数ありますが、その美しさのために特に評価されています。
役人とは、バルザック曰く「生きるために俸給を必要とし、自分の職場を離れる自由を持たず、書類作り以外なんの能力もない人間」(『役人の生理学』より引用)。彼が自らの鋭い観察眼を生かして、19世紀前半の役人の姿を風刺を交えて描いています。
- 著者
- バルザック
- 出版日
- 2013-11-12
上で紹介した役人の定義に、「現代のサラリーマンや公務員などにも同じことが言えるのでは……」と思った方はいらっしゃるのではないでしょうか。フランスを代表する文豪・バルザックが19世紀前半のフランスの役人を、面白おかしく描いた作品ですが、現代の労働者が飲み屋さんでこぼしてしまうような仕事の愚痴と似たような内容もあり、思わずクスリと笑みがこぼれます。
この本では、まず役人を定義した後に各々を分類し、様々な指摘をしています。基本笑いながら読める作品なのですが、時に鋭い指摘にハッとさせられる作品です。フランス文学というと敷居が高く感じられるかもしれませんが、この作品にはそのような感じが一切ありません。バルザックが自身の高い観察力を活かして生んだ極上のユーモアを、気楽に楽しんでみてください!
表題作では、若い画家プーサンと有名な画家ポルビュスは、高齢の画家・フレノフェールが何年もかけて描いている作品を見てみたいと、フレノフェールを訪ねます。どんどん高まっていく期待の中、彼らが目にした絵は……。
それぞれ異なる特徴を持った6つの物語を収めた短編集です。
- 著者
- バルザック
- 出版日
「芸術とは一体何なのだろう?」と、表題作の「知られざる傑作」はまさにその疑問を形にした作品です。芸術論そのものが主人公であり、作中では芸術と真っ向に向かい合っています。短い作品ながら、時間をかけて読み込みたくなるような、バルザックの芸術への情熱が表われた作品です。
この作品には、画家のピカソも大いに魅せられました。ピカソは、フレノフェールがアトリエを持っていたとされるパリのグランゾーギュスタン街にアトリエを借り、そこでかの有名な「ゲルニカ」を描いたというエピソードがあります。
全ての芸術好きな人におすすめしたい「知られざる傑作」から、『谷間の百合』であったような思わず圧倒されてしまう風景描写を味わえる「ざくろ屋敷」など、様々な作品が載った短編集です。
表題作では、なぜ伯爵夫人は「50年間グランド・ブルテーシュ館をそのままにして取り壊さないこと」という奇妙な遺言を残したのか?という謎が核になります。その裏には、恐ろしい事件があり……。
短編「ことづて」では、主人公は旅で出会った友人の恋人に、彼の死を知らせ、遺品を届けに行きますが……。
様々な人間が描かれる短編小説4本と「書籍業の現状について」という評論1本を収録した短編集。
- 著者
- オノレ・ド バルザック
- 出版日
- 2009-09-08
「グランド・ブルテーシュ奇譚」は、隠れていた真相が大変恐ろしく、思わずぞっとしてしまう話です。伯爵夫人の夫の最後のセリフはとても衝撃的で、この怖い物語を忘れられなくなるような強烈な印象を読者に与えます。恐怖小説などで有名なエドガー・アラン・ポーの短編作品と比較して読んでみるのも面白いかもしれません。
「ことづて」は特に目立つ点はないかもしれませんが、美しく、完成度の高い物語です。貴族の夫人と若者の恋、というのはバルザックの作品で繰り返し見られますが、どの話もそれぞれ違う面白さがあるところに、彼の引き出しの多さを感じます。
一人の作家がすべての話を書いたとは思えないほど、どの話も一つ一つ味が全く違っており、飽きることのない短編集です。
バルザックはフランス文学を代表する作家ですが、作品に堅苦しさがなく、どれも気楽に読めるものばかりです。短編作品が多く、どの作品も異なる面白さがあるので、飽きることなくさくさくと読めると思います。ぜひ手に取ってみてくださいね!