「書いた、愛した、生きた」という墓碑銘でも有名な、19世紀の作家スタンダール。フランス生まれですが、イタリアの地をこよなく愛し作品の舞台ともなりました。そんな恋多きロマンチストであり、生涯を通して旅を愛したスタンダールの作品を紹介します。
スタンダール、本名アンリ・ベールは、1783年にフランスのグルノーブルで生まれます。
7歳のときに母を失い、教育熱心な父のもと学問に励みました。作品には愛する母の面影を映す女性が登場し、逆に厳格な父親や故国フランスさえも嫌っていたようです。数学が得意で、16歳のとき理系最高学府を受験するためパリに移りますが、生活になじめず神経を病んでしまい、母方の親戚の家に引き取られます。
その縁故で軍人となり、17歳で初めて遠征したイタリアの地にはすっかり魅せられ、深い影響を受けました。彼の作品の登場人物はみなイタリア人らしいエネルギーに溢れています。
16歳で郷里を離れて以降、一所に居を構えず、生涯のほとんどを旅をして暮らし、その間膨大な量の読書をし、また文章を書きました。晩年は、ローマ近郊でフランス領事に就きますが、イタリア国内やパリへ旅行していたため、現地を離れないよう再三注意を受けたようです。
貧しい製材屋の息子ジュリアンは、粗暴な家族のもと辛い生活を送っていました。軍人として成り上がることを夢見ていましたが、ナポレオンが失脚した今、司祭になって権力を持つことを目論み、労働の合間を縫っては勉学に励みます。
神学校へ入ると名門貴族であるラ・モール侯爵の秘書となり、その令嬢マチルドと恋愛関係になりました。マチルドはやがて妊娠し、初めは反対していた侯爵も仕方なく結婚を認め、ジュリアンを中尉に取り立てようとします。
しかし、故郷にいたときに家庭教師をしていた家の、レーナル夫人が、ジュリアンと不倫関係にあった過去を暴露したため、結婚は破談。あと一歩のところだったのに、権力の座を掴み損ねたのでした。
怒ったジュリアンは、レーナル夫人を殺すため故郷に向かいます。
- 著者
- スタンダール
- 出版日
- 1957-02-27
タイトルの赤とは軍服の色、黒とは司祭服の色のことだといわれています。暗い家庭で育ったジュリアンが、司祭を目指したり軍人になろうとしたり、手段を問わず成り上がろうしたりと奮闘する様子は、思わず応援したくなるでしょう。
ジュリアンの野望に満ちた奮闘劇が描かれている本作のもうひとつの柱は恋愛。彼は自尊心の克服のためだけに恋愛をします。進展させることを任務の遂行かのように考え、その達成こそが喜びのようです。マチルドやレーナル夫人たちの思い描く恋愛と比べると大きな差があることが分かります。男女の方向性の違いが、物語の結末をここまでこじらせる要因となったのかも知れません。
上下巻になっていますが、分かりやすく読みやすい文章ですので、気負わずに読み終えることができますよ。
情熱的に生きたスタンダール。その豊富な経験をもとにまとめられた随筆集です。
まず第1章で、恋愛が情熱恋愛、趣味恋愛、肉体的恋愛、虚栄恋愛の四つに分類されます。感嘆、自問、希望を経て恋が発生するそう。その後、結晶作用が始まり、疑惑を乗り越え、第2の結晶作用が始まって、愛されている確信に至るようです。スタンダールが結晶作用とよんでいるのは、愛する対象を美化してしまう精神のこと。これも更に詳しく解説されます。
恋愛だけでなく、人生の機微、フランスのお国柄や、各時代の精神性の違いなどが読める作品です。
- 著者
- スタンダール
- 出版日
- 1970-04-07
情熱的に生きたスタンダールですが、一つひとつの恋に真剣で、恋愛について常に考えていたことが分かります。「恋が生れた証拠の一つは、人間の他のあらゆる情熱、欲望が与える快楽や苦痛も、たちまち彼を動かさなくなることである。」と語っているほどです。
また、様々な他の文士や芸術家からの引用もたくさんあるので、フランス文学が好きな方には特におすすめです。
国による性格の傾向なども言及されています。風習を深く理解でき、この作品で得た知識は他の文学を読む際にも役立てることができるでしょう。
美しく純粋な青年ファブリスはデル・ドンゴ侯爵家の次男です。
神学校を卒業して、故郷であるイタリアのパルムに帰ってきたファブリス。その精悍な姿を見た、育ての親である叔母のサンセヴェリーナ侯爵夫人は、図らずも強い恋愛感情を抱くのでした。
ある時ファブリスは、懇意になった女優の元恋人を殺めてしまいました。そして閉じ込められた独房の窓からは毎日監獄長の娘クレリヤが見え、言葉もないまま二人は恋に落ちます。
そして20年の懲役が下り、サンセヴェリーナ夫人もクレリヤもそれぞれ、ファブリスを脱獄させようと計画を企てます。
- 著者
- スタンダール
- 出版日
- 1951-02-19
権力や体面を保とうと画策する閉塞的な貴族社会にあって、ファブリスはいつも目の前のことに夢中で、恋の多幸感に溢れています。スタンダールは冒頭で、人物たちの性格を敢えて荒いままに書いたと断っており、模範的な人物は登場せず、ファブリスやクレリアらの行動の率直さこそが作品を面白くしているのです。
周囲の登場人物も、情熱的な魅力があります。特にファブリスを想うサンセヴェリーナ夫人の手練手管とも言える才気と、そして犠牲的な愛情には感動するでしょう。夫人が登場してから一気に回りだすストーリー展開がみどころです。
みな、大変な不運や不幸に襲われますが、それすらも含めて幸福そうに見える作品です。
スタンダールが28歳のときに、一人でイタリア旅行をしたときの日記を編集したものです。作家となってのち、旅行記として出版しようと加筆されましたが、未完成のまま亡くなり、刊行されたのは没後のことでした。
10年前、スタンダールが17歳のとき初めてイタリアを訪れ、この地の風土や女性に魅了され、深く影響を受けました。
旅行中の細かい人間観察や、10代の頃の思い出も入り交じり、当時の社会背景が見てとれ、歴史的資料としても興味深い一冊です。前年出会った恋人への思索や、再会の様子なども詳しく書かれています。
- 著者
- スタンダール
- 出版日
- 2016-05-13
日記であっても、鋭い観察眼と表現のうまさには、この後開花する作家としての才能がすでに十分感じられます。冒頭では、レリーという架空の人物が書いたという設定にしてありますが、スタンダール本人のことです。
最高のコーヒーを飲みに行き、壮麗な教会からはふとソナタが聴こえるなど、イタリアの魅力が満載です。この後、生涯のうち膨大な時間を旅に費やすことになったのには、この時の旅行の解放感が要因の一つであることを想像させます。
そして、彼女の腕の中で死にたいと思えるほどの情熱的なスタンダールの恋。その進展が細かくありのままに書かれています。
『パルムの僧院』などを読んだ後には、この作品でもう一歩スタンダールの世界を深めてみてはいかがでしょうか。
スタンダールは生前、大きな出世や成功こそしませんでしたが、自由に好きなことをして過ごした、幸せな生涯だったのではないでしょうか。彼の作品には、人間の単純さや愚かささえも包み込むような、おおらかさがあり、読む者を元気づけてくれる柔らかな愛情が感じられます。