アリス・マンローのおすすめ短編集5選!ノーベル文学賞受賞作家

更新:2021.12.19

2013年にノーベル文学賞を受賞したアリス・マンローが描く作品の特徴は、人間の持つ残酷さや愛おしさ等の複雑さを明快な散文の中に綴っていく点です。今回はそんなショートストーリーの名手が描いた趣の異なる5作品を厳選して概要と共にお伝えします。

ブックカルテ リンク

アリス・マンローとは

アリス・マンローはこれまで数多くの短編を手がけ、また多くの偉大な賞を受賞してきました。

そんな短編の名手であるマンローはカナダ、オンタリオ州ウィンガムという町に住むレイドロー家に生まれました。彼女の母親であるアンネ・クラーク・レイドローは教師をしており、マンローは10代の頃から物語を書き始めます。図書館で働きながら大学に通っていましたが、1951年に中退し、当時付き合っていたジェームス・マンローと結婚しました。そして、ブリティッシュコロンビア州ビクトリアに移り、マンローズブックスという本屋を始めます。

彼女の作品の最も優れている点は、短編ならではのスピード感と、短編とは思えない重厚な読後感が成立している点でしょう。

自身の生まれに劣等感を抱える女性の葛藤

アリス・マンロー作品では、個々の作品がどこかで繋がり、交差します。本書も例外ではなく、表題作の「木星の月」と、主人公の女性が自分の母方の叔母達について回想する「チャドゥリーとフレミング」がリンクしています。

彼女自身、決して裕福な家庭の出身ではないのですが、明確な格差が存在する欧米社会の下位層で生きる人々の心情を活き活きと描く短編集です!

著者
["アリス マンロー", "Alice Munro", "横山 和子"]
出版日

自分の親や子供、親戚などを大切に思える人は素晴らしいと誰もが思うでしょう。ですが現実には、全ての人がそう出来るとは限りません。本作冒頭の「チャドゥリーとフレミング」の主人公も、そんな心の葛藤に直面しています。

母方の4人の叔母達は、誰一人結婚をしないまま一つ屋根の下で暮らしています。主人公が幼い頃は逞しい女性として映っていました。しかし時が経って大人になり、自身は裕福な夫と生活する中で、彼女達が親戚であることに劣等感を抱き始めます。

また、そんな叔母達をよく思っていない夫との生活で、主人公は最後に何を思い、何を優先させるのでしょうか。

ずるさ・愛おしさ・皮肉を詰め込んだ超短編

本書は、アリス・マンローが70歳の時に出版。長いあいだ第一線で書き続けた豊富な経験で、多種多様な人物たちの特異な生活を描き出します。

貧相で未婚のジョアンナに届いた、少女たちのいたずらのラブレターと、意外な結末を描く「恋占い」。ある少年と少女のあいだの特別な絆と、大人になって再会した二人の思い出の甘さ、そして現実の世知辛さを書いた「イラクサ」。

痴呆症になった妻から復讐を受ける夫を描いた「クマが山を越えてきた」は、“Away from Her”という映画にもなりました。

著者
アリス・マンロー
出版日
2006-03-29

本作は物語の終わり方が何よりも絶妙。ストーリーのその先をもっと知りたい、もっと欲しいと思わせる程に、無駄な部分が全くありません。

特に本作最後に挿入されている「クマが山を越えてきた」では、読者に想像の余地を多く残したまま物語が終わります。過去に不貞をはたらいた夫への、妻の復讐とも愛情表現とも思える行為が、どう展開していくのでしょうか。

アリス・マンローのルーツを知る

本作は、ヨーロッパからカナダへ移住してきたスコットランド系祖先の話から始まる、アリス・マンローの自伝的な短編集です。父方の祖先には詩人のジェイムズ・ホッグがおり、また彼女の父親も晩年に作家として作品を残しています。

「地位にふさわしい以上の知性を負わされた貧しい人間」たちの血を受け継ぐマンローが、自己のルーツを探っていく作品です。

著者
アリス マンロー
出版日
2007-03-30

マンローの短編には、ごく普通の人々がごく普通の生活を送る中で、誰もが抱く狡さや悲しさ、愛おしさが淡々と書かれています。それ故に、日本の読者でも共感し、共鳴できる部分が数多くあります。

些細な生活の中から卓越した短編を生み出せるのは、彼女が、ヨーロッパから移住してきたカナダ人としてのルーツと向き合い、自身のアイデンティティとは何なのか深く考えたからに他なりません。

本作は、彼女の家系のルーツが自伝的に描かれた、アリス・マンローという人物を知る上で欠かせない一冊です。

短編の女王が描く、異色の一冊

驚くべき事件から3人の子供を失った若き母親、その堪え難い痛みからの救済を描く「次元」。生まれつき顔に大きな痣を持つ少年にもたらされる、人生における良い面と残酷な面を書いた「顔」。実在する女性数学者をモデルにした伝記的作品「あまりに幸せ」などが収録されたマンロー作品の中でも異色の一冊です。

著者
アリス マンロー
出版日

本作が他の作品と大きく異なる点は、何よりも人間の持つ残酷さと人生に起こる突発的な悲劇を多く描いている点です。

自分は周りの人間たちよりも思いやりがあり、優れている。そう思っていた矢先に訪れる宿命的な事故と、それによって垣間みえてしまう本性が軽快に描写されて行きます。

しかしマンローが素晴らしいのは、どんなに残酷でショッキングな話でも、機知に富んだストーリーテリングによって、どこか爽やかさすら感じてしまうところ。乗り越えていかなければならない複雑で困難な事柄に光をあて、明快に私たちに伝えてくれます。

映画化もされたアリス・マンロー作品

本作『ジュリエット』は、8つの短編から構成されています。その中で核となる「チャンス」、「すぐに」、「沈黙」では、共通するジュリエットという女性が主人公。

将来の夫となる男性との出会い、結婚と妊娠、親との軋轢などがそれぞれの物語で描かれています。

著者
アリス マンロー
出版日
2016-10-31

本作の核でもあるジュリエットを巡る物語では、マンローが持つ非凡な短編小説への才能を感じることができるしょう。短編小説の名手は、わずか100ページ程度で一人の女性の生涯を描きます。

一つ一つが独立した見事な短編であるにも関わらず、個々の話がリンクする時、単なるフィクションを超えて、とてもリアルで強い共鳴を読者の心にもたらすことは間違いありません。

また、2016年にはペドロ・アルモドバル監督の元、『ジュリエッタ』として映画化もされました。

私たちが日常生活で感じる言葉にできない感情を、アリス・マンローは物語というツールを使って明確に表現してくれます。

また短編作品ゆえの無駄のないストーリー展開と、短編とは思えない濃厚さを兼ね備えた真に稀有な天才です。これまで短編を避けてきた方にこそ読んで頂きたい名著です。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る