自然主義文学を創始したフランスの作家、エミール・ゾラ。資本主義や科学が急速に発達していったフランス19世紀を代表する作家です。淡々とした客観的な語りで進んでいく物語は、文学界に多大な影響を与えました。ゾラのおすすめ5作品をご紹介します!
エミール・ゾラ(1840-1902)は、19世紀後半に活躍した、フランスの作家です。
ゾラはパリで出版社のアシェット書店に勤めながら、詩や評論を書き始めました。書店の客であるフランスの哲学者イポリット・テーヌなどの思想に触れるうちに、科学・文明が急速に発達していた当時のフランスで大いに受け入れられていた科学的実証主義に価値を見出すようになっていきます。
その結果、書かれたのが小説『テレーズ・ラカン』です。1867年に発表したこの作品で、ゾラは小説家としての立場を確立しました。出来事を冷静に観察し、美化することなくありのままに描写する、という科学的実証精神に基づいたゾラの自然主義の考え方を、この作品から見出すことができます。
1880年には、『実験小説論』を発表し、ゾラは小説に対する考え方を述べました。実質、ゾラの自然主義宣言というべき作品です。ゾラは、科学者が実験の際に行うような観察・操作を、小説家は作品の中で実証し、その結果を述べるべきだ、と主張しています。
全20巻の「ルーゴン・マッカール叢書」で、ゾラはまさにその主張通りのことをしようとしました。「ルーゴン・マッカール叢書」は、ルーゴンとマッカールという結びついた2つの家系の者たちが、社会の中でどんな運命をたどっていったのかを、科学的観察に基づいて書いた報告書、という体裁の小説群です。
ゾラは文壇では名前を知られていたものの、なかなか成功しませんでしたが、1877年、「ルーゴン・マッカール叢書」の第7巻『居酒屋』でかなりの収入を得ました。その収入で、パリ近郊のメダンに別荘を買い、様々な文学者、知識人たちと文学談義を楽しんでいます。ここからモーパッサン、ユイスマンスなど、多くの優れた作家が生まれました。
科学的精神に基づいた、淡々とした語り口が魅力のエミール・ゾラのおすすめ作品を5作ご紹介します!
舞台は19世紀パリ。美しい女性のジェルヴェーズは、二人の子供と共に、恋人である帽子屋ランティエに棄てられてしまいました。ランティエがお金を持って失踪してしまったこともあり、ジェルヴェーズは貧困にあえぎます。
その後、ブリキ職人クーポーと結婚し、娘ナナを出産し、必死に働いてささやかな幸せを得るのですが、それは長くは続かず、クーポーは酒におぼれるようになり……。
- 著者
- ゾラ
- 出版日
- 1971-01-01
『居酒屋』はゾラの代表作であり、出世作でもある作品です。
ジェルヴェーズはささやかな幸福を願っていただけなのですが、その場の欲求に突っ走ってしまったり、周りに流されてしまったりして、どんどん状況は悪くなっていきます。その様子があくまでも淡々と語られるからこそ、登場人物たちの弱さが自分にも当てはまるところがあるような気がして、余計に読者の胸を締め付けてくるものがあるのです。
人間の弱さを冷静に、容赦なく描ききっている作品であるため、読んでいてつらく感じることもあるかもしれません。しかし、そこには人間の本質や普遍性があるように思いますし、それらを感情的、主観的にならずに客観視して描くゾラの手法は、大変高度なものです。人間をしっかり描いた作品が好きな方におすすめの一冊です。
『ナナ』は、『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズ の娘・ナナが主人公です。
パリの舞台に、突如ほぼ裸で現れた新人女優のナナは、その肉感的な魅力で人々を惹きつけました。高級娼婦として、彼女の虜になった者を悪びれもせず次々に破滅させていきますが、彼女自身もまた破滅の運命へと向かっていくのでした……。
- 著者
- ゾラ
- 出版日
- 2006-12-20
序盤からナナの肉体が明確に、まるで観察をしているかのように描かれています。読者の目の前に浮かび上がってくるのは、単純に綺麗な身体ではなくて、人間の厚み・体温を持った性的な魅力のある生々しいナナの肉体です。作品を読んでいると、純粋な美しさよりも、現実的な生々しさを覚えさせるゾラの筆致の巧みさを、きっと恐ろしいくらいに感じるでしょう。
話も決してよくあるロマンチックな美しい恋物語ではありません。ナナの肉感的な魅力で、ナナ自身を含めた多くの人が破滅への途をたどっていくことになるのです。こういうところにも、物語をドラマチックにしようとする装飾を加えずに、科学者・観察者として小説を書こうとするゾラの性格が見えてきます。
『制作』の主人公は、『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの長男クロードです。
クロードは絵画の才能が認められて、裕福な家庭の養子になりました。家の財産を当てにして絵の勉強を続けますが、どうしても彼は世間で受け入れられている絵画のスタイルを理解することができず、独自の考え方を貫きます。美しい妻にモデルになってもらい描いた自信作を展覧会に出しますが、嘲笑の的となってしまい、次第に苦悩を深めて……。
- 著者
- エミール・ゾラ
- 出版日
- 1999-09-16
絵を描くことの苦悩だったり、展覧会で下される作品への容赦ない評価であったり、画家たちの複雑な関係性であったり、ゾラ自身が画家なのではないか、と思えるほどに画家たちの生活が現実的に細かく描かれています。
ゾラは、高名な画家ポール・セザンヌの親友でした。セザンヌを擁護する評論を書いたこともあるのです。だからこそ、画家の生活をよく知っていたのかもしれません。実際、『制作』の主人公クロードのモデルの一人はセザンヌだといわれています。
しかし、セザンヌに『制作』を送ったことがきっかけで、2人は疎遠になってしまいました。この作品は、ゾラの芸術への考え方が顕著に出ている作品でもあるので、その考え方がもしかしたらセザンヌには受け入れがたかったものなのかもしれません。
芸術に関心がある方には、ぜひ読んでいただきたい一冊です。
「オリヴィエ・ベカイユの死」では、本当は意識があるものの、亡くなったと思われてしまっている男から見た周りの人々の姿が描かれます。「スルディス夫人」は、画家とその妻の関係性や、芸術への考え方が奇妙に変化が描かれたストーリーです。
本書には、ゾラの珠玉の短編5編が収められています。
- 著者
- ゾラ
- 出版日
- 2015-06-11
ゾラは『居酒屋』などの長編小説でよく知られていますが、短編も発表しています。ゾラの長編は長い作品が多く、ページ数が多いので、興味はあっても手を出しづらいと思っていらっしゃる方や、ゾラが初めての方にも自信をもっておすすめできます。訳も丁寧で読みやすいですよ。
ゾラの人間の欲や生活、芸術などを冷静に観察する目は長編作品と同様に活かされているのです。しかし、全体的に暗いものの多い長編作品に対して、短編作品はコミカルなものや不思議な読み心地のするものなどもあります。ゾラは単なる科学的実証主義を小説に取り入れた作家ではなくて、様々な話ができる稀代のストーリーテラーでもあるということを思い知らされる作品集です。
表題作「水車小屋攻撃」は、古い水車小屋のある名もなき美しい村が舞台の作品です。その村には、深い愛情と信頼で結ばれたカップルがいましたが、そこには次第に普仏戦争の足音が忍び寄ってきていて……。
表題作のように戦争が関わってくるような重たいテイストの話もあれば、とても短い作品や、コミカルで風刺のきいた作品など、ゾラの多才さがうかがえる短編が8編収録されています。
- 著者
- エミール・ゾラ
- 出版日
- 2015-10-17
上述したように、やはりゾラというと長編のイメージがあったためか、なかなか短編作品の翻訳は出版されていなかったのですが、『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集』に続くようにして、本書も2015年に出版されました。
ゾラの短編を読んでいただければ、長編にもみられる淡々とした語りの魅力はもちろん、ストーリーの引き出しの多さや、人間の多面性や美しい風景を表現する描写力にも驚かされるでしょう。短編作品が紹介されてこなかったのは、作品が悪いのではなくて、たまたま運が悪かったのだ、とわかっていただけると思います。
収録作品の中で特におすすめなのは、表題作の「水車小屋攻撃」です。美しい田舎の風景の中に、人間・戦争の愚かさや愛の美しさなどが詰め込まれています。
「シャーブル氏の貝」と「アンジュリーヌ」は、『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家』にも収録されていますので、翻訳の違いを見てみるのも面白いかもしれません。
時には痛々しく感じてしまうほどに、人間の現実を見事に描き切ったエミール・ゾラ。科学的な観察・考え方を取りいれた作品を、じっくり味わってみてください!