再三の盗みで捕まりながら放浪し、初等教育を受けただけであるにも関わらず、突如として獄中でその才能を見出されたジュネは、怪物作家とも呼ばれます。大胆に同性愛を描き、最底辺の暮らしの中に純粋ささえ見出した、類まれなその作品を読んでみませんか。
1910年、パリで私生児として生まれ、数か月後には施設に預けられたジャン・ジュネ。地方の家に引き取られ、比較的恵まれた暮らしをしましたが、学友からは実の親がいないことを理由にたびたび虐められ、村人からも疎外されていました。成績優秀でしたが、嘘をついたり些細な盗みをしたりしたことがあったようです。
初等教育を修めた後は学校教育を受けず、パリ近郊の職業訓練校に入学します。しかし一か月で脱走し、翌年から家事手伝いの仕事を始めますが、少ない金をくすね、更生施設に送られました。そこでも脱走を繰り返します。
生活のため軍隊に入りますが、またしても脱走し偽のパスポートで各地を転々としました。パリの百貨店でハンカチを盗んだところを逮捕、以後も繰り返し逮捕されたびたび有罪判決を受けます。
1944年、獄中で『花のノートルダム』を完成させ、コクトーらの働きかけで強制収容所送りになる寸前のところを開放され、ついに泥棒時代に終止符が打たれて、以後数年間着実に作品制作を続けます。
恋人の死や自身の自殺未遂などを経て、晩年は過激派組織を支持するなど物議を醸し、1986年にその生涯を閉じました。
スペインを移り歩くジャンは物乞いをして生きていました。ある夜カフェで、片腕の脱走兵スティタリーノと出会います。
一目で虜になったジャンはスティタリーノと暮らし始めますが、実際のところスティタリーノは男色家を軽蔑していました。ジャンは純潔のまま、スティタリーノの失われた右手であろうとし、殴られても耐え、盗みも厭いません。重い命令に従えば従うほど、彼と深く結ばれるように思われたのです。
あんたと一緒なら、殺人ぐらいやってのけるというジャンに、スティタリーノはいつも微笑するだけでした。
- 著者
- ジャン ジュネ
- 出版日
- 1968-10-02
子どもの頃盗みをして見つかったことのあるジュネは、以後20年の間、ある時は乞食として、ある時は男娼として、数々の牢獄を経ながら各地を放浪しました。そんな実体験をもとに虚実入り混じり語られる、ジュネ文学の集大成ともいえる作品です。
「わたしの精神は卑下に耐えたばかりでなく、それを願いさえした」と語るジャンは、必然的とも、あえて罪人に留まったとも言える著者の分身のよう。社会の暗部で生きる、猥雑で暴力的な、それでいてある意味では純粋ともいえる自伝的日々が綴られています。
独房426号の「私」が、語りだします。
男娼のディヴィーヌは、栗色の巻き毛を持ち、目は絶望を湛えつつも歌を歌い、そのメロディは全身に、そしてあらゆる身振りに広がっています。ディヴィーヌはある夜出会った男ミニョンを自宅に招き入れ、そのまま同棲生活が始まりました。
ある日ディヴィーヌが部屋に帰ると、ミニョンは、花のノートルダムことアドリアンという男を連れ込んで眠っていました。その日からディヴィーヌは、二人のために働くことになります。
- 著者
- ジャン ジュネ
- 出版日
- 2010-10-13
1942年に獄中で、自分の裁判がどうなるかという不安や不眠に苛まれながら、看守の目を盗んで紙片に細切れに書き始められた、小説としては処女作であるこの作品。その草稿を見たジャン・コクトーは驚嘆と感銘をもって受けとめ、ジュネが無期刑になろうとしていたところを擁護し、その身を助けるきっかけとなりました。
語り手の「私」が自在に想像を広げ、物語はフィクションとノンフィクションが入り混じる前衛的技巧で書かれています。
一切恐れのない、赤裸々で大胆な描写で同性愛を描きつつも、専門教育を受けていないはずのジュネが処女作にしてみせた、複雑な手法と崇高なまでの描写の美しさは、奇跡的で天才的です。
女主人の留守中、ごっこ遊びに興じている女中の姉妹。姉ソランジュはクレールの役を、妹クレールは女主人の役を演じています。このあと女主人を毒殺する筋書きでしたが、当の女主人が帰宅する時間が近づいたので、姉妹は芝居を中断をしました。
するとそこへ、拘置所にいるはずの主人から、保釈されたので迎えに来てほしいとの電話が入ります。主人を窃盗罪で密告したのは、実は姉クレール。それが明るみに出ることを恐れた姉妹は、女主人が帰ったら本当に毒殺してしまうことを企てます。
- 著者
- ジャン・ジュネ
- 出版日
- 2010-12-17
一幕ほどの短さながら、極度の緊張感と耽美的魅力を持つ、現代演劇においては独自の色を放つ戯曲です。
姉妹たちのヒステリックな物言いの様子から、女主人に対する羨望や憎悪、そして姉妹間での複雑な感情が垣間見えます。前半の劇中劇で敷かれた伏線を、ぞっとするような狂気をはらんだラストで回収する完璧なまでの構成です。
登場人物はたった三人なのに、姉が妹を、妹が女主人を演じ、それも曖昧になっていく最後は、とても不思議で複雑でもあります。
『泥棒作家』を最後に約6年間沈黙したジュネの復帰作の戯曲「バルコン」が収録されています。
刑務所に収監された「僕」は、少年院で出会った、薔薇のような美少年たちとの日々に思いを馳せます。
ある日散歩の時間に独房から出てきた死刑囚アルカモーヌを目の当たりにしたときは、その奇跡的な美貌に跪きたい衝動に駆られました。彼の手首につけられた鎖でさえ、白薔薇の花飾りに変身するようです。彼はその奇跡をものともせず、微笑んで去っていきました。
翌日には、金髪で丸刈り、緑の瞳を持つビュルカンの虜になります。金縛りにあったように見つめる「僕」に彼は微笑みを返し、「僕」は彼から愛されることを祈るのです。
- 著者
- ジャン ジュネ
- 出版日
- 2016-11-09
『花のノートルダム』に続いて書かれたこの作品。少年院で繰り広げられる複雑な恋愛やこじれた人間関係と、いつも死と隣り合わせの危険な日々が、自伝的に描かれています。そこでの生活は、暴力にまみれた恐怖と、夢のような幸福とが混在していたようです。
ジュネの比喩的表現はとても美しく、超絶技巧とも評されるほどですが、特にこの作品においてその描写は幻想的といえます。読み慣れてくると、その巧みな筆致を、雑念を削ぎ落としてより率直に味わえることでしょう。特にそれぞれの少年の美しさを述べるシーンは秀逸です。
暴力や汚辱でみちた暗い日々を、磨き上げ宝石のごとく輝かせてみせたジュネ。自由を奪われることで培養され独自の進化をしたジュネの文学を、ぜひ一度は試してみてください。