ミラン・クンデラのおすすめ文庫作品5選!『存在の耐えられない軽さ』作者

更新:2021.12.20

チェコに生まれながら、祖国を追われフランスに亡命したことでも有名なクンデラ。政治背景や現代社会の抱える問題など、重い主題を据えつつ、随所に皮肉やおかしさを伴うという、奥行きのある作風が特徴です。おすすめの傑作5作品をご紹介します。

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時代に翻弄されながら執筆し続けた作家ミラン・クンデラ

1929年チェコスロバキアに生まれたミラン・クンデラ。プラハの大学を出て、しばらく労働者あるいはミュージシャンとして働いたのち、創作活動をスタート、まず詩人として雑誌掲載の経験を積みます。

30歳で詩作をやめて、小説のキャリアを積み、数年後には国を代表する作家となりました。しかし民主化運動期に改革を支持する立場を表明していたことで、軍事介入後は発表の場が狭められ、ついに全ての作品が発禁処分を受けてしまいます。

招聘教授として渡仏し事実上の亡命を果たした後も、著作を通してチェコ政権の批判の手を緩めず、チェコの市民権を剥奪されますが、1981年にフランスで市民権を得ました。

処分が解かれた後も故国へは戻らず、著作の言語は最終的にフランス語に変え、作品の舞台もフランスに移し、各国で刊行するようになります。

普通なら途中で筆を折りそうなものの、クンデラは主張を弱めることをしませんでした。主題のほうが彼を選んだとも評されています。時代に翻弄されつつも、宿命が彼を作家たらしめた面もあるのかもしれません。

様々な人物が登場しそれぞれの立場で語る群像劇は、クンデラの作品の特色の一つです。また、ピアニストの父から手ほどきを受けて育ち、25歳頃までは作曲が創作の主だったクンデラは、その著作はどれも非常に音楽的であることも魅力で、チェコの霊性を豊かに湛えています。

映画化もされた『存在の耐えられない軽さ』

ハンサムな外科医のトマーシュは女好きで、いつも軽い恋愛を繰り返していました。地方の町を訪れて見かけたウエイトレスにも微笑みかけます。

するとそのウエイトレスのテレザは、トマーシュを慕ってプラハまで押しかけてきました。窮屈な田舎で、母親とのしがらみに辟易としながら希望もなく暮らしていた彼女にとって、トマーシュは救世主のようにみえたのです。二人はともに暮らすようになりますが、トマーシュの軽薄さはそうは簡単に治りません。

著者
ミラン クンデラ
出版日

軽い生き方をしていたトマーシュが、純朴なテレザと出会い紆余曲折を経ながら徐々に関係を深めていきます。二組のカップルが登場し、彼らの人生が軽くなったり、重くなったりして、小説のなかで重大さと些末さについてじっくりと思索を迫ります。

二人の結末は中盤で示され、時間が逆上ることがありますが、それによってコントラストが生まれて、作品の味わいをより豊かにしています。クンデラの作品は、歴史や哲学に明るい人にはより面白く、そうでない人にもなお物語として純粋に面白く、読みたいように読むことができます。静かな最終章は胸を打ちます。

エキサイティングな知的旅行『不滅』

パリを見渡せる、あるビルの最上階。スポーツクラブのプールサイドで、「私」は人を待っていました。

プールでは、60代らしきご婦人が、若いコーチにレッスンを受けています。いたって真面目に取り組んでいますが、その様子にはかえっておかしさがありました。しかし彼女がふと手を上げたある瞬間、その仕草と微笑みが20歳の女性そのものであることに「私」は気付き感動します。

彼女を見て「私」の心に、アニェスという女性名が浮かびました。それ以降アニェスは「私」の精神の中を、夫や娘たちまで従え自由に動き出し、ひいては様々な芸術家や思想家、政治家たちと、時間を超えて思索を繰り広げます。

著者
ミラン クンデラ
出版日

1990年、初めて舞台をフランスにして、執筆された作品です。パリという都会を拠点として、クンデラが歴史と照合しながら、現代のヨーロッパが抱える問題を探っていきます。

例えば第二部の「不滅」では、文豪ゲーテの語る不滅について書かれています。不滅とは、死の反意語です。といっても、キリスト教で言うところの「霊魂の不滅」といった意味とは異なり、あくまで現世において、死後も栄光として記憶される存在として滅びないことを言っているのです。

別の話のように思える複数の文章が、思いがけずリンクしながら紡ぎ出す、フランス及びヨーロッパの文化や文明に対するユーモア、皮肉、批判を綴る、ミラン・クンデラ独自の作品です。

ミラン・クンデラ初の長編小説『冗談』

共産党員の青年ルドヴィークは、あるとき冗談のつもりで、楽観主義は人民の阿片だ、トロツキー万歳、などと書いた絵葉書を仲間の党員に送りました。しかし誰一人として冗談とは受け取らず、抗弁も空しく党を追放されてしまいます。学業継続の権利を失い、兵役招集がかかるまでの間、勤労奉仕として鉱山で過酷な生活を強いられることに。

学業、革命運動への参加、仕事、友情、愛情、すべてが断たれてしまったルドヴィーク。数年後、当時自分を告発した張本人であるゼマーネクに復讐すべく、その妻ヘレナに近づきます。

著者
ミラン・クンデラ
出版日
2014-12-17

それまで詩や短編を書いていたクンデラが、1967年、38歳のとき初めて書いた長編小説です。実際にクンデラ自身も、21歳のときに共産党から除名処分を受けた経験があります。

政治的思想や理念がベースにあり、当時の風潮の中ではもっぱらイデオロギー小説と受け止められてしまいましたが、それを差し置いて読んでも、幅広い立場の読者がいまも感情移入できる、普遍的な物語でもあります。

主人公が章ごとにたびたび入れ替わりながら、登場人物たちそれぞれが持つトラウマと対峙していきます。男女の愛憎も絡みながら、過去にとらわれる者、過去から逃避しようとする者の様子は、誰しも持つであろう経験のしがらみとの付き合い方のヒントが示唆されているようです。
 

一気に読ませるストーリー『別れのワルツ』

不妊に効能があるとして年に1万人が訪れる人気の温泉地。

トランぺット奏者のクリーマは、以前でこの町を訪れた際の浮気相手だった、現地で働く看護師ルージェナから、妊娠したという電話を受けうろたえます。湯治客のバートレフは道徳的人物で、責任を取るべきではと提案します。

一方、不当に投獄された過去をもつヤクブは、死んだ友人の娘オルガの後見人であり、彼女が賢く立派に成長したいま、亡命を計画しています。別れを告げに友人である婦人科医スクレタのもとを訪れました。ヤクブは、人生を主体的に生きたいという思いから、スクレタから毒薬を貰い受け携帯していました。

5日のうちに、彼らの運命は思いがけず交錯していきます。

著者
ミラン クンデラ
出版日
2013-12-13

正統派ともいえる書きぶりで進行していき、凝った体裁を取るクンデラの著作のなかではとりわけ読みやすい構成で、次々と展開しスリリングで一気に読める作品です。

妊娠に始まり、中絶について考え、死を覚悟して毎日を生きる男や、愛と命について高い倫理観を持つ男、逆に正義や良識を全く持ち合わせない男らの思いが、何度もすれ違い、また思いがけず交錯する群像劇で、読者は生と死について考えさせられることになります。

重いテーマを持つ話ですが、登場人物一人ひとりが実に魅力的に描かれています。与えられた境遇で、尚も精一杯生きようとする姿勢が、滑稽さすら伴いながら、それぞれの結論に導きます。

自伝的要素の濃い『生は彼方に』

第二次世界大戦後、混乱期にあるチェコスロバキア。

ヤロミールは、幼い頃から絵を描いたり詩を書いたりと芸術的センスに恵まれ、感受性豊かな少年でした。

母親は依存気味なほど過保護で、一人息子に執着し干渉しています。そのせいでヤロミールは学校で虐められるなど生きづらさを感じてきましたが、母を深く愛してもおり、どう逃れていいのか分からないままです。

青年になったヤロミールは、友人たちの影響を受けて共産党員となりました。熱心に詩作や革命運動に励みますが、目先の名声や女性を追いかけていて、結果が出せません。

著者
ミラン クンデラ
出版日

主人公はミラン・クンデラとかなり近い境遇で、クンデラの著作の中でも最も自己を語っている作品だと考えられています。

幼いヤロミールが、少年期、青年期と自己認識や性の目覚めなどを経て、詩をはじめ表現することと向き合っていく存在意義を見出そうとする様子は、成長物語のようでもあります。またヤロミールがずっと、耐えがたい孤独を抱えていることが伝わります。

母親の結婚するときからヤロミールの成長を見守る出来事も詳細に語られ、こちらの物語も興味深く読めるでしょう。母もまた自分を見出すことに必死だったのです。ユーモアもありながら不条理な雰囲気も漂い、あっけないラストにはかえって人生のリアリティがあります。

もとから詩や創作について強い思い入れと拘りがあったクンデラですが、政変で人生を大きく翻弄され国を渡るまでになり、異郷の地にあっても自らの筆で自己を確立しなければならなかったとあって、その著作はどれも、作家としての他に類をみないほどの覚悟と神髄が感じられます。

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