誰の心の中にもありそうな風景や時間を、平易な言葉ですくい取る。詩人・長田弘の作品は難しいものではありません。『3年B組金八先生』や長澤まさみ主演の映画『深呼吸の必要』など、映像作品にも影響を与えた美しい言葉の世界に浸ってみませんか。
長田弘は、1939年福島市に生まれの作家です。早稲田大学第一文学部に進学。在学中に詩誌『鳥』を創刊し、25歳の時に出した『われら新鮮な旅人』で、注目されました。
子どもが書くような、誰でも気軽に使う言葉を使って、20世紀と21世紀をまたぐ"過去と現代"にこだわった詩やエッセイ、評論で高い評価を得ています。
NHK教育テレビの『視点・論点』でも17年にわたって、独自の視点から"現代"への評論をしてきました。奇しくも、この活動が始まったのが阪神大震災の年。離れたところで起きた大災害は年月を経て、長田の故郷である福島でも起きることになります。
そうした災害や時代を評する言葉は、決して難しくないのです。ゴミ出しや猫の食事、妻との別れなど、身近なものから世界まで、長田の視点は広い世界を見渡すものになっています。
胆管がんのため、2015年に惜しまれながらこの世を去った長田弘ですが、その親しみやすさは今でも多くの人の支持を受けています。
難しく感じることはありません。その詩の世界にどっぷりと浸れば、長田弘の世界にすっぽりと包まれることでしょう。
長田弘が17年にわたって出演したNHKの評論番組『視点・論点』で語った内容をまとめた作品。
長田が話すことは、一見、簡単なのですが、受け取るものに深い思考を促すものになっています。
本書の中でも、「大切な風景」と題した回では「なんでもクローズアップで見る傾向にある現代から風景が失われてはいないだろうか、風景は文化そのものである」といったことを、また、「会話と対話」では、「会話はあっても対話が減っている」ということを、勝海舟の『氷川清話』からヒントを得て易しく説いています。
長田の『視点・論点』への出演は、奇しくも阪神大震災の年にはじまり、その後、自分の故郷を襲った東日本大震災の年を迎えることになります。20世紀から21世紀をまたぐ大きな時代の流れの中で、言葉にこだわり、時代にこだわった話の数々。
人としてどう生きるか、何を心掛けるべきかを大人にも子どもにもわかりやすく語りかけてくれる作品です。
- 著者
- 長田 弘
- 出版日
- 2013-02-21
タイトルの『なつかしい時間』を"懐かしい"としなかったのは、人間が故郷などから感じる"なつかしさ"は、決して"懐古"ではなく、そこからパワーをもらい、現代を生き抜く力としていくものなのだ、という長田の考えによるものです。
説教に終始しがちなオピニオン番組の中にあって、長田の主張はやさしい言葉で語り掛け、現代を生きる日本人に対するエールになっています。
また、この本のポイントは、ほぼすべての話に作家や詩人、歌人俳人の引用があること。宮沢賢治の童話、島崎藤村の小説といったおなじみのものから、ペルーの詩人セーサル・バジェッホの詩を引用など、一般の人には届きにくいものまで、様々な作品を紹介していますから、『なつかしい時間』をガイドにした読書を楽しむのも良いかもしれません。
子どもが大人になる瞬間をユーモアを交えて、様々な角度から描いた詩「あのときかもしれない」をはじめ、木や花、公園など様々な日常の風景が持っているものを題材にした詩、25編を収録しています。
「子どもだったきみが、"ぼくはもうこどもじゃない。もうおとななんだ"とはっきり知った"あのとき"は?」と問いかけて、ひとりでおしっこをした瞬間や人を好きになったときなど、さまざまな瞬間を瑞々しく切り取る詩『あのときかもしれない』は、ユーモラスながら深い感動を与えてくれます。
ほかの作品も、子どもも読める簡単な言葉で書かれた散文詩ばかりなので、どんな世代の人にも親しみやすい詩ばかり。読者に安らぎと深い思索を促してくれます。
- 著者
- 長田 弘
- 出版日
- 1984-03-20
詩の嫌いな人にこそおすすめしたい、と思わせるのが長田弘の詩集の特性でもあります。押しつけがましくないけれど、知らないうちにしみわたってくるような詩がそこかしこにちりばめられているからです。
詩集を毎日開くのは本当に詩の好きな人だと思いますが、自分が落ち込んだときや奮い立たせたいとき、また深く静かな時間を過ごしたい時など、ちょっとした"言葉のクスリ"として持っておきたい、そんな気持ちにさせてくれる詩集です。
長田弘の詩の特徴は、日本だけでなく世界に、そして宇宙に視線が向けられているところです。世界中を旅してあるき、外国と親しく触れ合った長田の独自の視点と言えるでしょう。
この詩集の表題作「世界は一冊の本」は、金八先生でも朗読され、どこかで聞いたことがある、という方もいるかもしれません。
「世界は一冊の本」には、次のような記述があります。
「本を読もう。
もっと本を読もう。
もっともっと本を読もう。
書かれた文字だけが本ではない。
日の光り、星の瞬き、鳥の声、
川の音だって、本なのだ。…」
(『世界は一冊の本』より引用)
世界のありとあらゆることから感じよう、学ぼう、という姿勢は若い人はもちろん、自戒として何歳になっても心にとめておきたいものです。
この詩に呼応するように、世界で起きる戦争や様々な詩人、芸術家などに着想を得た詩が多く収録されています。昆虫学者のファーブル、スペインのフランコ政権下で生きたファリャ、カザルス、ピカソなどの芸術家など。
今はもう語ることの無い人々をテーマにした詩の数々は、まさに、私たちが看過しがちなものを訴えかけてきます。
巻末には、この本に収録された詩のテーマとなった人々についての短文が、「おぼえがき」として収録されています。
- 著者
- 長田 弘
- 出版日
- 1994-05-30
巻末の「おぼえがき」の最後に、この本をまとめた長田の気持ちが凝縮されています。
「世界は一冊の本である。どんなに古い真実も、つねに一番新しい真実でありうる」
(『世界は一冊の本』より引用)
古いものたちの声に耳を傾け、今を生きる人々が自らの心に問うべき、という長田の思想が強く表された詩集です。
長田が「寛ぎのときのための詩集」としている作品。
さまざまなものについての「~~の話をしよう」と、提案される詩のシリーズは、子どもの頃、眠る前に読まれた短い絵本を思わせるものです。
特に、表題作の「世界はうつくしいと」の「いつからだろう。ふと気がつくと、うつくしいということばを、ためらわず口にすることを、誰もしなくなった。」という、一節にはハッとさせられます。
そういえば、自分が素直に「うつくしい」と口に出して、言葉に書いてみたのはいつのことだったのか。読む人に問いかけてくる詩がたくさんあります。
長田の詩は、ひらがなが多くつかわれている、という特徴がありますが、この詩集は特にそうした詩がたくさん収録されています。
決して、読みにくいものではなく、読む者に柔らかい味わいを与えてくれる文字の使い方。つい、知っている漢字はすべて使いたくなってしまうものですが、それも、その人の選び方次第なのだと、教えてくれますよ。
- 著者
- 長田 弘
- 出版日
- 2009-04-24
長田からの「うつくしいもの」の提案に心が洗われていくと、自分の口からも新しい「うつくしいもの」が生まれてきそうな気になりますよね。
長田の提案は、自然によるもの、年月を感じさせるものなどが多いのですが、何に美しさを感じるかは自分次第。むしろ、そうだった、自分はこういう「うつくしいもの」が大好きだったんだ、と自分を見つめなおすきっかけとなるかもしれません。
長田の「花を持って、会いにゆく」、「人生は森のなかの一日」の二つの詩を、クリムトの風景画を共に収録した詩集。
作家の落合恵子が、長田の2編の詩を見て、ぜひ、組み合わせたい!と企画した作品です。詩集とはいうものの、出版元が子どもの絵本の出版・販売を手掛けるクレヨンハウスであるためか、大人のための高級な"絵本"といった印象の本です。
亡くなった長田の妻、瑞枝にささげた二つの詩には、亡くなったものへの愛と尊敬、そして、残されたものの心が痛いほど表現されています。
「死ではなく、その人が
じぶんのなかにのこしていった
たしかな記憶を、わたしは信じる。」
(『詩ふたつ』より引用)
- 著者
- 長田 弘
- 出版日
- 2010-05-20
この詩集の中に紹介されているグスタフ・クリムトは『接吻』など、女性をが登場する作品が有名な画家ですが、今回登場するのは、彼の風景画です。
きわめて写実的、というわけではないのに、見る者に一瞬、写真であるような錯覚を与える独特の作風が、暖かい言葉で柔らかく表現しながらも、人の心に深い印象を残す長田弘の詩とよくマッチしています。
いかがでしたか?
常に優しく語りかけながらも、時に厳しい視点を投げかけてくる長田弘の詩。人生を問うような詩は、説教臭くなりがちなのですが、言葉の選び方の巧みさ、語り掛ける方法や題材の選び方の妙によって、不思議とそうした反感を感じさせないものになっています。
一度にたくさん読むのではなく、枕元に置いて、眠る前に毎日1篇ずつ読む。そんな風にジワジワと自分の人生にしみこませたい作品の数々を味わってみてはいかがでしょうか。