ロザムンド・ピルチャーおすすめ小説6選!市井の人の日常を描く

更新:2021.12.20

イギリス、コーンウォール出身のロザムンド・ピルチャーは、日本のみならず世界中の女性から高い支持を得ている女性作家です。ピルチャーが描くのはイギリスの田舎で暮らす、ごく普通の人々の日常。家族の絆や人間同士のふれあいを優しい目線で描きます。

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イギリスを代表する女流小説家ロザムンド・ピルチャー

ロザムンド・ピルチャーは1924年9月22日イギリス、コーンウォール生まれ、18歳で小説家デビューをしました。

第二次世界大戦時は海軍婦人部隊に入隊し、海軍勤務時代に夫となるグレアム・ホープ・ピルチャーと出会い、終戦後に結婚。

結婚生活は順調だったようで、長男ロビン、長女フィオナ、二女フィリッパ、二男マークと、4人の子供に恵まれています。長男ロビン・ピルチャーも作家の道へ進みました。

25歳の時、Jane Fraser名義で小説を発表していますが、31歳からはピルチャー名義で小説を書き始め、次々と名作を生みだします。

戦前、戦中、戦後を生きたピルチャーは、自身の経験を基にした一人の女性の人生を描いた大河ドラマとも言うべき長編小説を多く発表しました。

短編小説も数多く手掛けており、そのほとんどがイギリスやスコットランドの田舎の厳しくも美しい大自然で暮らす人間の営みや家族の物語です。舞台となるイギリスの田園風景の描写も見事で、ピルチャーの世界へと誘われます。

1枚の絵を巡る一大叙事詩

ロザムンド・ピルチャーの代表作と言える傑作長編『シェルシーカーズ』。ヒロインのペネラピとその家族、彼女を取り巻く人々を描く壮大な大河ドラマです。

タイトルの『シェルシーカーズ』とは、ペネラピの父親で画家のロレンス・スターンが遺した最高傑作と謳われる絵画の題名で、波立ち、風の強い浜辺で3人の子供が一心不乱に貝を探す様子が描かれています。

ペネラピにとって特別な思いのあるこの絵画は作中でもたびたび登場します。また名画の誉れ高い作品のため、密かに売り払って大金を得ようという欲深な家族も出てきて、1枚の絵画を巡る駆け引きが物語の中で重要なカギとなり、目が離せません。

著者
ロザムンド ピルチャー
出版日

物語は、晩年を迎えたペネラピが、医師がとめるのもきかず勝手に病院を脱けだし、自宅に戻るところから始まり、1章ごとに登場人物のひとりに焦点が当てられて物語は進んでいき、ペネラピの過去、現在が交差します。

上下巻と分かれていて、しかも1ページが2段組みでびっしりと文字が並ぶ、とにかく長い物語なので、読み始めはひるんでしまいますが、難解な文章はなくすっと読めるのがピルチャー文学の良いところで、苦にはなりません。

登場人物それぞれの思惑、ペネラピが隠し通してきた秘密、シェルシーカーズをめぐる駆け引きにも決着がついた時、ペネラピの下した決断に快く驚かされ、一種の爽快感さえ感じるでしょう。

スコットランドを舞台に、ふたつの家族の壮大な物語を紡ぎ出す

『九月に』は、不器用ながら懸命に生きる二組の家族の姿を描く長編小説です。

スコットランドの自然豊かな村で暮らす、大地主のバルメリノー家とその隣人、エアド家を中心に、それぞれの悩み、問題、互いへの愛情を再確認する様子を描いています。

九月に村で盛大なダンスパーティーが開催される事になり、未だ村で暮らすバルメリノー夫妻とエアド夫妻、既に村を出てしまったその子供達にまで招待状が届きます。故郷で久しぶりに一堂に会する家族、そこで起こる小さな事件……『シェルシーカーズ』『帰郷』と並ぶ、ピルチャーの三大長編小説の世界へ引き込まれましょう。

著者
ロザムンド ピルチャー
出版日

『シェルシーカーズ』の続篇、とも言われている本作ですが、それは『シェルシーカーズ』にも登場する、ちょっとダメ男のノエルがここでも登場するからです。

本作も『シェルシーカーズ』に劣らぬ長編で、数多の登場人物達のドラマが描かれていきますが、このノエルが本作で人間として成長していく様子に驚かされます。

彼が真実の愛情に目覚めるきっかけとなったせりふは、使い古された言葉ながら、重たい真実味を帯びていて、とても秀逸。

「人生ってね、たったいっぺんだけなのよ、ノエル。もう一度機会が与えられるなんてこと
はないわ。本当にいいものが指の間からすり抜けてしまったら、もうそれっきりなのよ」
(『九月に』より引用)

このせりふはノエルだけでなく、読み手である私達にもぐさりと突き立てられます。人生は曖昧ではないのだと思い出させてくれる珠玉の小説です。

ロザムンド・ピルチャーの自伝的長編小説

『帰郷』は、ピルチャーの自伝的小説と言われる長編小説です。

第二次大戦直前のイギリス、コーンウォールに暮らす少女ジュディス。父親は仕事で極東へ派遣されてイギリスにおらず、母親と妹ジェニーは父親について行ってしまい、ジュディスはひとり寄宿生活に入ることになりました。

そこで出会った同級生のラヴデーと仲良くなり、彼女の実家、ナンチェロー屋敷へ招かれ、週末を過ごすため初めて屋敷に足を踏み入れたジュディスは、瞬く間に屋敷とそこに住む人々に魅了されます。

ラヴデーの両親や兄弟、また屋敷の敷地内の小さな家で暮らす大伯母ラヴィニアらと出会い、温かく迎えられ、ジュディスは家族と離ればなれになった寂しさを慰められます。そして初恋や思いがけない経験を経て、少女から大人へと成長していくのです。

しかし、やがて第二次世界大戦が勃発。戦争は、愛し合う人々を否応なくを引き離していくのでした。

著者
ロザムンド ピルチャー
出版日

上中下と3巻に分かれており、とても1日2日で読み切れる長さではない上に、1ページが2段に分かれてびっしり字が並んでいるので、最初はちょっと躊躇してしまうでしょう(『シェルシーカーズ』より長いのです)。

しかしピルチャーの文章は良い意味で難解なところがなく、ジュディスの物語が派手さはないもののささやかな事件が次々と起こるので知らずに引き込まれてしまいます。

ジュディスが戦争によって両親を失いながら、自らの手で「故郷」となる家を手に入れ、共に生き残った妹と一緒に「帰郷」するその姿は、まさに自立した大人の女性そのもの。

作中で、ジュディスの初恋の相手であり、親友ラヴデーの兄が戦死してしまうのですが、ラヴデーの母親(戦争によって息子を喪った母親)が、海軍婦人部隊に入るためイギリスを離れる決意をしたジュディスへ向けて言う、印象的なせりふが、

「ねえ、あなた、私を置いて行く気なら、せめてこれを持って行ってちょうだい」
(『帰郷』より引用)

そう言ってジュディスに渡したのは、夫人が、ロンドンに滞在する際に過ごすための家、言わば別荘の合鍵。

この鍵を使うためいつでも帰って来いという夫人の精一杯の愛情と、あなたまで私の前からいなくなってしまうのかという、夫人のやり切れない思いが吐露されており、息子を戦争で喪った深い悲しみが、この何気ないひと言にすべて集約されているのです。

長編は敷居が高いと感じたら、短編集から

ロザムンド・ピルチャーが描く、イギリスの何気ない日常生活を営む人々を描く短編集『ロザムンドおばさんの贈り物』。父を亡くし母と二人暮らしになった少年や、2人の子持ちの女性と結婚した青年の奮闘記など、ちょっとした困難や行き違い、誤解が解けて仲直りしていく様が生き生きと描かれています。

著者
ロザムンド ピルチャー
出版日

本作の一つ、ハンサムで申し分のない恋人に対して引け目を感じている若い女性と、ある老人との束の間の交流を描いた「あなたに似た人」。

恋人の強引な誘い(その恋人に悪気はない)でスキーに来たけれど、運動は苦手でスキーなんてとても出来ないと尻込みしているヒロインは、通りすがりの老人にその悩みを打ち明けるのですが、老人はヒロインに向かって、こんな言葉をかけ、励まします。

「恐れてもいないことをやってのけたところで、勇敢な人間とは言えないのです。心も萎えしぼむほど恐れている事を敢えてする、それこそ、勇気というものです」
(「あなたに似た人」より引用)

このひと言でヒロインは勇気付けられ、スキーもやり遂げるのですが、ラストで老人の意外な正体が明らかに。

老人の言葉は、スキーに限らず人生の局面で言えることです。何気ないせりふに思いがけず勇気づけられるのも、ピルチャー作品の特徴です。

色褪せない思い出を振り返り、別れを告げる時

「ロザムンドおばさん」シリーズとも言うべき短編集『ロザムンドおばさんのお茶の時間』。ここでも、イギリスの田舎の美しい自然の中で生きる人達が描かれています。

若夫婦のちょっとしたいざこざ、幼馴染同士の行き違いとその和解、少年と正体不明の不気味な隣人が、ある事件をきっかけに心を通わせる様子などなど、あっという間に読み進められる優しい物語達です。

著者
ロザムンド ピルチャー
出版日

本作の中で、楽しい子供時代を過ごしたイギリスの田舎で過ごす週末と、破天荒だった親戚筋の娘との再会を描く「再会」は、子供時代の思い出を振り返ると同時に、子供だった自分に別れを告げる物語でもあります。

「今日という日は二度とないんだよ。楽しむんだよ今を」
(「再会」より引用)

物語のラストシーンで主人公がヒロインに言うせりふです。

陳腐になりかねないせりふですが、この小説のラストで使われるこのせりふは、子供時代の感傷を捨てて大人になろうというメッセージと、主人公とヒロインの未来を暗示しています。

諍いがおこるのは家族だからこそ

ロザムンド・ピルチャー初期の傑作短編集『イギリス田園の小さな物語』。イギリスの田舎を舞台に、家族の諍いとその和解、また初めて異文化に触れた少女の様子、結婚に悩む若い娘など、家族間の悩みや問題を抱えた人達がたくさん出てきます。

著者
ロザムンド ピルチャー
出版日

ピルチャーの物語は、派手な冒険物やファンタジーでも、推理小説でもなく、若者の恋愛小説という訳でもない、どちらかというと地味めなテーマにも関わらず、何年経っても色褪せることのない鮮やかさに満ちています。

それは「家族」「日常生活」という普遍性を扱っているからでしょう。時代が21世紀になっても、家族が増える事、また別れる事は起こります。それに伴ういざこざも、また避け難いものです。

いつの時代も家族は時にぶつかり、慰め合い、絆を深めていきます。ロザムンド・ピルチャーの作品はそんな家族の不変を思い出させてくれるのです。

ピルチャーの小説が日本女性に人気なのは、ピルチャーの描くヒロインが、控えめで自分の本音を押し殺してまで家族や友人の望みを優先してしまうタイプが多いから、日本女性の気質に共通点を見出しているからだと言われています。

自我を押し通さずひたすら耐えてしまう女性の性は現代も変わる事がありません。そんな女性の陰の部分を、ピルチャーは鋭く描き出していると言えるのです。

舞台となるイギリスやスコットランドの田園風景、自然の姿も読みごたえがあります。暖炉の前で読むことは無理でも、美味しい紅茶をお供に、ピルチャーの世界にどっぷり浸かってみて下さい。

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