『野武士のグルメ』でも知られる原作・久住昌之、作画・土山しげるコンビのグルメ漫画『荒野のグルメ』。中年サラリーマンが粋な小料理屋で過ごす時間を描いた大人のための作品です。今回は本作の魅力をご紹介! ネタバレありなのでご注意を。
日々働いて自分で稼いで生きている者なら誰しも感じたことがあるであろう、仕事の疲労感。ダル〜い感情が体にもくるあの感じが各話で見事に表現されているのが『荒野のグルメ』です。
B級グルメ界の鉄板タッグとして『野武士のグルメ』を生み出した土山しげると久住昌之。前作では還暦でリタイアした男のひとり飯を描きましたが、今作では今まさに仕事ざかりの脂ののった中間管理職の男を描いています。原案は久住の『ひとり家飲み通い呑み』というエッセイです。
- 著者
- ["久住 昌之", "土山 しげる"]
- 出版日
- 2015-04-09
ほとんどが主人公・東森が仕事をしているシーンから始まる本作。仕事でミスをして肩を落とし、話がつまらないことでおなじみの取引先で消耗し、緊張が途切れない接待に疲労し……。その様子は共感せずにはいられない、上と下に挟まれて四苦八苦する中年男のリアルな様子が感じられます。
そんな東森(西部劇を意識したイーストウッドからのネーミングではないでしょうか)が荒野のカウボーイさながら、殺伐とした町の中にあるオアシス、小料理屋よし野へと夜ながら繰り出すのです。
その店での様子は大人になってよかったと思えるような趣あるもの。料理は焼肉や中華料理などのガツガツ系の飯ではなく、体に優しい旬の食材を使った和食。昨今多い、インパクト重視の料理漫画とは異なる、味のあるグルメ漫画です。
様々なグルメ漫画がありますが、異なるお店の名物を紹介する作品がほとんどかと思います。しかし『荒野のグルメ』で東森のホームはいつも同じ店、よし野なのです。
はじめは美味しい食事の描写がメインの本作。過度にシズル感を演出しすぎて脂ぎっているかのように照りすぎたりしている料理や、旨味成分がべちゃべちゃに滴っている料理などはなく、たいてい素朴に描かれています。
しかしなぜかその方が印象に残っているというのが不思議です。すぐに食べたい!となるものもありますが、時間差で作品のことを思い出して食べたくなるような、じわじわと魅了してくる料理ばかりが本作には登場します。
また、主人公の東森はよし野を「イイ店は連続ドラマに似ている」と評します。「次につながる楽しみ」、また来店したい理由ができるからなのです。
その場ですぐそれを楽しむのではなく、また次来た時に楽しみは取っておく。そんなところも大人ならではの時間のかけ方ですね。
素朴で心に残る料理に、いい女将。読めば読むほど味が出てくるじっくり読みたい作品です。
常連になり、よし野に溶け込んできた東森。ストーリー中のちょっとした演出に日常感が演出されており、読者をすんなりと作品の世界へと引き込んでいきます。
顔見知りになってきた客と交わす2、3言、こなれた手つきでジャケットをハンガーにかける東森、おしぼりをもらいながらメニューを選ぶ様子……。
そして取り上げる料理も「普通」のなんて事ないもの。焼き鳥にポテトサラダ、焼きおにぎりなど奇をてらったものはありません。
しかも言えばメニューにない料理を作ってくれたり、女将の夜食をもらったりとちょっとした「裏道」感もあるのがまたニクい。すべてのシーンが日常感を演出し、リアルさをかんじさせるのです。
じっくり何度も読みたくなる、「日常」のオアシスを描いた本作。じんわりと温泉に入っているかのように優しく癒してくれるおすすめのグルメ漫画です。
酒好きにはたまらないのが、それぞれの料理に合った酒で食事を楽しんでいる事。しかもどれも特別なものではないので、読んでいるとつい明日はそれで飲もうかなと考えてしまう酒欲、食欲を刺激する組み合わせです。
王道の焼き鳥にビール、ちょっと渋めにカツオの刺身に日本酒・八海山、夏を感じるゴーヤ炒めに濃いめのハイボール、茶そばに冷酒でシメ……。
それぞれにちょっとチェーンとは違う心配りがあり、それがより料理が美味しそうに見えるポイント。大人の1日の終わりに、そして食事に酒は欠かせないと思わされる見事な組み合わせに喉が鳴ります。
都会のサラリーマンたちを癒すよし野の女将は、口元だけで、はっきりと顔の造形は描かれません。ふっくらとした頬とやわらかな笑顔が想像を引き立てる彼女には、読者それぞれの美人女将を投影することができます。
少しお年を召した大人な女性かもしれませんし、年の割には若く見える可愛い雰囲気の女性かもしれません。本作の料理がたとえ冷めている弁当でも常に暖かな湯気に包まれているような雰囲気があるなか、女将はその湯気に包まれて全容が見えなく、まるでそのオアシスの天女のような役割を担っています。
そしてミステリアスなのは女将だけではなく、3巻になるにつれて固定化してくる常連客ですが、彼らもまた、詳しい素性は明らかにはなりません。
この大人の距離感が何とも心地いい。ちょっと気を使い話したりしながらも、自分のペースは守れる。それが女将、ひいては常連から感じられる雰囲気なのです。
- 著者
- 久住 昌之
- 出版日
- 2015-12-28
よし野はそんな美人女将がさまざまな気遣いをしてくれる、本当に通いたくなる名店です。東森が店を見た時は開店したばかりの時間。自宅のひと駅前で下車し、飲屋街にふらりと入った彼は、その店構えに何かいい雰囲気を感じました。
ひとりで切り盛りしながらも整頓された厨房に、黒板に描かれたメニューが良い味を出しています。
おして東森のあとも常連らしき客が続々と入ってきて、女将はそれぞれのわがままをそのまま受け入れ、料理を提供するのです。
そしてそんな常連にならい、東森も数年かけて足繁く通い、徐々に女将とのやりとりが増えてきた頃。
初回では扱ってなかったビールを東森のために用意してくれるようになったり、お茶割りが飲みたいと言うと「じゃあ麦がいいですよね」と自然に気を使ってくれたりと、心があたたかくなるエピソードが合間合間に挟まれます。
読者も実際に通っているかのような関係が深まっていく感覚が味わえる、心遣いの演出に心がゆるみます。
- 著者
- 久住 昌之
- 出版日
- 2017-01-19
1巻、2巻、3巻で少し雰囲気が異なり、飽きないで読み続けられる工夫がなされている『荒野のグルメ』。1巻では中年サラリーマンの疲れを癒す料理が詳しく描かれ、2巻ではよし野以外の店も少し登場したり、仕事の大変さがよりリアルに描かれ、3巻では東森個人につてフォーカスされています。
今回は1巻をメインに魅了をご紹介しましたが、2巻、3巻もそれぞれの良さがあり、どれも仕事で疲れたあなたにおすすめしたい大人の物語です。