法外な料金をとるものの、一流の仕事をやり遂げるシェフを描いた漫画『ザ・シェフ』。手塚治虫作『ブラック・ジャック』のシェフ版のような主人公の話に心温まります。今回はそんな本作の泣ける名シーンをご紹介!ネタバレを含みますのでご注意ください。
- 著者
- 剣名 舞
- 出版日
自由気ままに料理を作る、流れのシェフ・味沢。ある者には「幻の料理人」と呼ばれ、ある者には「邪道」と言われるような人物です。
そんな彼は常に一流の仕事をするものの、法外な報酬を要求する事で有名。しかしそこにはいつも、彼なりの美学があります。美学を持ちながらも多くを語らない彼の様子はとてもかっこよく、料理を背中で語る男です。
そして彼の物語はほろりとさせられる名シーンが満載!そのシーンは作品でしか味わえない素晴らしい雰囲気が漂うものになっています。
料理界で「幻の料理人」と呼ばれる超一流のシェフ、味沢。漫画『ザ・シェフ』は主人公である彼が料理を通して多くの人を救う物語です。
本作では依頼人として多くのキャラクターが登場します。近所の奥さんや結婚式を挙げる予定の夫婦もいれば、有名ホテルのオーナーや新しく店を開くシェフなど、彼らの属性は千差万別です。ただ美味しい料理が求めて仕事を依頼する人もいれば、商売のために彼の力を求めている人もいます。
そんな多くの人に料理人として必要とされている味沢ですが、彼には料理に対する絶対的な価値観があり、自らがくだらないと思った仕事は、いくら金を積まれても絶対にしません。彼は、ただおいしい料理をつくるだけでなく、お客さんにとっての幸せを常に考え、それを実現するために行動します。
基本的に1話完結型で物語が続いていく『ザ・シェフ』。今回はその中から名シーンを選りすぐり、エピソードを交えながら、本作の魅力を紹介していきます。
- 著者
- 剣名 舞
- 出版日
ある日、都内でも有数のレストランに、パミール王国から大臣がやってきます。しかし彼は少し料理を食べただけで、もう何も食べたくないと言い始めました。
そのレストランの料理長である下村は、料理の腕に自信を持っていただけに、もう二度と大臣のために料理は作らないと言い張ります。在日中の閣下を接待しなければならない外務省の人間は、困った果てに「幻の料理人」である味沢に、この仕事を任せることにしました。彼が要求したのはひと晩で500万円という法外な報酬でしたが、味沢以外に頼むあてのない外務省は仕方なくその条件をのみます。
その夜今、夜こそはと楽しみにしてきた閣下に味沢が提供したのは、なんとただのポトフでした。何の変哲もないその料理ですが、閣下は泣いて喜び、おかわりをします。
実は閣下は貧しいと有名な地方の出身で、たまたまそこにやってきた大臣夫婦に引き取られた孤児だったのです。そして味沢がつくったポトフにはそこで取れる名もなき香草が入っていました。彼は料理の秘密を聞いてきた下村にこう語ります。
「すべての料理に共通する最高のスパイス……
それは思い出です」
味沢に敵対心を抱いていた下村ですが、それを聞いて彼に握手を求めます。
ふたりの近くでは、大臣が贅沢をやめ、飢えている人々のための政策を積極的に推進していくことにしたという噂がされていました。その話を背に、味沢はその場を去っていきます。
法外な要求をしながらも客のニーズをしっかりととらえ、満足させる味沢。彼の多くを語らずとも成果をきちんと残す後ろ姿がかっこいい名シーンです。
- 著者
- 剣名 舞
- 出版日
ある日味沢が仕事を引き受けたのは「全国レストランガイド」というガイドブックで酷評された店からの依頼。そこのオーナーは出版社から来店する日をは聞き出し、その日だけ味沢に料理を提供してもらいたいと言うのです。
いよいよ当日、覆面調査員らしき老人が来店します。そこでオーナーは力をいれて接客しますが、その横のテーブルには騒がしい家族づれがいました。
「他のお客様のご迷惑になりますので…」と注意しますが、子供はわがまま放題です。好き嫌いを言ってにんじんを残したり、フォークや皿を投げたり大暴れ。
ついに横の老人は我慢しきれないという様子で立ち上がりますが、オーナーが「おい お前らいい加減にしないかッ!!静かにしないと叩き出すぞッーー!!」と怒鳴ってどうかその場は収まります。
しかし雰囲気は険悪になり、なおもアイスが食べたいとごねる子供。そこに味沢がデザートをサービスするのです。喜ぶ子供の様子を見た父親はそのアイスを一口食べ、驚いた顔をします。
そのアイスは人参を凍らせたもの。にんじんが嫌いな子供でも食べやすいように工夫したデザートだったのです。
その夜、老人の心象がよくなかったことから報酬を半額にしてくれないかと言ってくるオーナー。評価だけを気にする彼の態度に嫌悪の表情を見せた味沢は、覆面調査員はおそらく家族づれの父親だろうと推測します。
普通は子供が食べているものをすぐに一緒に食べる父親などいないだろうと。すべての料理に興味を示すが美食家だと言うのです。
そしてその通り、覆面調査員はあの父親で、味沢の提供した料理の質と、サービスのアイスのおかげで無事店は三ツ星を取ることができたのでした。
願い通りの評価を獲得したオーナーですが、味沢は評価目的で料理を作ったり、客にサービスした訳ではありません。ただいいもの、いい時間を提供しようとした結果、評価がついてきたのです。
オーナーとは対照的な味沢が子供に笑顔でアイスを提供する姿は、本当にいいものとは何かを考えさせられるシーンとなっています。
- 著者
- 剣名 舞
- 出版日
今回の味沢の仕事場は潰れかかったレストラン。亭主のシェフが愛人をつくって逃げ出したことから、妻である志乃という女性が主人として店を切り盛りしています。
味沢のおかげで客足が伸びているこの店に、かつてのシェフであり、志乃の夫である男が戻ってきました。だらしない言葉を吐く彼ですが、志乃は最後のチャンスとしてここで働くことを許します。
しかし翌日から厨房に入ったものの、やることがなく、挙げ句の果てに邪魔だと言われた志乃の夫。さすがにシェフとしてのプライドが傷つけられた彼は、それから毎晩ひとりで味沢の料理の研究をします。その姿を志乃も影から見守っていました。
そんなある日、店に味沢がやって来ず、彼に電話をかけた志乃は、「自分の後釜ができたからもう店は大丈夫だ、いずれ店に報酬をもらいにいく」と言われます。
そして土壇場で味沢なしで開店することになったレストランは、志乃の夫が料理を作ることになるのです。不安が漂う店内ですが、客はいつも通りその味に大満足。何とか店は味沢がいなくてもまわるようになるのです。
その様子を店の外から覗いていた味沢は、満足げにこうつぶやきます。
「ふふふ……
久々に料理に心底打ち込む本当の料理人を見た」
流れのシェフとして様々なレストランを転々とする味沢ですが、しっかりとその時々で自分の後継者をつくっていくのです。それは料理を愛するがゆえ。だからこそ料理に対して愛を持っていない者にはそれなりの対応しかしません。
悪徳シェフのように思われることもありますが、一本筋の通った様はまさに「シェフ」の鏡です。
- 著者
- 剣名 舞
- 出版日
- 2007-09-28
店の料理長を一定期間のみ任されることになった味沢。ある日、傘をわすれて立ちぼうけしている彼に、傘を差し出してくれた1人の女性がいました。彼女は高い身分の男と愛し合っているものの、裕福な生まれではないため結婚を許されず、とても悩んでいます。どうしても結婚したい2人は彼の両親と4人で会食をすることにしました。
会食の当日、両親はやってきたものの、面持ちは極めて機嫌が悪そうです。そして、結婚に反対している彼らは、ボロを出そうと殻付きの伊勢海老など食べづらいものばかりを注文します。
しかし、彼らが会食をしていたレストランのシェフは、なんと味沢でした。傘を貸してくれたことを覚えていた彼は、最高に食べやすく調理を行い、彼女に恩返しをします。
そのおかげもあってか、円滑に進んでいた会食。しかし、彼女は不意に水をこぼし、さらにはテーブルまでもひっくり返してしまいました。怒りを隠しきれず「こんなゲスな女との結婚が許せるわけがない!」と言い残して帰る両親。結婚が絶望的になってしまった女性も、涙ながらに走って家に帰ってしまいました。
全てが失敗に終わり、落ち込んでいる男の元に味沢がやってきます。
「食事のマナーなんかで人間性を計ることはできない。
もし本当のテーブルマナーがあるとすれば、
それは同席した人間や料理人に対する心遣いだけだ。」
(『ザ・シェフ』1巻より引用)
彼はそう言い残して、厨房へと戻って行きました。
彼女を陥れようとした両親に対し、「おいしい」と料理人に対する心遣いを見せた彼女。味沢の言葉を受けた彼は、全てを捨てて、女性の家へと走って行くのでした。
料理だけでなく、時には人間関係までも助言を行う味沢。本当に大切なものは何か教えてくれる彼の名言は、心に沁みます。
- 著者
- 剣名 舞
- 出版日
今回の主役は小学生の祐介。お弁当はいつも高級なものですが、一口も食べることなく、クラスメイトにあげています。お母さんが忙しくお弁当を作れず、いつもお金を渡されている彼は、どんなにおいしいものよりも、お母さんの弁当が食べたくて仕方ありません。
そんな祐介はある日、家に帰る途中でたまたま味沢と出会います。「君もしかして、まだご飯食べてないのか?」と声をかける味沢。「うん!」と答えた彼を部屋に連れ、彼の大好きなハンバーグカレーをご馳走します。
久しぶりに手料理を食べ、とても喜んだ祐介は家に帰ってきたお母さんに話をします。すると母は翌日、味沢に毎晩料理を作ってくれないかとお願いに行きました。必死に交渉を続ける母ですが、「あれは私が善意で作ったものであって、契約するなら月100万だ」と味沢に言われ、しぶしぶ諦めます。
翌日、少年とエレベーターで再会した味沢。「また作って!」とお願いした少年を、「これだからガキは嫌いだと」、冷たく追い払います。夜遅くに少年の母が家に帰ると、先ほどの出来事が原因で彼は泣いていました。子供をなぐさめるためにインスタントラーメンを作る母。料理を作るのが久しぶりすぎて、のびのびで美味しくないラーメンを作ってしまいますが、少年は笑顔で食べ続けます。「お母さんの作ってくれたものを残すわけがないよ!」という彼の言葉に感動した母。翌朝、少年が起きると念願のお弁当が作られていました。
学校に向かう途中に味沢と会い、ベーっと舌を出す少年。味沢はそんな彼を満面の笑みで見つめていました。
全てを見通していたかのような味沢の笑顔がとても印象的な回。冷たい態度をとったものの、それは全て少年のためを思ってのことでした。表面上の幸せではなく、本当の幸せを少年にプレゼントしたかった味沢。彼の行動はいつも優しさに溢れています。
- 著者
- 剣名 舞
- 出版日
- 2007-11-01
昔ながらのしんみりとさせられる人情話が魅力の『ザ・シェフ』。目新しい設定や手に汗握る展開がある訳ではありませんが、安心してゆったりと見られる作品です。
ぜひ本編でその心温まる名シーンをご堪能ください!味沢の魅力にはまってしまうこと間違いなしです。