グロテスクで破壊的、それでいて人間の根源的な部分を描く吉村萬壱。芥川賞受賞経験もあるその衝撃に満ちた作品を読んでみませんか?
吉村萬壱は1961年2月19日、愛媛県生まれ。育ちは大阪で、大阪の高等学校を卒業したのち、京都教育大学の教育学部へ進学しました。教師になりたくて教員試験に挑みますが、そこで2浪。そんな中、1997年に『国営巨大浴場の午後』が京都大学新聞社新人文学賞を受賞します。その後2001年には『ハリガネムシ』が芥川賞を受賞し、話題になります。当時は大阪の支援学校に勤務していましたが、これを機に退職して専業作家に。
吉村萬壱の作品は、ほぼ全てを通して退廃的で破壊的。またかなりグロテスクな部分もあり、人間の根源的な部分を描いているとしてコアな人気を得ています。またSF作品からも多大な影響を受けていることを作者自身が名言しています。吉村萬壱は、中学生の頃から、当時のオカルトブームもあって超能力などに関する本を読み漁っていたそうです。自分自身でも座禅を組むなどして超能力の開発に取り組んでいたとか。
さらに吉村萬壱は、コリン・ウィルソンの著作を読んだことがきっかけで海外文学を読むようにもなります。その他に影響を受けた作家として、安部公房・夏目漱石・井伏鱒二といった古典的な作家を多数挙げています。近年では、2016年に『臣女』で島清恋愛文学賞を受賞。初のコミック作品である『流しの下のうーちゃん』を発表するなど、多方面で活躍中です。
高校で倫理を教える教師の中岡慎一。アパートに一人暮らしの彼の元に、半年前に知り合ったサチコというソープ嬢が転がり込んできます。
サチコの夫は殺人を犯して服役中。さらに2人の子どもがいるのですが、施設に預けたままになっていました。昼間は遊び歩き、夜は酒浸りのサチコ。慎一は自治体から借金をし、サチコを連れて四国へ旅立つことにします。その目的は、彼女の子どもたちに会いに行くことでした。その頃、慎一はサチコとの結婚を約束するのです。
- 著者
- 吉村 萬壱
- 出版日
しかし、一緒に海水浴を楽しみ、子どもたちを施設へ戻した後、「やっぱり結婚はできない」という慎一の言葉を聞き、サチコは突然カミソリで腕の真ん中を一文字に切り裂いて自殺をしようとします。病院へ行くのを拒むサチコに対し、慎一は麻酔代わりにウイスキーを飲ませ、針と糸で傷を縫合しようとしますが、それから慎一の中にある感情が芽生え始め……。
「ハリガネムシ」とは、カマキリの腹の中に棲む寄生虫のこと。ソープ嬢と過ごすうちに、堕落していく高校教師。その身の内に潜む破壊衝動をハリガネムシに例え、時に過激な描写を交えて描いています。サチコに対する慎一の欲望と嫌悪の感情は、次第に暴力や殺人願望へと変化していき、退廃的なストーリー展開を生み出していくのです。
主人公の大栗恭子は30代の女性。本作は20年前、彼女が小学5年生だった頃を回想する物語であり、その手記を通じて当時の記憶を辿るという形式になっています。
舞台は海塚市という小さな地方都市。この街は、過去に起こったとある災害によって人が暮らすことができなくなりました。恭子は、母親と2人暮らし。近所付き合いは限られており、家には他にペットのウサギがいるだけ。母は恭子に対してとても厳しくしつけをし、おやつなどもあまり買ってもらえません。
- 著者
- 吉村 萬壱
- 出版日
- 2017-02-10
恭子は学校にもほとんど友達がいませんが、恭子自身はそれをあまり気にしていませんでした。しかしある日クラスメイトのアケミが亡くなってしまいます。
本作は、3・11をきっかけに描かれた小説であることを、吉村萬壱が明かしています。海塚市は町ぐるみでお互いを監視し合い、子どもたちに思想教育を施すなど、連帯感や価値観を無理矢理に形成するかのような、どこか違和感のある街でした。独白形式で語られる不穏な世界。街に何が起こったのかは具体的に示されていませんが、日本の災害に対する風刺小説の一面も持った作品となっています。
『クチュクチュバーン』に収録されている「人間離れ」という中編作品を元に、長編として広げたものです。
舞台は日本を思わせるような架空の国。正体不明の「テロリン」というテロリストによって国は崩壊、さらには謎の病原菌がばら撒かれたために奇病が蔓延し、人々は貧困生活を余儀なくされていました。テロリンを憎む国民は愛国心に燃え、彼らを倒そうと一致団結。国家は志願兵を募集します。
- 著者
- 吉村 萬壱
- 出版日
大規模なテロによって家族を失った椹木は、憎むべき「テロリン」を倒すべく、兵に志願し戦闘員として大陸へと渡ることに。しかし、そこには人間がほとんど生存しておらず、代わりに生息していたのは「神充」という未知の存在でした。「地区」と呼ばれる場所で極秘に進められている国家の「神充プロジェクト」。異形の究極兵器「神充」をめぐり、兵たちは殺戮を繰り広げるのですが……。
架空の世界を舞台にした、近未来SFともいえるエンタメ作品。全編を通して吉村萬壱得意のエログロが健在であり、そのうえでこれほど壮大な世界観を創り上げる作者の発想力には素直に関心させられてしまいます。通信手段が断たれ、唯一ラジオのみが情報源となっている限界世界で、下劣ともいえる登場人物たちが繰り広げる群像劇。やがて「神充」の正体が明かされた時、読者は衝撃を受けるはずです。
6編の物語からなる短編集。全体を通して「変な女」がテーマとして設定されています。これまでの作品に比べてグロテスクさは薄いですが、人間の欲望と卑しさに溢れた作品ばかりが顔を並べます。
収録作は、作家志望でありながら何も書くことができない男性が、近所に引っ越してきた憧れの作家への妄執に囚われていく「イナセ一戸建て」や、罪を犯した女性の前に現れ、お灸を据えるという謎の怪人と、それに出会った女性を描く表題作の「ヤイトスエッド」など。また「B-39」と「B-39Ⅱ」という2つの物語は視点を変えた対の作品となっているなど、様々に趣向が凝らされています。
- 著者
- 吉村 萬壱
- 出版日
- 2009-04-25
「ヤイトスエッド」とは、「お灸を据えるぞ」という意味の関西弁。関西出身の吉村萬壱らしい言葉遊びです。どの物語もやや悪趣味。しかし、そこに不思議な人間臭さも漂い、各辺の絶妙なサブタイトルとも相まって独特の世界観を創り出しています。ホラーでもあり、怪奇小説でもあり、エンタメ小説でもある……そんな少し奇特な世界を覗き見ることができる作品です。
『ヤイトスエッド』に収録された短編「イナセ一戸建て」に登場した作家・坂下宙ぅ吉を主人公に据えた長編作品。吉村萬壱作品には短編から長編に昇華する作品も多く存在しますが、その中でも読者に強烈なインパクトを与える小説です。
ある街のくたびれた借家に、世間から問題作家と呼ばれる坂下宙ぅ吉が引っ越してきます。屋根には全裸のマネキンが飾られ、家の中からは昼夜問わず呻き声や悲鳴が漏れ、坂下自身はなぜかいつも上半身裸。彼は「人間はみな残虐性を持っている」と主張し、その考えを街の人にも容赦なくぶつけていました。
- 著者
- 吉村 萬壱
- 出版日
- 2009-09-25
坂下宙ぅ吉は45歳の独身。過去に新人賞を受賞したものの、その後は伸び悩んでいました。彼が街に住み始めたことで近所の住人たちにも様々な影響が現れ、やがて人々は常軌を逸脱していきます。
いろいろな人物の視点で語られ、現代の狂気を描いた群像劇ですが、どこか身の回りでも起こりうる厭らしさも。夫の浮気や新興宗教など思考のおかしな人たちに対し嫌悪感を覚えるはずが、なぜか目が離せない奇妙な魅力が満載です。
目を引くコミカルなタイトルと、それに似合わずエログロ満載の吉村萬壱作品。食わず嫌いをせずその作風に身を任せてみると、新たな魅力を再発見できるかも知れません。