3ヶ国語を操るマルチリンガル作家、ポストモダン作家、チェス・プロブレム作家、蝶の研究者と様々な顔を持つ世界文学の巨匠ナボコフ。ピンチョンを筆頭に後の作家に与えた影響は計り知れません。この記事では、ナボコフの代表作5作を紹介します。
ウラジーミル・ナボコフは、1899年ロシア帝国時代のサンクトペテルブルクで、政治家の息子として生まれました。ロシア革命後、ベルリン、パリへと亡命生活を送りながらロシア語作家として頭角を現します。1940年にナチスから逃れ、ユダヤ系の妻と子と共に渡米。コーネル大学で教鞭を執りながら、作品言語を英語に切り替え、創作活動を続けます。
代表作『ロリータ』の出版後、国際的に著名な作家となり、「ロリータ・コンプレックス」という言葉も定着しました。この作品で富を得たナボコフは、スイスのモントルーに夫婦で移り住み、執筆の他、蝶の採集やテニスに多くの時間を費やしました。
マルチリンガル作家として複数の言語を操り、その緻密で華麗な文体から「言葉の魔術師」と呼ばれるナボコフは、プルーストやジョイスとも並び称される20世紀の大作家です。
ヨーロッパからアメリカへ亡命した大学教授のハンバート・ハンバート。彼は、幼くして死んだ初恋相手が忘れられず、幼い少女にしか魅力を感じられません。12歳の少女ドローレス、通称ロリータに一目惚れをしたハンバートは、下心から彼女の母親である未亡人と結婚することに。
未亡人が事故で死んでしまった後、2人はアメリカ中を旅します。ハンバートはロリータとの情事に成功するのですが、ある日突然、彼女は姿を消してしまいます。再会したとき、彼女は17歳で既に結婚、妊娠していました。3年前、ある男が映画出演を口実に、ハンバートの元からロリータを連れ出していたのでした。しかしその男は、ロリータにポルノ映画の出演を強要させていたのです。これを聞いたハンバートは……。
- 著者
- ウラジーミル ナボコフ
- 出版日
- 2006-10-30
『ロリータ』は当初、あまりに性的に倒錯した内容のため、アメリカの出版社に出版を断られてしまいます。その後、フランスのポルノ小説で有名な出版社から1955年に出版され、やがてアメリカでも出版されるようになると、たちまちベストセラーに。スタンリー・キューブリックやエイドリアン・ラインらによる2度にわたる映画化も話題になりました。
淫らな少女愛を綴ったエロティック小説として、様々な文学的言及や技巧に満ちたポストモダン小説として、ロード・ノベルとして、あるいはコミック・ノベルとして『ロリータ』は読み手によって姿を変える小説です。
ランボーやバルザックの愛好者である中年のハンバートが、ガムを噛みソーダを口にするロリータの魅力に溺れていく様は、高尚な芸術と大衆文化の出会い、ヨーロッパとアメリカの出会いの物語とも読むことができます。ナボコフの世界的な名声を確実なものとした代表作です。
新進気鋭の小説家セバスチャン・ナイトが早世したのをきっかけに、ロシア人亡命者の主人公は、腹違いの兄であった彼の伝記を書き始めます。生前の兄を知る乳母や同僚、かつての恋人を尋ね歩くうちに、次々と意外な事実が明らかになっていき、やがてたどり着いたのは……。
- 著者
- ウラジミール・ナボコフ
- 出版日
- 1999-07-09
ウラジーミル・ナボコフには、作中の主人公のような、自分より1歳年下の弟がいました。ロシアからの亡命後、家族はベルリンに居を構えますが、兄弟はケンブリッジ大学で学びました。作中で主人公である弟が兄のケンブリッジ時代を回顧する描写は、『ナボコフ自伝』に描かれるナボコフ自身の姿と重ね合わされます。
実際の兄弟関係は良好ではありませんでした。弟セルゲイは内気で寡黙、兄ナボコフは明るくて活発、弟はピアノが得意で兄は音楽嫌い、弟はゲイでしたが、兄ナボコフはホモフォビア(同性愛嫌悪)でした。大人になってからも交流はほとんどなく、セルゲイは第二次世界大戦中に同性愛者であることとナチス批判のため強制収容所へ送られ、40代前半で亡くなりました。
弟セルゲイの死後発表され、弟の視点から兄の姿を描いたこの作品は、兄ナボコフから弟セルゲイへのレクイエムだったのかもしれません。
美術評論家クレッチマーは裕福な家庭で育ちました。彼には、同じように上流家庭で育った妻と8歳の娘がいるのですが、ある日、映画館で働いていた16歳の美少女マグダに恋に落ちます。
マグダが昔の愛人とよりを戻し、裏切られているのも気づかず、暗闇の中で盲目的な愛欲にのめり込んでいくクレッチマー。やがて妻と娘を失い、クレッチマーは本物の盲目と暗闇の世界へ身を落としていき……。
ナボコフが1933年頃にロシア語で書いた初期の作品です。
- 著者
- ナボコフ
- 出版日
- 2011-09-20
アメリカへ移住する前のナボコフは、ベルリンやパリで亡命ロシア人に向けたロシア語小説を書いていました。
この作品が注目されるのは、後の代表作『ロリータ』の先駆的作品となっているためです。少女たちがモデルや映画スターに憧れを持っている点、小説の後半部分の自動車旅行で進行する点、少女を狙う別の男の影が垣間見える点など2作品の間には、共通点が多く見出されます。
しかしながら、難解な言い回しや複雑なプロットで語られる『ロリータ』に比べ、『カメラ・オブスクーラ』ははるかに楽に読めるので、入門としておすすめです。『ロリータ』を読んだ人にも、ナボコフ特有のテーマや構想を理解しやすく読めるのではないでしょうか。
ロシアで生まれたルージンは、内気な性格。叔母から偶然教わったチェスをきっかけに才能が開花し、次第に世界中へ名を馳せるようになります。しかし、天才チェスプレイヤー・ルージンに唯一の幸福をもたらすはずのチェスは、やがて彼を狂気と破滅に追いやっていきます。
ナボコフいわく「ロシア語で書いた全作品のうちで、最も温かさに満ちあふれた作品」。チェスプロブレム作家でもあったナボコフが、チェスを題材に人間模様を描きます。
- 著者
- ウラジーミル・ナボコフ
- 出版日
- 2008-09-19
この作品は、ロシア語で書かれたナボコフ初期の作品です。しかしながら、ナボコフ特有の言語世界は、既に熟達の域に達していると言えるでしょう。
主人公ルージンがチェスの盤面を支配するのと同様に、作者ナボコフはこの小説を完全に支配しています。ルージンは、ナボコフの盤面上の駒に過ぎません。ルージンは人生をチェスと捉え、見えざる運命(作者)相手に最善の対抗策(ディフェンス)を導き出そうと、もがき苦しみます。
この小説が終わる時、彼の戦いも終局を迎えるのですが、果たしてそれは救済だったのでしょうか……。
世界文学の巨匠、かつ一流の読み手ウラジーミル・ナボコフがおくるヨーロッパ文学講義です。
「なによりも細部を注意して、それを大事にする」というナボコフは、いかにして小説を読むのでしょうか。上巻はフローベール『ボヴァリー夫人』他、オースティン、ディケンズ作品の3講義に加え、名評論「良き読者と良き作家」を所収しています。
- 著者
- ウラジーミル ナボコフ
- 出版日
- 2013-01-09
ナボコフの小説の読み方は、作品を徹底的に分析、観察することです。主題、構造、文体がいかに配置され、組み合わされ、混ざり合い、芸術となって表れているのか。読書会に参加しなくても、主人公と一体にならなくても、筋や会話の面白さに熱中しなくてもいい、ただテクストを読むことが必要なのだ、とナボコフは言います。
取り上げる一作品ごとに引用文を用いながら、作品の細部に切り込み、小説の構造を浮き彫りにしていきます。世界の巨匠が熱を込めて語る、ヨーロッパ文学。読んだことのある作品のみ読んでも、十分に楽しめるでしょう。
20世紀文学の巨匠、「言葉の魔術師」ナボコフの緻密かつ流麗な言語世界をぜひ、お楽しみください。