やなせたかしといえば「アンパンマン」シリーズの原作者として有名ですよね。残念なことに2013年に亡くなってしまいましたが、名作の絵本は「アンパンマン」だけではありません。そんなやなせたかしの作品をご紹介します。
やなせたかしは1919年、東京に生まれました。今の子どもたちには「アンパンマンの作者」として知られていますが、もともとは漫画家、画家、詩人……など、なんでもこなすマルチエンターテイナーだったのです。
また、やなせの作風には「生きる」「愛」をテーマにしたものが多いのですが、これはやなせが第二次世界大戦中に青春時代を過ごしたこと、またその大戦で弟を亡くしたことが作品の根底に流れているからと言われています。
やなせは2013年、94歳で亡くなるまでは日本では最高齢の漫画家でした。週刊朝日漫画賞、日本童謡賞特別賞、勲四等瑞宝章、日本漫画家協会文部大臣賞などなど、受賞・受章歴は枚挙に暇がありません。
日本中の子どもが大好きな「アンパンマン」。最初に絵本が出版されたときは『あんぱんまん』と、ひらがなのタイトルでした。アニメのアンパンマンはほぼ三頭身、つまり幼児体型に近いスタイルですが、絵本の「あんぱんまん」は大人のような体をしています。また、顔も丸い目をしているアニメとは違い、こちらは目が縦線です。
アンパンマンが子どもの友達のようなイメージだとしたら、絵本のあんぱんまんはお兄さんかおじさんのように見えます。アニメを先に知ると、この絵本には違和感を覚えるお子さんもいるかもしれませんね。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
しかし、あんぱんまんが弱いものの味方であることは変わりありません。砂漠の真ん中で飢え死にしそうな旅人や、森の中で迷子になった子どもを「さあ、ぼくのかおをたべなさい」とあんぱんで出来た自分の顔を差し出します。
1976年の出版当時、この作品は「顔を食べるとは残酷」と酷評されたのですが、子どもたちには大好評だったのです。
やなせたかしは「正義の味方とは怪獣をやっつけるだけではない、その足元で飢えに苦しんでいる人を助けるのも正義の味方だ」という自論を生前よくテレビなどで語っていました。自分で糧を得る手段のない子どもたちだからこそ、食べ物を与えてくれるあんぱんまんは理想的な正義の味方だったのではないでしょうか。
工場に帰れば「ぱんづくりのおじさん(初版では、ジャムおじさん、という名前ではない)」があんぱんまんの顔を作ってくれるのも、子どもたちは安心しますよね。
こうして、現在に至る「アンパンマン」のルーツとなったのがこの絵本です。もしまだ読んでいない方がいらしたら、ぜひ手にとってみてくださいね。
アンパンマンに無くてもならないお友だち(?)の一人に「ばいきんまん」がいますよね。ばいきんまんは、悪者というより、いわゆる「困ったちゃん」。周りがいやがる事ばかりしています。その度にアンパンマンにやっつけられて退散してしまうのですが……。
『あんばんまんとばいきんまん』は、そんなばいきんまんが初登場するお話です。ですが、最初は「ばいきんまん」という名前では登場していません。「雲のうえのばけもの」と書かれています。この「ばけもの」がアンパンマン生涯のライバルになろうとは……。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
- 1979-07-01
働き者のジャムおじさんがなぜか元気がありません。それは、ばいきんまんが引き起こした真っくろな雲のせいで、パン工場がばいきんだらけになってしまったからなのです。
アンパンマンはばいきんまんと戦いますが、なんと、負けてしまいました!アンパンマンもばいきんのせいで思うように力が出ないのです。アニメのアンパンマンと違い、弱気なところも見せるアンパンマン。ですが、ジャムおじさんがとても大きな顔を作ってくれました。名付けて「ジャイアントアンパンマン」!あまりに大きくてパン工場の屋根が吹っ飛ぶくらいです。
ジャイアントアンパンマンは見事、ばいきんまんを倒すことができました!そして黒い雲は消え、明るいおひさまが戻ってきたのです。
この作品ではばいきんまんの姿もアニメのものとは違っています。アニメよりも悪魔っぽいので、アニメに慣れているとアンパンマン同様「どこか違う……」と思われるかもしれません。しかし、お話自体が面白いので、子どもたちは絵柄の違いはさほど気にしないようですよ。
さて、ばいきんまんの魅力って何でしょう?ばいきんまんは実は子どもの憧れなのかもしれません。たまには羽目を外していたずらしたいけど、お母さんに叱られるからしかたなくお利口にしている……。そんな子どもにとって、ばいきんまんは代弁者のようです。最後にはアンパンマンにやっつけられちゃうのですが、毎回懲りずに挑戦するのもけなげではありませんか。
それに、ばいきんまんは本当はアンパンマンと友達になりたいのかもしれません。いたずらする事でしかコミュケーションをとれない、そんな人って大人でもいますよね。案外、ばいきんまんに自分を投影している人って多いのかもしれませんね。
やなせたかしの絵本には動物をモチーフにした作品がいくつもあります。『やさしいライオン』も、そのさきがけといっていい作品です。また、やなせの児童文学作品としても初めての作品でもあります。手塚治虫率いる虫プロでアニメ化もされました。
この作品は、犬がライオンを育てるところから始まりますが、作中に子守歌が出てきます。母犬が子ライオンに歌ってあげているのです。この楽譜が巻末にあるので、機会あればぜひお子さんと一緒に歌ってみるのもいいですね。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
このお話は、やなせが「動物園から逃げ出したライオンの話」と「犬がライオンを育てた話」という2つのニュースを元に創作しました。動物の種が違っても愛情をこめて育てた親子の間の絆について描かれた絵本です。
作中の子守唄には、「ブルブルの子守歌」というタイトルがついています。ブルブルとはライオンの名前です。動物園にいたときいつもブルブルと震えていたのでブルブルと名前が付きました。一方、母犬はムクムクと太っているので名前は「ムクムク」です。
この物語の全編を通して「ブルブルの子守歌」が、まるでBGMのように流れている印象を受けます。
ブルブルはムクムクに育てられやさしいライオンに成長しますが、やがて二匹は離れ離れになってしまいました。母を忘れられないブルブルですが、ある日、どこからかあの子守歌が聞こえてきて、ブルブルはムクムクを探して街に飛び出します。でも、ライオンという理由だけでブルブルは警官隊に撃たれてしまったのです。ブルブルとムクムクはいなくなってしまったのでしょうか……。
いえ、どこかで仲良く暮らしているはずですよ。
かたき討ちは、昔話ではよくあるテーマです。『チリンのすず』も、かたき討ちをテーマにしていますが、従来の、例えば『さるかに合戦』『かちかち山』とは異なります。『あんぱんまん』がそうであるように、「勧善懲悪」とは何かと読後に考えてしまう作品です。
『チリンのすず』は、その衝撃的な内容から、よくテレビや雑誌で紹介されています。あらすじだけご存知だという方がちらほらいらっしゃるのは、そのためですね。しかし、ぜひこの機会に実物をご覧になっていただきたい作品です。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
- 1978-01-01
『チリンのすず』は、オオカミのウォーに母羊を殺された子羊チリンが長い年月をかけてかたきを討つお話ではあるのですが……。
『さるかに合戦』なら子蟹たちが「憎いサルめ、お母さんのかたきをとってやる!」と決意して動き出すので、読者は「子蟹たちは今から母蟹の復讐に行くのだ」とわかるでしょう。
しかし、母が死んだあと、チリンの心情を表現するセリフは何もありません。ただ「チリンはなきながら ウォーのすんでいる いわやまにのぼっていきました」とだけしか書いてないのです。
次のページでいきなりウォーに弟子にしてくださいと頼むチリンを見て、「チリン、どうしたの?」と思ってしまう方もいるでしょう。チリンの本心は最後までわからないのです。
しかし、チリンの本心が明かされ、かたきを取ったとき、それはウォーの本心がわかるときでもありました。憎いかたきのはずのウォー。でもチリンの心の中には……。
この作品の冒頭に書かれている「このよの さびしさ また かなしみ」が絵本の中から押し寄せてくるようです。『チリンのすず』はアニメ化もされましたが、やなせが作詞を担当した主題歌にはこの部分が使われています。
「この世の寂しさ、哀しみ」……これは、やなせたかしが『チリンのすず』で訴えたいことなのではないでしょうか。
やなせたかしの絵本ばかりお伝えしましたが、ここでは単行本の『十二の真珠』についてご紹介します。
『十二の真珠』は、やなせが昭和43年にPHP誌に連載していた短編童話をまとめたものです。「十二の真珠を並べたような12篇の童話を書こうと思って」とのことで『十二の真珠』というタイトルになりました。
この十二編のほとんどが絵本になったり、アニメになったり、レコードになったりしています。
『アンパンマン』『チリンのすず』も原型というべき作品が掲載されていますから、中学生や高校生もぜひ読んでみてくださいね。
- 著者
- やなせたかし
- 出版日
- 2012-09-22
『十二の真珠』はもともとPHP誌に連載するため原稿用紙3枚程度の文だったので、どの作品も読みやすいです。そればかりではなく、どれも心に染み入る作品ばかり。書籍化するにあたり加筆したお話もあります。
『チリンのすず』もその一つですが、絵本には書かれていない、チリンとウォーの会話などが深く掘り下げてあり、チリンの哀しみがずしりと胸に響きます。
また、「あんぱんまん」も掲載されていますが、これは後の絵本の『あんぱんまん』の原点と言ってもいいでしょう。ここに出てくるあんぱんまんはほぼ人間。ひもじい人には自分のお腹に隠していたあんぱんを差し出すという方法は、後のあんぱんまんとは違いますね。でも、お腹がすいた子どもたちを助ける事だけは今と同じです。
この十二編のお話には、それぞれ冒頭にやなせによる詩が書かれています。詩を読むだけでもやなせたかしの世界にひきこまれますよ!中には自分の詩集に含まれている詩を引用してお話にしているものもありますから元となった詩集もぜひ読んでみてくださいね。
『ハルのふえ』は、『やさしいライオン』と同様、種の繋がり(つまり、血の繋がり)を越えた母と子の絆を描いた作品ですが、『やさしいライオン』と違うのは「離れ離れになった母と子が再開を果たす」ところです。『やさしいライオン』でちょっとしんみりてしまったら、この作品もぜひ読んでみるのもいいですよ!
形は違えど、やなせたかしが考える「絆」というものを感じ取ることができるでしょう。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
- 2009-04-01
この作品では、たぬきのハルが森で人間の赤ちゃんを拾い、自分が人間に化けて愛情をかけて育てます。『ハルのふえ』とは、たぬきのハルが吹く草笛です。母の草笛を真似して森で育った息子・パルはある音楽家に才能を見出されて音楽の勉強をするために都会に旅立ちました。
パルは有名なフルート奏者になり、ハルを迎えに森に戻ります。ハルはたぬきですから森は出られません。ついに本当の事を打ち明ける時が来たのです。その時、息子のバルは……?
この作品を読むと、もしかしたらやなせたかしは『やさしいライオン』でブルブルとムクムクにしてあげられなかった事を、ハルとパルには叶えてあげたのではないか、とまで考えてしまいます。
子どもたちの周りには「いじめ」や「差別」が絶えません。そもそも「いじめ」や「差別」とは「自分たちと異なるから受け入れたくない」という気持ちの表れであるとも言えるでしょう。
『キラキラ』は「異なるものを受け入れられなかった悲劇」を描いています。けっしてフィクションの世界ではなく、現実にもこんなことは起こりそう、そんな気持ちになる作品です。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
『キラキラ』のお話はシンプル。山のふもとにある村に住む2人の兄弟と、山に住むという怪物・キラキラの話です。キラキラは恐ろしい姿をしていて、その姿を見た者は恐ろしさのあまりものが言えなくなると伝えられていました。
結末から言うと、キラキラは倒されてしまうのですが、手放しで喜べません。というのも、実はキラキラも人間を怖がっていたからです。
「わたしの うまれた ほしでは みんな わたしと おなじ かたちです。わたしには あなたたちが おばけに みえます。わたしは おそろしくて、やまに かくれていました」
もし、村人とキラキラがお互いを理解し合っていれば、キラキラも死ぬことはなかったのです。
『キラキラ』は絵本の中のお話ですが、読後に大人も考えさせられるところがあります。ぜひ、保護者の方も一緒に読んでくださいね。
保護者も学校関係者も、「命を大切に」と言いますが、子どもたちにとっては抽象的かもしれません。
『そっくりのくりのき』はそんな子どもたちに命の大切さをそっと教えてくれる絵本です。命は自分だけのものではない、何世代も繋がっている事、そして自分も未来へつなげていく事の大切さが描かれています。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
- 1999-05-01
『そっくりのくりのき』口に出して読んだ時のリズム感の良さがありますね。やなせたかしは、この言葉の響きがいいので栗の木を主人公にしたと、カバー折り返しに書いています。こんな言葉を選ぶセンスもやなせたかしらしいです。
そして、主人公は栗の木ですが、ストーリーテラー的な立場として子ぎつねのコンちゃんが登場します。栗の木とコンちゃんの交流がこのお話の軸となるのです。
くりくりやまのてっぺんにそびえ立つ1本の栗の木。季節ごとに森に恵みをもたらしますが、ある年の夏の嵐で根っこから吹き倒されてしまいました。
でも、くりのきの命は続いています。栗の木が秋に落とした栗から新しい、そしてそっくりな栗の木がたくさん生まれて森になっていたのでした。
新しい栗の木さんたちは自分たちに命を与えてくれた栗の木を讃えます。その姿に、読者である子どもたちは自分たちを重ねるでしょう。
やなせたかしにはアンパンマンなどのシリーズものもありますが、こちらも「いねむりおじさんとボクくん」シリーズの一冊です。
いねむりおじさんは漫画家ですが、どうやらやなせたかし自身がモデルのよう。やなせ本人もあとがきで「ぼくは どうも おとなに なりきれなくて(中略)いねむりおじさんとにています」と書いているくらいです。
『いのちのもりで』は、いねむりおじさんとボクくんの森での冒険が描かれています。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
- 2009-07-10
今回は、いねむりおじさんと僕は森に出かけます。おじさんは絵を描きに行ったはずですが、お弁当を食べるとすぐに眠ってしまいました。もちろんボクくんも寝てしまいます。
目が覚めると、おじさんの友達だという妖精のケロさんに会いました。ケロさんはどうやらおたまじゃくしの妖精のようです。森中を歌でいっぱいにする不思議な力を持っています。
やがておじさんとボクくんとケロさんは、岩だらけのオサビシ島に新しい命の種をまきますが……。
この作品を読むと、いつの間にか「てのひらを太陽に」を口ずさんでしまいそうになります。そう、作詞はやなせたかしですよね。あらゆる生き物の命を尊重するやなせたかしの作風がとてもよく表れている作品です。
「いねむりおじさんとボクくん」シリーズは他にも『いねむりおじさんとボクくんとぶえほん』や『いねむりおじさんとボクくんアップクプ島のぼうけん』もあります。ぜひ、合わせて読んでみてくださいね。
「ガンバリルおじさん」シリーズは、40年近く前に、フレーベル館が幼稚園・保育所向けに配本する「キンダーおはなしえほん」の中の一冊として登場しました。
フレーベル館の「おはなしえほん」はペーパーバックとして配本されますが、すべてがハードカバーとして書店に並ぶわけではありません。この『ガンバリルおじさんのまめスープ』も、しばらくハードカバー化されなかったのですが、ファンの熱心な声がきっかけで出版されました。
こちらもやなせたかしが大事にしている「人間愛」が描かれています。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
- 2001-10-01
ガンバリルおじさんは峠の一軒家に住んでいるのですが、冬は雪に閉ざされてしまいます。この作品はそんな雪の中でのお話です。
おじいさんは、雪山で死にそうになっている旅人を何人も助けてあげます。困った人を助けるのはいいのですが、そのたびにおじさんは自分の持ち物を差し出してしまうのです。読み進めていくと「え~!おじさん、そんな事したら風邪ひいちゃうよ~!」とハラハラしてしまいます。
そんなガンバリルおじさん、丸くて赤らんだ鼻、困った人を見ると助けてあげるやさしさ……まるでアンパンマンのようですね。
やなせたかしもあとがきに「アンパンマンやジャムおじさんの原型になっているようなところがあり」と書いてあります。この「やさしさ」がやなせ作品のエッセンスです。
おじさんのまめスープには、まさにやなせ作品のエッセンスがギュッと入っているようで、読んだ人もスープをいただいたかのように心が温かくなりますよ。
「ガンバリルおじさん」シリーズにはあと一冊『ガンバリルおじさんとぎんいろまん』もありますので、合わせて読んでみてください。ちなみにこの2作はアニメにもなっています。絵本の巻末に掲載されている楽譜はそのまま主題歌になっていますよ。
いかがでしたでしょうか。数あるやなせたかし作品の中から10冊を選んでみました。どの作品も、愛に満ちた視点で描かれているのがよくわかります。ぜひ、お子さんと一緒に楽しんでくださいね。