長年古書店で働き、作家としての成功も収めた出久根達郎。圧倒的な知識を武器に、名作を次々と生み出してきました。そんな彼のおすすめの著書を5つご紹介します。
1944年、茨城県で生まれた出久根達郎は、中学卒業後に上京し、月島の古書店で働き始めました。その後、1973年に独立。杉並区に古書店「芳雅堂」をオープンさせ、長年店主として営みます。
その傍らで作家デビューを果たし、1990年に『無明の蝶』を含め4作の短編が直木賞候補に。1992年には『本のお口よごしですが』で講談社エッセイ賞を受賞し、1993年『佃島ふたり書房』で直木賞を受賞します。
時代小説や随筆を多く手掛けており、古書店で働く中で身に着けた高い教養が作品にも表れているのが特徴です。巧みな表現で人間の心情を細やかに描いている作品が多く、私たちを物語の世界へ連れていってくれます。
古本業界で生きる梶田郡司は、親友の工藤六司と共に古書店「ふたり書房」を立ち上げます。六司が亡くなった後は、妻の千加子と娘の澄子が店を切り盛りし、郡司も手伝いをしながら生活をしていました。
しかし、その千加子も亡くなってしまうのです。郡司は「ふたり書房」を離れ、店は澄子が一人で経営することになりました。慣れない仕事に戸惑いも多い澄子。仕事を覚えようと奮闘しますが、それと同時に、彼女の胸にはある1つの疑問がありました。
一方の郡司は、千加子の死をきっかけに、若かりし頃の出来事を振り返ります。六司との出会い、その後の交流、叶わなかった恋、そして、ある本の収集……彼には、隠し通してきた秘密がありました。
- 著者
- 出久根 達郎
- 出版日
郡司と六司の切ない友情が描かれている本作の舞台は、1960年頃の東京です。この時代は、関東大震災や第二次世界大戦など、大きな変化の中にありました。様々な人間関係に揉まれる青年期の郡司の様子が、時代の動乱とともに鮮明に記されています。
古本業界で長年生きてきた郡司ですが、彼の背中にはどこかミステリアスな雰囲気が漂います。言葉遣いや仕草など、彼の振る舞いから感じられる思慮深さが、青年期に辿ってきた道のりを色濃く映し出しているのです。
懐かしい記憶とともに隠された、決して明かされることのなかった秘密をめぐる物語。今と昔が1つの古書店を通して繋がっていることが、緻密な表現と趣のある話術で語られています。思わず胸が熱くなる、そんな1冊です。
書籍や文書などを守る「御書物同心」の丈太郎が主人公。新米の御書物同心として働き始めた丈太郎は、本をいじっていればすこぶる機嫌がいいという変わり者です。そんな彼を中心に、御書物同心という仕事の内容や、彼の周りで起こるちょっとした出来事が記されています。
火を出すことが許されない仕事柄ゆえ、寒さをしのぐため着物に唐辛子を忍ばせたり、害虫退治や本の点検をする恒例行事を行ったりと、丈太郎が新米として体験していくことが生き生きと描かれています。彼の周りの人たちも、愉快で面白い人物ばかりです。
- 著者
- 出久根 達郎
- 出版日
- 2002-12-13
江戸の町を生きる人々の日常を独特の観点から切り取った、異色な作品です。大きな事件が起きることはありませんが、毎日の生活のなかで出会う新たな発見が生き生きと描かれており、ほのぼのとした気持ちで読み進めることができます。
本に関する専門用語や、江戸時代の言葉が数多く登場するのも、本作の大きな特徴です。当時にタイムスリップして生活を送っているような感覚を味わうことができます。丈太郎を取り囲む、個性的で愉快な人々との掛け合いにも注目。彼と一緒に、本に囲まれた生活を感じることができる1冊となっています。
出久根達郎が経験した、古書に関する様々なエピソードをまとめた挿話集です。古書店で働く中で出会った客との交流が、時に厳しく、時におかしく、赤裸々に描かれています。「あの時こうしておけば……」という後悔の念も所々に垣間見えて、古書店員として働く難しさも随所に見ることができます。
彼の幼少期や青年期の思い出、プライベートな話も収められているのですが、それら全て絡んでくるのが、本。失恋して知った「図書館記念日」、小学生時代に新聞を切り抜いて作った「切り抜き図書館」など、彼の人生は本とともにあるといえるでしょう。
- 著者
- 出久根 達郎
- 出版日
古書店で働く中で生まれた、様々な出会いを描いた本作。出久根の前に現れる客には個性的な人物が多く、中には古書店員としての力量を試すような強者が登場することもあり、波乱の毎日です。
客たちとの思い出にはすべてドラマがあり、それをどこか楽しそうに振り返る様子が、本好きの彼の素性をよく表しています。
1つのエピソードが1~2ページにまとめられており、スピーディーに読み進めてしまいます。各エピソードの題名から、興味を持ったものをランダムに読むのも楽しみ方の1つです。
古書店員として長年働いていた出久根達郎。そんな彼が24人の作家をピックアップし、彼らの作品の価値や、値段をつける際の裏話などを記した随筆です。
また、それぞれの作家の送ってきた人生にも触れ、作品の中に出てくる言葉を引用しながら彼らの生き方を分析していきます。
例えば、『たけくらべ』の樋口一葉。ここでは彼女の貧しい生活をとり上げて、作品の中にお金が欲しいという欲が現れていると分析をしています。描かれている彼女の生活も壮絶で、なんでそんな話を知っているの!?と思わず言いたくなるようなことまで記されているのです。
- 著者
- 出久根 達郎
- 出版日
- 2010-03-12
出久根の圧倒的な知識量が、余すところなく発揮されている作品です。ひとりひとりへの想い入れが強く、十分な量と質があり、本書を読めばぐっと作家たちとの距離が縮まります。
そして忘れてはならないのが、出久根に情報を提供している「龍生書林」の主人、大場啓志。作中にたびたび登場するのですが、彼が持っている情報量がとんでもなく多いんです。
何回読んでも飽きることのない、無限大の魅力が詰まっている珠玉の随筆。24人の作家を知っている人も、そうでない人も楽しめること間違いありません。古書店に足を運んで実際に値段を確認してみたくなりますよ。
生涯で2500通もの手紙を書いたと言われる、日本を代表する文豪、夏目漱石。そんな彼の手紙を抜粋して取り上げ、内容や背景にある出来事を解説している作品です。
漱石の手紙の送り先は、正岡子規や寺田寅彦といった彼の友人や門下生から、妻や子ども、彼のファンに至るまで幅広く、内容も多岐に渡ります。中には、人生の教訓や教育論を説いたものもあり、他人に書いた手紙とは思えないほど心に響くものも多いです。
- 著者
- 出久根 達郎
- 出版日
漱石を慕っていた人は数多くいましたが、もちろん出久根もその1人。本書は出久根の作品ではあまり見られない固い文体で書かれており、漱石を題材にしているということでかしこまっている様子が感じられます。
2500通という膨大な数の手紙が保存されていたということで、漱石がいかに優れた文豪であったかが分かるだけでなく、さらにその内容を抜粋して解説している出久根が、どれだけ漱石を敬愛していたかも感じることができます。作者を介して、当時の文豪を取り巻いていた世界にお邪魔しましょう。
出久根達郎の魅力が詰まった作品を5冊紹介しました。全て読み終わった時、あなたも立派な「本の虫」になっていることでしょう。