小学館ビックコミックで連載されていた『BLUE GIANT』。その卓越した描写とリアルさで、他の音楽漫画とは一線を画す漫画として知られています。『BLUE GIANT』の代名詞でもある、「音が聞こえる漫画」の魅力をお伝えします。
「ブルージャイアント」は、あらすじだけを見ると、一見どこにでもある音楽漫画のように見えます。平凡だった主人公が、どんどん成長していくという、ごくありふれた物語を想像されるかもしれません。
ですが、『BLUE GIANT』の持ち味は、そのリアルさにあります。
主人公・宮本大は、バスケ部に所属していた普通の少年でした。ところが、ジャズにはまったのをキッカケに、どんどんサックスにのめりこんでいきます。 土砂降りの雨の日も欠かさず練習することで、少しずつ実力を高めていく大。
しかし、そんな大ですら、熟練のジャズミュージシャンたちに混じると、徹底的に批判の対象になります。
あるとき、張り切りすぎて周囲の空気を読まず、自分を押し出した演奏をしたことで、お店のお客さんから怒られてしまう始末。お店のマスターからも、「今日はもういいよ」などと痛烈に言われてしまいます。
さらに、上京後もプロにこてんぱんに批判されるなど、読んでいるこちらが辛くなってくるほどです。
ですが、大を始めとした登場人物たちは、時に実力不足に落ち込み、時にままならない現実に苦しみ涙しながらも、決してジャズから離れようとはしません。 仲間に愚痴をこぼすことではなく、ひたすら街を歩き、自らの頭で考えることで、自分なりの結論を出すのです。
そして再びステージに昇り、また演奏を披露します。批判した人々を、身震いさせてしまうような演奏で。
何度叩かれても、自分自身の足で立ち上がる。等身大のカッコよさが溢れるジャズ漫画、それが『BLUE GIANT』の魅力なのです。
- 著者
- 石塚 真一
- 出版日
- 2013-11-29
仙台市出身の少年・宮本大は、中学時代、友人の家でたまたまジャズを聴きます。それからというもの、ジャズ、そしてサックス演奏の楽しさに目覚め、高校卒業後は上京まで決意。ジャズミュージシャンとしての腕を磨き続けるため、日々練習を続けます。
ジャズへの情熱を武器に、ひたすら演奏を続ける大。その実力がしだいに周囲に認められ、土手から小さなジャズ喫茶へ、大きなステージへ、そして仙台のジャズフェスティバル参加とステップアップしていきます。
しかしその道は、決して簡単なものではありませんでした。
リアルさは、お金との関係にも表れています。
大は高校を卒業後、音楽の道に進むため、上京します。
しかしどこかに就職したわけでもない大は、当然収入はありません。仕方なく、友人・玉田の家に転がりこむことに。 親に家賃と学費を払ってもらっている玉田とは違い、大は寄る辺のないフリーター生活。アテもなく、貯金もありませんが、音楽への情熱だけはありました。
大は当面の生活費を稼ごうと、必死にバイトをします。しかし、お金のないときに限って出費が重なるもの。 サックスのために、大は節約を決意します。たとえばラーメン屋に入っても、好きなトッピングを載せたいのに、ぐっとこらえるのです。そんなシーンが度々登場します。
何気ないシーンですが、お金のない時代を経験した人は、思わず共感してしまうことでしょう。この共感してしまうほどのリアルさが、『BLUE GIANT』を名作たらしめているのです。
また、欠かせないのが大と家族との関係です。
大は決して裕福な家庭に生まれたわけではありませんでした。しかし、サックスへの情熱をたぎらせる弟に、就職したばかりの兄はサックスを買ってくれます。兄貴得意の分割払いで、なんて大たちは笑っているけれど、思わず泣いてしまうような素敵な兄弟関係です。
その他にも、初めてのギャラを貰って大はしゃぎするシーンがあるなど、とにかくお金のありがたみを教えてくれるのが、『BLUE GIANT』の魅力なのです。
「ブルージャイアント」は主人公たちが努力によって成功を掴んでいく物語です。
しかし、その「努力」という一言には、それぞれのキャラの積み上げた時間の長さと、悔しさ、そして自問自答が込められています。
演奏を聴いた客たちに時にバカにされながらも、見返してやろうと吹きまくります。さらに、玄人に否定されれば、なにがダメだったのか、どうすれば正解なのか、と己自身に問いかけるのです。それはまるで、精神修行のような一幕です。
大だけではありません。玉田、そして天才肌のように見える雪祈でさえ、凄まじい努力を重ねています。時間を忘れ、汗を流し、夜が更けるまでずっと練習を重ねるのです。
その様は、まさしくジャズの虜になっているというに等しく、漫画においてよく揶揄される「ご都合主義のレベルアップ」などといった批判を挟む余地を与えません。
『BLUE GIANT』は、努力の尊さと難しさを伝えてくれる漫画であり、読者を引きこませてくれるのです。
「ブルージャイアント」の最大の魅力として、「音が聞こえる」というものがあります。
もちろん、漫画を読んで音楽が聞こえるわけはありません。しかし、『BLUE GIANT』はその巧みな漫画的技法によって、まるで音が聞こえてくるように感じるのです。
たとえば、大たちのトリオJASSが演奏するシーンはこのようになります。
まず、暗い店内に照らされるステージに立つ三人。玉田のドラムから始まり、雪祈の伴奏、そして客の視線を集めたところで大のソロ。汗だくになり、サックスを吹き、雪祈のピアノもヒートアップしていきます。
徐々にその演奏も激しいものに。 暗い客席のなかで、観客が息を呑む表情、反対に、ジャズを聴きなれた玄人は、腕を組んで難しい顔をしています。時に、あまりの興奮にぞくっと身を震わせながら。
そこに、ありがちな解説のようなものは存在しません。効果線の技術や描き文字の勢いによって、音が聞こえてくるように見えるのです。
ものすごい技術で描かれた漫画だということを、ここで読者は感じるでしょう。
また、『BLUE GIANT』は「無音を操る」作品であることも、忘れてはいけません。
雪祈が挫折を味わったあと、まったく無音の回があるのです。
普通の漫画であれば、無音だけの漫画なんて楽しいわけがないと思うことでしょう。 しかし、巧みな表情とコマ回しによって、雪祈が何を考え、何を決意したのか、心の変化を読者は読み取ることが出来るのです。これは、世に数多ある漫画のなかでも、そうそう見れるものではありません。
ゆえに『BLUE GIANT』は音が聞こえる漫画と呼ばれ、多くの読者の心を奮わせるのでしょう。
最終巻となる10巻で、衝撃の事件が起きました。
雪祈が幼い頃から目指していた、日本一のジャズクラブSoBlueへの切符を手にしたJASS。しかし、アルバイト中、交通案内をしていた雪祈のもとに居眠り運転のトラックが突っ込み、雪祈は重体。特に手が、無残な有様になっていたのです。
ピアニストの雪祈にとって、これは致命的な事件でした。雪祈が、人生をかけて挑んできたジャズピアノ。その最大の晴れ舞台を直前に控えた彼に起こった悲劇……。JASSの柱でもあった雪祈の怪我は、『BLUE GIANT』のなかでも最大の事件ともいえるでしょう。
- 著者
- 石塚 真一
- 出版日
- 2017-03-10
リアルさがウリの『BLUE GIANT』とはいえ、これにはファンもひどくショックを受けました。しかしこれもまた、人生がままならないことを、漫画を通して教えてくれる気もします。
果たして大と玉田は、この危機を乗り換えられるのでしょうか。
いよいよ、日本編終了となる最終巻。ぜひ、結末はご自身の目で確かめてください。
10巻でドイツに旅立った大。続編「シュプリーム」では、彼が単身ドイツに渡り、孤独と戦う様子が描かれます。
後ろ盾も何もない状況で異国の地に来て、知り合いすらいない状況。寂しさを感じる大ですが、本当にひとりという訳ではなく、彼にはサックスがあります。
まずは演奏できる場所を探そうと動く大ですが、「若いアジア人」というだけで話すら聞いてもらえませんでした。
今まで日本にいた時は新たな出会いや今までの繋がりから演奏場所があったものの、ここでは聞いてもらうことすらままなりません。
- 著者
- 石塚 真一
- 出版日
- 2017-03-10
落ち込む大でしたが、ある日河原で練習していると、ひとりのおばあさんが彼の曲を聞いて手袋を渡してくれます。
単身海外に渡ったことに不安だった大ですが、協力してくれる人がどこにでもいるんだ、と考え直します。
そしてそのあと彼は、今後に関わる重要な出会いをし……。
今までリアルな演出で読者の心を掴んできた本作ですが、海外版でもその様子は健在です。未経験から大出世を果たしたともいえる大ですが、一歩日本の外へ行けば、何もない怪しい外国人。
そこでどう実績をつくっていくのでしょうか?
1巻で、自分の夢に共感してくれるクリスという人物と出会った大。彼の頑張りにより、ついに演奏の機会を得ることに成功します。
そこで彼の演奏を聞いたクリスの友人たちは、徐々にジャズに興味を持ち始め……。大の演奏が国籍を超えて人の心を動かす様子に胸が熱くなります。
- 著者
- 石塚 真一
- 出版日
- 2017-06-30
そんな中、大はバンドメンバーを探すため、ミュンヘン中を走り回ります。そしてそこで見つけたのが、ベーシストのハンナという女性。彼女は小柄ながら力強い演奏を魅せる人物で、大はその演奏に引き込まれ、早速一緒に演奏をしたいと伝えます。
しかしそれに対してのハンナの答えははっきりとノー。しかしもちろん大はそれくらいで諦める人物ではなくて……。
2巻は登場人物それぞれの物語に思いを馳せることになる、胸が熱くなる内容でした。クリスがなぜここまで大に親切にするのかを説明する過去のエピソード、ハンナのパーソナリティゆえの葛藤、孤独など、それぞれの人生、物語に読まされます。
そして彼らの人生に演奏によって影響を与える大。彼の生きざまが音になり、読者にも聞こえてくるようです。
2巻でハンナを追いかけるためにクリスと別れてミュンヘンを離れ、ハンブルグで活動をすることになった大。ついに彼の気持ちが伝わり、一緒に組むことになります。
ふたりが再会するきっかけをつくってくれた楽器店店主の男・ボリスの配慮で、その後ふたりは小さなライブハウスで共演することに。そこには耳の肥えた評論家やレコード会社の面々が集まっていました……。
その後、ふたりは首都ベルリンに向かい、新たな出会いします。
- 著者
- 石塚 真一
- 出版日
- 2017-10-30
3巻ではどんどん大の世界が広がっていくのを感じます。さながら昔話の桃太郎のようにどんどん仲間を増やしていく大ですが、それぞれの人物の個性が強いので、ついつい物語に引き込まれてしまいます。
また、ハンナがソロで演奏するシーンもあり、一曲の中で成長していく彼女の姿をみて取れます。その場にいた有識者たちが大とハンナの演奏から感じた印象を、あなたもストーリーから感じ取ることができるはずです。
4巻ではついに役者が揃います。今回は何とふたりの新キャラが登場。ポーランド出身で口の悪いピアニスト・ブルーノ、そして彼とは正反対のドラマー・ラファエルです。
ふたりの経歴、性格は正反対。しかも過去の因縁があることから、言い争いが絶えないのですが……。
- 著者
- 石塚 真一
- 出版日
- 2018-02-23
4巻では1巻の中にふたりの新キャラが詰め込まれましたが、ふたりとも決して頭数合わせではなく、魅力のある人物です。過去の因縁と正反対な気質からぶつかりあうふたりですが、音楽へのこだわりという本質は共通していることが感じられ、どちらも応援したくなります。
彼らが言葉だけではなく音楽でぶつかり合う様子は、圧巻。ぶつかり合っているのに、それが大きなうねりになって音楽をつくりだす様子にゾクゾクしてしまいます。
ついにカルテットが完成し、世界一を目指すために、まずはヨーロッパ一を掲げた大。この4人でどう始動していくのか、5巻が待ちきれません!
ある日、大がメンバーに自分の作った曲の楽譜を渡します。それはなかなか見られた出来ではありませんでしたが、彼はそれとは別に用意した音源データをみんなにメールで送ったから、と言います。
そのタイトルは「I’m here」。それぞれひとりの時に聞いてほしいと大は言いました。そして実際にそれを聞いたメンバーたちは……。
- 著者
- 石塚 真一
- 出版日
- 2018-06-29
5巻は、ついにメンバーが揃ってから初めてのライブが行われます。地道に店を探していた大ですが、なかなか後ろ盾もない無名のバンドを使ってくれるところはありませんでした。
しかし、そこはやはり、大。自分のサックスの演奏を聞かせ、何とかライブOKの返事までこぎつけたのでした。
しかし、リハーサルもバッチリだった彼らの初ライブの内容はというと……。
ここからの展開はまさかまさかのもの。ポンポンと次から次へとストーリーが転々とし、何とそのまま彼らはツアーに出ることに。
なぜそうなったのか、初ライブの結果はどうだったのか。ぎこちなくも確実に進み始めた物語からをご覧ください。
いかがでしたでしょうか。衝撃的なラストを迎えた『BLUEGIANT』。しかし、この逆境すら彼らがどう乗り越えるのか、見守ってしまうのが惚れた弱みというものですよね。『BLUEGIANT』は『BLUE GIANT SUPREME』へと続き、また新しい舞台での物語が始まっています。この名作がどのように続いていくのか、ぜひあなたの目でご覧ください。