文芸

グレアム・グリーンのおすすめ本5冊。代表作『情事の終り』など

更新:2017.8.23 作成:2017.8.23

イギリスの作家グレアム・グリーンは、特に人と信仰の根本を問いかけるようなテーマの作品が多く、評論や詩集、戯曲、絵本など多彩なジャンルの作品を残しました。子どもから大人まで、多くの方におすすめできる作品です。

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20世紀を代表するイギリス作家、グレアム・グリーン

1904年イギリス生まれのグレアム・グリーン。

グレアムの通っていた学校の校長が実の父であったことは彼を悩ませ、反抗的な少年時代を過ごします。その頃彼はスパイ小説を愛読しており、そこで得た「裏切り」というテーマが、後の彼に影響を与えたのかも知れません。

オックスフォード大学在学中に、カトリック信徒の妻と結婚するため改宗しました。卒業後タイムズ誌でジャーナリストを経て、作家デビューし、以降順調にキャリアを積みます。

作品の多くは映画化もされ、戯曲や絵本まで幅広く執筆し成功しました。アメリカ探偵作家クラブ賞や、エルサレム賞などを受賞します。

長年ノーベル賞候補として名が上がりましたがその機会はないまま、1991年にこの世を去りました。

愛も信頼もない現実。少年たちは今この瞬間を生き抜く。

17歳のピンキーは、イングランド・ブライトンの貧民街に住みつく不良少年。社会に対していつも苛ついていて、硫酸とカミソリを常に携帯し、どんな悪事も厭わない!という姿勢です。といっても、硫酸もカミソリも、もっぱら見せつけて脅すためのものですが。

しかしある時、ピンキーは仲間とともに突発的に人を殺してしまいます。彼らはアリバイを偽装して逃げました。しかしあるウェイトレスのアイダが彼らの怪しげな行動を目撃しており、ピンキー、そして彼のガールフレンド・ローズに付きまとうようになるのです。

追い詰められたピンキーがとった行動とは……。

著者
グレアム グリーン
出版日
2006-06-23

グレアム・グリーンの初期の代表的長篇です。

ピンキーは世の中を恨み、憎む、身勝手で傲慢な不良少年として登場しますが、一方で女性経験がなく、それを欲してすらおらず、神の存在を当然に確信しており、たびたび心の内で祈りを唱えさえするという、どこか高潔なところもある不思議な少年です。

読者はピンキーの持つ二面性から、彼に秘められた純粋さや繊細さを感じ取るでしょう。道で人とぶつかって怒っておきながら、相手の目が不自由だったことに気付くと動揺してしまうなど、非常に多面的で、そこに魅力があります。

ガールフレンドのローズは、彼とは真逆で絵に描いたように純朴です。どんなに不良として振舞っても、ふいに彼女に価値観を合わせようとするピンキーの様子は、まったく普通の少年です。敬虔なローズに、「俺も昔聖歌隊にいた」と言って聖歌のふしを歌ってみせるシーンは、美しく悲しさがあります。

ローズは純粋で、ピンキーがどんな人間であろうと愛を誓い、ともに堕ちていくことも覚悟します。ただし、ピンキーも彼女を愛しているかというと、そうではありません。二人は最後までかみ合うことはなく、残念ながら衝撃的なラストを迎えます。

法律を通して見れば、彼らの行いが正義か悪は明らかです。しかし、常識を覆しかねない芸術が、そこにはあるのです。

戒律を捨て迫害から逃亡する神父に、重大な決断が迫られる

1930年代、共産主義政権のメキシコでは、キリスト教は激しく弾圧されていました。教会は破壊され、聖職者も例外なく暴力と殺害の対象となります。

山岳地帯に位置する教会で「ウィスキー坊主」と呼ばれる神父は、あだ名にされるほどの酒好き、また女好きで、ある女性を妊娠させしまったことで当局に追われ、逃亡していました。

彼の友人のホセ神父は、戒律を捨て神父も結婚せよいう当局から出た法令に従い、仕方なく家政婦を妻にして暮らしていました。しかしそれは当局の目論見で、潔い死を選ばず、戒律を捨ててまで現世に留まる神父の姿を見せることで、教会の偽善を信者に知らしめためです。

市民からの尊敬を亡くした二人の神父は、それでも堕落を犯すほかないのでした。死んだ仲間を羨ましく思いながら、苦悶する日々を送ります。

著者
グレアム・グリーン
出版日
2004-09-08

ウィスキー坊主の方は堕落こそしていますが、当局に抗う意思はあり、市民からのミサや告解などの要望に応えるつもりもあります。しかし、もし市民が彼を匿っていることが知れたら、市民たちともども悲惨な目に合うでしょう。彼の逮捕に執念を燃やす警察が迫り、神父は悩みます。

中盤で登場する、「善良な」信者を自負する、メキシコ人とインディアンの混血の男が、この物語の鍵です。自分のことを頭が良いとか、気が利くとか、善良だとか言う人というのは、その言動自体がそうでない証拠なのですが……、彼の行動に注目です。

広い視野で見た「信仰」というものについて、そして極限の状況下においての人の良心や正義について描かれた傑作と言えます。

また、グレアム・グリーンの著作を最も読み込んだ日本の作家は『沈黙』などで有名な遠藤周作だと言われます。グリーンもまた遠藤の作品を読んで評価の手紙を送り、会ったときには20歳近く歳が離れているにも関わず、気が合い話が弾んだそうです。

『沈黙』には、『権力と栄光』から受けた影響や共通点があるので、ぜひ合わせて読んでみてください。

グレアム・グリーンが描く、戦争がもたらす人の闇

イギリス人のロロ・マーティンズは、安価なペーパーバックの西部劇ものを書いている作家です。ある日、成績優秀な学友であり20年来の友人・ハリー・ライムに招かれて、彼のいるウィーンまでやってきました。

しかし、ハリーの部屋を訪ねると、なんとハリーは事故死し、葬儀が終わろうとしているところで、この後埋葬されるのだと知らされます。警察からはハリーが不法な取引きに手を染めていたと聞かされますが、ロロは信じられません。

ロロは真相を確かめるべく、一人で調査を始めます。事故現場にいたというハリーの友人たちに聞き込みを行ううち、ロロの知らないハリーの本当の姿が少しずつ明らかになっていくのです。

そして、現場にいた三人の男のうち一人が、誰なのか判明していません。第三の男とはいったい、何者なのでしょうか。

著者
グレアム グリーン
出版日
2001-05-01

この作品は、映画化を前提として書かれた作品で、1949年にキャロル・リード監督によって作られた映画は大変評価されました。内容は小説とは少し異なり、結末も違いますが、著者のグレアムは映画作品としての『第三の男』の出来栄えに納得したと言います。

舞台は、第二次大戦終戦後。米英仏ソ4ヶ国に分割統治され、優雅な文化を誇ったウィーンが荒れていた時代です。国の人々の荒んだ心が、雰囲気として作品を満たしています。ロロの学友だったハリーも、戦争を生き延びる間に、別の人間へとなっていったのです。

さくさくと読みやすく、場面の映像が目に浮かぶような文章と、手に汗握るスリリングな展開は魅力です。徐々に明かされていく真実を追ううち、ハッと何かに気付いて、思わずページを遡ってしまうでしょう。

また、西部劇を書き、ハンバーグステーキを好むロロが、かの芸術大国ウィーンで知性のなさを指摘され、オーストリア人たちから嘲笑される場面が、本作のひとつの見どころ。勧善懲悪の西部劇を書いている、ある意味単純なロロと、複雑な人生を強いられたハリーの姿が対照的です。

本書を読んだ後には、『情事の終り』を読むことをおすすめします。それぞれの作品の設定には共通点が多く、またリメイク的な要素あるため、作品をより深く楽しめるはずです。

グレアム・グリーンがおくる大人の恋。静けさのうちに人生の本質と向き合う。

中年の作家ベンドリックスは以前、高級官吏(役人)のヘンリーを取材するために関わった、ヘンリーの妻・サラと会ううち、不倫関係に陥りました。ベンドリックスは彼女をすっかり愛します。

サラも、ベンドリックスを愛しているとたびたび口にしますが、彼には彼女が自分を愛しているようには見えませんでした。程なくして、二人の関係は終わりを迎えます。

一年半後、偶然ヘンリーに出くわして話をしてみると、サラが何か隠し事をしているらしいと悩んでいました。ベンドリックスは、彼女に新しい男ができたのだと予測し、嫉妬と憎しみで探偵まで使って真実を知ろうとします。

しかし、真相はベンドリックスが思っているような単純なものではありませんでした。

著者
グレアム グリーン
出版日
2014-04-28

グリーンを思わせる中年作家が主人公で、自己のすべてを見事にさらけ出した作品です。日常的な些細なやり取りを通して、ベンドリックス自身や彼を取り巻く人々の心情を深く観察しています。

ベンドリックスは、「冷静になれ」と幾度となく自分に言い聞かせながら、自分のことやサラたちのことを考え、戸惑い悩みます。彼は過去に囚われて、現在を生きていないようにも見えるのです。

サラは、愛を信じたいと思いながらも信じられず、また神を信じようとしながら信じられず、結局は何のよすがもなくずっと孤独なままでいました。長い間「信じる」ということ、彼女は戦っていたのです。彼女は周りの男たちが考えるより、もっと深い次元で生きることと向き合っていたのでした。

信者にとって、信仰は人生そのものに関わります。小さなことはもちろん、重大な事柄のときほど神は存在感を示し、良心を問うてくるのです。ましてやサラが陥った不倫という事態は、彼女を大変悩ませ、苦しませていたということが最後に分かります。

それに比べてベンドリックスには、「サラを手に入れたい」という欲求しかなく、それが愛するということだと思っている様子。ここでも、対照的に描かれた二人の登場人物の姿は、注目してほしいポイントです。

絆を求めたら負け。スパイ経験のあるグレアム・グリーンだから書けた作品

いつも決まった時刻の電車に乗り、決まった店でランチを取る公務員・カッスルは、はたから見れば真面目で几帳面な普通の男性です。しかし彼はもう30年以上、イギリス情報部で働いています。部にいるのは上司のワトソンと、助手のアーサー、そして秘書シンシアの4人です。

ある時、国家の極秘事項が漏洩します。上層部はスパイを特定すべく秘密裏に捜査をすすめ、嫌疑をかけられたのは、アーサーでした。彼の独身であるがゆえの派手な身なりや行動が、機関に目をつけられてしまったのです。

アーサーは上層部から存在を狙われます。しかしそんな状況で、板挟みにあう立場のカッスルも深く悩んでいました。

著者
グレアム グリーン
出版日
2006-10-12

実際にスパイ活動をした経験のある著者によるスパイ小説は、命がけのアクションシーンや怒涛の展開があるわけではありません。じわりじわりと高まる緊迫感から、主人公の揺れ動く心理を鋭く見つめる、リアリティある作品です。スパイ小説というよりは、人間の価値観や深層心理を描いた、静かで深い魅力を持つ大人の小説ともいえます。

作中では、毎日同じ行動を繰り返すことは、スパイとして重要だと説明されています。また、カッスルがランチに選ぶ店がいつも同じであることの理由を、いつでも説明できるようにしてある、ということから、スパイとしての彼の徹底ぶりを垣間見ることができるでしょう。

カッスルは、自身の素性などの事実を知らされていない妻・セイラをとても愛し、その連れ子だったサムも本当の息子として大事にしています。ただその愛し方は少し独特で「本当の子ではないからこそ愛せる」という、妙な言い方をしているのです。

彼は言動の端々に、どことない矛盾を感じさせ、掴み所がありません。スパイとして祖国を裏切って別の国に尽くしたり、大切に愛しているはずの家族を危険にさらしたり、几帳面な公務員のカッスルから、徐々に一貫性のなさが感じられてきます。

本作の結末からは、「そもそも世界の真理に、絶対も正解もない」ということを考えさせられます。言い知れぬ余韻の残る作品です。

幅広いジャンルの作品を描きながら傑作の多いグレアム・グリーンの世界に、あなたならどの作品から入るでしょうか。子供の頃から批判的精神を持ち、世界の上辺でなく深部を見つめて生きていた彼の作品からは、普段気付かない、人生の重要なヒントが得られるかも知れません。ぜひ色々な作品を試してみてください。