5分でわかる方丈記!無常観の裏にあった時代背景や内容を解説!

更新:2021.11.10

「無常観」の考えをもとに鴨長明が書きあげた鎌倉時代前期の名随筆『方丈記』。無常観とはどのようなものなのか、またそれを生み出した時代背景には何があったのでしょうか。この記事では内容を解説するとともに、鴨長明の紹介と、作品をさらに知るためのおすすめ本をあわせてご紹介していきます。

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日本三大随筆のひとつ『方丈記』とは。冒頭は「行く河の流れは絶えずして」

『方丈記』は鎌倉時代前期の1212年に書かれたといわれている、鴨長明(かものちょうめい)による随筆です。『枕草子』『徒然草』とあわせて日本三大随筆と呼ばれています。1巻で完結しており、他の2作品と異なり短編集であることが特色のひとつです。

仏教の考えである「無常観」をもとに、大火や竜巻、飢饉、地震などの厄災による不安な情勢や、思い通りにならない作者の人生について、また日野山における方丈庵での閑居生活の様子と心境が、整然と簡潔な和漢混交文で綴られています。

和漢混交文とは、ひらがなによる和文と漢字による漢文がまざって書かれた文章のことです。

題名は、長明が晩年に居住していた方丈(約3m四方)の草庵にちなんで付けられました。

「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。」(『方丈記』より引用)

本作はこのように、無常観をたとえた冒頭部分から始まります。前半はこの世の無常を認識し、後半では草庵における世俗を捨てた閑居生活の楽しさを語っています。

しかし最後にはその生活さえも否定するという流れの構成は、論旨をはっきりさせたわかりやすく格調高い文章として高く評価されているのです。

さらに厄災の記述の部分における的確でリアルな描写法は、後の『平家物語』などの中世文学にも大きな影響を与えました。

作者の鴨長明について

平安末期から鎌倉時代初期にかけての歌人、随筆家であった鴨長明は、1155年に京都の下鴨神社の神官、鴨長継の次男として生まれます。7歳で従五位下となるなど幼少期は恵まれた生活を送りました。

長明が18歳の頃に父が亡くなってしまい、その後は波乱の多い人生を送ることになりますが、日本史上有名な人物ともかかわっています。彼は優れた芸術的才能があったため、和歌を源俊恵に、琵琶を宮中雅楽の担当者だった中原有安に学びます。さらに『千載和歌集』に1首入集して勅撰歌人となって以後は歌人として活躍しました。

『新古今和歌集』編纂のために再興された和歌所の寄人(職人)に任命され、その熱心な仕事ぶりを目にした後鳥羽院に、河合社(下鴨神社の付属社)の神官に推挙されるところまでいきますが、同族の鴨祐兼の反対で実現せず、失意のまま長明は50歳頃に出家することになったのです。

長明は大原での隠棲の時期を経て、日野法界寺近くに方丈の庵を建てて移り住みます。そのころ、幕府が開かれた鎌倉へ下向し、将軍源実朝と面会をはたしました。しかし、期待した和歌の師範にはなることができず、そのむなしさが『方丈記』の執筆の動機であったともいわれています。

作品はほかにも、約80段の歌話からなる歌論書『無名抄』、仏教説話集『発心集』などがあります。

『方丈記』が書かれた時代背景。「無常観」ただよう転換期

長明が生まれた時代は、1156年の後白河天皇と崇徳上皇の対立による保元の乱、1159年の平清盛と源義朝の対立による平治の乱が起こった政変の時代でした。

すなわち、平安時代の公家による政治から、平氏政権を経て、武士が台頭して政権を握る鎌倉時代へと世の中が大きく転換していった時期に長明は生きたことになります。

この時代で、釈迦の入滅後にその教えが忘れ去られ、世は衰退して災いや戦乱が相次いでくると信じられた末法思想が広まりました。

この思想を背景に、世の中に対する人々の価値観が大きく変わり、世の中にあるすべての存在は変化するものであり、不変、不滅のものはないという「無常観」が民衆に浸透していったのです。平氏政権に変わって源氏による鎌倉幕府が成立したことも、人々には無常と感じられました。

さらに京の都では、天災がたて続けに起こり、人々の不安が増大。長明もこれらの政変や災害を体験し、世の無常を強く感じたに違いありません。

このような時代にあって、都の中心部を離れ山里にこもる隠者が出現し、「無常観」を主題とする作品が生まれました。その隠者文学の代表ともいうべき存在が『方丈記』なのです。

『方丈記』の内容。「養和の大飢饉」など記録文学としても高い評価。

『方丈記』は、仏教の考えである「無常感」をもとに、人の世の儚さが綴られています。

冒頭部分では、川の流れなどを例にあげながら無常を説き、人生観を述べています。

続いて、長明自身が体験した厄災を、真に迫る描写で詳しく解説。安元の大火、治承の辻風、福原遷都、養和の大飢饉、元暦の大地震などがこれにあたります。これらに関する記述は、記録文学として高い評価を得ているのです。

後半では、長明が関わった人々との関係を述べ、挫折を味わった後に出家して方丈庵での閑居生活に至るまでの想いを綴っています。

そして、方丈庵の間取りや周辺の風景も含めて住居論を展開し、そこでの生活を賞賛しながら紹介していきます。しかし最後には一転、その生活をも否定し、自分の人生に対して仏教者としての観点から自問自答をくり返して終わるのです。

この問いに対する答えを、のちの著作である仏教説話集『発心集』などで模索し続けていきました。

総ルビつきの原文ですらすら読める『方丈記』

著者
中野 孝次
出版日
2012-10-16

大きめの文字で書かれた原文は、すべての漢字と旧仮名づかいのひらがなに現代仮名づかいのルビが付いていて読みやすくなっています。本書は、原文の後にわかりやすい現代語訳や、いくつかの章ごとにまとめた解説が続いている構成です。

全文でも長くない『方丈記』を、表題通りすらすらと一気に読めるでしょう。もちろん現代語訳と対比させて読む方法にも便利な構成になっており、入門書としては格好の一冊だといえます。

何度も『方丈記』を読み返しているという作者の、長年にわたる研究による新しい視点での解説と、時代背景や鴨長明に関する最後の補記の部分は、作品理解を深めるのに役立つでしょう。

専門書のような文庫本

著者
鴨 長明
出版日
2010-11-25

原文と脚注、補注、現代語訳、そして最後に鴨長明と『方丈記』に関する解説、という構成で書かれていますが、この本の大きな特色は、文庫本にもかかわらず豊富な参考資料が載っていることでしょう。

各種諸本が存在するなかで、本書は大福光寺本を主として原文を表記しています。略本系の長享本や延徳本、真字本も採録し、『平家物語』や『池亭記』など関連の資料も付けられています。そして、鴨長明年譜、語彙に関する総索引も載っており、専門書といってもいいほど充実した内容となっているのです。

原文、現代語訳とも読みやすいのはもちろんですが、文庫本で本格的にじっくり読み、研究するための1冊としておすすめです。

異なる視点の『方丈記』、鴨長明論

著者
堀田 善衛
出版日
1988-09-01

本書は訳本や解説本ではなく、芥川賞作家でもある著者が、自身の戦時中の体験を鴨長明が体験した厄災に重ね合わせたうえで、作品そのものを再考しているもの。冒頭で著者は、次のように述べています。

「私が以下に語ろうとしていることは、(中略)鴨長明『方丈記』の鑑賞でも、また、解釈、でもない。それは、私の、経験なのだ。」(『方丈記私記』から引用)

長明の人生を丹念に追い、その人物像をも浮き彫りにしているため、他書ではみられない、かなり異なった長明像を感じることができるでしょう。

また、付録として著者と作家の五木寛之による「再読」というテーマでの会談録が掲載されており、さらにちがった視点で作品と鴨長明の理解を深めることができるでしょう。

現代的な口語訳で読む『方丈記』

著者
["濱田 浩一郎", "鴨 長明"]
出版日
2017-01-24

作品の1節ごとに、内容を要約したキャッチコピー、現代口語訳、原文、解説が収録されています。

表題のとおり、口語訳はまさに現代的な文章でつづられており、有名な冒頭部分も次のような訳文になっています。

「河をじっくり眺めてみよう。するとどうだろう。あら不思議。ふだん何気なくボーっと見ていた時には思いもしなかったことを発見したよ。……」(『超口語訳 方丈記』から引用)

鴨長明を「長明さん」という表現で統一しているのが特色のひとつです。

それぞれの節ごとの解説は、時代背景を記述しながら書かれており、その時代の人々の生き方、考え方を捉えながら原文、口語訳を読めば、作品や長明への理解がより深まるでしょう。

現代でも名作として読み続けられている『方丈記』。鴨長明の生き方、考え方が現代人の心にも響くものがあるからでしょう。人の生き方を考える本として、ぜひ読んでほしい古典です。

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