陸軍幼年学校に通う少年たちが「眷属」と呼ばれる神様の使いを操って戦うファンタジー漫画『神軍のカデット』。混迷の時代独特の窮屈さや、軍隊の厳しさを描いた作品です。今回は、時代考証や旧日本軍の規律といった細かい設定にもこだわりが見られる本作の見どころを紹介します。
川端新の『神軍のカデット』は、1936年2月の日本で実際に起きたクーデター「二・ニ六事件」を題材にした作品です。史実にファンタジー要素を盛り込みながら、動乱に巻き込まれていく少年たちの姿を描いています。旧日本軍の厳しい思想教育や規律といった息の詰まりそうな窮屈さが、主人公・有賀の態度と作中の空気感からビシビシと伝わってきます。
それだけならただの堅苦しい軍隊漫画にすぎませんが、もう一人の主人公・橘や、軍医・緒方といった美少年たちが醸すミステリアスな雰囲気が、男だらけの限定された社会で異様な色気を放ち、読者の目を引きます。
作者の川端新は、本作を手掛ける前はBL(ボーイズラブ)作品を手掛けていました。そのため、どこか儚げな男性の色気を描くのが得意なのかもしれません。
- 著者
- 川端 新
- 出版日
- 2016-08-12
また二・ニ六事件という日本史上最大のクーデターを扱いながら、その戦いの中に「眷属」と呼ばれる霊獣などのファンタジー要素を加えることで、作品をさらに読みごたえのあるものにしています。人智を超えた力を前に奮闘し、成長する将校生徒たちの姿は必見です。
今回はそんな『神軍のカデット』の魅力を、最新第3巻までネタバレを交えながら紹介していきます。
「狼」の霊獣に守られる有賀と、「黒龍」の霊獣に憑かれた橘。
同じ将校生徒という立場でありながら反発し合っていた2人は、とある出来事をきっかけに互いの秘密を共有し合います。そして、橘の男気に魅せられた有賀は彼に忠義を尽くすと誓い、橘は拙くも自分に忠誠を誓う有賀を見守ることにしたのでした。
そして、2人は陸軍幼年学校にいながら、「眷属」という霊獣を操る力を持つ者たちが集まる特殊部隊に配属され、霊獣を兵器として扱うための制御訓練を積んでいくことになります。
二・ニ六事件へと至る、旧日本軍上層部の中に潜む陰謀と、力を求める大人たちに振り回される少年たちを描いた物語です。
主人公の有賀は母親に女手一つで育てられ、母を守れるくらい強い男になりたいという思いから陸軍幼年学校に入学します。入学の際、彼は母から「眷属様が危険から守ってくれるように」と願を掛けた首飾りを貰いました。
学校での有賀は「母のため、国のため」と凝り固まった考えが原因で気持ちだけが先行し、やや空回り気味。そんな彼はある日、不思議な雰囲気を持った美少年で、周りから浮いた上級性・橘と出会います。
橘は日露戦争で武勲をあげた少将の息子でありながら「戦いたくない」と発言したり、訓練中に花を愛でたりと、軍人らしくない言動をする生徒です。彼の態度に女々しさを感じる有賀は腹を立てるのですが、プンプンと怒る姿は子供っぽさの残る可愛らしいもので、読者を和ませます。
その後も、真面目すぎて余裕の無い有賀は何かと橘に突っかかりますが、掴み所のない橘は彼を軽くいなし、からかいます。一見水と油な2人のやりとりは、よく見るとまるで兄弟のようです。
- 著者
- 川端 新
- 出版日
- 2016-08-12
そんなある日、新入生の歓迎会を兼ねた肝試しが行われました。そのなかで橘は、彼を異分子扱いする同級生から制裁を受けてしまいます。しかしその時、身につけていた腕輪が壊れて「黒龍」が姿を現し、同級生に危害を加えてしまいました。
力を制御する役割を持っていた腕輪が壊れたせいで黒龍の力は暴走し、橘の力だけではどうすることもできなくなてしまいます。そんな絶体絶命の状況を治めたのは、有賀の首飾りに宿っていた「狼」でした。こうして霊獣を持つ者同士だとわかり、何よりお互いに惹かれるものを感じた2人は、主従の誓いを結ぶのでした。
橘を兄貴分として忠義を誓う有賀の必死な姿からは、幼さの残る男の子の成長の瞬間が見え、グッとくるものがあります。
黒龍や狼といった霊獣とは、有賀の母が願いをかけた「眷属様」とはいったい何なのか、そして、これらが物語にどう絡んでくるのか……。今後の展開が楽しみな第1巻です!
第2巻では、「梟」の霊獣を持つ軍人・吉良が幼年学校の教員として新たに赴任してきます。
よからぬ企みが見える言動と冷たい表情、そして何より軍医の緒方とのただならぬ関係をにおわせる吉良は、キーパーソンとしても、大人の男の魅力満載のキャラクターとしても注目です。
さらに、軍上層部との黒い繋がりを思わせる「豊天会」という宗教団体まで登場します。見込みのある一般人に霊獣を憑りつかせる儀式を行っている豊天会は、有賀のクラスメイト・古河原に目をつけ、接触を測っていたのでした。
- 著者
- 川端 新
- 出版日
- 2017-02-10
第2巻から登場した人物のなかで最も重要となるのは、橘の持つ黒龍の力を安定させるための腕輪を作った女性・こひろでしょう。橘からも「大事な人」と紹介されています。霊獣に関わることのできる彼女もまた、今後の物語に深く関わってきそうです。
また、有賀のライバルになりそうな雰囲気の「虎」の霊獣を持つ少年・日崎まで登場して、さっそく有賀に喧嘩をふっかけてきます。彼は有賀にどんな影響を与えてくれるのでしょうか?
登場人物が急激に増えて、物語がさらに進みだした第2巻。霊獣も続々と登場し、秘密の一端も見え始めた物語は、着実にクライマックスへと進んでいきます。
第3巻では、ついに吉良の真の目的が明らかになります。彼から明かされた目的は、「霊獣を兵器として利用すること」と「霊獣を持っている人間で構成される特殊部隊の創設」というもので、有賀と橘はその特殊部隊への参加を命じられるのです。
2人が配属された部隊には、橘の友人で「狐」の霊獣に憑かれている竹も一緒に配属され、ともに霊獣の制御訓練に参加することになります。
さらに、橘に憑いている黒龍が、強力な能力を秘めていることがわかりました。それは「人心掌握」。他人に命令して心理操作することで、物事を自分の思い通りに運ぶことができるという、驚異的な能力です。
- 著者
- 川端 新
- 出版日
- 2017-06-12
不穏な活動が目立っていた豊天会の動きがさらに活発になり、ついに古河原が手を出されたことで物語は加速し始めます。有賀は古河原を豊天会の魔の手から救い出すことができるのでしょうか?
一方、キャラクターたちそれぞれに成長が見られるなか、黒龍の真の能力を知って目覚めた橘。思惑渦巻くこの組織のなかで彼と黒龍の持つ能力は、物事をいい方にも悪い方にも簡単に転がすことができる恐ろしい力です。もともと戦うことにも、軍という組織にも否定的だった彼が取った驚くべき行動とは……⁉︎
物語が大きく動くと同時に、ファンタジー要素も濃くなり出した第3巻。本作の醍醐味ともいえる霊獣たちの本当の力と、有賀や橘をはじめとした主要キャラクターたちの動きから目が離せません。
実は『神軍のカデット』には原点ともいえるスピンオフ作品が存在します。それは、本編にも登場している緒方と竹をメインキャラクターとした『口紅~将校生徒×美貌の軍医~』というBL作品です。
直接的な性描写は見られませんが、緒方の魔性ともいえる魅力が物語を通して伝わってきます。そんな彼と、ぶつかり合いながらもしだいに惹かれていく竹の心の機微が巧みに表現されているため、ページを捲る指が止められなくなりますよ。
口紅~将校生徒×美貌の軍医~
2014年10月02日
『神軍のカデット』本編でも見られる緒方の行動の理由も、本書を読むことで知ることができます。2017年現在は電子書籍版しか公開さていませんが、作品をより深く読み込みたいという方は、ぜひチェックしてみてください。
日本で起きた最大のクーデターともいえる二・ニ六事件が起きるまでの張りつめたような冷たく固い空気感を、独特の妖しい雰囲気で表現している注目の作品です。歴史好きの方や美少年好きの方、ファンタジー作品好きの方など、多くの方におすすめできます。
今後の展開が非常に楽しみな作品ですので、ぜひ読んでみてください!