初恋の人との再会を描いた、柴門ふみの『虹浜ラブストーリー』。地元のすばらしさを思い出させてくれる本作の魅力をご紹介していきます。
『虹浜ラブストーリー』は、紀伊半島にある虹浜町(にじはまちょう)という小さな町でくり広げられる、ラブストーリーです。誰にも言えないような過去を抱えながらも強く生きようとする聖音(きよね)と、それを受け入れていこうと決心する倫太郎(りんたろう)の葛藤が描かれています。
2人の虹浜への思いに引き込まれ、読者もそれぞれの地元に想いを馳せてしまうはず。
この記事では、そんな『虹浜ラブストーリー』の魅力をたっぷりお伝えします!
- 著者
- 元町 夏央
- 出版日
- 2016-03-23
かつて、夏は海水浴客、冬は温泉客で栄え、紀伊半島でも上位を争う観光地だった虹浜町。しかしそれは過去の栄光であり、現在はその面影すら存在していません。
そんな田舎町で小学生の時に初恋を経験した倫太郎は、その後も地元に残り続け、いまは町役場で働いています。ある日、13年ぶりに初恋の相手だった聖音と再会し、彼の恋心は再び燃え上がることになるのです。
しかし聖音が抱えている心の闇や、新たな女性との夜、地元で広がるとある噂など、一筋縄ではいかない様子にドキドキハラハラさせられます。
聖音に隠された過去とは、そして倫太郎の恋の行方はどうなるのでしょうか。
倫太郎の初恋は、小学生の時でした。その相手がクラスのマドンナ、いや町中のマドンナだった聖音です。正義感の強い彼女が、いじめらていた倫太郎を助けたことがきっかけでした。
倫太郎はすぐに彼女に夢中になりましたが、恥ずかしがり屋だった彼の恋は実らぬまま、聖音は転校することになり、虹浜町を出て東京に行ってしまいます。
地元を出た聖音と、地元に残った倫太郎。初恋から13年が経った時、2人は虹浜町で再会することになるのです。
「正義感が強くて優しくて凛としてて
古森さん全然変わってない!昔のまんま!!」(『虹浜ラブストーリー』上巻より引用)
すぐにかつての恋心が燃え上がる倫太郎。聖音の変わらない姿が嬉しくてこのように言ったとたん、彼女の表情は一変し、逃げるように東京に帰ってしまったのです。
後に聖音は、「正義感が強くて優しくて凛として」いたのは本当の自分ではなかったと、倫太郎に語ります。
お金持ちの恵まれた家庭で育った聖音ですが、病弱な弟を気にかける両親はいつしか彼女への愛情を忘れてしまいました。そのため聖音は、「正義感が強くて優しくて凛として」いることを演じるようになったのです。
本当は弱くてもろい自分。だけど誰も本当の自分を知らない……彼女はずっと孤独でした。
聖音が東京に帰ってしまった後、倫太郎は連絡先も住んでいる場所も知りませんでしたが、どうにかして会いたいと彼女を探しはじめます。ストーカーと言われるほどしつこく探し回った成果もあり、彼はついに聖音を見つけ出すことに成功しました。
そして、彼女がずっと孤独だったことを知ります。しかし倫太郎は、
「俺だって虹浜でずっとひとりぼっちだった‼」(『虹浜ラブストーリー』上巻より引用)
と力強く反論するのです。
ひとりぼっちだった者同士だからこそ惹かれ合うところがあった、昔は気付かなかったけれど大人になった今だからわかる……これからはお互いにひとりぼっちではないんだと、涙ながらにふたりが抱き合うシーンには胸が熱くなります。
本作では登場人物たちの心情が、表情だけではなく言葉として細かく描写されているため、それぞれの思いや考え方がよくわかります。
たとえば、聖音は東京から地元の虹浜町に帰ることを決意するのですが、虹浜町では彼女が過去にAV女優として活動していた噂が広まってしまっていました。
地元が好きで倫太郎と一緒に帰りたいと思っていた聖音ですが、虹浜町に帰っても自分は受け入れてもらえない、それなら東京でひとりで暮らしていく、と考えます。
「もう町には戻れない」
「みんなが思い描く古森聖音と違って本当のあたしはずっと孤独だった」
「ひとりぼっちは慣れてる。ひとりは平気よ」(『虹浜ラブストーリー』下巻より引用)
虹浜町のことは帰りたいと思うほど好きだけど、そこで過ごした思い出はいつも孤独だったものばかりで、帰ってもまた孤独になるのであれば東京でひとりでいたほうがいい、という聖音の思いが痛いほど伝わり、切なくなるシーンです。
その後倫太郎に説得され、AV女優をしていた過去を隠すために変装をして、虹浜町に帰った聖音。生まれ育った町を前にして「懐かしい」と心からの笑顔を見せました。
東京で会った時よりも見違えるように活き活きとしている聖音を見た倫太郎も、彼女が再び虹浜町で暮らせるように行動をはじめます。
辛い思い出があったとしても、田舎を飛び出して都会に染まったとしても、やはり帰って来るべき場所なんだと、地元の暖かさを感じられるでしょう。
AV女優として活動していた過去を隠し、虹浜町に戻ってきた聖音。その時に変装をしていたことと、倫太郎がなんとかごまかしたことで、地元で広がっていた噂は消えつつありました。
しかし、倫太郎は彼女が出演したDVDがオークションに出品されていることに気付いてしまいます。聖音がAV女優として活動していた頃の監督が、余った在庫を処分するために出品していたのです。
- 著者
- 元町 夏央
- 出版日
- 2016-07-22
なんとしてでも彼女の過去を隠したいとDVDを落札する倫太郎に、監督は「在庫があと1500枚ある。1枚1万円で売ってやる。もし買わないのであれば今度虹浜で開催されるフリーマーケットでこのDVDを店頭販売する」と連絡をしてきました。
残りのDVDもすべて購入してしまいたい倫太郎ですが、そんなお金もなく、途方に暮れたままフリーマーケット当日を迎えてしまいます。
小さな田舎町のため、聖音を知っている地元民たちが大勢集まる場です。 そんな場所でDVDを売られてしまうと、彼女の過去を隠しきれなくなり、彼女が再び虹浜に戻ってくることはできなくなってしまう……。
焦る倫太郎のもとへ、なんと聖音が変装をせずにやってきました。
そのDVDが売られたとき、地元民はどのような反応をするのか、聖音はなぜ変装をやめたのか、そして倫太郎と聖音の今後はどうなるのか……すべてが気になる『虹浜ラブストーリー』の最終回です。読み終わったときにはきっと、みなさんも地元が恋しくなることでしょう。
人を愛するすばらしさ、地元のすばらしさ、たくさんのことを教えてくれる『虹浜ラブストーリー』です。