お金まわりのエピソードならではの「生ぐささ」がありつつも、それを取り巻くキャラたちの人間味あふれるやりとりや心理描写に引き込まれる『ナニワ金融道』。 元SMAPの中居正広が主演を務めたドラマ、映画作品も話題になり、誰もが一度は見聞きしたことがあるのではないでしょうか。金融マンガの元祖ともいえる存在です。 今回は本作品の魅力的な登場人物、名言を交えながらご紹介します!一部ネタバレありなのでご注意ください。
- 著者
- 青木雄二
- 出版日
『ナニワ金融道』はそのタイトルからもわかる通り、ナニワ(=大阪)での金融業界を題材にしたマンガです。一口に金融業界というと銀行等を思い浮かべる人がほとんどだと思いますが、本作は中小消費者金融(街金)をとりまく人間ドラマ。
保証人になってしまったせいで夜逃げを余儀なくされた人や風俗店で働かされるようになった人など、不幸な境遇に陥る人がたくさん出てきますが、なにか他人事とは思えないリアリティとどことなく笑える可笑しさが同居しており、味わい深い作品になっています。
1996年から2015年には中居正広主演でドラマ化、2004年には杉浦太陽主演で映画化もされたこの人気作品。今回は人間と金の関係を考えさせられるその魅力をご紹介したいと思います。
まずは本作の作者、青木雄二についてご紹介します。彼はかなり面白い経歴の持ち主です。
1945年生まれ、京都府加佐郡出身(高校までは岡山で暮らす)の青木雄二。高校卒業後に様々な職業を転々としました。20代前半は鉄道会社で5年間勤め、そのあとは地元の岡山に戻って3か月間役場の職員になりますが、すぐに大阪へ引っ越します。
大阪に出てきてからは水商売をメインとしたバイトを30種類(!)も経験しています。
1975年には自らデザイン事務所を立ち上げ、従業員を雇うほどまで事業拡大しますが、経営が悪化し1983年に倒産しました。
デザイン事務所時代も含めて20代からマンガは描いていたものの、彼が連載を持つきっかけになったのは、『資本論』、『罪と罰』という名作に影響されたから。ここから青木はお金の裏側を描くことがウケるのではないかと思い立ったのだそうです。
経歴で言いますと、1970年「ビッグコミック新人賞」で佳作、1989年「アフタヌーン四季賞」で佳作を受賞し、1990年に本作品「ナニワ金融道」でデビューします。
1997年には一生分の金は稼いだと言って漫画家を引退する宣言をしましたが、その後もなにかと執筆依頼が多かったそうです。
『ナニワ金融道』を6、7年連載しただけで一生分のお金を稼いだというのもすごいですが、それまでの特異な経験がマンガに活きたからでしょう。そう考えると本作の1コマ1コマには青木の人生がつまっているように思えます。
漫画家引退後も数多くの単行本をだしており、自叙伝、自己啓発本、財テク本、教育本、育児本など多方面の執筆をしていました。
青木は政治的信念を強く持っていたようで、金融のマンガを描いているにもかかわらず、現代の資本主義には批判的だったようです。
自分の頭の中を言葉にして発信しているところとその行動力は目を見張るものがあります。
ヘビースモーカーだったためかはわかりませんが、若くして58歳で肺癌でお亡くなりになっています。
上記の絵を見ていただければわかる通り、まず、一目見てインパクトがあるクセのある絵が魅力的です。
好き嫌いがはっきり分かれるところだと思いますが、絵柄が受け付けない人もぜひ1度は手に取っていただく価値があると思います。絵柄で敬遠するのはもったいない作品です!
私も初見では本作品の絵柄に抵抗感があった方ですが、読み進めるにつれて引き込まれてクセになりました。
読んでいただければわかるのですが、このマンガの内容と絵柄が奇跡的にマッチしています。マンガの内容は消費者金融の取り立てに関するエピソードが多く、普通に考えれば陰惨な内容なのですが絵柄のおかげでなんとなく笑える、身近に感じる作品になっているのです。
その絵柄の秘密を詳しく説明しますと、まずキャラクターがマンガ的にデフォルメされていることです。登場人物の表情がやや大げさに書かれており、 感情(例えば焦って汗をかいている等)もわかりやすく表現されています。キャラクターが怒っているときはかなり目がつりあがっていますし、 キャラクターが笑っているときは口を大きく開けて笑っています。
もう一つの大きな特徴はスクリーントーン(※)を極力使わずに背景の細部まで手書きで描かれているところです。多くのマンガ作品ではスーツの柄や影などはスクリーントーンを使って模様を描くことが多いのですが、本作品ではほとんどその技法が使われていません。背景の模様は大半が手書きのため膨大な労力を要しているのが想像に難くありません。その上、背景に空白部分がほとんどなく、びっしりと描きこまれています。
さらに驚くべきは書類や地図などの細かい文字まで手書きされているところです。作者のマンガに対する執念を感じる部分です。
絵の構図についても特筆すべき点があります。あるマンガ評論家は本作品はマンガの文法を無視していると批評していました。普通なら美しい女性を美しい構図で描こうとするものですが、あえてリアリティのある美しくない構図を採用していたりするのです。 これらが逆に読者の目を引き付ける要因になっています。本作品は一見下手な絵に見える絵柄もよく見ると細かい工夫がなされているのです。
※マンガ描写でパターン模様を貼り付ける道具
本作品の舞台は1990年代の大阪です。ご存知の通り、1990年代と言えばバブル期からバブル崩壊、その後の失われた20年が始まる日本経済の過渡期です。
そんな時代背景の中、主人公が勤める中小消費者金融(いわゆる街金)を中心に物語は展開されます。バブルがはじけて倒産件数が爆発的に増えたため、借金に訪れる客も同様に増えている時代です。
大阪はまさに商都といった風情で、作中では有名な道頓堀の風景が登場する場面もあります。借金の取り立て場面ではもちろん「待てこのアマ!!」「コラ聞いとんのか!!」「家売らすなり退職さすなりして一括返済さすんや!」などと強烈な大阪弁が飛び交うのです。ややステレオタイプな気もしますが臨場感があります。
バブル崩壊という時代背景もあり、お金に困った中小企業が主人公の会社へ融資の依頼に訪れます。ちゃんと予定通りに借りたお金を返せればよいのですが、経営に行き詰ったり、元々返すつもりがなかったりする(!)借り手が借金を滞納してしまい、借金取り立てのドラマが始まるのです。
舞台の中心が大阪なので、登場する地域も関西圏が多いです。
あるエピソードでは主人公たちの借金の取り立てから逃れるために夜逃げする人物が現れますが、夜逃げした先は神戸のマンションでした。また、主人公が夜逃げした借り手を探すために兵庫県の須磨港から船で淡路島へ渡って捜索するシーンなどもあります。
関西圏以外にお住いの読者からするとあまりなじみがないかもしれませんが、関西のことをよく知っている読者からするとかなりリアリティがあります。
また、本作の魅力は何といっても登場人物たちの人間味あふれるやりとり。これ以降は本作の魅力をつくっている登場人物をご紹介していきましょう。
主人公の灰原は勤めていた印刷会社が倒産したため、再就職として金融業の面接を繰り返し受けます。しかし過去に借金があったため次々と不採用になります。
最後の一社として受けた中小消費者金融(街金)の「帝国金融」で採用され、金融業界に身を投じ、大阪一の金融屋を目指します。舞台が大阪のため、登場人物はみんな関西弁ですが灰原だけは標準語です。金融の知識も乏しく、初心者のため、一から仕事を覚えていくのです。標準語、初心者という設定は読者が感情移入しやすい設定でしょう。
真面目な性格で追い込み対象者にも同情してしまう場面が多々あります。社長や先輩からはその甘さに対して「そんなかったるい追い込みやっとってどうするんや!」と叱責をうけることもしばしばですが、事業を立ち上げようとしたり、意外なところで決断力をみせたりする場面もあります。
人がよいので理不尽な言いがかりにもつい謝ってしまう弱気な男です。
作品の中で経験をつみ、金融屋として成長していきます。
新入社員の灰原の教育係でベテランの先輩。こてこての関西弁をしゃべります。灰原二人で行動することが多いです。三枚目な見た目ですが仕事では抜け目なく有能に見えます。見た目はパンチパーマに野暮ったい柄のスーツでヤクザ風です。灰原とナンパする(仕事のため)シーンでは声を掛けた女性にヤクザと思われ1人も引っかけることができませんでした。
後輩思いな一面もあり、灰原が落ち込んでいる時に元気づけるシーンがいくつもあります。借金の取り立てについては容赦なく、借金の保証人になった女性を風俗店で働くように仕向けたり、返済ができなくなった相手を怒鳴りつけたり基本的には仕事に厳しい男です。元風俗嬢でバーのホステスをしている恋人がいます。
帝国金融の社長。普段は性格温厚ですが仕事については厳しく、灰原が甘い判断をしているときは厳しく叱責します。大人物で、他社の金融屋が30人で押しかけたところにも1人で乗り込み場をとりなしていました。本人が現場に出向くシーンは少なく、基本的には社長らしくどーんと構えて社員を動かしています。
灰原の恋人であり、最終的に結婚までする本作のヒロインが市村朱美です。抜けているところも多い灰原に比べ、しっかり者の女性です。また綺麗好きで女性らしいところもあり、まさにお嫁さんにしたいタイプ。
ふたりが初めて会ったのは主任の誘いで女性ふたり、男ふたりで食事に行ったときのこと。そこでお互い相手のことが気になったのでした。
3角関係にもなってゴタゴタもしましたが、ついに朱美が灰原の家に来ます。いよいよ結ばれるか、となった時に、彼女は「私 過去がある女なんです」といきなり言ってくるのでした。
そこからいくら灰原がアプローチしてもするりとかわす朱美。実は彼女は過去にヤクザの男と付き合っており、それをきっかけにある罪を犯してしまったのでした。
朱美の秘密を灰原はどう受け入れたのかは、ご自身でご覧ください。ちなみにヒロインの朱美はドラマ作品では一度しか登場せず、恋人商法で灰原を騙そうとする正反対の人物なので、その違いを比べてみるのも面白いかもしれません。
また、このあとはストーリーの見所と名言をご紹介。実際の名言を読むと作品の奥深さがさらに分かりますよ!
- 著者
- 青木 雄二
- 出版日
- 2016-06-25
「追い込み(貸した金を取り立てること)」の現場に同伴することになる灰原は、貸付相手の社長と彼の妻の会話に、騙された者の末路を見ます。
「3年間も苦しい経営ようがんばりはった……
もう私は見るに忍びんから もうやめてほしい ウウッ」
「今やめたらこの会社も屋敷も何もかも取られるんやで!!」
「それでもええやないの 自由なほうが!!
持って死ねるわけじゃなし」
社長は妻の涙を見て、有り金を全て帝国金融に渡します。
普通に生きていると、金を借りるということがどういう仕組みになっているのか、どんな契約を結ばれているのかということを詳しくは知らない人が多いのではないでしょうか。
誰しも陥ることがあるであろう借金という落とし穴。本作の金貸しの世界の描写は万人に通じるリアルな怖さがあります。それが自分に経験がなくともつい借りた側に感情移入してしまう理由。
『ナニワ金融道』は人情を交えながらリアルな世界観を描くところも魅力のひとつなのです。
無事帝国金融に入社することになり、朝早くから張り切って社内中を掃除してまわる灰原。その頑張っている様子を認められた彼は早速初仕事を任されます。それは営業の仕事でした。
いい加減などんぶり勘定をしがちな建設業が狙い目だそうで、建設名鑑を見ながら、片っ端から営業をかけていく灰原。何社も電話すれば1、2社はひっかかるからと言われてとにかく数をこなします。
しかし最初は罵声を浴びせられてばかりで全くうまくいきません。困った灰原でしたが、横で同じく営業の電話をかける桑田を真似てコツを掴んでいきます。
- 著者
- 青木 雄二
- 出版日
- 1999-04-08
そして慣れてきた頃にかけた一社がヒット!先方から食いついて詳しい話を聞きたがるのです。灰原から桑田に電話は変わり、話はどんどん進んでいきます。
灰原が初仕事をゲットした様子を見ていた、帝国金融のナンバー2である部長・高山は彼にこう言います。
「この業界はのー 不渡りが不渡りを呼ぶんや
だからワシ等はゲンを担ぐんや
初日のしょっぱなで引っかけたんや
金融屋になるのはあんたの宿命やで!」
金の魔力が満ちた奇妙な世界に足を踏み入れることになった灰原のこれからに、さらに期待がかかるこの言葉。果たして彼はどんな人物になっていくのでしょうか?
- 著者
- 青木 雄二
- 出版日
- 1999-04-08
灰原の取ってきた初仕事を見事な手練手管で形にしていく桑田。貸し付ける相手の情報を得て期待させ、時間を稼ぐことでこちらに有利な方向へと持っていきます。
その様子はまさに手練手管。灰原は桑田の姿を見て学ぶのです。そしてふたりは初仕事の相手のもとへ。車中で桑田は灰原にこう語ります。
「日本は見つからなんだら何をしてもかまへん国や
金持ちになりさえすればすべて許される
ワシ 毎月きちんと10万円ずつ定期預金しとるんやで
将来独立する時 これが銀行に対する信用になるんやで
貧乏はするもんやない
貧乏人は踏みにじられてしかも法律に従わなアカンのや!!」
長年金貸しとして生きてきた桑田が最終的に見つけた真理は案外堅実な道でした。しかしそれは「信用」というどの世界でも一番重要なものを得るための方法。独自の、そしてリアルな、まさに「金言」なのです。
このように金貸したちの現場から生まれたリアルな言葉も沁みる本作。騙された側だけではなく金貸し屋の方にもつい引き込まれてしまうというのも『ナニワ金融道』の魅力なのです。
ここでは、今回ご紹介しきれなかった印象的なエピソードをテーマ別に分けてご紹介します。
政治と金
市議会議員選挙に現職で立候補した古井。
通常なら現職が本命ですが、電鉄会社の御曹司が有力な落下傘候補として出馬してきます。
それに対抗するために帝国金融から融資を受けた古井は金をばらまいて票集めに走ります。5000万円もの融資を受けて工作にはしった古井陣営ですが、結局、選挙では僅差で惜しくも落選。古井は夜逃げを余儀なくされ、帝国金融からの取り立ては保証人の市役所の職員にまでおよんでいきます……。
結婚式の受付を引き受けただけなのに
先輩の結婚式の受付を引き受けた証券会社社員の泥沼。席を外した隙に祝儀泥棒に祝儀を盗まれてしまいました。焦った泥沼は埋め合わせのために 帝国金融に150万円の融資を申し込みます。
最初は月18万ずつ返済する予定にしていましたが、クレジットカードのショッピング枠で新幹線の切符を買うなどの手を使って自転車操業を繰り返しているうちに借金がどんどん膨らんでいきます。どうにも首が回らなくなった泥沼は取り込み詐欺に手を出しますが……。
ピンクビル建設の表と裏
風俗店を集めたピンクビルの建設への反対運動に遭遇した灰原。青少年の育成に悪影響があるとの主張で主婦たちが集まっており、署名を求められました。
ビルの建設を進めている肉欲企画に興味をもった灰原は肉欲企画の実態を調べ上げ、融資の誘いをかけます。駆け引きのすえ、灰原は肉欲企画へ2500万円の融資の話をまとめあげました。
一方で反対運動の主婦たちにコンタクトをとった灰原は主婦たちに入れ知恵をします。風営法によって、病院の20m以内に風俗店は開業できないように定められていることを教えたのです。それを聞いた主婦たちは近隣の医者と警察も巻き込んでピンクビルのそばに病院の分室を建てようとします。灰原は肉欲(肉欲企画の社長)と主婦たちの間をうまく立ち回り、金融屋として儲けを出そうとしますが……。
- 著者
- 青木 雄二
- 出版日
見ていて辛くなるような騙された側の心情、そしてそれを裁く金貸し屋のルール。そこには「この世の裏側」が垣間見え、少し恐ろしいと思いながらもその世界には不思議と引き込まれていく魅力があります。ぜひ作品でその雰囲気を味わってみてください!
『ナニワ金融道』のご紹介、いかがでしたでしょうか。金融初心者向けとして大学の図書館に置かれていると聞きます。この本を読んだ人は「保証人には絶対なっちゃダメ」と口をそろえていいます。読み物としても面白いので、ぜひ手に取ってみてください!