害獣と人の戦いを描いたダークファンタジー漫画『亜獣譚』。この記事では、本作の主要な登場人物の魅力と、4巻までの見どころを中心に紹介していきます。
『亜獣譚』の舞台は人間が感染することで、人に仇なす「害獣」となってしまう病が蔓延している世界。人と害獣が殺しあい、主人公を含めた登場人物たちの狂気と思惑が絡み合うことで生まれる独特な雰囲気がクセになる作品です。
ダークファンタジーな本作の魅力を、登場人物ごとの魅力と各巻の見どころを中心にご紹介していきます。
- 著者
- 江野 スミ
- 出版日
- 2017-05-12
とある森で、国の任務である害獣駆除をしていた主人公のアキミア・ツキヒコ。仕留めた害獣にとどめを刺そうとした際に、素顔を隠した兵士に邪魔をされてしまいました。隙をついた害獣によって、空中に放り投げられてしまいます。
意識を取り戻したアキミアが出会ったのは、森に弟を探しにやってきた衛生兵のホシ・ソウという女性でした。
ホシに傷の手当てをしてもらうアキミアでしたが、彼女の口から聞いた弟の特徴が、任務の邪魔をした覆面の兵士と合致。ホシの弟を殺さなくてはならないことを、彼女にに告げます……。
本作に登場する主要な人物は、みな悲劇的な宿命を背負っている、または背負うことになります。そのためか人格的な部分でそれぞれ歪みを抱えており、それは他者から見れば虫唾が走るような狂気とも感じとれるものになっているのです。
本作の主人公であるアキミア・ツキヒコもまた、そんな狂気をはらんでいる人物のひとりです。彼は軍隊に所属し、人間に対して脅威となる害獣駆除を専門におこなう任務についています。そして、任務と自分の目的を阻む者であれば、人間であっても容赦なく殺害する冷酷さを持っているのです。
ある意味で兵士としてはもっとも正しい姿なのかも知れませんが、殺害時における躊躇や良心の呵責といったものに悩む描写が一切ないため、人間的な感性が壊れていると感じられるでしょう。
そんな彼の異常性は、その暴力性のみにとどまらず、利己主義に基づく行動にも表れています。アキミアは物語の冒頭で、害獣との戦闘により負傷した際、弟を探しに森に踏み入った衛生兵の女性、ホシ・ソウから看護を受けて危機を脱しました。
その後2人は行動をともにするのですが、ホシの弟が駆除すべき害獣を保護しているという事実を知ると、アキミアは何のためらいもなく、弟を殺害しなくてはならない旨を彼女に告げるのです。
当然、ホシは弟を見逃してほしいと懇願しますが、アキミアは弟を見逃す代わりに、彼女に自分の妻になることを要求しました。そしてその後、自らの傷を理由にして、出会ったばかりのホシと肉体関係を結ぶのです……。
このようにアキミアは、自分の目的を達成するためであれば、自分の身や他人を傷つけることを厭わないという冷血漢のような人物です。しかしこんな性格になってしまったのは、彼の出生にも理由がありました。
実は彼は、害獣病の病原菌を生まれながらに体内に持ちながら、先天的に耐性ももっていたために発病しない「ヴィエドゴニャ」という特異体質。ヴィエドゴニャは、肉体関係を持った相手に害獣病を伝染させてしまうため、誰かと愛し合うことが困難なのです。
かつて想いを寄せていた女性と悲劇的な別れを経験し、いまだにその傷が癒えていない状態です。そんな過去への執着が、今の彼を歪めてしまっている原因でしょう。
ただ、アキミアにも善人性が残っているのではないか、と感じられる描写も随所で見られます。子供を傷つける者や、悪事を働く者に対する殺害衝動など、きわめて危険なものであることには変わりませんが、いわゆる正義のために行動していることは間違いありません。
時には人道的なことについて子供に説教をするなど、道徳的な観点も持ち合わせていて、こうした善性と悪性が危ういバランスで共存している彼だからこそ、読者を惹きつけてしまうのでしょう。
ホシ・チルは物語の冒頭でアキミアを襲撃した覆面の犯人であり、アキミアと同じくヴィエドゴニャでもあります。彼も兵士として人間側に身を置いていましたが、幼い頃より害獣と心を通わせることができ、いつしか人間よりも害獣側に傾倒するようになっていました。
チルが害獣側に味方するようになったのは、彼自身が害獣に対して愛情を持って接することができるからでもありますが、それ以上に、彼の人間に対する憎悪が要因であると考えられます。
チルは幼少期から飼育していた害獣のための餌を必要としていて、調達する手段を確保するために害獣駆除科の兵士として士官学校に入学したのです。
しかし入学して間もなく、指導教官であるハラセという人物に目を付けられてしまいました。そして害獣を飼っている件について脅されたチルは、ハラセによって肉体を弄ばれてしまうことになるのです。
この虐待がチルにもたらしたストレスは凄まじく、彼は慢性的に嘔吐をくり返すほどのトラウマを抱えてしまうのでした。
彼の人間に対する憎悪と諦めの感情は増幅し、それはしだいに自分の身を害獣に捧げてすべてを終わらせようという思いに変わります。
あくまで人間として害獣を狩り続けるアキミアとは異なり、害獣を守ることを決めた人間という彼も不安定な立場でありますが、まだ10代で幼い部分もあり行動原理は素直です。読者にとってはアキミアよりも共感しやすいキャラクターかもしれません。
ホシ・ソウはチルの姉であり、森の中で害獣によって傷つけられたアキミアを看護した女性です。行方不明になったチルを探すために単身で捜索をしていて、満身創痍のアキミアと出会いました。
あまりにも非道なアキミアの振る舞いに恐怖や怒りを覚えながらも、彼に対して愛情をもって接することができる唯一の女性だといえるでしょう。
しかし彼に騙されて肉体関係を結んだことにより、害獣病に感染してしまったため、それ以降は発病を遅らせる抑制剤を呑み続けなくてはならない運命となってしまいました。
ただホシは、アキミアに対して嘘をつかれたことを怒りますが、害獣病を感染させられたこと自体についての憤りはあまりない様子です。つまり、彼と男女の関係になること自体については、たとえアキミアがヴィエドゴニャだったとしても色眼鏡で見ることなく接することができるのです。
弟のチルがヴィエドゴニャだということもあり、たとえ自分の身に危害が加えられても慈愛の心を持ち続ける彼女は、愛深き人間であるといえるでしょう。
作中でも随一の善人ですが、ある意味その善人性は突出し過ぎている部分もあり、今後の展開によっては彼女がどう行動するのか、そしてアキミアとチルとの関係はどうなっていくのか、注目しなければいけません。
- 著者
- 江野 スミ
- 出版日
- 2017-05-12
害獣病という病が蔓延する世界で、害獣を狩るヴィエドゴニャ、アキミアの視点から始まる1巻です。主要な登場人物であるアキミア、ソウ、チルが登場し、それぞれの視点が切り替わりながら物語が進行していきます。
害獣、害獣病、そしてヴィエドゴニャとは何かという物語の根本的なキーワードについて触れつつ、アキミアとソウの出会いや、チルの身に起こった悲劇などが中心に描かれています。
そんな1巻の見どころは、アキミアとソウの出会いでしょう。アキミアという狂気に満ちた人間性に触れながら、体を奪われてもなお彼の本質を見抜き、慈愛の心を向けるホシの愛情を垣間見ることができる印象的なシーンです。
もちろん彼女はその後、アキミアに対して怒りを向けますが、2人の今後の関係性もそう悪いものにはならなそうだと感じずにはいられない場面です。
- 著者
- 江野 スミ
- 出版日
- 2017-10-19
2巻では、アキミアが、チルをソウの弟だと認識して以降、初めて再会を果たします。
チルは、指導教官のハラセに追われ、捕まってしまったところでアキミアと遭遇しました。チルの視点からアキミアやソウを見た描写が多くなります。
また、チルの友人のエンリという人物も登場し、物語が新しく展開していくのです。
2巻の見どころは、エンリがチルからの独白を受けて悩む場面。エンリは、過去にチルが飼育していた害獣を殺そうとしてしまったことを謝罪し、チルが思い悩んでいることについて力になりたいと申し出ました。
チルはその優しさに涙しますが、一方で自身の身体はトラウマに震え、秘密を打ち明けることを拒絶します。それでもエンリの言葉になんとか応えようと、彼はハラセに肉体を弄ばれていたことと、姉がアキミアに体を奪われているということを打ち明けました。
エンリは非常に素直で優しい少年として描かれていますが、友人とその姉に対して起こっている事実を知ってしまったことで、思い悩んでしまいます。今後、彼がどのように物語の展開に絡んでくるのか、その活躍に注目です。
- 著者
- 江野 スミ
- 出版日
- 2018-02-19
3巻では、アキミアと彼が所属する害獣駆除軍の隊長・ゾネが新たな任務を開始。シュペイ人のウェーヌという生物学者が害獣調査をするそうで、その護衛をすることになったのです。
しかし道中、ゾネとウェーヌは巨大害獣に遭遇し、川に転落してしまうアクシデントに見舞われます。アキミアと離れ離れに。ただこの時両者は、任務とは別の思惑を抱いていて……。
実はゾネ、過去にシュペイ人との因縁があり、一方のウェーヌも調査が本来の目的ではないようで、それぞれが私怨に似たものを持っていたのです。心中ともとれる川への転落。本作をダークファンタジーたらしめる大事な場面に注目です。
- 著者
- 江野 スミ
- 出版日
- 2018-08-09
引き続き、シュペイ人のウェーヌとのエピソードが描かれる第4巻です。前巻で登場した彼には、ヴィエドゴニャだった妻を失ったという過去がありました。
そんな彼は当時、妻の治し方もロクに調べず、安楽死として見殺しにした軍の上層部に対し、復讐してやろうと考えていました。そんなウェーヌの心中を察したアキミアは、自分が協力して復讐を果たさせようと提案します。
しかし彼の思惑とは裏腹に、ウェーヌは復讐鬼となった彼の姿を見て、思いとどまる事が出来たのでした。吹っ切れた様子のウェーヌに対し、アキミアは自分の心の中に眠る闇を見透かされたような気分になってしまいました。
そんな彼を気遣うつもりなのか、ホシは彼をデートに誘ってきます。果たして彼女は、どんな思惑で彼を誘ってきたのでしょう。そして彼の過去に眠る闇とは、一体何なのでしょうか。
そんな本巻の見所は、ウェーヌの妻が死の淵に瀕している際の、彼からのプロポーズシーンでしょう。ヴィエドゴニャである妻が病に倒れ、彼女は死ぬ前にウェーヌとの楽しい思い出を作ろうとします。そこでウェーヌは勢いもあって妻にプロポーズをするのですが、その際のやり取りがコミカルでありながら、切ないものとなっているのです。
そして、その2人の愛の形についての描写があったからこそ、妻の死後に対する軍のおこないがより許せないものとなります。救いのない『亜獣譚』の世界観らしい、美しくも悲しい描写といえるでしょう。
クセの強い登場人物たちが織り成す群像劇と、ダークな雰囲気がクセになる『亜獣譚』。インパクトの強い作品をお求めの方におすすめの作品です。ぜひチェックしてみてください。