映画化された『下妻物語』で有名な嶽本野ばら。彼の魅力は、その卓越したユーモアセンスだけでなく、繊細な心理描写と美意識を追求する真摯な姿勢、そして確固たる世界観にあります。今回は、そのなかでもとくにおすすめの5作品をご紹介しましょう。
1968年生まれ、京都府出身の作家、エッセイストです。ロリータファッションの世界をけん引し、独特の流麗な文体と美意識を追求する世界観から「乙女のカリスマ」と呼ばれています。
大学を中退後は雑貨店の店長をしつつ、関西で発行されていたフリーペーパー「花形文化通信」にエッセイを掲載。これが少女たちから熱狂的な支持を集め、1998年に『それいぬ―正しい乙女になるために』として単行本が発売されました。
2000年には『ミシン』で小説家デビュー。2002年に発表し、2004年には映画化された『下妻物語―ヤンキーちゃんとロリータちゃん』が大ヒット。彼の代表作となります。
少女文化の知識をいかし、ロリータ趣味や怪奇趣味などを織り込んだ作風が特徴です。生きづらい世の中を、お気に入りの洋服をまとうことでなんとか生きていく登場人物の姿に、自らを重ねる読者も多く、ロリータファッションの牽引役でもありました。
大麻取締法違反で逮捕された経歴があり、復帰後は事件を題材にした『タイマ』という作品も執筆。その後もトークショーや展覧会など幅広い活躍を続けています。
2000年に発表された嶽本野ばらの小説デビュー作。表題作「ミシン」と「世界の終わりという名の雑貨店」の2編が収録されています。後者は2001年に映画化もされました。
「ミシン」は、懐古趣味の少女がとあるパンクバンドの女性ボーカルに恋をする物語。そして「世界の終わりという名の雑貨店」は、ライターを辞めた主人公が雑貨店を開業し、店を訪れる少女との交流を描いた物語です。
デビュー作ではあるものの、ファッション、恋、美意識など、野ばらのテイストを存分に堪能できる一冊でしょう。
- 著者
- 嶽本 野ばら
- 出版日
- 2007-12-04
ビルのオーナーの意向で「世界の終わり」という名前の雑貨店を開業することになった主人公。そこにひとりの少女が現れます。毎日のようにやってくる彼女は、決まって1枚の紙石鹸を求めていくのです。
ほとんど会話のないまま静かに進んでいく恋でしたが、あることをきっかけに2人は逃避行へ出かけることに……。
「ミシン」では、乙女として生きることを選んだ主人公が、ミシンという名の女性ボーカリストに恋をします。純粋で、自分の欲望にただひたすら忠実な彼女の姿に、「好き」という感情の強さを思い知らされるでしょう。
映画化もされた野ばらの代表作。見渡す限り田んぼしかない茨城県の下妻市を舞台に、ロリータファッション好きの桃子と、おバカなヤンキーのイチゴの交流を描いた青春物語です。
お互いがお互いの格好をバカみたいと思いつつ、それでも育まれる友情に笑って泣ける一冊になっています。
- 著者
- 嶽本 野ばら
- 出版日
父親の商売の関係で、故郷である尼崎から逃げてきた桃子。偽物のブランド品を売って、大好きなロリータのお洋服を買おうとしたところ、客としてバリバリヤンキーのイチゴがやってきました。
「ロココ」の美意識を体現する桃子とバイクで疾走することをこよなく愛するイチゴは、共通点なんてないはずなのに、意外にも友情を育んでいきます。
2人とも芯の通ったポリシーを持っていて、自分の好きなものに対して一切ブレません。
たとえ周りからどんなに冷たい眼差しを浴びせられようとも、自分が自分であるために必要なものを知っている彼女たちの生き方はかっこいい!イチゴ的に言うなら、「シブい」のです。
野ばら作品の特徴である過激な性描写や怪奇趣味などはほとんどなく、軽快なテンポでストーリーが進んでいきます。彼の作品を読んだことのない人も、抵抗なく読めるのではないでしょうか。
己の美しさに絶対の自信を持つ楼子(たかこ)は、肌の美しさを保つためにあらゆる努力を惜しみません。しかし、そんな彼女には恐ろしい、そしてどこか幻想的な秘密がありました。
美しさとは何なのか、そしてそれはどれくらいの犠牲を払って手に入れるべきものなのか……。
野ばらの作品に登場する少女たちは、みな美しくて気高いですが、なかでも楼子は特別かもしれません。
- 著者
- 嶽本 野ばら
- 出版日
- 2003-09-01
冒頭から、自らの肌に対する絶対的な自信を持つ楼子に圧倒されるでしょう。彼女は、どれだけ他者を犠牲にしても、自分の利益につながるのであればやむなしと考える自己中心主義。お金持ちのお嬢様らしさが前面に押し出されています。
楼子のほかにも、彼女が憧れている叔母や美しい兄が登場し、全編をとおして美意識と背徳の香りが漂っています。この世界観を表現できる野ばらの文章力に脱帽するはず。
彼女が抱えている秘密が恐ろしいものであるからこそ、美しさとは何なのか、醜さとは何なのかを考えずにはいられません。
「私ね、後、一週間で死んじゃうの」(『ハピネス』より引用)
主人公は、恋人から突然の告白を受けた少年。普段と変わらないような、けれど残された時間を慈しみながら過ごす2人の日々が描かれています。
生きることの意味、死ぬことの意味を考え、最後には生きる力をもらえる一冊です。
- 著者
- 嶽本 野ばら
- 出版日
- 2010-07-06
恋人が亡くなるという悲しい物語のはずですが、残された時間を自分の思うように過ごそうとする少女はとても明るく、そしてなんだか幸せそう。なぜだか羨ましくも見えてしまうのです。
最後の1週間、と考えると、何か自分のいた証を残そうとしたり、誰かに感情を伝えようとしたりしそうなものですが、少女はそうはしません。むしろ、今生きていることへの喜びを口にするのです。そしてそのまま亡くなります。
野ばら作品に見られる美に対する執着などはほとんどなく、ファンにとってはもしかしたら物足りなく感じるかもしれませんが、その分初めて彼の作品を読む方にはおすすめです。
「レディメイド」「コルセット」「エミリー」からなる短編集。いずれの登場人物も生きるのに不器用で、他者とのコミュニケーションをうまく取ることができません。
目を背けたくなるシーンや性描写も多いため、苦手な方は注意が必要ですが、それを下品に感じさせないのが野ばらの筆力なのではないでしょうか。
- 著者
- 嶽本 野ばら
- 出版日
- 2005-05-20
最初に収録されている「レディメイド」は超短編。意中の男性にふっかけた芸術論から進む恋の行方が描かれています。
2つめの「コルセット」は、結婚を拘束具に見立てた物語。主人公はいつ死のうかと考えている男性です。死ぬ前に気になる女性をデートに誘うのですが……。
そして最後の「エミリー」は、読むのが辛くなってしまう作品かもしれません。酷いいじめを受けながら、好きな洋服を着ることで自分を保つ少女と、とある理由で人から蔑まれている少年の物語です。
恋とも友情とも違う、作中の言葉を借りるのであれば「番(つがい)」の関係が描かれています。
もし「自分の居場所がない」と感じている人がいれば、ぜひ読んでほしいです。少年と出会うことができたエミリーは、きっと幸せになれたはず。
嶽本野ばらの作品は、登場人物に名前のないことが多いです。それゆえ普遍性を高め、時代を超えて愛される物語になっているのではないでしょうか。ぜひお気に入りの一冊を見つけてください。