
『人間失格』がヤバい!タイトルの意味、ストーリーの書き出しから最後まで徹底解説!【映画化原作小説】
「恥の多い生涯を送ってきました。」という一文があまりにも有名な本作。1948年に太宰治が発表した、彼の代表作とも呼べる小説です。この作品を書き上げた1ヶ月後に愛人・山崎富栄と入水自殺をしたことも有名。まさに彼の遺作ともいえるでしょう。
はしがき・あとがきを除いて、一貫して葉蔵の語りで自分がどのような人生を送ってきたのか、そしてどのように孤独を感じ、その孤独のために誰と付き合ってきたのかが、独白形式でつづられています。誰にも自らの心情を理解してもらえない幼少期からの葛藤と、大人になってからすがってきたものを振り返っていきます。

作者 | 太宰 治 |
---|---|
出版社 | KADOKAWA/角川書店 |
出版日 | 2007年06月23日 |
書き出しは葉蔵ではなく、彼を知らない第3者からの目線で始まります。この後第1、第2、第3の手記と葉蔵の独白が始まりますが、それぞれの時代の写真ごとに彼の印象が語られます。
幼少期は、かわいらしさのなかに薄気味悪いものを感じさせられる不思議な表情の写真。2枚目は、恐ろしく美貌の学生時代の写真ですが、生きている感じのしない、やはり1枚目と同様気味の悪い写真。そして最後の1枚は、頭に白髪が見えるが、何歳なのかさっぱりとわからない写真となっています。
こうして、彼の3時代の印象を第3者に語らせてから、彼自身の語り「第1の手記」に入ります。
では、人間失格というタイトルはどういう意味なのでしょうか?
彼は他人の気持ちがわからず悩み苦しみ、結果、酒や薬や女に溺れます。最終的には自分の予想に反して、脳病院に収容されることに。そして自分自身を振り返って、「人間、失格」と評価するのです。
つまりタイトル『人間失格』の意味とは、主人公が自分自身を省みて、「こんな私は、他人からみたら人間失格なのであろう」という、自分の人生への他人から見た評価ということなのではないでしょうか。
ちなみに本作を題材に2019年9月13日に映画が公開。蜷川実花が脚本をつとめ、キャストは主演の小栗旬をはじめ、宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみが3人のヒロインという豪華さです。
小説『人間失格』第1の手記あらすじ
葉蔵は小さい頃から、他人が何をどう感じているのかが理解できない子どもでした。空腹であるとか、他人の幸福という観念が、自分が感じる幸福というものとまるで違うと感じていました。みんな何を考えて生きているのだろう?自分とはまったく違うのだろうか。そう考えていくとわからなくなり、不安と恐怖に襲われるばかりでした。
そこで、子どもの頃から自分を「道化」として偽ることにしたのです。肉親たちに口答えもせず、常に笑って他人の目を気にしておどけた道化を演じることで、その不安を隠そうとしました。ひょうきんなことを言い、結果、皆にはお茶目な子だと認めさせることに成功します。
しかし全てが演技で、それがばれては怒られると思い込んでいた彼は、下男や女中に性的な暴力を受けても黙って受け流していました。
「なぜみんな、実は欺きあっているのに表面上は傷ついてないよう、明るく朗らかに振舞っているのだろうか?他人が理解できず、自分が感じていることは異端なのではないか。」
そう考えてしまう彼は、ますます自分の孤独を感じながら、やがて中学校へ上がります。
解説:世間一般からは理解されない?孤独の物語
上にも記したとおり、葉蔵は他人が何を感じているのか理解できない子どもでした。そして自分の感じていることと、他人が感じていることが違うと気づいたために、自分自身に道化の仮面をかぶらせることにしたのです。おかげで、どの人たちからもよい子でひょうきん、人を笑わせることが好きな子どもというイメージを持たれることに成功します。
ここでは、他人が理解できない彼の恐怖が描かれています。誰しも多感な時期を過ごすにあたって「他人の考えてることがわからない」「人と自分が感じてることが違うのでは?」と恐怖したこともあるのではないでしょうか。そういった感情は決して彼だけが感じるものだけではないはずです。
しかし彼は大人や周りの人間に近づくため、そして自分が恐怖していることを悟られないために、道化となります。他人の目を気にすること、誰かの期待したとおりの自分になるということは、読者にとって共感できるところではないでしょうか。
「恥の多い人生を送ってきました」という始まりで入る彼の人生語りですが、もしかしたら幼少期のそれらは、みんな多かれ少なかれ感じてきた感情なのではないかと感じられます。
小説『人間失格』第2の手記あらすじ
中学校に上がった葉蔵は、はしがきの写真にあったように、かなりの美貌であったようです。小学校と同じようにひょうきん者を演じていた彼はある日、竹一というクラスメイトに自らがわざと道化を演じていることを見抜かれてしまいます。初めて見抜かれたことに不安と恐怖を覚えた彼は、竹一と親友になろうと試みます。
友人として付き合っていくと、竹一は彼に「女に惚れられる」「偉い画家になる」という予言をしました。それを気に留めながら、彼は高等学校に進学し、そして画塾に通うことに。
そこで堀木という年上の遊び人と出会い、彼は酒と煙草、左翼思想に染まっていきます。世間一般にとって非合法であるもの、禁じられているもの、社会にとっての日陰者。そういったものに触れていると、なぜか彼の人間恐怖はいくらかまぎれていくようでした。やがて淫売婦と左翼思想に、どんどんのめりこんでいきます。
しかし、そのために学校へ行ってないことが実家にばれることとなり、小遣いも減って遊びができなくなった葉蔵。カフェの女給・ツネ子とともに鎌倉の海で入水自殺を試みますが、結局彼女だけが亡くなり、彼は一命を取り留めることとなったのです。自殺ほう助罪に問われるも起訴猶予となり、父の知人・ヒラメに引き取られていくのでした。
解説:堕ちていく主人公
高等学校へ進み、堀木に誘われ怠惰な生活を送り始めた葉蔵をどう思ったでしょうか。
女性や酒、煙草に溺れますが、原因は人間が怖いから、その1点でした。他人の考えていることがわからなくて道化になっていた彼ですが、それらをとおしてであれば他の人間が自分と同じであったり、少しでも考えてることが理解できるような気がしたのではないでしょうか。
みんな怖いものがあって、自分と同じなのではないだろうか。少なくとも、それを客観視できるのが安心できたのでしょう。
しかし、そのような怠惰な生活がばれ小遣いも減らされた彼は、再び拠り所をなくします。他人に心を開けなかった彼は、出会った女にだけは心を開きます。そのため自分と同じような想いをしているツネ子に心を寄せ、同じような憂いを感じていることを理解し入水自殺するのです。
彼にとっては、それがこの世界を脱出する術であったのですが、あえなく失敗。そして自分自身への絶望と世間に対する恐怖が、ますます増加していったのではないでしょうか。
小説『人間失格』第3の手記あらすじ
高等学校を退学になり、ヒラメの家に居候をしていた葉蔵。生活をどうしていくのか詰問された彼は、逃げ出してしまいます。
ここでも女性に頼り、シヅ子の家に転がり込むのです。彼女は娘と2人暮らしでしたが、彼を含めて3人で暮らしていくことに。雑誌記者である彼女のつてで漫画家として働きますが、徐々に酒や煙草に溺れていくようになります。
母娘の幸せを邪魔してはいけないと感じた彼は、アパートを出てスタンド・バアを営むマダムのところへ転がり込みます。そこで出会った人々は優しく、これまで出会った者たちのように彼を脅かすこともありません。彼は、世間は自分が思っていたようなものではないと感じるようになりました。
1年が過ぎ、バアの向かいにある煙草屋の娘・ヨシ子と親しくなり、結婚を決めます。内縁の妻として彼女と一緒に暮らし始めた彼でしたが、そんななかで彼女に大きな悲しみが訪れます。
人を疑うことを知らなかった彼女は、家に訪れた商人の男に犯されてしまうのです。それ以来彼女は、信頼の天才とも呼ばれていた純真無垢な心が失われ、彼の行動に逐一怯えてしまうのでした。そのショックから、彼はまたも酒に溺れていきます。
ある日、彼女が購入した大量の睡眠薬を見つけた彼は、その場で薬を飲み干し自殺を試みます。しかし、三昼夜寝た後、死に切れず目を覚ましました。その後麻薬に溺れた彼は、堀木とヒラメによって病院へ連れて行かれます。
サナトリウム(療養所)に連れて行かれるとばかり思っていた彼は、行先が脳病院(精神に異常をきたした人が入る施設)であることに愕然とします。他人からそうしてみられてしまうということは、自分は狂人であり、人間として失格なのだ、と悟るのでした。
解説:「信頼の天才」ヨシ子との出会い。主人公との鮮やかな対比
人を信じず、疑って生きてきた葉蔵にとって、ヨシ子の他人への信頼、人を疑う心のなさは眩しいほどのものでした。2人は両極端であるものの、惹かれあい内縁の夫婦となります。
幼い頃から他人の顔を伺い、欺き合う大人を信頼できなかった彼と、対照的に何者をも疑わない彼女。
自分と同じような人間を見つけては安心していた彼でしたが、ここでまったく反対の彼女と出会い、心を通じ合わせたことで少しずつ変わっていきます。自らも、本当は他人を信用してもいいかもしれない、と思うようになったのではないでしょうか。
そんな彼女を通じて、自分の他人への恐怖、疑いを日々軽くしていきましたが、彼女が襲われる事件をきっかけに再び彼は心を閉ざしてしまいます。
他人を信頼するという一筋の光を信じて、これからの人生を生きてゆこうと思った矢先に「やはり信頼はよくない」という結論に至ってしまい、彼は自殺を図ります。信じようとしたものに裏切られたショックはそれほど大きなものでした。
生き延びてしまった彼は、脳病院に入れられる事実を理解したときに「やはり自分は人間としておかしかったのだ。自分のようなものは人間として失格と他人から烙印を押されるのだ」と感じたのでしょう。
解説:小説『人間失格』の最後が意味するものとは?静かに閉じていく物語のラスト
あとがきにおいて、バアのマダムが葉蔵について語ります。葉蔵は道化を演じ、酒や左翼運動、麻薬にのめりこんだ自分の人生を「恥の多い人生」と語り、自分自身に「人間失格」の烙印を押します。しかし、マダムが彼を語るとき、けっしてそのようなことは言いません。
自分から見た評価が、そのまま他人からの評価であると信じて疑わなかった彼ですが、マダムが語った彼はどうも違うように思えます。
彼が抱えていた悩みや苦しみも、誰しもが他人には見せずにいる心の悩みと同じようなものだったのではないでしょうか。道化となった彼も、女や博打にはまった彼も、実は客観的に見れば皆と同じです。
たとえ自らのことを人間失格と言ったところで、他人からはそうでもなく見える。
自分と他人の目の違い、彼の弱さ、そして信じるということの大切さと脆さ。読み手の心情によって彼は本当に人間として失格だったのか?それを考えさせられる物語です。
気軽に読みたい方には、漫画版『人間失格』もおすすめ!まずは伊藤潤二の作品から
『人間失格』は漫画版も発売されています。
いくつかご紹介しますので、ぜひ見てみてください!

作者 | 伊藤 潤二 |
---|---|
出版社 | 小学館 |
出版日 | 2017年10月30日 |
ホラー漫画家である伊藤潤二の、漫画版『人間失格』は、かなりおどろおどろしいタッチで描かれています。原作にホラー要素を加えたものです。
漫画として仕上げながらも、要所要所で原文を差込み、うまく作者の表現と原作が融合している本作。人間への絶望や悲しみ、恐ろしさがきちんと表現されています。葉蔵の心情や心の闇が可視化され、より恐ろしく感じるかもしれません。
原作にはない竹一の自殺や下宿先の姉妹の殺害など、追加のエピソードも多く掲載。伊藤先生の独自の話は、葉蔵の人間不信をいっそう深く見せます。
現代に合わせて『人間失格』を描く。古屋兎丸の作品もご紹介
『ライチ☆光クラブ』や『帝一の國』で有名な、古屋兎丸によって描かれた作品は、現代版にアレンジされた著者独自の『人間失格』が楽しめます。

作者 | 古屋 兎丸, 太宰 治 |
---|---|
出版社 | 新潮社 |
出版日 | 2009年06月09日 |
人間失格のエピソードを、現代版にして描いた本作。
ストーリーは、ある男が葉蔵の日記をネットの掲示板で見つけるところから始まります。原作は昭和という時代背景もあり読みにくいところもあるかもしれませんが、こちらの作品は現代に合わせて描かれているので、とても入り込みやすいです。
台詞やキャラ設定も現代風なのですが、葉蔵の語りはどことなく原作を思わせる文章。客観的な描写が続きながらも、要所要所で葉蔵の独白や原作の本文が入っていきます。
原作を少し読みづらいと感じたら、こちらを読んでみるとわかりやすいかもしれません。
最後に、名言から伝わってくる『人間失格』の世界観を紹介!

作者 | 太宰 治 |
---|---|
出版社 | KADOKAWA/角川書店 |
出版日 | 2007年06月23日 |
それでは最後に、人間失格の名言をご紹介していきます。
恥の多い生涯を送ってきました。(『人間失格』より引用)
葉蔵が自分自身を振りかえってこう言います。酒、麻薬、女に溺れ、2度の心中未遂までしてしまった自分自身を「恥」と感じ、他人からの評価もきっとそうであると信じて疑わなかったのでしょう。自分が生きていること自体を恥だと感じていたようです。
(道化は)自分の、人間に対する最後の求愛でした。(『人間失格』より引用)
彼は自分自身が道化、ひょうきんな振る舞いをすることで、他人から愛されようとしました。そうしなければ、どうしたら誰かに好かれるか思いつかなかったのでしょう。本当は道化にならなくても、好いてくれる人もいたのではないでしょうか。
世間とは個人じゃないか(『人間失格』より引用)
世間などという大多数の、何か見えない大きな塊みたいなものはなく、個人でしかないということを彼は悟ります。こう思うことで、世間が恐ろしいと思うのではなく、少し気持ちが楽になったと書かれています。
神に問う。信頼は罪なりや。(『人間失格』より引用)
ヨシ子が襲われたあと、彼はかなり苦悩します。信頼とは素晴らしいものなのではと思っていた矢先、その信頼のために襲われたヨシ子。彼女の苦しみを見ていると、信頼とは罪なのではないかと考えてしまったようです。
キーワード・タグ
関連記事
-
『鉄の骨』サラリーマン必読!雇われの苦悩と組織問題を描く本格小説【ネタバレ注意】
正義感と、企業内での立場、大きな業界の重圧との間で苦しむサラリーマンの姿を描いた社会派小説、『鉄の骨』。中堅ゼネコン「一松組」の若手社員・富島平太を中心として、談合という建設業界の暗部が赤裸々に描かれていきます。 ...朝井利一2019.12.13 -
小説『リピート』を面白くする謎を考察。予想外の犯人の正体とは【ネタバレ注意】
『イニシエーション・ラブ』の大ヒットで知られる乾くるみが、『そして誰もいなくなった』などの過去の傑作の枠組みに挑戦した『リピート』。本作は、現在の記憶を持ったまま過去の自分に戻って人生をやり直す「リピート」に招かれた人...ohayoworks2019.12.12 -
「スマホを落としただけなのに」シリーズを解説!原作ならではの魅力とは【結末ネタバレ注意】
あらゆることに利用されるスマホは、今や生活の必需品。見当たらずヒヤリとした経験はないでしょうか。便利ではあるものの、個人情報の塊ですよね。 落としたという想像だけで血の気が引きますが、映画化された本作はスマホを落...藤堂しま2019.12.11 -
『破天荒フェニックス』ほぼ実話!経営者もサラリーマンも読むべきビジネス小説
実在する会社と社長の企業再生を小説として描いた『破天荒フェニックス』。著者の田中修治はカンブリア宮殿にも出演し、村上龍や堀江貴文が、その手腕や生き方を絶賛していることでも知られています。 倒産確実と言われた会社の...菊月いつか2019.12.08 -
太宰治『グッド・バイ』は映画ではどうなる?原作のあらすじや見所から考察
日本では知らない人はいないであろう文豪・太宰治。彼の作品は映画化や舞台化されているものも多いですが、今回ご紹介する『グッド・バイ』もその1つです。2020年に大泉洋と小池栄子のW主演で映画化されることも決まっています。...菊月いつか2019.12.07 -
「葉村晶」シリーズを全作紹介!これは原作を読まないともったいない!読む順番も紹介
推理小説にも様々なジャンルがありますが、個性的な探偵役が登場するシリーズものは外せません。女性探偵、葉村晶を主人公とした「葉村晶」シリーズも、人気作の1つ。常に満身創痍な不運体質の持ち主ながら、意外とハードボイルド。ブ...藤堂しま2019.12.06 -
『And so this is Xmas』は原作も絶対に読んでほしい!映画作品の考察も
クリスマスが目前に迫った東京で突如爆弾テロが発生し、平和なはずの日本に緊張と混乱が蔓延していく……。そんなクライムサスペンス小説『And so this is Xmas』。 物語は事件に巻き込まれたバイト青年と普...朝井利一2019.12.03 -
『やめるときも、すこやかなるときも』よくある恋愛小説?ドラマ化の原作小説が泣ける
誰かと一緒に生きるということは、自分の内側を見せていくということ。それはけして、美しいものばかりではありません。 窪美澄の小説『やめるときも、すこやかなるときも』は、心に欠けた部分のある男女が出会い、傷つきあいな...藤堂しま2019.12.02 -
小説『Red』妻、母、自分…。「女」について描いた島本理生の恋愛小説【ネタバレ注意】
女性は貞節を守り、慎ましくあるべきだという考えは古くなりましたが、奔放な女性は眉を顰められがちなものではないでしょうか。しかし、性別や置かれた環境、年齢などに関係なく、誰しも欲を抱えているのは当然ともいえるかもしれませ...藤堂しま2019.11.24 -
『死にたい夜にかぎって』悲しく明るい、大人の青春小説。結末まで解説!
本作は、同棲していた恋人との「別れ」から始まる私小説。作者・爪切男の人生と、これまでの女性遍歴が独特な語り口でつづられます。人は、死にたくなるほど悲しいことが起こった時、心に恨みつらみしか残らないものなのか……?もしか...藤堂しま2019.11.22