美しい姫君がいじわるな継母にいじられる、という内容から「和製シンデレラ」ともいわれる『落窪物語』。後世の文学作品にも影響を与えています。この記事では、登場人物やあらすじ、作中に登場する和歌などをわかりやすく解説していきます。あわせておすすめの漫画も紹介するので、最後までチェックしてみてください。
900年代末頃に成立したと考えられている『落窪物語』。作者は誰なのか明らかになっていませんが、『竹取物語』の作者ではないかといわれている源順(みなもとのしたごう)や、『枕草子』の作者である清少納言などの説があります。
また『枕草子』のなかに『落窪物語』への言及があることから、本作の成立は『枕草子』よりも少し前の時代だと考えられています。
全4巻で、主人公は畳の落ち窪んだ部屋に住まわされ、継母からいじめられる薄幸の姫君。彼女は住んでいる部屋の様子から「落窪」と呼ばれ、作品名の由来になりました。物語の構図が似ていることから「和製シンデレラ」とも呼ばれています。
平安貴族たちの社会や暮らしを描いた物語として、高く評価されている作品です。
- 著者
- 田辺 聖子
- 出版日
- 2015-04-10
では主な登場人物をご紹介します。
落窪の君
『落窪物語』の主人公です。中納言である源忠頼の娘で、母親と死別した後に継母である北の方と暮らすことになります。亡くなった母親は皇族の血筋だったため、本来の位は高いものの、継母と異母姉妹たちから虐げられ続けていました。特技は裁縫と、亡き母親から教えてもらった琴です。
中納言・源忠頼
落窪の父親。皇女出身である妻を亡くした後は、後妻の言いなりです。落窪が酷い扱いを受けていても、庇うことはありませんでした。
北の方
落窪をいじめている継母です。4人の娘がいます。
四の君
北の方の末娘。北の方は彼女を右近の少将に嫁がせようとしましたが、右近の少将は落窪を選び、結婚しました。
三郎君
北の方の息子です。琴を習っていたことから、異母姉である落窪を慕っている数少ない味方です。
阿漕(あこぎ)
元々は落窪の亡き母に仕えていた女房で、没後はそのまま落窪に仕えています。落窪がもっとも頼っている人物。右近の少将との仲もとりもってくれました。
右近の少将
落窪を見初めて、後に妻として迎え入れる男性。物語の鍵を握る人物です。藤原道長の甥である藤原道頼がモデルだと考えられています。
典薬助
北の方の叔父で、中納言家に居候をしています。北の方と共謀して、落窪の姫と結婚しようとしました。
妻を亡くした中納言の源忠頼。北の方を後妻とし、彼女との間に4人の娘ができました。しかし北の方は自分の子どもだけをかわいがり、先妻の子どもでは畳が落ち窪んだ部屋に住まわせ、徹底的にいじめます。押し込められた部屋の様子から、先妻の子どもは「落窪の君」と呼ばれるようになりました。
そんな落窪の君の味方は、女房の阿漕だけです。落窪の君は他の4人の娘よりもはるかに美しかったのですが、表に出ることのない彼女の姿を知る人はほとんどいませんでした。そんななか、阿漕は自身の夫である帯刀を介して、美男子として評判の高かった右近の少将に落窪の君を紹介してくれたのです。
落窪の君と会った右近の少将はあっという間に心を奪われ、2人は数度の逢瀬を重ねた後、結婚の約束をするに至ります。
これに怒ったのが、自分の娘である四の君を右近の少将と結婚させようと考えていた北の方です。落窪の君を納戸に幽閉。さらに、自身の叔父で同居をしていた典薬助と落窪の君を結婚させようと画策しました。
すんでのところで右近の少将と阿漕、そして北の方の実子でありながら落窪の君を慕っている三郎君が幽閉されていた落窪の君を救出。落窪の君と右近の少将は、晴れて結婚をすることができました。一夫多妻制が当たり前の当時としては珍しく、落窪の君だけを妻とし、一生愛し抜くのです。
ここまでが、第1部のあらすじです。『落窪物語』は3部構成になっていて、第2部は右近の少将が北の方に復讐する物語、第3部は北の方と和解をして姫たちが栄華を極める後日譚となっています。
ここからは、『落窪物語』に登場する和歌をご紹介します。原文のほかに、現代語訳と意味も解説するので、チェックしてみてください。
原文:日にそへて 憂さのみまさる 世の中に 心尽くしの 身をいかにせむ
現代語訳:毎日辛いことばかりの世の中で、先が思いやられるこの身をどうしたらいいのでしょう。
意味:狭い落ち窪んだ部屋に閉じ込められ、世間の人と関わることもなく、このような姫君がいると誰にも知られていなかった落窪の君。物心がつくと、世の中は辛く悲しいことばかりだと憂い、このような歌を詠んでいました。この頃から、「死んでしまいたい」と口癖のように言っていたそうです。
またこの和歌には、「憂さ」=「宇佐」、「尽くし」=「筑紫」と歌枕が用いられているのが特徴です。自由に出歩くことのできない落窪の君は、地名を歌に入れ込むことで、遠い地に思いをはせていたのではないかと考えられています。
原文:世の中に いかであらじと 思へども かなはぬものは 憂き身なりけり
現代語訳:何とかしてこの世からいなくなりたいと思うけれども、思い通りにならず、辛い我が身であることよ。
意味:本来は高貴な身分である落窪の君ですが、継母である北の方に命じられるがまま、裁縫仕事などをしていました。その辛さのあまりこの歌を詠み、思い通りに死ぬこともできないと嘆いています。
原文:我に露 あはれをかけば たちかへり 共にと消えよ うきはなれむ
現代語訳:母上、私を露ほどでもかわいそうだと思ってくださるなら、この世に戻ってきて、私を共にあの世へ連れて行ってください。そうすれば、この辛い世から離れることができますから。
意味:女房の阿漕が、落窪の君に右近の少将を紹介しようと考えていた頃、落窪の君自身は生きているのがとにかく辛いと嘆いていました。しかし、自ら命を絶つ勇気もありません。いっそのこと亡くなった母親がやってきて、あの世に連れて行ってくれないものかと考えていました。精神的にかなり追い詰められている様子がうかがえます。
後世にも大きな影響を与えた『落窪物語』。代表的なものが。鎌倉時代前期に成立したとされる『住吉物語』です。『住吉物語』は、原型は平安時代にはあったのではないかと考えられていて、『落窪物語』同様に作者は明らかになっていません。
中納言には2人の妻がいました。皇女の血を引く妻から生まれた美しい宮姫と、金持ちの妻から生まれた2人の娘がいます。しかし宮姫が7歳の時に、母親が亡くなってしまうのです。宮姫は継母と異母姉妹とともに暮らすことになりました。
右大臣の息子である四位の少将が、中納言の家を訪れます。宮姫を見初めますが、継母は2人の結婚を妨害。自分の娘である三の君と四位の少将を結婚させ、さらには宮姫を主計助(かずえのすけ)という老人の後妻にしようと企むのです。これを嫌がった宮姫は、亡き母の乳母がいるという住吉へ家出をしてしまいました。
中納言の家では、皆が彼女の不在を嘆きます。四位の少将も方々を探し回りました。夢のお告げで、宮姫が住吉にいることを知り、迎えに行くのです。無事に再会した2人は結婚をし、幸せに暮らしました。
死にたいと嘆いてばかりの落窪の君に比べると、宮姫はとても行動力があるのが特徴です。ただ物語の流れは驚くほど似通っていることがわかるでしょう。
- 著者
- 山内直実
- 出版日
- 2015-08-20
『落窪物語』のあらすじを見てみると、実に少女漫画らしいと感じた方も多いのではないでしょうか。
思い悩む主人公の落窪や、あれこれと世話を焼いてくれる阿漕、いじわるな継母と頼りにならない父親に、プレイボーイな右近の少将。まさに和製シンデレラといわれるほど、登場人物たちは個性豊かです。
古典というととっつきづらい印象がありますが、漫画であれば読みやすいはず。平安時代の女子たちも、現代の私たちと同じように物語を楽しんでいたかもしれないと思うと、胸が熱くなるものもあるでしょう。